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【Views on China】環境問題から見る中国の転換点-「同呼吸、共奮闘」は成立するか

September 17, 2013

東京財団研究員
染野 憲治

中国では、全土で深刻な大気汚染が続いている。その原因は、急速な経済発展に伴うエネルギー、特に石炭資源の大量消費、含有硫黄分が多い低品質な燃料の利用、固定発生源(工場等)および移動発生源(自動車等)対策の遅れなどである。本年1月に発生した「PM2.5事件」は、いわゆる「ルイスの転換点」といった労働力や経済面のみならず、環境問題の視点からも中国が転換点を迎えつつあることを物語っている。

1. 2013年1月のPM2.5事件

(1) 状況

2013年1月10日より、北京を中心に、河北、河南、山東、江蘇、安徽、陝西、四川など140万km 2 ;にわたる地域にて激甚な大気汚染が発生した。すなわち、中国の国土面積の7分の1、日本の面積の3.5倍の地域が大気汚染に覆われたことになる *1
北京市環境保護局ホームページの大気汚染データ(市内35の観測点の大気質指数(Air Quality Index: AQI))によれば1月10日より14日まで、大半の観測点が最悪の6級を記録した。AQIでは大気の汚染度を0-500で分類するが(数値が大きいほど汚染度が高く、100以下であれば中国の環境基準を達成)、12日には17の観測点で500を超す水準となり、汚染レベルを示す表の最悪値をさらに超えるという意味で「爆表」と呼ばれた。
今回の汚染は特に大気汚染物質の一つである粒子状物質(Particulate Matter:PM)によるものである。12日、13日には市内の多くの観測点でPM2.5(直径2.5ミクロン以下のPM)の値が700μg/㎥を超えた。12日23時には北京の複数の観測点でPM10(直径10ミクロン以下のPM)が900μg/㎥を超過し、西直門の観測点では観測史上最高の993μg/㎥を記録した。

(表1:日米中のPM2.5およびPM10の環境基準)

* 米国は国民の健康保護のための第1種規制と動植物保護や生活影響防止のため第2種規制がある。SO 2 の第2種規制は3時間値で1.43mg/m 3 (1年に1回以上超えないこと)とされている。
* 中国は自然保護区、風景名勝区及びその他特殊な保護区を一類区、居住区、商業交通居民混合区、文化区、工業区及び農村地区を二類区とし、一類区には1級基準、二類区には2級基準を適用する。
* 本基準は2012年より京津冀、長三角、珠三角等の重点区域の直轄及び省会城市、2013年より113の環境保護重点都市及び国家環境保護モデル都市、2015年より全ての地級以上の市、2016年より全国に適用する。

15日以降、北方からの風が強まったことにより一定の改善は見られたが、その後も18~19日、21~24日、27~31日と断続的に汚染状態が続いた。

(グラフ1:2013年1月米国大使館のPM2.5測定データ)

PMは口、鼻から気管、気管支を通じ、肺胞や血管へ運ばれ、粒子径が小さくなるほど肺奥へ入り込む。特にPM2.5は喘息、気管支炎、肺がん、循環器系疾患による死亡リスクの増加など健康への影響が大きいとの指摘がある。また、健康な成人に比べて、肺や心臓に疾患のある者、子どもや高齢者などは健康影響リスクがより高い。
北京の病院では呼吸器系疾患や循環器系血管疾病の患者の来院が増加し、この大気汚染による不調に対し「北京咳」との呼称も使用された。また、視界不良により交通事故が多数発生するとともに、主要高速道路の閉鎖、北京首都空港での欠航、北京南苑空港の閉鎖なども行われた。

