タイプ
レポート
日付
2010/1/7

第7回 新しい地域再生政策研究会報告

研究会概要


○日 時:2009年12月18日(金)18:30-21:00
○場 所:東京財団A会議室
○出席者:
  梅川 智也  ((財)日本交通公社調査部長)
  岩佐 吉郎  ((財)日本交通公社調査部長)
  河田 容英  ((株)ナビックス プロジェクト・マネージャー)
  小林 芙蓉  (書画家)
  土居 好江  (NPO法人遊悠舎京すずめ理事長)
  西尾 祥之  (地域振興整備公団調査役)
  森 一彦   ((株)大広 275研究所)
  関係省庁政策担当者
 (東京財団)
  赤川 貴大  (東京財団政策研究部研究員兼政策プロデューサー)
  井上 健二  (東京財団政策研究部研究員兼政策プロデューサー) 他


議事次第

1.開会
 ○第6回研究会での議論等のレビュー
2.ゲストスピーカー報告
  演 題:『伝統産業の内発的イノベーションの仕組み・仕掛け~京の老舗から学ぶ~』
  報告者:土居好江氏(NPO法人遊悠舎京すずめ理事長)
3.今後の研究会の予定等について
4.閉会



前回研究会の議論等のレビューを行った後、ゲストスピーカーの土居好江氏(NPO法人遊悠舎京すずめ理事長)から、暮らしの視点から京都の文化を見つめなおし、21世紀的価値の再発見・情報発信や古から受け継がれてきた町衆の伝統文化を現地現場で学ぶ京すずめ学校の主宰などの活動のご経験を踏まえ、1000年以上続く京の老舗店の持続的経営のあり方などを例に、伝統的産業の内発的イノベーションの仕組み・仕掛けについてご報告を頂き、その報告をもとに意見交換を行った。以下は主な内容である。 


