タイプ
論考
プロジェクト
日付
2012/9/6

胡錦濤政権の回顧と中国18全大会の注目点 ―外交・国防の領域に関して


東京大学大学院情報学環教授
松田 康博


1.はじめに

2012年末までに中国共産党第18回全国代表大会(18全大会。以下、類似の大会は同様に記す)が開催され、胡錦濤を中核とする第4世代の指導部は、習近平を中核とする第5世代と交代することが確実視されている。5年に1回開催されることが慣例化した党大会とその翌年3月に開催される全国人民代表大会および中国人民政治協商会議(いわゆる「両会」)にて、主要な党と国家の指導者人事が決定されるのみならず、総書記の報告に過去5年の総括とともに、今後の政策路線に関して重要な声明が織り込まれる可能性がある。

本稿は、胡錦濤・温家宝指導部の外交・国防政策についての初歩的な総括を行うとともに、18全大会における新指導部の外交・国防政策の注目点が何かについて、指摘することを目的としている。

ところが、5カ年計画のように、ある程度統制が貫徹可能な内政領域とは異なり、外交政策については、相手が外部にいるため、必ずしも中国共産党(以下、中共、共産党または党)の党大会に合わせて大きな変化が出るとは限らない。ただし、党大会の報告で,中国の直面する対外関係の課題に対して、一定の方向性を見いだすことは可能である。

他方で、国防の領域では、党大会が中国人民解放軍(以下、解放軍または軍)の主要人事を一新する節目となっているため、党大会の重要性は際だって大きい。先進国の軍隊とは異なり、「党の軍隊」としての性質を有する解放軍では、党大会を節目として指導部が5-10年その地位を維持することになっている。したがって、どのような人事がなされるかにより、解放軍の5-10年後の将来を占うことができるのである。

2.外交の基本戦略~「和平発展」と「核心利益」

1982年の12全大会以来、中国は「平和、発展、協力」を旗印に「独立自主の平和外交」という名の外交戦略を推進してきた*1。これは経済発展のため、敵を作らず、全方位で協調外交を進めることを意味する。その基調は1989年の第2次天安門事件や1996年の第3次台湾海峡危機を経ても変わらず、現在に至っている。

特に1997年の15全大会以降、共産党は「平和」と「発展」(「和平與発展」)を世界の2つの主題であると規定し、また「平和的発展」(「和平発展」)という言葉も使用し始めた*2。17全大会の胡錦濤報告では、「平和と発展は依然として時代の主題であり、平和を求め、発展をはかり、協力を促すことは、すでに阻むことのできない時代の潮流である。(中略)中国はこれから終始変わることなく平和的発展の道を歩む」*3と表現された。

18全大会の報告は胡錦濤が党大会で行う最後の報告であり、恐らくこうした基本的な表現に変化が起きることは考えにくい。重要なのはその中身にどのような変化がでてきているかであろう。胡錦濤政権で特徴的な変化は、「核心的利益」(「核心利益」)という言葉が使われるようになったことである。

前田宏子によると、「核心的利益」が、外交の場で使われるようになったのは、2000年代以降、特に台湾問題で対米強硬論が出てきた時であり、2004年頃に定着したとされる*4。「核心的利益」は後にチベットや新疆などに言及する際にも用いられた。ところが、2010年3月に訪中した米国のスタインバーグ国務副長官に対して、中国高官が「南シナ海は中国の核心的利益」であると発言してから、注目を浴びるようになった。中国が南シナ海で強硬な態度に転換したこととあいまって、中国が「核心的利益」の定義を拡大し、他国に脅威を与えている印象が強まったからである。

中国は2010年9月の尖閣諸島沖漁船衝突事件の際にも、日本対して強硬な態度をとった。さらに「核心的利益」の用語は、2012年には『人民日報』の署名評論で「釣魚島」(日本名、尖閣諸島)に対しても用いられ、「拡大解釈」の懸念はさらに高まった。この間、主に研究者を中心に、「核心的利益」という概念を使用することの妥当性が議論を呼び、混乱ともいえる状況を生んだのである*5

こうした状況を収拾するために発表したとされる戴秉国国務委員の論文によると、中国の核心的利益とは、「第1は、中国の国体、政治体制の安定、すなわち共産党の指導、社会主義制度、中国的特色の社会主義の道、第2は中国の主権の安全、領土の完全性、国家統一、第3は中国の経済社会の持続可能な発展の基本的保障」であり、「これらの利益を侵犯したり破壊したりすることを許容しない」*6という。