(2) 原因

この大気汚染の原因について、北京市環境保護局は(1)気象条件、(2)汚染物質排出量の多さ、(3)地域汚染の相乗効果を挙げている *2
2012年12月より、過去10年以上経験のない極端に寒い日が続き、暖房のための石炭使用量が増加したこと、逆転層(地面近くの空気が上層より温度が低くなる気象現象)の発生により大気が拡散しなかったところへ、市内および周辺地域の工場や自動車から排出された大量の汚染物質が、長時間、広範囲、高濃度に蓄積し、滞留したと考えられる。
全人代期間中の2013年3月15日に行なわれた環境保護部の記者会見で、呉暁青副部長は、今般の大気汚染は表面的には気象条件によるものであるが、深層は中国の急速な工業化、都市化の過程において累積した環境問題が姿を現したものだと説明している。続けて、京津冀(北京、天津、河北)、長江デルタ、珠江デルタの3 つの区域は中国の国土面積の約8%を占めるに過ぎないものの、全国の42%の石炭、52%のガソリンおよびディーゼルを消費し、55%の鉄鋼、40%のセメントを生産、30%のSO 2 、NOx、煙じんを排出し、一定面積あたりの汚染物質排出量は他地区の5 倍以上であって、これらの地区では毎年100 日以上の煙霧が発生し、都市によっては200 日を超えると述べた *3
PM2.5には、ディーゼル自動車などより直接排出される一次粒子と、ガス状の物質が大気中で化学反応して生成される二次粒子が存在し、その成分も硫酸塩、硝酸塩、有機炭素、重金属(鉛、亜鉛、ヒ素、カドミウム等)など多様である。効果的な対策を講じるためには、排出インベントリ(発生源別の排出量)の作成が重要であり、現時点でも幾つかの機関において北京市のPM2.5の排出源の簡易な推計が行なわれている。それらによると、北京市のPM2.5の22-25%は自動車排ガス、19-25%は北京市に隣接する天津市や河北省からの越境汚染、17-32%は暖房や調理による石炭などの燃焼で、これらで6-7割を占め、その他は工場からのばい煙や工事現場からの砂塵などが原因とされている *4
ただし、京津冀(北京、天津、河北)のPM2.5の50%は自動車排ガスによるとの推計もある。今後、十分な観測データの蓄積や二次粒子の生成メカニズムの解明などを行ない、より正確な排出インベントリを構築していく必要があろう *5

2. 中国の大気汚染

大気汚染の代表的な汚染物質としては、PMのほかにその生成の原因となる二酸化硫黄(SO 2 )、窒素酸化物(NOx)、オキシダント(Ox)などがある。
日本における大気汚染対策はまずはSO 2 、次にNOx、その後にPMへと段階的に進められてきた。中国においても、まずはSO 2 対策に力点が置かれた。

(1) SO 2

SO 2 は、石炭や石油などの化石燃料に含まれている硫黄分が燃焼して発生する最も代表的な大気汚染物質である。中国におけるSO 2 の年間排出量(2011年)は2217.9万tで世界第一位となっている。省別に見ると、山東省(182.7万t)、河北省(141.2万t)、内蒙古自治区(140.9万t)、山西省(139.9万t)、河南省(137.1万t)、遼寧省(112.6万t)、貴州省(110.4万t)、江蘇省(105.4万t)の8つの省・自治区で年間100万tを超える排出量となっている。これらには北京に隣接する河北省、その河北省に隣接する内蒙古自治区、遼寧省、山西省、河南省、山東省が含まれる。日本におけるSO 2 の年間排出量は現在約60万トン程度であり、中国の排出量は文字通り桁違いの規模である *6

(グラフ2:北京および北京周辺5省市自治区(北京市、天津市、河北省、山西省、内蒙古自治区)のSO 2 排出量の推移)

発生原因別割合(2010年)を見ると工業系が1864.4万t(85.3%)、生活系が320.7万t(14.7%)となり、工業系では電力・熱供給業(899.8万t)、鉄鋼・圧延加工業(176.7万t)、非金属鉱物製品製造業(168.6万t)の三業種が上位を占める。
環境保護部はSO 2 の排出抑制について、第10次5カ年計画(2001-2005年)の期間において「2005年に2000年比でSO 2 排出量を10%削減する」目標を立てたが、実際は27.8%の増加と惨憺たる結果に終った。
この原因としては、(1)エネルギー消費における石炭の比率の高まり、(2)経済成長による火力発電や鉄鋼などの需要の急速な増加、(3)多額の初期投資と運用費用がかかる脱硫装置に対し、政府が5ヵ年計画を超える中長期の規制目標を示さず、補助策も不十分であったため、企業の投資決定が進まなかったこと、(4)総量規制を各地域に割り当てる際に、地域や企業の特性と能力を考慮しなかったこと、(5)オンラインでの自動モニタリングが整備されておらず、検証が困難であったことなどが指摘されている *7
第11次5カ年規画(2006-2010年)の期間には「2010年に2005年比でSO 2 排出量を10%削減する」ことを、環境保護部の目標に留めず、国家の5ヵ年規画に位置づけた。前回の反省に基づき、綿密に削減目標を各省、自治区および省レベルの市へ割り当て、目標達成の成否を人事に反映させること(一票否決制 *8 )も公言した。その結果、各地域では老朽施設の廃止といった荒療治も行われ、全国で約14.3%のSO 2 ;削減を達成した。

