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会社は社会を変えられる―統合を目指すCSR(3)社会を変えていくのはどんな会社か

May 29, 2014

政策研究ディレクター・研究員
CSR研究プロジェクトリーダー
亀井善太郎

(1)社会課題の解決と企業経営の「統合」

(2)「統合」できないと失われる企業価値-CSR活動の現実

どんな社会課題の解決に自社が向き合うのか、大切なのは長期の視点

「統合」とは、自社の事業活動の範囲や自らの強みを踏まえた上で、どんな社会課題の解決に自社が向き合っていくのがよいのか、全社を挙げて見極めていくプロセスである。

短期的に考えれば、利益の実現、追求のために、社会との関係を考慮しないという選択肢があるかもしれないが、企業の活動を持続的に発展させるという視点に立てば、これを統合して考えない、行動しないというのは企業そのものの社会における存在意義を考えない、社会課題が企業にとってのリスクになりうることを想定しないことと同義であり、企業価値の創造、保全双方の立場から企業が選択すべきものではない。

ところが、しばしば指摘されるように資本主義のもとで活動する企業は、四半期決算の開示の一例に見るように短期的な思考に陥ってしまう。本来、多くの投資家が年金運用等で長期志向であるのに、運用主体のパフォーマンス評価によって、投資家が短期的な変動に左右されてしまい、結果として、企業経営が短期主義に陥ってしまう(日本では、それよりも役員や幹部社員の人事ローテーションが短いことの方が大きな影響を及ぼしているかもしれない)。

英国では、政府の依頼によりロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのジョン・ケイ教授によって英国の株式市場の課題が分析され、投資家や運用機関が長期視点で意思決定できる仕組みの導入、四半期開示の廃止等の提案がされている(ケイ・レビュー 1 、2012年7月最終報告書を公表)。

要するに「統合」に重要なのは、企業経営や日頃の運営において、長期の視点をいかに持ち込むかという点にある。しかし、日本の多くの大企業の経営計画である中期計画の期間は2年から3年であり、解決に長い時間を要する社会課題の時間軸からすると依然短い。CSR実務者のインタビューを重ねていく中で明らかになってきたのは、ビジネスパートナーばかりでなく、広く社会の各層と対話を進めているCSR担当部署やそのメンバーが長期視点を持つことができてきたのに対し、経営層を含め社内の他のセクションがこれに同調できないという現実である。CSR部署が社内で浮いてしまうのは、前稿でも示したとおりだ。「長い目で見れば、社会課題の解決に向き合うことが大切かもしれないが、いまはこの状況を乗り切ることが重要であり、そこは二の次だ」 というような会話が繰り広げられ、あるべき方向性を見失ってしまう企業が多い。とくに、グローバル化に伴う地雷を踏んでしまうことが経営リスクそのものになる点をCSR部署が認識していながら、経営全体ではこれを取り入れることができないという企業経営の根幹に関わるリスクにも直面している。これはCSRを社会貢献だとか、メセナとか、横並びの寄付といった「あったらなおよいもの」と言っているレベルの問題ではない。

しかし、CSRをリスクマネジメントとも位置付け、CSR担当部署が社会の各層との対話によって得られた知見を社内の各部門の事業運営や投資、さらには全社レベルの経営判断に役立てているいくつかの企業も見られるようになってきた。

例えば、投資案件で考えれば、かつてのM&Aでは、事前のデューデリジェンス(M&Aの合意前に行う専門家による事前調査)といえば財務と法務に限られることが多かったが、近年では、CSR部門が主導し、環境課題や人権課題を対象としたデューデリジェンスが行われるようになってきている。徐々にではあるが、CSRは企業経営そのものであり、事業運営そのものだというCSRの本質に対する認識が広がりつつある。

投資の視点が促す「長期視点」-広がるSRI(社会的責任投資)

社会と会社の関係を長期で考え、行動しようと思っても、市場、つまり投資家がそこに同意してくれなければ、企業はなかなか変わることはできない。ジョン・ケイのレポートに代表されるように投資家の思考や行動を変えていこうという動きは各国で見られる。

とくに欧州では、年金基金を中心に社会との関係を重視した企業への投資、SRI(Social Responsibility Investment、社会的責任投資)が機関投資家を中心に盛んで、CSRへの取組みの後押しとなっている。欧州のSRI残高は日本のそれの約1000倍に至っている(EUは6.76兆ユーロ:2011年末、日本は7,598億円:2012年末)。

