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伝統の美と匠の技:Vol.1「磨丸太の里、北山杉を訪ねて」

February 9, 2011

地域伝統産業の今を訪ねて

Vol.1「磨丸太の里、北山杉を訪ねて」

○日時:2010年10月15日
○場所:中源(株)
○インタビュー
インタビューイー: 中源株式会社 代表取締役 中田治氏
尾島組 尾島俊明親方
インタビュアー:井上健二(東京財団)、松下薫(東京財団)
○協力:土居好江氏( NPO遊悠舎京すずめ 理事長)


千利休により完成された「茶の湯」文化を支える茶室や数奇屋の建築用材として重用されてきた磨丸太で有名な北山杉。京都市街の西北約20kmに位置する北山地方、特に現在の京都市北区中川を中心とする地域は、北山杉の産地として栄えてきました。

今回は、北山杉の育林・製造を営む中田治氏及び北山杉の育林作業に従事する「尾島組」の親方に、北山杉の魅力、林業を取り巻く現状や課題等についてお話をお聞きしました。

【インタビュー要旨】

台杉を活かした「北山杉」は先人が磨き育んだ最先端の集約林業

(中田氏) 

北山地方での林業の歴史は古く、今から六百年前にさかのぼることができます。この辺りの山は急で、平坦な土地も少ないため、作物を育てることが難しかったということもあって、林業が産業の中心になっていったんだと思います。北山杉で特徴的なのは、「台杉」を活かした杉の栽培で、「取り木」と呼ばれる台をつくり、そこから枝を垂直に伸ばして「立ち木」に仕立て、恒常的に磨丸太を生産しています。これは、先人が山で倒れている一本の木の幹から何本も枝が出てるのを見て、人工的に何とか作り出せないかといって考案したのが北山の「台杉」と言われています。台杉で細い杉の丸太を育て、これを伐ったものを御所にも献上していました。また、千利休がここ北山の地を含む洛北一帯の杉の伐採権を持ってたということも言われてます。

(尾島親方)
林業を経営するのに、山の面積が少ないんですわ。だから、いかにして効率的に林業経営していくかという工夫を先人達がしてきたんです。集約林業です。その最たるものが北山なんです。

杉以外の一般素材の木だと、伐木まで最低60年かかるし、莫大な面積が要りまんねん。そやけども、杉丸太で、だいたい伐採木が35年から40年。台杉であれば15年から20年、これで一サイクルなるわけで、回転が速く、少ない面積でも採算が取れるということなんです。

(中田氏)
北山杉は、集約林業に取り組まざるを得なかった。これには技術力を要するから、そこで技術がズーッと磨かれていったんやと思います。

道具の手入れをも大事にする職人の心と技

(中田氏) 

北山で枝打ちに使う鎌はよその鎌とは全然違います。刃が薄くて短いです。それは、ズーッと回って、たくさんの枝を払っていかんなんということがあるんやと思いますね。だから、道具自体もまったく他所とは違います。

(尾島親方)
そうそう。それで、自分の使い勝手のええように、ある面は工夫します。刃越しであるとか、鎌の柄にしても、自分の手に合うようにある程度工夫しています。刃物自体は土佐の刃物が多いです。山林道具は、土佐が全国の八割ほどのシェア占めてるん違うやろか。
この頃は機械化されるので、材質が一定化されとるさかいに当たり外れが少ないですわ。

刃物がサラのうちはかえって切れない。使いこなしてくると、味が出てくるねん。鋼がのうなって、あもうなってきたら終わりですわ。以前は、いい刃物は鍛冶屋さんに持っていって焼きの入れ直ししてもらいましたが、今はそんなことができる鍛冶屋さんはもうおらんと言われてます。

砥石は、柔らかい刃物には硬い砥石あてがうというように何種類も持っています。その刃物に合うた砥石で研ぎあげるわけなんです。そういう工夫をやっぱりします。刃物切れんと、仕事もきれいにでけへんでね。昔は腰鋸を使ってましたが、ヤスリで自分でみな目立てしたんですわ。自分がきれいに目立てせんことには自分がえらい目せんなあかん。木が伐れんで、息が切れるんですわ。そんなことを含めて、先輩からいろんなことを教えていただいだわけです。

優れた親方の下で修行し、一番を目指す

(尾島親方)
この仕事に就いたのは、17歳から。家庭の事情で、兄弟の生活を見る必要に迫られて山に入ることになったんです。大きな林業会社にいたこともありましたが、大きな会社行きゃ、仕事は安定してるけど、時間から時間まで働くサラリーマンのようなもので、それで自分は一番になれるのかと不信持ちまして。それで、秀でた親方につくことにしたんです。その親方はもともとは私の父親の下で修行した人ですねん。父親が育てて一人前になった人に13年お世話になったんですわ。それから独立して、今、若い者三人抱えてやっとります。

