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論考
プロジェクト
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2014/8/7

中国の都市化政策と県域社会 ─「多極集中」への道程─(3)(田原史起)

(3)教育の場合
農村部の教育は,2006年ころまで郷鎮政府が主たる担い手であった。当時の郷鎮の財政はほとんど「教育財政」と化していたといわれる。郷鎮政府の教育経費の不足分はおのずから農民からの資金徴収によって賄われたので,従来の体制は郷鎮政府と現地の農民自身に過重な負担を強いてきた。ところが2007年6月,国務院により「分級管理,県を主とする」という方針が出され,農村の義務教育の責任主体を農民自身から政府に移し,さらに政府の責任は郷鎮から県へと移されることになった(?2008: 92)。胡錦濤政権期の教育サービスの分野において,医療分野での合作医療導入に相当する記念碑的な政策となったのは,同じ2007年から始まった小・中義務教育の「両免一補」(教科書代,学費の免除および貧困家庭の学生の生活費補助)である。このために,2007年度について中央財政からは92億元が支出され,全国の義務教育対象年齢児童・生徒1.48億人がその恩恵を被った*28 。2009年度では,中央政府による義務教育を保障するための改革資金の8月までの投入累計は577.6億元に上った*29

こうした流れの中で,教育サービスの多極集中は,都市・農村の一体化理念に加えて,計画生育と少子化による児童・生徒の減少をもう一つの大きな背景として展開してきた。早くも2001年前後から,全国の農村では,旧来の小学校,中学校の統廃合が進められてきた。たとえば広西省河池市(地区級市)では,かつては各集落に分散していた教育ポイント(低学年のみの「村小」)を廃止して,行政村の中心地に低・中・高学年を備えた「完小」を設置し,さらに完小の高学年を郷の中心小学校に併合する,というように進んできた。そのうちさらに一歩踏み込んで,郷の中心小学にすべてを統合し,村レベルの小学校はすべて廃止するプランまで現れた*30。山東省平原県でも,都市・農村の子供たちに同等の質の高い教育を享受させる意図で,「初中進城」(中学校が都市に入る)の措置を採り,初級中学の教育資源をすべて県城に集中し、従来の郷鎮中学は廃止して中心小学校に再編した。こうして「農村部学校の数が多く、資金投入が分散的で、悪条件であるという状況を改善した」という。当県の教育への総投入額は5年間で2.6億元であり,一中を規模拡大,三中を新設,五中の校舎を再建,そして18校の郷鎮中学を廃止した。県城の5校がすべての初級中学教育を担い,合計で400クラス、2万人の学生の教育が可能になったという*31。黒竜江省富錦市(県級市)でも,従来それぞれ17校,194校あった初級中学と完全小学が,2004年には7校,24校に統廃合された(王2009: 241)。

教育分野の多極集中のもたらす影響は二つ考えられる。第一に,遠距離通学や寄宿舎に関わる空間的な問題である。統廃合で中学校が郷鎮に一か所だけになると,それは完全寄宿制となる。小学生の場合も合併により学校が遠くなると,寄宿制となる場合もあれば,通学に困難をきたす事例も出てくる。特に学齢の低い児童にとり,親や祖父母と離れて宿舎に住むことや,長距離を歩いて通学することには危険が伴い*32,総じて非常な不利益を被ることになる。遠距離を通学する場合でも,必ずしもスクールバスが整備されているわけではなく,トラクターの荷台などに生徒を満載している場合もある*33 。農村の実家で学校が遠くなりすぎたため,両親が子供を出稼ぎ先に連れて行かねばならない場合もある*34。少なくとも小学校教育については,集中化による教育の質の向上もさることながら,従来からの生活圏の問題が考慮されるべきであろう。その意味で,教育におけるかつての「多極分散」には一定の合理性があったといえる。多くの村レベルの小学校は,過去の村民たちが資金と労力を出し合って建てたもので,合併により閉校となった小学校が放置されたり,二束三文で売却されたりするのは,村民にとっては胸の痛むことでもある*35

第二に,長期的に見て深刻となりうる教育問題は,中学生の退学問題である。ただし,第一の空間的な問題はここにも絡んでくる。多くの地域では,初級中学の途中で退学する生徒が多い。その主たる原因は,勉学への動機づけが下がってしまうことだと伝えられる。モーチベーションが失われる背景は複雑である。まず,ある中学校の教育の「質」は往々にして高校への進学率を基準に測られるため,学校と教師はなんとしても,よい数字を出すために生徒にプレッシャーをかけ,成績が下位となった生徒はそのぶん挫折感を覚えやすく,教師にもぞんざいに扱われるにつけ,そのうち学習に苦痛を感じることになる。さらに,大学まで行ったとしても現在はかなりの就業難であるのに対して,出稼ぎというもう一つのオプションが魅力を増していることが,退学率を引き上げている。正月に出稼ぎから帰郷した年上の村民たちのおしゃれな出で立ちや,外の世界のこと,また持ち帰った収入の額が決して少なくないのをみて,ますます出稼ぎに出た方がましだと考える*36。中学生らの父母は子女に進学してほしいと願うはずであるが,彼らは往々にしてやはり都市に出稼ぎ中であり,身辺で子供に働きかける機会を持たない。そのため本人が通学をやめて出稼ぎに出るという選択を阻止する者がいないという状態になる。展偉静(2009: 67-84)は,以上のような退学現象と,本稿で論じてきた農村公共サービスの「多極集中」的進展が密接に絡んでいることを,中国東北地域の事例研究に基づき明らかにしている。そこでは,中学の統廃合(「布局調整」)により,元々あった村の中学が廃校となり,鎮の中学に統合されたため,宿舎の費用や生活費などが新たな負担となったこと,また,寄宿舎に住む生徒が親と離れているために指導が行き届かず,中学校の位置する鎮の風紀の乱れなどを心配した親が生徒の退学をむしろ容認する,などの事例が挙げられている。