英国をはじめ欧州各国では企業年金法や会社法、条例等の法規制の整備が進み、企業にも、投資家にも、SRIを促している。英国の企業年金法では、企業年金基金に対しSRIに関する投資政策や投資方針の開示を求めている。また、会社法では、企業の取締役に対し、情報開示等を通じ、ESGに関する報告を義務化させると共に、機関投資家に、法規制によって導入された基準等に対する意思決定結果(投票)の開示義務化も求めている。フランスでは環境法によって、ファンドマネージャーに対し、どのように投資政策の中でESG(環境、社会、ガバナンス)基準を考慮し、どの資金が関係するのかをウェブ上と年次報告書で説明するよう求めるとともに、企業は、年次報告書で環境や社会的影響に関する情報を公にするよう求められている。

海外の年金基金においては、CSRに取り組む企業への投資促進、CSRにきちんと取り組まない企業への投資除外が行われている。

例えば、フランスのフランス退職金積立金基金(FRR、公的年金制度の積立金運用機関)は、その投資戦略を国連グローバルコンパクトをベースとし、ILO中核的労働基準も活用している。具体的には、責任投資に関する規定「責任投資戦略」(1993年理事会決定、2008年改訂)を持ち、その投資戦略は国連グローバルコンパクトの10原則への指示に基づいている。責任投資委員会(2008年に評議委員会の下に設置)は、 ILO中核的労働基準の8基本条約の適用状況を評価、理事会に報告、理事会は重大な侵害を認めた場合、当該企業との対話や売却等の行動を起こすとしている。

ノルウェー政府年金基金は国連グローバルコンパクトに加え、OECD多国籍企業ガイドラインとOECDコーポレートガバナンス原則を基礎にしている。上記原則に基づき長期的財務リターンの改善を図るため、株主権利を行使(株主総会での投票等)している。また、クラスター爆弾等の「基本的人権を侵害する恐れがある武器を製造する」企業、容認しがたいリスクがあると認められた企業、殺人・拷問・自由剥奪等、重大または制度的な人権侵害、戦争または紛争における人権の侵害、深刻な環境破壊、悪質な買収等を投資対象から除外することを決めている。このように、各国の年金基金では、国連グローバルコンパクト等の国際文書を用いて、投資方針や投資戦略、購入・売却の判断基準等にしている。

では、日本においてはどうだろうか、日本労働組合連合会(連合)が年金基金こそステークホルダーの一つである従業員にとって望ましい投資をすべきであり、長期視点からSRIの促進が不可欠であるとの考えのもと、「ワーカーズキャピタルに関する連合の考え方」 2 を明らかにして、我が国の年金の運用機関である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)に対してSRIの運用を進めるよう提言をしているが、なかなか進んではいない。

その一方、個別の企業で見れば、企業自らが投資家を選ぶ事例も出てきている。四半期決算を義務化されない取引所に絞って上場するグローバル企業もある。日本企業でも、コミュニケーションを深める投資家を選択する動きも見られる。中長期の投資を志向し、財務のみならず、自社の社会との関わり方を理解してくれる投資家を積極的に選んでIRミーティングを戦略的に開いているところもある。

また、SRIについては、モーニングスターやダウ・ジョーンズ等の経済金融情報を提供する企業が自らCSRに積極的な企業を選定し、株式指数として組成する事例も見られるようになってきた。選定する側は、公開情報やアンケート等を通じて、社会との関わり、環境問題への対応、ガバナンスといったESGを中心に企業のCSRの取組みを調査し、これを元にインデックスへの採用の可否を決める。社会の要請によって調査項目も変動するし、相対的な評価なので、全体の水準が上がっていれば、前年と同じであっても相対的に評価は低下し、採用から漏れる場合も出てくる。企業によっては、このSRI指数への採用数を経営者や役員の評価ポイントとする事例も出てきている。いやが上にも社会に対する関心を高め、実践に移していく必要に迫られるわけで、SRIを絡ませた一つの仕組みとしては参考になるものかもしれない。しかし、世界的潮流に積極的に追随する事例も見られるが、それはまだわずかで、日本全体の潮流とはなりえていないのが現状だ。

対象となる社会課題を明らかにするため、CSRガイドラインを活用

実行プロセスに重きを置く「個々のよき活動のホチキス綴じ」ではなく、対象とすべき社会課題をより網羅的に且つ効果的に検討するための工夫の一つにガイドラインの活用がある。

CSRのガイドライン(正確には全ての組織のSRのガイドライン、企業に限らずすべての組織による活動が社会及び環境に及ぼす影響に対して組織が担う責任を対象)であるISO26000は、解決すべき社会課題をあらゆるステークホルダーの観点から「中核主題」とその詳細である「課題」として整理している。

