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【Views on China】動脈と静脈が織り成す中国内陸経済の変化(1)

February 20, 2014

東京財団研究員
染野憲治

1 動脈経済に遅れる静脈経済の発展

経済には、通常の市場取引で正の価格がつくモノを生産、流通、消費するいわゆる「動脈経済」に対し、正の価格がつかない使用済みになった製品、部品、素材など(静脈資源)を回収、流通、再資源化するいわゆる「静脈経済」が存在する。両者には密接な関係があり、動脈経済が変化するとき、それに呼応して静脈経済の世界も変化する。 中国における現下の大気や水質、土壌汚染の原因の一つとして、十分な環境対策が講じられずに粗放的に経済が発展してきたことが挙げられる。それは、動脈経済の発展に比して、静脈経済の発展が不十分であったためでもある。 ごく最近まで、中国における静脈資源の処理システムは、農村におけるし尿や家畜糞尿の肥料化、稲藁の再利用など極めて基礎的な段階にあった。中華全国供銷合作総社などによる配給制度が完全に廃止された1990年代初めまでは、そもそも動脈側の物資供給も不安定であり、静脈資源の利用も、物資を配給した中華全国供銷合作総社が廃棄された物資の回収も行うという、配給ルートをさかのぼる形で行われていた。 1990年代以降、動脈経済が急速な発展を遂げることにより、多様な静脈資源が発生することとなった。例えば、製品で言えば使用済みの家電やパソコンなどの電気・電子機器廃棄物、素材で言えば廃金属や廃プラスチックなどだ。これらの静脈資源を再資源化する際に、リサイクル技術や情報、社会システムが未だ十分に整備されていなかったため、それまで稲藁や缶、瓶などのリサイクルを行っていた農民などのインフォーマルセクターが、それらのリサイクルと同様に手工業で小規模、汚染型のリサイクルを始めた。稲藁や缶、瓶などは潜在的な汚染性が低く、荒っぽいリサイクルを行っても大きな問題は生じなかったが、電気・電子機器廃棄物など、様々な重金属や化学物質を含む静脈資源に対して、野積み、乱雑な解体、溶液を使用した部品取りなどを行った結果、深刻な環境汚染を顕在化させてしまった。

2 資源確保が優先される政策

高温多湿な日本では、衛生予防的な観点から、江戸時代より廃棄物処理に関する社会的な仕組みが発達し、法制度でも明治時代の1900年には「汚物掃除法」が制定された。このように静脈経済に関する制度や人材、社会インフラが早くから存在していたところ、戦後の高度経済成長で動脈産業が発展し、多様な静脈資源が発生することとなった。このように動脈側の変化に伴い、若干跛行的な側面はあるものの静脈側も時間的余裕を持った対応が可能であった結果、静脈産業は概ね健全に発展してきている。 中国も動脈経済の発展から一定の時間が経った2000年代頃より、ドイツや日本などが循環型社会の形成を目指す動向も見て、循環経済の発展が唱えられるようになった。しかし、中国は環境保全の観点よりも資源確保という観点を優先させ、中国経済の牽引役を果たす環境産業の一つとしての役割を静脈産業に期待している。 そのような取組の一つに「都市鉱山モデル基地」がある。2010年5月、国家発展改革委員会及び財政部は「都市鉱山モデル基地建設の展開に関する通知」を発し、中央及び地方政府が財政的支援を行い、5年内に30の都市鉱山モデル基地を建設して、電気・電子機器廃棄物などの資源回収を行うことを公表した。 この第一陣として、安徽界首田営循環経済工業園、天津子牙循環経済産業園、寧波金田循環経済産業園、湖南汨羅循環経済工業園、広東清遠華清循環経済産業園、青島静脈循環経済産業園、四川西南循環経済産業園の7カ所を指定し、2015年までに7カ所で銅190万トン、アルミ80万トン、鉛35万トン、プラスチック180万トンのリサイクル能力を建設することを目標とした。その後、第二陣として15ヵ所が指定され、現在まで22ヵ所の都市鉱山モデル基地が指定されている。