多極集中のもう一つの影響は,県内農村住民内部での格差の顕在化である。教育サービスの多極集中化は,医療分野と比較すると,郷鎮よりは県城にウェイトが置かれる結果になったようである。周飛舟(2012: 1-37)が詳細に明らかにしているように,「県を中心とする」方針が出されてから,教育財政はプロジェクト資金化(??化)され,県当局がこの資金を管理するようになった。その初志は農村部の教育サービスの充実にあったのだが,実態は逆説的な展開を見せたという。すなわち,プロジェクト資金の手続きが規範化されるほど,教育資金は県内の農村部には入りにくくなり,一つの県を単位に見ると県城の教育施設のみが繁栄する現象が起こっているというのである。従来は教育サービスの提供において郷鎮政府が指揮を執り,地元農民や富裕者などとの関係をも動員して教育資源の調達を行っていたのが,「県を中心とする」方針が出されてからは郷鎮政府のそうした役割・権限は奪われ,農村部の学校は逆に廃れる結果となってしまった*37

こうした状況下では,経済条件に恵まれた家庭は,ますますその子弟を県城の小学校や中学校に送り込もうとする。県城の市民と同等の道を歩むのである。その意味では一部の農民は県城の市民と「一体化」しつつあるといえる。前節で触れたZさんのように,県城でマンションを購入する農民の大きな目的の一つは,子弟を県城で教育を受けさせることにある。ただし,そのコストは当然高いので,一般的な家庭の子弟は農村部の学校に「残留」することになる。こうして都市に「一体化」する者と農村に「残留」する者が分化しつつあるのが,現在の新しい変化の趨勢であろう。都市化の比較的進展した河南省新野県沙堰鎮のZ村の例で言えば,村の子供は村内の4年生まである小学校を終えたのち,?県城の小学校,?鎮の回族のための小学校(非回族でも就学可能),?鎮の明徳小学校(5,6年生のみで宿舎あり)のどれかへの進学を選ぶことになるが,中学校レベルでは約半数の生徒が県城の学校に入るという。特に,成績が優秀で家庭の条件に恵まれた生徒であるほど県城に進学する傾向にある*38

むすび


本稿の結びとして,三点を指摘したい。

第一に,中央の都市・農村一体化政策は、とりわけここ5年程度、各地において実際に行われてきた試みを「中央の精神」として汲み上げ、概念化・合法化を試みたものである。近年の「三農」政策の進展と,出稼ぎ経済の効果により,すでに県城と農村の「市民・農民分断社会」の状況は変わり始めているといえる。そしてその実態を追いかける形で,各地における「一体化」政策は展開してきている。その意味で、十八回党大会の政策形成も、地方政府の試行錯誤と実態が先行し、中央が追認してきた中国の農政の発展パターンを体現している。

第二に,農村と一体化されるべき「都市」とは、ほとんど県城を指している。つまり,十八回党大会で打ち出された農政の眼目は,県城住民と農村住民の格差を縮小する,というポイントにある。「一体化」概念は実際には「県域経済の発展」と密接にからんで提起されており,両者は非常に親和性の高い概念である。このことを裏返すと,中国の政策当局は「県域社会」を単位として考え,県域内部の格差に問題の焦点を移すことで,沿海部大都市市民の特権的地位に改革のメスを入れることを回避している,ともいえる。従来、こうした点は都市・農村一体化に関する研究でも十分に意識されてこなかった。したがって外部の観察者も、中国の「県域社会」のもつ意味を改めて理解し、研究を深めていく必要がある。

第三に,これまで実施されてきた各地での先進的事例を見る限り,県域社会を単位とした一体化政策は,住民やコミュニティの意思とはひとまず無関係に,政府の「多極集中」的な発想に基づき政策主導で進んでいる現状がある。十八回党大会により一体化政策が今後,政策の「主流」を形成していく限りにおいて,各地の県指導部は,自らの政治的功績をアピールする意味で県域社会を意識した「多極集中」を進めていくかもしれない。だがその場合でも,旧来の「多極分散的」な公共サービスが,郷村医師などの郷土の人材や村レベルの周辺に集積しているコミュニティの意識(?情)によって補完されてきた点を無視すべきではない。コミュニティの資源を徒に損なわぬよう,うまく活かしながらの「多極集中」の道が模索されてしかるべきだろう。


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