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【Views on China】日中関係改善の見通し―経済関係からの考察―

September 16, 2014

東京財団研究員
関山健

北京で行われるAPEC首脳会議を11月上旬に控え、中国の対日アプローチに変化の兆しが見える。

7月末には、日本側要人との会談に応じてこなかった習近平中国国家主席が、福田康夫元総理と北京で極秘会談したという。

8月9日には、ASEAN関連外相会議(於ミャンマー・ネピドー)に際し、2012年9月以来2年ぶりとなる日中外相会談に中国側が応じ、日本の岸田文雄外相と中国の王毅外相が両国関係改善に向けて意見交換した。その後、両外相は、9月26日にも米国ニューヨークで会談している。

さらに8月18日には、李源潮・中国国家副主席が日本からの超党派若手政治家訪中団と会見し、「歴史を鑑とし、未来へ向かう精神で両国関係を発展させたい」と述べている(新華網日本語版2014年8月19日)。

こうした昨今の動きが本格的な日中関係改善につながるかどうか。中国側が日本との関係改善に本気で動き出すかどうかが問題となる。

中国の対日アプローチ変化の背景については、周永康氏摘発などの国内政治情勢との関連や、南シナ海問題などの国際情勢との関連など、さまざまな分析がある。

これに対して本稿は、主に日本企業の中国ビジネスの動向という観点から、日中関係改善の見通しについて考察するものである。

多くの日本企業にとって最有望の市場が中国からASEANへと移るなか、日本からの投資を引き付けるため、中国側としては日中関係改善を必要としているだろう。しかし、まさに中国に対する日本企業の関心低下という同じ理由から、日本側では日中関係改善に関するモチベーションがそれほど高くなさそうだ。習主席は、日中関係改善についてデメリットを上回るメリットを感じて、積極的な態度をとるようになるのか。

中国歩み寄りの背景


習主席の態度に変化の兆しが見えてきた背景として、日本の対中国投資の大幅減少を指摘できる。2014年上半期、日本の対中国直接投資は、前年同期比48.8%減の24億ドルにとどまった。

日本の対中国投資減少は、中国の人件費上昇が主な原因と見られる。しかし、これに加えて、昨今の日中関係の悪化により企業が投資を手控えている面もあろう。日本国内の製造業に対するアンケート調査においても、中国ビジネス上の懸念材料として「人件費の上昇」を挙げる企業(複数回答可)が全体の78%に上り、次いで「日中関係」の63.8%が続いている(みずほ総合研究所2014)。

図1から見て取れるとおり、中国にとって日本は、最大の投資国の一つである。その日本からの投資が、これだけ大幅に減少すれば、中国経済にとって痛手であろう。特に、日本企業の進出に期待している中国の地方経済にとっては、死活問題ともなりうる。


図1 対中国投資額上位国

出所)中国国家統計局HPデータより筆者作成

注)香港、台湾、英領ヴァージン諸島、ケイマン諸島を除く対中国投資額の2013年度上位5か国を掲載

実際、中国は、日本の対中国投資大幅減少が明らかになってきた今年夏前頃から、経済交流面に限っては、日本に対する態度を少し変化させてきていた。たとえば、米倉経団連会長(当時)が5月に訪中した際、李源潮国家副主席が会談に応じ、「中国と日本は歴史問題と釣魚島(沖縄県尖閣諸島)問題で対立しているが、ビジネスは行っていかなければならない」と語った事は、こうした中国側の変化を象徴する動きと見て取れる(共同通信2014年5月28日)。

9月24日、日中経済協会訪中団に対して汪洋副総理が、2010年の開催を最後に中断している閣僚級会合「日中ハイレベル経済対話」を早期に再開したいとの意向を表明したとされる。これも、日本との経済交流強化に向けた中国の期待の表れと言えよう。

しかし、今のところ日本の対中国投資に回復の兆しは見えない。そもそも企業が投資の意思決定をしてから統計上の数字に表れるまでには1年以上の時差が生じるが、そうでなくても、日本企業の対中国投資が積極姿勢に転じたという話は足元で聞かない。

習主席が、日中関係改善の意欲を見せ始めた狙いの一つは、こうした日本企業の消極姿勢の打開だと筆者は考える。

安倍外交における中国の位置付け


これに対して安倍総理にとっては、まさに中国に対する日本企業の関心低下という同じ理由から、日中関係改善に関するモチベーションがそれほど高くないのではないかと、かねてから筆者は見ている。

2006年9月に発足した第一次安倍内閣は、日中関係の改善に積極的であった。当時の安倍総理は、就任から僅か2週間後に最初の外遊先として中国を訪問したが、それは前任の小泉総理の下で冷え込んだ日中関係の「氷を砕く旅(破氷之旅)」と評された。

ところが、2012年12月に再び総理の座に就いた安倍氏は、中国に対して「対話のドアは常に開いている」と口では繰り返しながら、日中関係の改善のため自ら積極的に行動する様子を見せないまま約2年が経とうとしている。

この両時点における安倍総理の態度の違いは、どこから来るのか。その一つの背景として、筆者は、日本企業の中国ビジネスに対する見方の変化に注目する。

JETRO(日本貿易振興機構)のアンケート調査によると、2005年ごろには中国で事業展開している日本企業の8割前後が「既存ビジネスの拡充または新規ビジネスを検討」すると答えていたが、その割合が今では5割程度まで下がってきている(図2参照)。

