タイプ
論考
プロジェクト
日付
2017/12/13

戦略的CSRとしての障害者雇用

東京財団CSR研究プロジェクト

リサーチ・アシスタント 倉持 一

 

 2016年9月、内閣官房に新たに「働き方改革実現推進室」が設置され、言わば「一億総活躍社会を実現するための改革」が本格化した。当然ながら、この一億総活躍社会の構成員には障害者も含まれるのであるから、障害者雇用のさらなる促進は、政府目標の実現に不可欠である。本稿では、特に筆者の専門であるCSRの見地から、働く人のダイバーシティーとしての障害者雇用について論じる。

すすむCSRへの理解と戦略化傾向

 日本のCSR元年は、2002年から2003年だと言われる。既に10年以上が経過したことになる。流れの早い現代社会の中にあって、10年という月日は、企業活動に影響を及ぼすには十分である。東京財団が2015年に実施したCSR企業調査の結果によると、63%の企業がCSR専任部署を、30%の企業がCSR兼任部署を設けている[1]。合計で9割以上の企業が、CSRを取り扱う部署を設けていることになる。それだけ、企業経営におけるCSRへの配慮の組織的な関与の度合いが増したといえる。「もはやCSRを無視した企業経営はありえない」という声が企業側からも聞こえてくる。CSRに対する企業の理解は相当程度進んでいると言えるだろう。

 アルフレッド・チャンドラーの「組織は戦略に従う」との主従関係命題[2]に基づけば、CSR関連部署の増加という組織面での充実化は、既に企業戦略にCSRが相当程度入り込んでいることを示唆する。この経営戦略とCSRとの密接な関係の成立は意外なほど新しいが、これまでに2つのステップがあったといわれる。

調和から統合へ―企業の経済的価値と社会的価値

 1つ目は、「戦略的CSR」に代表される、CSRの戦略的取り組みの一般化である。2006年に経営戦略論の泰斗マイケル・ポーターらが、従来のCSRをフィランソロピー的で受動的であると厳しく指摘し、経営戦略論の立場からCSRを論じはじめた[3]。これにより、CSRの戦略性に俄然注目が集まるようになった。企業収益に結びつくCSR活動を志向せよというポーターらの強いメッセージは、厳しい競争環境のさなかにあり常に自社の強みを追求することに余念のない企業にとって、受け入れられやすかったと考えられる。実際、2007年5月に経済同友会が発表した報告書は、2004年や2006年に同団体が発表した同種提言[4]とは異なり、「CSRイノベーション:事業活動を通じたCSRによる新たな価値創造」と題し、事業活動を通じたCSRがメインテーマである。ポーターらの論文が発表された前後で、報告書の論調に変化が生じていることがわかる。

 2つ目のステップは、CSV(共通価値の創造)の登場である。CSVは、戦略的CSRを提唱した5年後に、ポーターらが改めて登場させた概念である。彼らは、企業はCSVを活用し、戦略的CSRの意図するCSRへの戦略性付与をさらに高め、自ら経済的価値と社会的価値の同時創出を目指せと主張する[5]。簡単に図式化すれば次のとおりだ。

 競争優位の獲得による企業サステナビリティの向上という企業戦略の本筋に軸を置きながらも社会的価値の創出を強調するCSVの考え方は、世界各国の企業で受け入れられている。CSVをミッション、企業理念の一部に取り入れる企業も今では珍しくはない。CSVの登場が、企業のCSR活動に与えた好影響は計り知れない。

戦略性を追求したがゆえのCSV

 とはいえ、CSVも完璧ではない。まず、CSVに疑問を呈する代表的論考である2014年に発表されたアンドリュー・クレーンらの論文[6]は、CSVの「弱み」を4つ指摘する。それは、①そもそも目新しいコンセプトではない、②市民社会の存在と企業の経済的目標との関係性の議論を無視している、③コンプライアンスの問題に対し消極的である、④社会における企業の役割を矮小化している、である。

 例えば、②について言及すれば、SDGs(持続可能な開発目標)に代表されるように、貧困や人権、労働問題など、企業と無縁ではない社会課題が顕在化し、その解決が世界的な関心事となっている現在、企業への期待は以前よりも高まっている。しかしCSVは、そうした「期待」のような市民社会と企業との相関関係には触れていない。ポーターらが「共通価値は、CSRでもなければ、フィランソロピー(社会貢献活動)でも持続可能性でもない。経済的に成功するための新しい方法である。(“Shared value is not social responsibility, philanthropy, or sustainability, but a new way for companies to achieve economic success[7].”)」と明確に言及するとおり、CSVはあくまで経済的価値の創造を志向する新たな経営戦略の一つなのだ。

 CSVは、経済的価値の獲得という目的を満たすための手段であり、社会課題の解決を目的としたものではない。原理的なCSVの立場からすると、障害者雇用という法定事項の遵守は、単なる経営コストとして企業の目に映りかねない。他にも、ポーターらが、CSVを、市場を主戦場とする経営戦略の文脈で語るがゆえに、企業組織内における価値創造に触れていない点も指摘できる。企業の価値創造は、必ずしも市場だけで行われるものではない。雇用や労働といった組織的側面での価値創造も、十分にCSRの範疇に含まれる。このCSVで語られていない、企業組織における価値創造となるのが障害者雇用である。

