タイプ
論考
プロジェクト
日付
2012/9/26

胡錦濤政権の回顧と中国18全大会の注目点 ―経済政策の領域に関して(2)

中国の「国進民退」は改善されるのか ~民営企業と「新36条」を中心に~


4.「国進民退」の現状と「新36条」

1)「国進民退」の現状

2008年9月のリーマンショックとそれに対応するための政府による大型景気対策の実施を受けて、それまでの「国退民進」(国有企業のシェア縮小と民営企業のシェア拡大)とは逆に、一部では「国進民退」(国有企業のシェア拡大と民営企業のシェア縮小)という傾向が目立っている。関志雄氏*3によれば、「国進民退」の背景には、企業が直面している次の四つの環境変化が挙げられる。

(1)08年の米国発の世界金融危機は、主に国内市場に専念する国有企業よりも、輸出依存度の高い民営企業の方が大きな打撃を受けた。

(2)中国政府が打ち出した4兆元の内需拡大策は国有企業が独占している鉄道、道路、空港といったインフラ投資に集中したため、景気対策の恩恵を民営企業は享受できなかった。

(3)2009年の初めに相次いで発表された十大産業振興計画では、大きくて強い企業の育成を目指して、大型国有企業の主導での合併・買収(M&A)による企業再編を奨励した。

(4)政府の政策に合わせて、銀行融資は民営企業よりも国有企業に流れている。歪な金融システムは、融資で得た資金で本業と関係のない不動産投資に回す国有大手を後押し、その結果としてコーポレートガバナンス(企業統治)も効かず、国有大手だけが巨大化し、中小企業が中心の民営企業が荒廃する「国進民退」の状況が生じた。


民営企業にとって、参入障壁の高い業種に属す国有企業が好業績を維持できるのは、その企業の経営者と従業員の努力と能力よりも、独占力と政府の優遇策によるものである。国有企業は、商品価格の支配を始め、低コストでの資源調達、政府からの財政補助金の交付、実質上国から無償で資金の供与を受けることができるため、資本コストの面において、民営企業よりはるかに有利な立場にある。その弊害として、挙げられるのは、消費者利益が損害を被るだけでなく、競争原理の導入や市場の開放の妨げとなり、社会的不平等な状態を生み出す。

2)「新36条」

中国政府は、2005年に「個人・私営企業等非公有制経済発展の奨励、支持および指導に関する若干の意見」*4(中国語では、「国務院関与鼓励支持和引導個体私営等非公有制経済発展的若干意見」略して「非公36条」と称される)を発表した。この「非公36条」は、中国が1949年の建国以来、中央政府の名義で発表された民営企業に関する初めての政策文書である。「民営企業に影響のある体制的障害を取り除き、平等な市場での主体的地位を確立する」として、国有企業によって独占されている業種を民営企業に初めて開放する方針を示した。だが、その後は強大な力を持つ国有企業が民営企業の市場に立ちはだかり、民間企業の参入が阻まれた。

そこで、国務院は2010年5月4日、民営企業の投資領域の拡大と多様化及び投資効率の向上を目的として「民間投資の健全な成長の奨励と誘導に関する若干の意見』*5(中国語では「国務院関与鼓励和引導民間投資健康発展的若干意見」。上述の「非公36条」との比較の意味で「新36条」と称される)を発表し、国有企業が独占している鉄道や道路などインフラ部門、石油天然ガス、 電力、金融など業種への資本参加を奨励・支持するとした。同時に、中央政府の関係省庁と地方政府に対し、具体的実施細則の策定を指示した。具体的には、①基礎産業とインフラ設備、②公共事業と政府保障型住宅建設、③社会文化事業、④金融サービス、⑤商業物流、⑥国防科学技術の六分野への民営企業の投資を促すというものである(具体的内容は表6参照)。

上述の「非公36条」は、民営企業が独占業種への参入に当たっての具体的実施細則を伴わず「奨励」することに留まっているのに対し、「新36条」は民営企業の参入を「奨励」するだけでなく、より具体的な参入分野や方法を明確にしたことである。

国有企業の独占業種への参入方式として、独資、持株会社、資本参加、合作、或いは国有企業の事業・企業再編に参画することを挙げている。参入分野に関し、最も注目されるのは、従来より国有企業が独占してきた金融、通信、電力、石油天然ガス探査開発、医療衛生、民間航空、鉄道建設、原子力発電所建設などの「敏感業種」への民間資本の参入を許可したことである。とりわけ、金融分野に関しては、国務院は民間資本が商業銀行の増資や農村信用社、都市信用社の改編、村鎮銀行や融資会社、農村資金互助社などの金融機関の設立に、 株式の取得によって資本参加することを支持すると強調している。

2012年7月末、国務院傘下の関係省庁は42項目に亘る実施細則を発表した。また、2012年6月現在、全国18の省自治区直轄市政府が独自の実施細則も発表し、資本の効率化、多様化を図るとしている。