図2 日本企業の中国ビジネス方針



出所)JETRO (2014:65)のデータより筆者作成

注)2011年度は本調査が実施されていない

特に、国内製造業に対する前出アンケート調査によれば、中国で新拠点を設けて現地体制を増強すると答えた企業は2013年度で10%程度にとどまり、むしろ30%を超える企業がライン合理化などによって新規投資を抑えながら現地体制の強化を図る方針を示している(みずほ総合研究所2014)。

むしろ、いまや多くの日本企業にとっては、今後の有望市場としてタイ、インドネシア、ベトナムなどASEAN諸国への期待が急速に高まっている。図3は、JETROが会員各種企業に対して、向こう3年程度におけるビジネス上の重点国及び地域を尋ねた結果を2008年度と2013年度で比較したものである。中国に対する期待は依然として大きいものの、以前と比べると、突出しているという状況ではもはやない。

図3 日本企業にとっての有望市場

出所)JETRO (2014:71)のデータより筆者作成

注)2013年度調査で回答率の高かった上位6か国につき2008年度の回答率と比較

つまり、2006年の第一次安倍内閣の当時は、多くの日本企業にとって中国でのビジネス拡大が突出した関心事であり、その障害となりうる政治関係停滞の打破を望む世論の声も大きかった。

当時の安倍総理は、そうした財界や国内世論の期待に応えて、日中関係の改善に積極的に取り組んだのではないかと考えられる。

しかし、今や多くの日本企業が最も注目する市場は中国からASEANへと移った。これに呼応するように安倍総理も、ASEAN諸国との関係強化に努めている。2012年12月に二度目の総理に就任した後、最初の訪問先として今度はASEAN3か国(ベトナム、タイ、インドネシア)を選び、その後2013年10月までの1年足らずでASEAN加盟10カ国を全て訪問した。在職中にASEAN10か国を全て訪問した総理は、安倍総理が初である。

前出の国内製造業に対するアンケート調査(みずほ総合研究所2014)では、アジアビジネスについて安倍政権に期待する政策として、「日中関係の改善」を挙げる企業が全体の46.6%にも上る。しかし実際には、こうした企業の声が大きな世論の圧力となって、官邸を動かすような状況ではない(なお、同調査には「日ASEAN関係の強化」という回答項目はない)。

こうして見ると、安倍総理の外交は、第一次内閣においても第二次内閣においても、多くの日本企業にとっての最有望市場へトップセールスを図るという点において不変であるように見える。変わったのは、安倍総理の外交方針ではなく、日本企業の視線の先である。

習主席の損得計算


こうして日中双方の事情を考えると、より強く日中関係改善を必要としているのは中国側のように思われる。

中国の人件費の高騰などを原因とする日本企業の投資行動の変化は、仮に日中政治関係が改善しても、大局として当面は変わらないだろう。しかし、なお中国は日本企業にとって有望市場の一つであることは間違いない。また、険悪な政治関係が日本企業の投資行動を抑制している面が一部あることも事実だろう。

したがって、世間が注目しているとおり、もしも11月のAPEC首脳会議(於北京)開催時に日中首脳会談が実現し、政治的信頼関係の回復と戦略的互恵関係の再構築に向けた前向きなメッセージを両首脳が出せれば、日中間のビジネスや民間の交流にもプラスの影響を与えるものと想像される。

この日中首脳会談の実現可能性について、鍵となるのは、習主席が本当に安倍総理との会談に対してデメリットを上回るメリットを感じるかどうかだ。

中国の指導者にとって、日本に対する融和姿勢は政治上の命取りになりうる。習主席としても、腐敗の取締りや既得権益の打破により、今は国内で政敵の恨みを買いやすい状況下にある。尖閣諸島問題や歴史認識問題などで対立が深まっている安倍総理に対して安易な歩み寄りをすることは、政治的な危険を伴う。

11月までには、まだまだ時間がある。いずれにせよ安倍総理はAPEC出席のため北京を訪れるのだから、習主席は直前まで日中首脳会談の開催について態度を明らかにすることなく、その是非を検討することが可能だ。

その間、習主席としては、安倍総理など日本側の出方に注目しながら、中国国内からの反発の可能性も考慮に入れて、日中首脳会談の損得について思案を続けることになるだろう。

(9月30日加筆)
 
【参考文献等】
朝日新聞「日中外相、2年ぶり会談」2014年8月11日夕刊。
共同通信「日中の経済分野の関係強化で一致、米倉会長と中国副主席」2014年5月28日。
JETRO『2013年度日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査』2014年3月。
人民網日本語版「李源潮副主席が日本の超党派若手政治家訪中団と会談」2014年8月19日。
中国国家統計局HP。
長谷川幸洋「日中首脳会談が実現しそうな習近平の5つの事情」、『現代ビジネス』、2014年8月8日。
みずほ総合研究所『みずほリポートASEANに対する期待と懸念を交錯させる日本企業』2014年5月15日。
読売新聞「福田元首相、習主席と会談」2014年8月2日。
    • 東洋大学 国際教育センター 准教授
    • 関山 健
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