障害者雇用の現状

 2016年4月1日、「障害者の雇用の促進等に関する法律(障害者雇用促進法)」の一部が改正された。これにより、雇用の分野における障害者に対する差別の禁止および障害者が職場で働くにあたっての支障を改善するための措置(合理的配慮の提供義務)が定められたとともに、新たに精神障害者を法定雇用率の算定基礎に加える等の措置が定められた。また、企業に対しては、雇用の分野において障害を理由とした差別的取り扱いが禁止され、障害者が働くに際して生じる不都合を改善するための措置が義務付けられた。さらに、障害者からの苦情を自主的に解決することが努力義務化されたほか、もし、企業と障害を持った労働者との間で紛争が生じた場合には、公的機関によって調停や勧告といった措置が取られることとなった。このように、障害者雇用への適切な対応は、法律の遵守(コンプライアンス)の面からも見ても、現代の企業経営にとって大きな課題の一つである。

 こうした点が、昨年から今年にかけて多くのメディアで取り上げられた。その影響もあるのだろう、日本企業の合理的配慮への対応は素早いものがあった。

 東京財団CSR研究プロジェクトが2016年に実施したアンケート調査「第4回CSR企業調査」では、今回の障害者雇用促進法の改正に関し、上場企業を中心に合理的配慮への対応状況を尋ねた。それによれば、54%と過半数を超える企業が既に合理的配慮に新たに対応済みだった。また、現時点で未対応と答えた企業でも、33%の企業が今後の対応を予定している[8]。アンケートが、法改正から半年も経たない2016年9月からスタートしていることを鑑みれば、今回の法改正への企業のレスポンスは悪くない。

しかし、合理的配慮を含む障害者雇用に対して何かしらの悩みや不安、法律の要請の達成に課題を有している企業も多いのではないか。なぜなら、2017年5月時点で一般企業に課せられた障害者雇用の法定雇用率は2.0%であるが、2016年12月発表の厚生労働省資料によれば、それを達成している企業は前年(2015年)よりも増加しているとはいえ48.8%であり、約半数の企業は法定雇用率を達成していないからだ。

 むろん、法定雇用率の達成率が今なお過半数を超えない要因は様々であろうが、筆者はここで、同率向上の促進に向けた一つの方向性として、障害者雇用を戦略的CSRとして理解することを提案する。

戦略的CSRとしての障害者雇用

 2016年9月、内閣官房に新たに「働き方改革実現推進室」が設置され、いわゆる働き改革実現が官民をあげて標榜されている。障害者雇用のさらなる促進は、「一億総活躍社会を実現するための改革」という政府目標の実現に不可欠である。そこで企業は、障害者雇用を戦略的CSRとして理解し、障害者雇用促進法に定められた事項に受動的に漫然と対応するのではなく、戦略性を高めて取組むべきである。そうすることで、生み出される価値が増大するからだ。

 戦略的CSRとは、上で述べたとおり、CSRをフィランソロピーとしてではなく経営戦略を通じた価値創造のプロセスとして理解する考え方である。重要なのは、CSRを経営コストではなく事業機会だととらえ直すこと、下の図でいえば左下から右上へとCSRを移行させることだ。

 『CSR白書2017』でも紹介しているように、一部の企業は、すでに戦略的CSRの考え方をベースに、障害者雇用に積極果敢に取り組み、成果を上げている。それら企業が配意し、また、努力している点は、障害の特性を理解し、その特性に応じた職務分担と就労中の心身のケアを丁寧に行うことである。一般的には、職場内でのコミュニケーションの活性化のためには、例えば「飲みニケーション」に代表されるような、社員同士の緊密な関係が効果的だとされる。しかし、障害特性によっては、この種のコミュニケーションがプラスにならないケースもある。こうした細かな配慮を行うことが障害者雇用の継続性や活性化には欠かせない。そして、その配慮を行うためには、上の図で示したように、能動的かつ戦略的にCSRに取り組み、障害者雇用を事業機会と捉える必要がある。受動的、フィランソロピー的に考えていたのでは、障害者雇用は企業にとっても障害者にとっても良好なものにならない。

 今後、多くの企業が、社会の期待に戦略的に応えるという戦略的CSRの本質的考え方に基づいて能動的かつ戦略的に障害者雇用に取り組み、ひいては、障害者雇用の進展が今後の我が国の働き方改革の一翼を担うことを期待したい。障害者雇用の進展なくして、一億総活躍社会の実現は不可能なのだから。


 

[1] 参照:東京財団(2016)『CSR白書2016』

[2] アルフレッド・D・チャンドラー Jr.(2004)『組織は戦略に従う』ダイヤモンド社

[3] M. E. Porter & M. R. Kramer (2006) “Strategy and Society: The Link Between Competitive Advantage and Corporate Social Responsibility”, Harvard Business Review, December, pp.78-92.

[4] 2003年度は「現状と課題」、2006年度は「経営者の意識調査」がテーマである

[5] Porter, M. E. & M. R. Kramer (2011) “Creating Shared Value”, Harvard Business Review, Jan/Feb, pp.62–77.

[6] Andrew Crane et al.(2014) Contesting the Value of “Creating Shared Value”, California Management Review, vol. 56,  Issue 2.

[7] 前掲注3

[8] 参照:東京財団(2017)『CSR白書2017』「CSRを拓く対話と協働―第4回『CSR企業調査』分析」