3 内陸部の変化

中国は、この都市鉱山モデル基地に先立ち、2000年頃より静脈資源の回収を目的とする工業園区の開発を行ってきた。リサイクル産業を集積させたエコタウンで名高い北九州市などは、山東省の青島市や天津市などでの循環経済産業園区の開発に協力してきた実績がある。近年でも、中国は天津市子牙、唐山市曹妃甸、大連市庄河を日中韓三カ国の循環経済モデル基地とする提案を日韓に行っている。また、このような政府主導の動きとは別に、インフォーマルセクターが自然発生的に集積し、電気・電子機器廃棄物をリサイクルしている村として広東省汕頭市の貴輿鎮などの例もある。これらは、いずれも沿海部に立地している。静脈経済が動脈経済の発展に追随して発展することを考えれば、それは必然的なことである。 そして近年、中国沿海部の経済成長の勢いが鈍化する一方、内陸の成長に期待が集まっている。表は2008年から2012年の5年間における主な沿海部及び内陸部の地区総生産額を比較したものである。全国では163%の伸びを示したなか、沿海部では天津、江蘇がこれを上回るのに対し、内陸部は6つの省級地方ですべて180%以上の伸びとなっている。内陸部はそもそも絶対的な生産規模が沿海部より小さく、またその発展は政府による固定資産投資に依拠しているという指摘もあり、この発展が今後も続くかについては注意が必要である。だが少なくとも近年のデータからは、内陸部を発展させようとする政府の意思と一定の成果が見て取れる。

繰り返しとなるが、動脈経済が成長すれば、次は静脈経済の発展が続く。そうであれば、内陸部においても静脈経済の発展が始まりつつあるのではないであろうか。その仮説を確認するため、筆者は2013年秋、都市鉱山モデル基地の一つである四川西南循環経済産業園が設置されている、内江市東興区椑南郷牛棚子村を訪れた。

4 牛棚子村の風景

内江市は四川省の省都である成都市より南東に約150km、重慶市より西に約140kmに位置しており、西南地区の物流の要となっている人口約430万人の都市である。内江市東興区椑南郷牛棚子村は市の中心部より10kmほど離れたところにある。同村を貫く国道321号線沿いを車で走ると、家屋の軒先には大量の廃棄物が積みあがっている。埃を被ったテレビや冷蔵庫などの廃家電もあれば、廃プラスチックや廃金属など様々なごみの山が居並ぶ光景が数kmも続く。 そもそも、ここは西南地区最大の再生資源の集散地として30年以上の歴史がある内江市廃旧物品回収市場であった。同市場の重点産業は廃プラスチックで年間取引量は60万t以上、全国の廃プラスチックの取引量の1/3を占め、年取引額は50億元(850億円、1元=17円で計算)を超えるとも言われる。 車を路肩に停め、ごみの前に佇む年配の女性と挨拶を交わし、いつからこのような光景となったのかを尋ねると、改革開放が進み経済成長が加速し始めた1990年代頃から、この地域に集まるごみも増えだしたという。 道路を隔てた家屋の軒先には大量の廃ビニルが積まれている。中に入ると手狭な中庭で年季の入った機械を使い、その機械と同じく年季の入った3人の男性らが細かく破砕された廃ビニルを洗浄する作業を行っている。まさに「家内制手工業」という言葉が当てはまる作業場である。洗浄後の廃水を処理する設備は見当たらず、そのまま排水溝に流れているようであった。 広東省汕頭市の貴輿鎮も同じように「家内制手工業」式のリサイクルを行っているが、扱う静脈資源が潜在的な汚染性の高い電気・電子機器廃棄物のため、周辺地域の子どもらの血中鉛濃度が高くなるなど汚染状況も極めて深刻である。それに比べれば、ここでのリサイクルは廃プラスチックが中心のため貴輿鎮ほどの汚染状況ではないように見える。また、沿海部の貴輿鎮では日本や欧米からの輸入廃棄物も多く見られるが、こちらは成都市などからトラックで輸送されてくる、西南地区の静脈資源を中心に扱っているようである。 牛棚子村を散策すると、所々ある古ぼけた商店の前では、麻雀やトランプを行う中国らしい光景もあるが、人々は皆、年配者ばかり。家屋を建設している場所では煉瓦を背負ったロバがのんびりと歩いている。廃棄物を積んだトラックが時折、渋滞を起こしていることを除けば、ここが年取引額50億元の市場という活気は感じられない。

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