タイプ
論考
プロジェクト
日付
2014/8/7

中国の都市化政策と県域社会 ─「多極集中」への道程─(2)(田原史起)

第二節 一体化政策の展開─多極集中


(1)県域への「多極集中」
中国のように強大な中央政府を持つ国が,都市化の進展を自然に任せるのではなく,何らかの政策的措置を採りながら方向づけようとする際,単純化すると三つのアプローチが考えられる。「一極集中」,「多極分散」そして「多極集中」である*14

第一に「一極集中」である。これは,従来から考えられてきたような単純な都市化アプローチといってもよい。「一極」といっても首都のみを意味するのではなく,ここでは県城よりも上位の地区級の都市や省城などへの重点投入も含めて考える。中・大都市の発展を優先するような重点投入を行いながら,農村労働力の大都市への移動を制限せず,結果的に市民と農民の格差を縮めようとする発想である。中国では市場経済を取り入れ始めてから,1990年代の江沢民の時代までこの発想でやってきたといえる。ただしその結果,都市市民と農民の経済格差が拡大してしまったことは周知の事実である。

第二の「多極分散」は,胡錦濤政権期を代表するアプローチである。既存の農村集落を単位とし,「新農村建設」などのプロジェクトを通じて村道などのインフラや公共サービスのために資金が投入されてきたが,「点」から「面」への拡大,普及がなかなか難しかった。あまりにも「面」が広すぎるため,限られた資源をあちこちに投入してもなかなか目に見える成果が上がらず,結果的に資源の浪費に結びつくことが多かった。筆者の調査地である江西省余干県の花村(村民委員会=行政村)でも,新農村建設プロジェクトは村域内に分散している14の集落のうちの1集落,Y集落内の村道整備などに投入されたに過ぎない(田原2012: 127)。Y集落は花村の政治経済的な中心地というわけでもなく,こうしたやり方では,新農村建設の恩恵は周辺の集落にまで波及しにくい。

第三の「多極集中」は,第十八回党大会の都市・農村発展の一体化の核心をなす,と筆者が考えているアプローチであり,県域社会を意識した公共資源の配置である。ここには,<1>県城への,あるいは<2>県域内の鎮への政策的な資源の投入が含まれる。

まず,<1>県城への政策的資源の投入について,前節に見たとおり,とりわけ東部や中部の一部地域で,農村出身者が県城に家を持つという現象がみられるようになった。もしもこうした動きが全国的な主流を形成するならば,県城への公共資源の重点投入は,農民に整った県城の公共サービスを提供することになり,都市・農村一体化への近道となる,という考え方は成り立つかもしれない。ただし実際には,短期的あるいは中期的にも,県内すべての農民,あるいは大部分の農民が県城に移り住むことさえも期待できない。そのため,農村部に居ながらにして,まずまずの公共サービスを享受できるシステム作りが必要であることには変わりはない。

そこで,<2>県城と末端の村々との中間レベルへの重点投入,すなわち従来から「小城鎮建設」として提唱されてきた方向性が再びスポットを浴びることになる。じっさい,「小城鎮」を厳格に定義することは困難であるが,大雑把には県内の農村部に点在する鎮政府所在地のうち,特に有力な生活上の拠点を指している。各地の都市・農村一体化の実験に関する報道を眺める限り,現在,進行中の多極集中化は,村や郷鎮の合併により中心地の数を減らす方向性にあり,その代わりに,限られた資源をそれらの中心地に投入し,水道,ガス,電気を供給し,医療機関,学校などの面でより質の高い農村公共サービスを実現するというものである。県城に農村人口を集中することはまだまだ困難であっても,農村部の中心地たる小城鎮や中心村に人口を集めることは相対的にたやすく,現実的ではあろう。限られた資源を県城と農村の中間レベルに集中すれば,相対的に質の良い公共サービスや公共建設の恩恵を享受できる農民が増加し,結果として県城市民との格差は縮まることになる。

山東省平原県では,都市・農村一体化を促進する意図で2009年4月に「大村制」と称する改革を行い,もともと876あった行政村を180の大村に再編した。小さな村が分散しているうえ,出稼ぎの影響で人口の希薄化した「空心村」が増える中で,限られた資源をばらまいて無駄にしないためには,新たな中心点に重点投入した方がよいとの考えに基づいていた。さらに,180の大村から20を選び,インフラ整備や公共サービス施設の設置を行った*15。また湖北省の都市・農村一体化建設のテストケースである鄂州市(地区級市)は,2008年より,旧市街地を主体として,3か所の新市街地を支えとし,10か所の特色ある鎮を結節点に,106の中心村(新社区)を基礎とした「四位一体」の新しい都市=農村構造の創出を目指している*16