(グラフ3:中国のSO 2 排出量の推移)

この第11次5ヵ年規画でのSO 2 排出削減については、目標の達成に加え、エネルギー消費総量とSO 2 排出総量のデカップリング(decoupling:分離)も達成できたと評価できる。
2010年の中国のエネルギー消費総量(標準石炭当量)は2005年比で37.7%増であったが、SO 2 排出総量は14.3%減となった。2006年までは、エネルギー消費総量の増加に伴ってSO 2 排出総量も増加する傾向があったが、同年以降は、エネルギー消費総量は増加してもSO 2 排出総量は減少しており、環境効率性が向上していることが見てとれる。
これは石炭消費量の減少(脱石炭化)によるものと考えられる。90年代の第9次5ヵ年計画の時期にもSO 2 排出総量の減少が生じたが、このときもエネルギー消費総量に占める石炭の割合が約75%であったのが、2002年に68%まで低下している。その後、石炭の割合およびSO 2 排出総量とも増加に転じていたが、第11次5ヵ年規画期間(2006-2011年)は再び脱石炭化が進み、2010年には再び68%まで下がった。

(表2:中国における一次エネルギー構成比率の推移)

この2回の脱石炭化には異なる特徴がある。90年代の脱石炭化では、その代替として石油の割合が約5%上昇した。今回の脱石炭化では、代替先は石油ではなく、天然ガスが約1.5%、非化石エネルギー(水力、原子力、風力)が約2%上昇している。
国務院は、2013年1月23日に「エネルギー発展第12次5ヵ年規画」(国発(2013)2号)を発布した。同計画では2015年のエネルギー消費総量目標を40億tとし、そのうち非化石エネルギーを2010年の8.6%から2015年に11.4%へ増加させ、石炭は約65%に低下させることを目標としている。しかし、石炭の割合は2011年には68.4%に増加しており、本目標を達成し、今後もデカップリングが進むのか否か、注視していく必要がある *9 。(次ページに続く

*1 「霾国求治」『財経』総第346期、2013年2月11日。
http://finance.sina.com.cn/china/20130206/154414521457.shtml
*2 「三大原因致北京空気重度汚染」『長江商報』2013年1月15日。
http://www.changjiangtimes.com/2013/01/429811.html
*3 「環保部:環境保護与生態文明建設」『人民網』2013年3月15日。
http://live.people.com.cn/note.php?id=965130314081938_ctdzb_001
*4 「北京副市长:北京出台八项措施治理PM2.5」『京華時報』2012年1月14日
http://news.cntv.cn/china/20120114/103308.shtml
*5 「霧霾拷問」 『能源』第51期、2013年2月5日。
http://big5.xinhuanet.com/gate/big5/news.xinhuanet.com/energy/2013-03/29/c_124518694.htm
*6 『中国統計年鑑』(1986-2012年)中国国家統計局
*2 中国環境保護部「周生賢在全国大気汚染防治工作会議上指出採出有力実現二酸化硫総量控制目標」2006年5月30日。
http://www.zhb.gov.cn/gkml/hbb/qt/200910/t20091023_179994.htm
*8 業績評価においてGDPなど他の目標が達成しても、環境目標が達成しない場合には総合的に落第点とすること
*9 中国中央人民政府「国務院関于印発能源発展『125』規画的通知」2013年1月23日。
http://www.gov.cn/zwgk/2013-01/23/content_2318554.htm

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