次に、中国政府は、2011年9月に『中国の平和的発展』という白書を公表し、その中で始めて中国の「核心的利益」を定義した。それは、「国家の主権、国家の安全、領土の完全性、国家の統一、中国の憲法が確立した国家政治制度と社会大局の安定、経済社会の持続可能な発展の基本保障」*7の6つである。

そもそも中国政治において、抽象的な用語を使うことは、紛争や対立を避けるための方便であることが多い。胡錦濤政権の対台湾政策の変化を見ればそれがよくわかる。胡錦濤政権は、2005年に「反国家分裂法」を制定することで、台湾に対する「武力行使」という用語に代えて「非平和的手段」を用いるようになった。そして、「非平和的手段」を用いる条件を曖昧に規定し、その解釈権を指導部が独占した*8。つまり、台湾問題がどれほど深刻化しても、自動的に武力行使に至らないよう、抽象的な用語を多用することで「戦略的あいまいさ」を持とうとしたのである。

「非平和的手段」と同様、「核心的利益」という用語も、「平和的発展」という大前提の下で使用されている。これも、「台湾問題」、「チベット問題」などのように具体的な用語ではなく、抽象化することで、自らの政策上のフリーハンドを強めることに主眼があるものと考えられる。ところが、実際には逆に、海洋権益などに関わるアクターが「核心的利益」の拡大解釈をして、中国外交強硬化のキーワードとなってしまっている可能性がある。

その原因は高まるナショナリズムと、経済発展や内外環境の変化に対して順調に対応できない政策決定システムにある。リンダ・ヤーコブソンとディーン・ノックスは、中国の政策決定者には、(1)権限の細分化、(2)中国の国際的関与に関する多用な見解、(3)中国の核心的利益を擁護すべきであるという要求という、3つの傾向があり、新たな対外政策関与者の影響力が増大し、政策決定は多元化し、その結果指導者はこれまで以上に広範な利益に配慮せざるをえないという*9

18全大会は、中国が「核心的利益」の名の下に、その対外政策を強硬化させている中での党大会となる。17全大会の胡錦濤報告では、台湾独立派の陳水扁政権への対応のため、強硬化してもおかしくないタイミングであったにも関わらず、中国大陸と台湾に関する「三つの共同論」を初めて提起するなどして、対台湾武力行使を回避するロジックを積み上げた*10。暴走する危険性をはらんだ政府各部門を対外政策において統合し、「平和的発展」を掲げ直して、ブレーキをかけることができるのは最高指導部だけである。18全大会の報告でどのようなメッセージが出てくるのかが、注目される。




    





*1 胡偉星「中共『十八大』外交政策―機遇與挑戦―」、徐斯勤・陳徳昇主編『中共「十八大」精英甄補與政治継承―持続、変遷與挑戦』台北、INK、2012年、196頁。
*2 胡偉星「中共『十八大』外交政策―機遇與挑戦―」、197-198頁。
*3 胡錦濤「高挙中国特色社会主義偉大旗幟,為奪取全面建設小康社会新勝利而奮闘(2007年10月15日)」、中共中央文献研究室編『十七大以来重要文献選編(上)』北京、中央文献出版社、2009年、35-36頁。
*4 前田宏子『中国における国益論争と核心的利益』(PHP Policy Review)、Vol. 6、No.48、2012年2月2日、3頁、http://research.php.co.jp/policyreview/vol6no48.php>、2012年8月13日アクセス。
*5 前田宏子『中国における国益論争と核心的利益』、6-10頁。
*6 戴秉国「堅持走和平発展道路」、中国新聞網、2010年12月7日、http://www.chinanews.com/gn/2010/12-07/2704984.shtml>、2012年8月13日アクセス。
*7 中華人民共和国国務院新聞辦公室編『中国的和平発展』北京、人民出版社、2011年、18頁。
*8 松田康博「第7章 改善の『機会』は存在したか?―中台関係の構造変化―」、若林正丈編『ポスト民主化期の台湾政治―陳水扁政権の八年』日本貿易振興機構アジア経済研究所、2010年、242-244頁。
*9 リンダ・ヤーコブソン、ディーン・ノックス著、岡部達味監修、辻康吾訳『中国の新しい対外政策―誰がどのように決定しているのか―』岩波書店、2011年、103頁。