【ゲストスピーカー報告要旨】

○本当の京都の魅力、底力というのは、王朝や雅を支えた側の文化。職人の文化、芸術家の文化や町衆の文化である。視点を変えて京都にアプローチし、本当の京都の魅力を発信すべく「NPO法人遊悠舎京すずめ」を立ち上げ活動を展開。
○京都の特異性を表す幕末の諺に「田舎の学文より京の昼寝」がある。地方で何年も学問に励むよりも、京都で昼寝している方が値打ちがあるということ。京都には1000年続いた本物がたくさんある。人間は、本物を見た時に、本能的に、その本物に近づきたいという本能が働く。司馬遼太郎氏は、この諺をもじって、「田舎の3年京の昼寝3日」と言われた。地方で3年間学問するよりも、何もせずに昼寝をしている方が値打ちがあるということ。
○京都の職人は「見覚え、聴き覚え、見て習え」と言われるが、京都の文化は皮膚から入るもの。
○また、京都の特異性には、本当のことは言わないけどもやんわり言うようなところがある。権力者が常にいて、栄枯盛衰、自分たちとは関係ないところで、権力争いがある。そのような中で町衆が編みだした一つの暮らしの知恵。
○京都を語る時に忘れてはならないのが、絶対差と相対差。京都は1000年以上の間都が続き、歴史、文化がありながら、しかも最先端の技術、技術革新のある近代産業が興っているベンチャーの町であり、世界史的にみても稀有。非常に保守的でありながら、非常に革新的である。京都を乗り越えようと思っても絶対に乗り越えられないだけの歴史がある。ここに京都人の誇り、特異性がある。
○もう一つ忘れてはならないのが、京都人の自然観。それをよく表すものが天地四方拝と四神相応。四神相応は、北に玄武、東に青龍、南に朱雀、西に白虎という四つの想像上の神、自然そのものがこの都を守っているということ。天地四方拝は、天皇が元旦の寅の刻に四方、東西南北、四方に向かって、その自然に対して感謝をし、国民の幸せ、健康安泰を祈ること。
○京都は、「もののけ」と「ひとのけ」がうまく共生、共存した地域。自然と人が響き合い、守り合ってきた歴史と文化が土台になっている。自然のエネルギーを最大限引き出した人が京都では職人としては名手、名人といわれた人で、京都の王朝や雅といわれる文化をつくり出してきた。
○京都の錦市場の地下には、冷たいきれいな地下水が通っており、それを利用した魚屋2軒から始まった。その魚屋2軒の1軒が伊豫又というお寿司屋さんになっているが、そこには降井戸がある。暑い真夏の京都で、魚をこの降井戸で保存した。単に水を汲むだけではなくて、天然冷蔵庫としての役割を果たしていた。
○京都の老舗はお客さんを選ぶ。安い物、売れる物をつくるということよりも、自分の持っている顧客が満足できる物、しかも自分自身が納得できる物をつくる。商品の価値がわかる人だけ買って欲しいというスタンス。これは老舗の哲学。きちっと住み分けている。
○もう一つは、自然との関係。戦後、急成長した京セラ、オムロンや堀場製作所などはどの会社も自然をうまく生かしている。京セラは縄文時代からあった陶器をファインセラミックスという先端技術まで高めている。
○東京商工リサーチの調査によれば100年以上を越す老舗は全国で2万1066社存在するということだが、京都には1000年以上続く企業が3社と財団法人1つある。池坊華道会が今年で1422年目。源田紙業が1238年目。田中伊雅仏具店が1124年目。あぶり餅一和が1009年目。あぶり餅1品種のみで1009年間商売を続けている。
○西本願寺も東本願寺も、御影堂(ごえいどう)の修復工事をしたが、京都には木造建築が1000年間もつマニュアルがある。100年に一度修復工事をし、300年に一度解体修復工事をする。それで建物が、1000年間もつ。南向きに生えていた木は南向きにきちっと据える。そうすれば1000年間育った木は1000年もつ。田中伊雅も平安時代に最先端の技術で最高の至高の仏具を次の世代に継承するために、常に技法を高めておられて、今日に至っている。
○池坊華道会は、創業は飛鳥時代、用明天皇2年、587年。元々は仏様に花を供えたところから出発している。足利義政の時代に初めて華道、茶道、香道と“道”が付いた。室町時代に家元制度ができた。免状制度ができるのは明治時代から。明治時代に学校教育が始まり、その時に礼儀作法のために学校教育に取り入れられ、花嫁修業として一斉にいけばなが学べるいけばな教室があちこちにできた。免状制度をつくり、教室ビジネスというビジネスモデルを確立したと言える。
○西洋のフラワーアレンジメントは、例えば食卓の真ん中にバーンと花を置くので、全方向から見てもきれいだが、非常に人為的な美。一方、日本の華道は、お花を仏様に供えるということからスタートしているので、一方向から見る。仏に供えるという想いがあって、お花がある。非常に宗教的。自然そのものが芸術で、枯れていく花の姿も美しいということで、いわゆる時間、空間を超えていく美しさがある。いけばなは一輪差してもそれが美しい。経済的にも合理的で、自然そのものを生かすということで、日本のいけばなが世界でもてはやされている。
○京都の文化を形容するのに「垢抜けた」という言葉を使う。垢抜けるというのは、削ぎ落とすということ。余分なものを削ぎ落としていく。池坊のお花も、削ぎ落とした究極の美を追究、簡素な中に美を求めた。
○あぶり餅の一文字屋和助は創業は長保2年、西暦1000年。一条天皇の時代。コロリという疫病封じに食べられたのが、このあぶり餅。今宮社に参ったら、あぶり餅を頂くというのが京都の1000年間続いてきた慣わし。「神さんへの恩返し」という気持ちで「家業」として営んでいる。