例えば、「人権」という中核主題では、1.デューデリジェンス(一般にデューデリジェンスというと、前述のとおり、ビジネスでは投資家が投資対象に関して財産価値などを調査することを指すことが多いが、ISO26000 では、組織の決定や活動が社会・環境・経済に与える負の影響を調べることをデューデリジェンスとしている。人権の中核主題では、影響の中でも特に組織が人権に与える影響について注目し、デューデリジェンスと呼ぶ)、2.人権に関する危機的状況(政治が腐敗している場合や、法律で保護されていないような取引関係など、特定の状況では人権を侵害する行為が見過ごされやすいため、特別な注意を払うべきであること)、3.加担の回避(組織が人権侵害に加担することや他の者の人権侵害によって利益を得ることなど、人権侵害によって不当な利益を得ることを回避すること)、4.苦情解決(人権が侵害されたときに、それを組織に伝えるようにすることができる制度を確立することで、人権に関する苦情の解決をすること)、5.差別及び社会的弱者(組織に関係するすべての人に対する直接的・間接的の差別を禁止し、不利な状況に立たされやすい社会的弱者の機会均等と権利の尊重に特に配慮すること)、6.市民的及び政治的権利(自由な言論、表現、政治への参加など、人として、社会の一員としての尊厳をもった生活を送るための権利を尊重すること)、7.経済的・社会的及び文化的権利(人が生きていく上で、精神的・身体的に健康で幸せな生活を追及するための権利を尊重すること)、8.労働における基本的原則および権利(国際労働機関(ILO)が定める労働における基本的権利(結社の自由、団体交渉権、強制労働の撤廃、児童労働の廃止、差別の撤廃)を尊重すること)といった8つの課題に分けられている。

また、「環境」であれば、1.汚染の予防(大気への排出、排水、廃棄物、有毒・有害化学物質の排出、及びその他の原因による汚染を防止すること)、2.持続可能な資源の利用(電気、燃料、原料及び加工材料、土地、及び水の使用に責任を持ち、持続可能な資源の利用を促進すること)3.気候変動緩和及び適応(温室効果ガスの排出削減のための取り組みを行うこと、及び気候変動に関連する損害を回避、又は最小限に抑えるための対策を講じること)、4.環境保護、生物多様性、及び自然生息地の回復(人間の活動によって変化してしまった環境を保護し、自然生息地及び生態系の回復のための取り組みを行うこと)といった4つの課題に分けられている。

より検討に重きを置く企業では、ISO26000や国連グローバルコンパクト、ミレニアム開発目標等を先人たちの知見の蓄積と受けとめ、そこに示されている考え方を深く理解し、これらをうまく使って、自社の活動を整理し、概観できるようにしている 3 。具体的にはCSR報告書の目次や対照表の明示等によって、自社の活動がどのような社会課題に取り組んでいるか(どの分野の取組みが浅いのかも含め)明らかにしているのだ。これは社外への開示のみならず、自社の活動のあり方、すでに述べた「統合」のあり方を社内でよく考える上でも羅針盤の役割を果たすはずだ。

ステークホルダーとの対話を通じた社会課題の探索

さらに進んだ企業では、顧客・消費者、サプライヤー、ビジネスパートナー、投資家、幅広い市民(消費者でない)、NPO・NGO、社会的弱者、そして社員等、様々なステークホルダーの関心や期待に耳を傾けている。アンケートや対話によって、ステークホルダーが社会課題のどんなところに関心を有しているのか、自社に何を期待しているのかを明らかにしている。また、社会課題が変容することも踏まえ、定期的な見直しにも取り組んでいる。

「ステークホルダーとの対話」と一言で言えば簡単だが、「やりました」という証拠作りでもなく、ガス抜きではなく、本当の果実を得ようとする本物の対話にするには、これらのプロセスは大変手間のかかるものだ。周到な準備、愚直な繰り返し、真摯な姿勢のどれが欠けても、ステークホルダーは本音を話してくれないし、お互いに当事者意識を持った核心に迫る対話にはならない。

また、対話の相手に少し先の未来を見ている専門家・有識者も別途選び、その対話に時間を割くことを通じて、多くのステークホルダーたちとの対話で陥ってしまいがちな近視眼的なテーマ 4 から一定の距離を離し、異なる視点、「少し先の未来」の視点を取り入れる工夫も見ることができる。