以下では,個別領域で一体化政策がどのような効果をもたらしてきたかを,医療と教育について各地の事例から把握してみる。

(2)医療の場合
医療分野では,1978年から30年間ほどは,総じて市場志向の改革が推進された時期だといわれる。衛生総支出に占める政府予算の比率は,30年間で39%から13%に減少,企業や社区(コミュニティ)の持ち分も46%から18%に減少した。代わって個人の支出は総支出の70%程に上昇した。加えて,「薬をもって医療を補う」政策により,公立の医療機構は薬の販売により利益を得る営利機構に転換した。病院の収入のうち,医薬品販売収入は60%に上り,小規模な病院の場合は70%にも達した。市場志向の医療改革により,農村人口にとり,医療サービスへのアクセスが悪く,サービスのコストが高い状況になっていた(看病?,看病?)*17

当然,個人負担分が多いうえにコストが高く,医療保険制度が普及していない場合,農民は医療支出を極力,抑えようとした。2005年の都市市民の一人当たり衛生費は1,044元だったが,農民は377元と2.7倍の格差,また同年の一人当たり医療支出は都市市民が600元に対し,農民は168元で3.5倍の格差であった(李・?・王2009: 209)。ほとんどの地域の農民が医療保険に加入していなかった2005年よりも以前,大病を患ったことに伴う手術,入院費用のために,せっかく出稼ぎで稼いだ金をすっかり使いきってしまうといった例が広く見られた。

2004年から導入が始まった新型農村合作医療制度は,市場志向型の改革から一転し,政府資金の投入によって農民の医療リスクを軽減しようとするもので,都市市民との医療格差を縮小するうえで不可欠であった。2010年時点では,合作医療の総資金は1308.33億元で,そのうち政府の公共財政の支出が1079.38億元(82.5%)を占めていた*18。合作医療は,導入直後は加入者数が伸び悩んでいたが,2010年ころには急速に加入者を増やし,全国の農村に広まっていったようである。甘粛省西和県での筆者自身の聞き取り*19によれば,当地の医療保険は2005年に開始され,当初の保険費は一人当たり10元であったが,2009年には20元,2010年には30元となった。保険に加入すれば,大病を患って入院を伴う治療が必要な際,郷鎮の衛生院に入院の場合は80%,県城の病院の場合は70%,県外の病院の場合は60%の入院・治療費が保険で負担される。薬の購入は2011年時点ではまだ自己負担であったが,保険費の用途に関して,当地では新しいシステムが策定されつつあった。農民が支払う30元の保険費のうち,20%(6元)を大病に備えたプール金とし,のこりの80%(24元)は「世帯基金」とする。世帯基金というのは村衛生所で薬を購入するための基金で,世帯を単位としてプールし,その年にある世帯員が薬の購入で使い切らなかった場合は他の世帯員に譲って使用できるというものである。

さて,医療分野での「多極集中」はどのような措置として現れてきただろうか。政府の財政投入の多くは,かつては不釣り合いに多く県城の病院に投入されてきており,郷鎮レベル,ないしは村レベルの医療水準は低いままに止まっていた。こうした傾向に対し,「多極集中」はそれまで問題の多かった郷鎮レベルの衛生院に対して資金と人材を投入する形で進んでいる。

たとえば山東省?坊市坊子区では,2006年からもっとも経営が困難であった南流鎮の衛生院で改革のテストケースを行った。区医院が200万元ほどを投じて改造を行い,新機材を設置し,専門医を定期的に派遣して診療を行うようにした。2008年7月までに,南流社区衛生服務センターは,収入面で前年度比20%増,患者数で前年度比43%増,入院患者数で前年度比22%増となった。その他の鎮・街の衛生院を区医院の委託管理とし,すべて社区衛生服務センターとした。村レベルでは社区衛生ステーションを設立し,センターがステーションを統一指導するようになった。これらにより利用者が増加し,鎮を出ることなく病気の治療が可能になった。かつてであれば区(県レベル)の病院で4000元もかかったであろう手術が,区衛生ステーションでの派遣専門医による手術により2000元で済み,さらに新式医療保険により自己負担分は600元で済んだという事例もある*20。同じく山東省の平原県では, 2009年に都市・農村一体化医療ネットワークを完成させている。農村の衛生室のハード面およびソフト面での質は大幅に上昇し,553か所あった村衛生室を180の総合衛生室に改編した。そこに620名の郷村医師を配置し,村衛生室の血圧計,聴診器,体温計も更新され,また大部分の村衛生室が高圧消毒鍋、心電計、簡易呼吸器、胃腸洗浄器なども備えている。現在、県病院の専門医が定期的に郷鎮の衛生院と村衛生室で診察を行っているという*21 。江西省の省都南昌市(5つの区と4つの県を管轄)でも,市財政から5900万元,県・郷鎮財政から3771万元を投入し,全市域80か所の郷鎮衛生院の改造を行い,その結果,通常の軽い病気であればほとんどが郷鎮で対応可能となった*22