仕事に必要なのは緊張感を持続すること

(尾島親方)
何の仕事でも一緒ですけど、ある程度緊張感なかったらあきまへん。和を乱すのはね、人の隙。結局、隙に魔がつけ込んで怪我しますねん。よく怪我をするのは、朝のかかり、昼前、昼のかかりの時で、仕事中はほとんど怪我しませんねん。緊張感がほぐれた時に、ささいなことでやられるんです。木登り名人が一番緊張するのは、上まで上がって、下りる最後の一歩だと言われてますが、それはそこが最も油断しやすいからということ。最後の最後まで緊張感を持ち続けることが大事ということです。

自然の力を最大限活かした北山伝統の「本仕込み」

(中田氏)
昔は、北山杉の製造と言えば「本仕込み」という方法でした。これは夏場にしかできません。夏場、杉の根元を伐り、枝葉をつけたまま山で皮を剥き、立ち木にかけて乾燥させます。夏場は、太陽光線がきつく、日照時間も長いし、風もある。葉っぱをつけたまま、根っこを伐って、皮を剥くので、自然の力で芯の水もどんどんどんどん抜けていくんです。人工乾燥機の原理を自然の力だけでやってます。これによって、表面につやと粘り、優美な色調があって、かつ割れにくい丸太ができるんです。

(尾島親方)
8月のかかりの大安から山入りします。山入りでは、林の中でもっとも成長の遅れた細い木から先に伐っていきます。細い木から早く水が止まってきますので、長年の勘で見極めるわけです。そういう木を先にまわって間伐して、搬出する。それがすんだら、次は「盆越し」と言って、お盆前に伐って、お盆が開けてから搬出する。一人当たりだいたい300本の杉を受け持ちます。5人で組んだとしたら1500本の木をこなしていくことになるので、一ヵ所の現場ではなく、ズーっと林を移りながら、だいたい10月の中旬ぐらいまで作業してました。木の皮の剥ける時期が限られてましたので、昔は、このサイクルでやってたんですわ。今は、水圧の機械等で皮を剥ぐので、時なしみたいなもんで、9月から翌年の2月いっぱいまでずっと生産しています。これは私の自論ですが、このやり方だと、成長が止まってから木を伐ることになります。年輪を見ていただいたらわかるんですが、白い所が「夏目」で、茶色い所が「冬目」なんですけど、結局、冬目で今は製造するんです。「本仕込み」は夏目で製造するんです。夏目は柔らかいので、夏目で製造すると、周囲の環境の変化にあわせて木も変化しやすく、家が時を重ねてくると、床柱もそれに合わせていい味の光沢が出てくるんです。

山にいるからこそ実感する切実な地球温暖化等の影響

(中田氏)

林野庁が花粉の飛ばないスギの品種を開発したという報道を見ましたが、北山杉は杉花粉を飛ばさないんです。台杉のように挿し木にすれば、自分の分身が生育しているので、花粉を飛ばしたり、実をつけたりする必要がないからなんです。

ところが、最近、山に大きな変化が起こってきています。酸性雨や有害物質を含んだ雨が降るようになって、これまで挿し木をすると実をつけなかったはずの木が実をつけるようになってるんですね。木が、酸性雨等で、弱ってきたために、実をつけて子孫を繁栄させようと花粉を飛ばすようになったんだと思います。

この他にも、地球が温暖化してることを目、肌で感じます。この辺りで降る雪は、これまでサラサラした雪でしたが、重たい雪が降るようになりました。また、アカマツの松くい虫による被害が猛烈に進んでいます。マツクイムシが一本の木を潰すのに、それまでは5年くらいかかっていましたが、この頃は1年やそこらで全部食べてしまうんです。地球が温暖化して、冬の温度が高いので、今まで冬場に活動をせずジーッとしてたマツクイムシも活動するようになって、木を食べるスピードが速くなってしまったというわけです。最近は、マツクイムシにやられた若い木が倒れてくるので、風のある日にはマツ林には危なくて行けません。35年以下の若いマツがたくさん枯れてしまっています。カシ枯れもひどいです。山の枯れるスピードは猛烈な勢いで、極めて深刻です。

厳しい北山杉の現状

(中田氏)
昭和54年から北山杉に関する売上の統計を京都北山丸太生産協同組合でとってますが、当初8億円弱、ピーク時が昭和63年で15億円です。平成21年の売上げは7千万円。20分の1にまで落ち込んでいます。組合員数については、北山丸太生産協同組合だけ見ても、ピーク時が90名弱で、今は約40名と半分以下となっています。そのうち、たとえば山林の跡取りで、30歳以下の人はゼロです。生活できるだけの収入があればみんな継がしたいと思っていますが、現実は、後を継がない、継がせない、継がさせられない。これが山村の現状です。今や、林業は兼業でなかったらやっていけないんです。