もちろん、いずれのプロセスもCSR担当部署や関連部署だけで完結させないことは言うまでもない。経営者が真剣に取り組まなければならないし、事業部門の覚悟が足りなければ、事業との統合は進まない。実際の活動を担うのは新入社員かもしれないのだとすれば、すべての社員を対象とした巻き込みが不可欠だ。これも一言で言えば簡単だが、長い時間をかけて、すべての役員と社員を巻き込むCSR担当部署の弛まぬ努力としたたかさが求められる。

社会に関わりたいという思いを会社の力にする仕組み

「昔は、有能な人は他社より高い給料を出せば採れたが、いまは違う。本当に採りたい人はカネでは来ない。社会に役に立つ仕事を心から探している。では、官僚かと言えばそれも違う。本当にできる人は官僚が社会を変えるとは思っていない。刺激的な仲間と社会をよりよいものにできる。その仲間に入りたいと思ってもらえなければ、うちに来てもらえない。我々が社会に役立つ仕事を続けている最大の目的は人材獲得だ。」

学生に抜群の人気を誇る、ある企業経営者の言葉だ。

会社にとって必要な人材を確保するため、社会との関わりを積極的に取り組む事例は多い。ボランティア派遣だけでも、会社とのつながりを強めることもできるが、それでは、この会社である必然性は弱い。その会社らしい強み、組織だからこその強みを発揮する社会課題解決に関わることができれば、自分自身がその仲間の一員として参加していることによる必然性は当然強くなる。

3Mやグーグルにおける取組みとして有名な就業時間の一定割合(10%や20%、つまり週のうち半日とか一日)を自分自身が関心を持つ研究開発テーマや社会課題の解決に時間を充てるというやり方は有名だ。しかし、日本の会社で同じやり方ができるかというとなかなか現実的ではないかもしれない。同じような主旨をうまく実現している会社では、一律に一定割合を課すのではなく、社会課題の解決をテーマとした部門横断型のチームを作り、これを会社が公認する仕組みを導入しているところもある。

また、社会課題の解決と自社事業にとっての成果の両立を必ず求める仕組みを導入し、自社の事業戦略に社会課題という要素を織り込むことでイノベーションを促す取組みを始めた会社もある。

社会を変えていく会社とはどんな会社なのか、どんな工夫をしているのか、その源泉はどこにあるのか、その特徴が見えてきた。

第一に、社会課題の解決と企業活動の「統合」を長い時間軸で考え行動していること。

第二に、社会課題の解決に自社の強みを活かす努力を続けていること。

第三に、そう仕向けるよう、具体的な仕組みに落とし込んでいること。

企業インタビューを通じ、優れたキーマンはそれぞれの現場にいることがわかった。社長や役員である場合もあるし、CSR担当である場合もある。顧客に接する最前線の社員の力も大きい。その愚直な努力の積み重ねには感銘することばかりであった。何より重要なのは、あきらめずに続けることなのかもしれない(それこそ、長い時間軸の思考であり行動だが…)。

東京財団CSR研究プロジェクトでは、CSR白書の刊行を予定している。同書では、これまで本論考で概観したCSR企業調査の分析の詳細を示すことはもちろん、「社会を変えていく会社」の具体的な取組み事例も紹介する。自分の職場や会社に適した形で「社会を変えていく会社」にするにはどうすればよいのか、具体的なヒントとなる事例、構造分析、導入しやすいツール等も盛り込んだ事例紹介だ。また、各界を代表する第一人者、実務家による論考も併せて掲載し、さまざまな角度から今の日本のCSRの課題と方向性を示していく。

会社は社会を変えられる。CSR研究を深めていく中で当初の仮説は確信に変わりつつある。社会にとってはもちろんのこと、会社にとっての伸びしろも大きい。改善すべき点は大いにあるし、これからの社会や会社、そして、一人ひとりの働き方、生き方まで考えれば、その方向は必然とも言える。

会社は、そして経営者や社員は、社会課題の解決と自社の事業活動の「統合」を目指していくしかない。まずは、広く社会に目を向け、その課題とは何か、長期の視点で自社は何ができるのか、自社は何をしなければならないのか、これらをしっかり考える時間を会社として割くことがスタートとなるだろう。


1 http://www.bis.gov.uk/assets/biscore/business-law/docs/k/12-917-kay-review-of-equity-markets-final-report

2 http://www.jtuc-rengo.or.jp/kurashi/sekinin_toushi/data/20101216_workers_capital.pdf

3 逆に、多くの企業では、ガイドラインを単なるチェックリストだと理解してしまっている。

4 例えば、現在、エネルギー問題を採り上げる市民等との対話では発電手段の議論、つまり原発の継続の是非がメインとなりがちだが、並行して考えるべき、気候変動問題が蔑ろにされてしまうという問題がある。

    • 元東京財団研究員
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