○一文字屋和助の一つのイノベーションは、神さんへの恩返しという気持ちを続けながら、昭和30年代から参拝者だけではなく、観光客もターゲットとするなど顧客の対象を広げ営業を行ったこと。それに合わせて、1日、15日とお祭りや七五三の時期にのみ営業していたものを平日営業も行うように営業日も変更している。
○源田紙業は奈良時代、宝亀2年の創業。水引などを商う老舗店。小野妹子が隋から日本に帰ってきた時に、中国の隋のお土産として持ち帰った中に、紅白の紅の紐があったが、それが水引の源流。日本人は祝い事好きで、その時に水引を使う。水引の歴史は、本当に研究されていないが、日本人の精神性の高さを示す一つの贈り物文化ということをもっと知った上で、水引を使うような日々の生活をしたいもの。
○松榮堂は京都で突出して成功しているお香の会社。宗教的な信仰の世界のお香を若者のファッションのお香にも参入して、価値を広げていった。松榮堂の商品はお香だけでも600種類以上ある。これはまさに技術革新と企画力。そして、非常に宗教的な分野のお香をファッショナブルな、暮らしを楽しむという価値を持たせたということで成長してきた。
○お香は1500年の歴史があると言われている。松榮堂は、香りのある空間の楽しさを知ってもらうための活動をするということで、商売というよりもお香の普及、お香の文化活動ということを前面に出して活動をしている。
○平成になってからは、商品のパッケージ、コンセプトを海外向けと日本向けと分けている。手作業から機械化へと低価格でできる技術革新に取り組むと同時に、海外の展開も積極的に図っている。自然との関係では、あくまでも天然の素材にこだわり、ブームにはのらない。ここに経営者の深い想いがある。また、老舗というのは、自分が損してでも約束は守る。老舗には哲学がある。
○今は世界中でアロマブームだが、香りを供えるという宗教的なものから香りを楽しむという価値軸をずらすことによって、しかも手作業から近代的な量産型、そして革新的な企画力で、世界に打って出ている。特に、ニューヨークとボストンでは、お香を楽しむ行事なども開催している。
○物を売るのではなく、香り文化を生活に提案するという、ここが一つのイノベーション。宗教的な概念のお香を、趣味とかファッションといった嗜好品にし、さらにリスンという若者向けのお香も開発した。その香り文化を広めるために文化活動も積極的に行っている。
○中村軒は、創業明治16年、いまだに櫟(くぬぎ)の薪を割っておくどさんであんこをつくっている。田植えの時期に田んぼに直接、麦代餅(むぎてもち)を運んでいっていた。年に2回、夏と年末にそのお餅のお代金を麦でもらっていたので麦代餅という名前がついた。桂離宮の近くに亀岡のほうから田植えと刈り入れの時に人が来て手伝っていたのだが、その人たちに食事と食事の間の虫養いとして麦代餅が振る舞われた。昭和になり機械化が進み、宅配が不要となったため、お店でのみ饅頭売りを行うようになり、その後中村軒は座敷を開放して、茶店を併設した。四季折々の旬の物を使って、饅頭をつくる。
○総括すると、本質的にぶれない。会社を大きくすることではなくて、いい物をつくることが大事という考え。そして、技術は常に革新をするがぶれない。顧客との関係は常にお客さまに喜んで頂けるという経営哲学と密接な関係がある。そして、自然との関係では、自然を敬い、うまく自然のエネルギーを取り入れているということ。老舗に見る最大のイノベーションは変えないというイノベーション。変えないということは、判からないように変えながらも、品質を保つ。つまり不易流行ということ。変えないというイノベーションとともに新たな価値の創造、技術の変化、ビジネスモデルの変化、これが経営哲学と顧客、自然との関係がうまくいった時に、1000年間生き延びた一つの大きな要因があるのではないか。
○京都の老舗に大きな影響を与えたものは、石門心学。石田梅岩は、京都で「人の人たる道」を説いた実学者として有名。正直、倹約、勤勉。そして、「先も立ち我も立つ」という、いわゆる「先義後利」の商い。これを石田梅岩は唱えた。CSRの先駆け。
○京都の老舗は大半が石田梅岩の石門心学の影響を受けている。「先も立ち我も立つ」、義を先にして、利益は後にする。これがある意味生き延びる老舗の経営哲学。
○行政への提案としては、経済至上主義から脱却し、もっと自然を取り入れたビジネスの推奨をぜひ行うべき。例えば、北山杉の本仕込みのできる親方は日本で1人しかおらず、もう途絶えようとしている。こうした技術継承者の確保。室町時代から続く技術を残したい。北山杉の台杉から取った杉は花粉を出さないので、この伝統的技法を活用すれば花粉を出さない研究など不要。
○藍は火に焼けないので、江戸時代の火消しは、藍染めの半天に中和紙入れ、刺し子して、それに水かぶって火のところに行けば、火消しの人は守られる。また、藍染め師によれば、胃が痛くなったら、その藍の染料飲むと治るので、藍染め師に癌になる人はいないとのこと。また、漆喰の壁は殺菌力があって新型インフルエンザにも効くと言われている。漆喰をつくる時のうわばみを飲むと結核に効くという伝承もある。漆喰の壁は呼吸をしていて、湿度、温度、殺菌力も良いので、病院の壁を漆喰にすると良いらしい。国がきちっとバックアップして、伝統と最先端技術のコラボレーション、現代的な課題等に効果の見込める伝統的な技術や素材に関する研究を積極的に支援すべき。
○政策運営を行う際に、価値軸を、人間の生き方とか、自然への感謝という哲学をもって、業務をして頂く中に新しいヒントがある。軸足をどこに置いて優先順位を付けるかという、そこに見識や哲学が必要。


文責:井上

〔参考:研究会配布資料〕
■ゲストスピーカー報告資料:『京の老舗から学ぶ伝統産業の内発的イノベーションの仕組み・仕掛け』【4.35MB】