持続可能な山林経営が成り立つ施策の推進を

(中田氏)

北山と言うよりは全国の林業を考えて話しますが、国の政策として、今、公共施設で低層階の建造物はできるだけ木造の利用を促進するということが方針として示されましたが、そこで使用されるのは、ユニットで組み合わせた物をひとつの木材としてみた積層材です。積層材の価格が低く抑えられているために、その加工のための材を供給するのには、山林から出てくる木材の単価をもっと安く抑えなければいけないので、安くなりすぎていて、その価格で材を供給するとなると、再造林ができないという実態が現場にはあります。

確かに、「公共施設を木造で」という方針を出してもらうことはありがたいことやと思います。目の前のまったくお金にならないものをお金に換えるという部分では非常にありがたい。でも、木を伐ってしもて、次が植えられる、植えて手入れができるかというたら、できない。コストも大事ですが、持続可能な森林経営まで考えていただきたい。

また、林野庁では、「新流通システム」ということで、日本の国内の製材工場を10社とか、15社に集約して、そこで木材を大々的に加工して、一貫生産で売りましょうということを進めていますが、それはあくまでも年間の住宅建設戸数が100万戸ぐらい建っている時がベースの話です。今やそれが80万戸に減り、さらにこれから少子化で60万戸ぐらいに落ちてくる、改築は増えるけど、新築は減ってくると思います。木材供給力の大きい製材工場だけつくっても、供給と需要が合わなくなってしまいます。

(尾島親方)
山の問題で、最も危惧しているのは、山に放置林が多くなって、大雨が降ると、倒れた流木が川を堰き止めることで、橋を潰すなどの大きな二次災害を発生させることですわ。山で間伐しても、伐出しするまでのお金が出ないので、山にほっとかざるを得んのですわ。それに、山が適度に間伐されて日光が当たらんと、下に草も育たないので、保水作用もなくて、一時に雨水と一緒に間伐し放置された木が駆け落ちるんですわ。森林組合の中には、間伐したものをきちんと搬出している所ももちろんありますが、大半は山に伐り捨てて放置されているというのが実態ですわ。

伝統的な建築工法の再評価を

(中田氏)
国土交通省で百年住宅とか言って建築関係のいろんな基準を作ってますが、この基準は、日本が古来からやっている在来の軸組工法とは随分外れる工法になっています。「この金具で木材と木材を留めなさい」ということが定められたりしていますが、木と金なんて合うはずがないんですよ。留めたその時は合うてもね、当然、金具は錆びますし、木は痩せます。そうするとひずみが出てくるわけですね。

また、現代の住宅のことばかり政策の目が向いていますが、社寺仏閣や昔の数寄屋建築のように、金具を使わない工法で何百年と保ってる建造物の検証がされていませんし、こうした建造物向けの基準も作られていないのも問題です。

北山杉の里である中川で若者が住み続けられるような魅力的な地域づくりを目指す

(中田氏)
北山杉の林業は行政に保護される「産業」になったらダメだと思っています。北山杉を本当に欲しいと思ってくださる人、価値の分かってくださる人を一人でも増やしていくことが大事だと思っています。たとえば、北山杉を育てるにあたっての職人さんの想い、伝統的製造方法の「本仕込み」のすごさやそれによって製造された北山杉の美しさを尾島親方に語ってもらったり、北山の杉林の美しい景観を併せて情報発信することで、徐々に北山杉のファンを増やしていって、家を建てる時に、「あの北山杉を使いたい」とおっしゃってもらえるようにしていければと思っています。

また、そのためにも、北山を今以上に魅力的な地域にすることが大事だと思っています。
ここの歴史的景観を大事にして、地域の賑わいづくりを進めようと、地域の住民の方に声かけをしているところです。行政頼り、補助金頼りを止めて、最初は少人数でもいいから、志のある人だけでも集まって、みなさんに北山の魅力を楽しんでもらえるような、そして地域も元気になるような取組を出来るところから進めていきたいと考えています。

(尾島親方)
今のままだと、どんどん過疎化が進んで、限界集落、その後は廃村ですわ。人がみんな町に出ていってしまって、日本の田舎に人が住まんようになったら、誰が山の手入れをするのか。治水にも大きくかかわってくる問題ですわ。それを行政だけがやろうと思っても、地域と一体にならないと、とってもやないけど太刀打ちできんと思います。今、手を打たなあかん問題ですわ。若い者が田舎に残って、田んぼの手入れしたり、山の手入れをすることで、治山、治水、砂防、いろんな面で、それほどお金をかけなくてもやっていくことができるようになるはずです。そのためには、地場産業を昔みたいに復活させることがとっても大事やと思います。

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