5.おわりに~「新36条」は「国進民退」の現状を改善できるのか


「国進民退」とは、国有企業が存在感を高め、民間企業が市場からの退出を余儀なくされる市場経済化の後退を示す現象である。リーマンショックを受け、中国政府が実施した大型景気対策は国有大手や国有持ち株会社に恩恵をもたらし、続いて2010年後半から本格化された金融引き締め策は民営企業の経営状況の悪化に拍車をかけた。金融引き締め政策により資金繰りに陥った一部の民営企業は、民間金融に法外な金利を払って資金調達に走った結果、返済に窮し経営者の失踪や企業倒産が相次ぎ、社会問題となった。

2012年5月、中国の浙江省高級人民法院は、「集資詐欺」(出資詐欺罪)で死刑判決を受けた浙江省の民営企業の女性経営者、呉英氏の差し戻し審で刑執行の2年間の猶予を言い渡す異例の判決を下した。いわゆる「呉英事件」であり、国内外から注目を集めた。温家宝首相は2012年3月の全人代閉幕後の記者会見で「金融機関は、中小・零細企業の資金需要に十分対応していないため、今後は民間金融の金融分野への資本参入を認める方向で進める」と述べ、2010年後半から本格化した金融引き締め策の実施により民間企業が資金圧迫にさらされている現状を認めた。また、中国人民銀行と中国銀行業管理監督員会は、温州市(浙江省)の民間金融を試験区として金融改革を実施する考えであることも明らかにしており、今後の具体的にどのように実施していくのか、その推移が注目される。

中国国内では、「国進民退」について、企業の経営支配権や所有形態、更には統計方式などを要因として、その存在を巡って賛否両論が存在するのは事実である。だが、それよりも重要なのは今回発表された「新36条」の実施細則が着実に実施されるのか否かであろう。

中国経済は過去30余年間、高成長を維持してきたのは、改革開放政策を実施したからだといえるが、一方ではその過程において中国共産党と政府が主導的な役割を果たしたことを忘れてはならない。その結果、各種資源の分配における党・政府の強い影響力が行使され、主要業界においては国有企業による独占が続き、更には市場経済に欠かせないコンプライアンスの欠如などの弊害を数多く生み出した。それゆえ、中国では真の意味での市場経済体制は確立しておらず、未だに一種の過渡的な体制下にあるといえる。

今後、この体制は法に基づいた市場経済に成長していくのか、或いはこれまで通りに党や政府が経済、社会の発展を主導するいわゆる国家資本主義経済を継続していくのか、見通しが立っていない。胡錦濤・温家宝体制が発足以来、「和谐社会」(調和のとれた社会)をスローガンとして掲げ、経済発展方式の転換(従来の「投資と輸出に依存した成長モデル」から「消費と投資と輸出のバランスが取れた成長モデル」への転換)、格差の是正などを目指してきたが、成果はそれほど挙がっていない。

その意味で、本年秋の第18回中国共産党全国代表大会で、発足すると見られる中国の次期新指導部は難しい舵取りを迫られているといえよう。



  




*3 関志雄「国有企業は誰のものか―コーポレート・ガバナンスを確立させるために―」『中国の産業と企業』(2006年7月28日)
*4 国家発展改革委員会ウェブサイト:http://www.ndrc.gov.cn/zcfb/zcfbqt/zcfb2005/t20050526_4330.htm
*5 国家発展改革委員会ウェブサイト:http://www.ndrc.gov.cn/zcfb/zcfbtz/2012tz/t20120802_495478.htm




<引用・参考文献>

・胡鞍鋼「『国進民退』現象の証偽」、国務院国有資産監督管理委員会ウェブサイト: http://www.sasac.gov.cn/n1180/n1271/n20515/n2697206/14417273.html
・呉暁波「『国進民退』の境界線」、2010年3月11日付英フィナンシャルタイムズ電子版
・関志雄「中国、問われる国家資本主義『体制移行のわな』克服急げ」(2012年5月24日付日本経済新聞『経済教室』)
・関志雄「高まる『国進民退』批判~中国国有企業、シェア拡大傾向」、『中国経済新論「実事求是」』(2010年2月3日)
・東京財団「今の中国を理解するための9つの視点」、『東京財団 政策研究』2012年7月
・三浦有史「中国の『和諧』はどこまで進んだか~成長、格差、社会不安定化の行方」、『環太平洋ビジネス情報RIM 2009 Vol.9 No.35』
・三浦有史「胡錦涛政権の理想と現実~第11次5カ年計画の達成度を評価する」、『環太平洋ビジネス情報RIM 2010 Vol.10 No.37』
・三浦有史「中国の『国進民退』をどう評価するか」、日本総研『アジア・マンスリー』2012年5月号