こうして医療分野の多極集中は,郷鎮衛生院の充実化という基本的発想で進んでいるように見える。ただ,これらはあくまで先進事例の紹介に努める新聞報道からみた全体的趨勢であって,中国農村全体から見た面への広がりについては,現段階では保留せざるを得ない。

同時に,多極集中の発想による村レベル衛生室の統廃合は,実のところプラスの効果ばかりをもたらすものではない*23。村衛生室で働く郷村医師,とりわけその中核を占める50代以上の世代の医師たちには,いくつかの特徴がある。すなわち,<1>漢方医が主体である。<2>正規の医学校は卒業しておらず,自学自習と経験によって医療行為を行っている*24 。<3>世襲の傾向が強く,父親や息子も医師である場合がしばしば見られる*25。<4>本村の出身者であり,コミュニティすなわち患者たちの背景を熟知している。<5>多くの場合,村で一人,あるいは二人しかいない医師のうちの一人である(全国の行政村あたりの平均医師数は約1.4人)。以上から,<6>郷土意識と職業上の責任感が重なり,往々にして自己犠牲的かつ献身的な働きぶりを見せる。診察料も取らず,医療費も立替や割引で応ずるなどの医師もおり,医療コストを下げるため,山で自ら漢方薬を採集する医師もいる*26。これらの傾向は,医師の少ない辺鄙な村ほど強くなるだろう*27。『農民日報』で紹介されている「優秀郷村医生」らの事例は,多分にモデル的な事例で美化された側面があることは間違いない。しかし,これらの事例が示しているのは,現在の村レベル地域医療が,郷村医師らのコミュニティに固有の対面的な関係や郷土意識,薬草を含むローカルな漢方の知識によって何とか支えられているという事実である。多極集中の発想による都市・農村一体化医療システムの構築を急ぐあまり,村コミュニティと密接に絡んだ郷村医師らの役割を削ぐようなことがあれば,患者にとっての不利益がもたらされるだろう。この点は,郷鎮の中心地までの距離が長い山岳地帯ほどより強く留意されるべきである。

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*14 以上三つのアプローチは,中国の政策当局自身が用いている概念ではない。広井良典氏が,東京への「一極集中」とその対立概念としての「多極分散」にたいし,人口減時代の日本の新しいビジョンとして「多極集中」を提唱していることに筆者がヒントを得たものである(「人口減時代に『多極集中』を」『朝日新聞』2012年7月18日)。
*15 《平原?“大村制”推?城?一体化》《?民日?》2010年5月5日。
*16 《鄂州市全域理念?建城?一体化体系?城???相互?接全面覆盖》《?民日?》2010年5月6日。なお,鄂州市は地区級市だが,内部に県は設置されていない。
*17 《加強公共財政支持力度提高基?医?服?水平》《?民日?》2011年10月8日。その他「苦悩する大国中国 庶民の命カネ次第」『朝日新聞』2008年1月24日。
*18 《加強公共財政支持力度提高基?医?服?水平》《?民日?》2011年10月8日。
*19 甘粛省西和県L村の衛生室に勤める郷村医師であるL氏へのインタビュー(2011年8月10日)。
*20 《??民也能享受最好的医??源??坊子区城?一体化医改?水成功》《?民日?》2008年9月22日。
*21 《?源配置,平原?“城?全等”》《?民日?》2010年7月23日。
*22 《南昌140万?民享受新型医?服??三年内、将対全市80所???生院、1192所村??生所?行?准化改造》《?民日?》2006年12月4日。
*23 《加強公共財政支持力度提高基?医?服?水平》《?民日?》2011年10月8日。
*24 2011年,全国の郷村医師は88.22万人で,そのうち正規の医師の資格を持つ者は11万人,すなわち12%ほどである。88%の無資格医師はすべて漢方医である(《中医,?何?能在?村扎根?江?“?民健康百村工程”??》《?民日?》2011年5月2日)。
*25 《村民的?心人??全国?秀?村医生王存?》《?民日?》2007年7月14日,《一?照亮苗?的明月??全国?秀?村医生李春燕》《?民日?》2007年10月6日, 《一枝秀梅普散芬芳??全国?秀?村医生普秀梅》《?民日?》2007年9月22日。また筆者のフィールドである江西省余干県花村のS医師の父親,また甘粛省西和県L村のL医師の父親と息子も医師であった。
*26 《一枝秀梅普散芬芳??全国?秀?村医生普秀梅》《?民日?》2007年9月22日。
*27 たとえば,李(2006)のほか,雲南奥地の急峻な山岳地帯で,橋のかかっていない大河を,ロープ橋をつたって往診を続ける医師などがその典型であろう。《“索道医生”?前堆》《?民日?》2011年3月23日, 「『素足の医者』奮闘」『朝日新聞』2004年10月2日。