消費減税はポスト安倍の政策課題になりうるか~減税は安倍政権の成果を否定することになる~

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消費減税はポスト安倍の政策課題になりうるか~減税は安倍政権の成果を否定することになる~

安倍晋三首相は8月28日、持病の悪化を理由に突如辞意を表明した。安倍首相の連続在任日数が最長を記録した直後のことだった。同時に、安倍首相の後任を選出する自民党総裁選挙に向け、「ポスト安倍」がにわかに動き出した。

辞意表明が予期できない形であったこともあり、ポスト安倍候補は、綿密な次期政権構想を固めきれていない状態だろう。そのため、次期政権がどのような経済政策を講じるのか。高い確度で見通すことは容易ではない。

社会保障はおろそかにできない

次期政権がまず直面する最重要課題は、新型コロナウイルス対策である。次期首相は、まさに危機対応能力が問われることになる。ただ、コロナ対応が長きにわたることはない。感染収束の時期は予断を許さず、平時の対応は残るかもしれないが、危機的な状況は早晩収まるだろう。

コロナ後を見据えれば、まずはコロナの影響を受けた経済的打撃にどう対処するか、すなわち景気対策が最優先とする見方もあろう。しかし、社会保障、とりわけ医療、介護、年金は、景況がどうであれ、国民の日常生活に大きく影響を与えるものだ。景気が悪くても、社会保障をおろそかにはできない。

加えてコロナ後は、感染拡大を恐れて経済活動を制限していた状態からコロナ前の経済活動の水準に戻ってゆく過程に入る。元の経済活動の水準にいつ戻るかは予断を許さないが、コロナ後は景気回復期に移行する。景気回復期に入るのだから、ポスト安倍が景気対策に力を入れるといっても、それが次期政権の最重要課題であり続けることはない。

2022年から団塊世代は75歳以上になり始め、2025年には全員が75歳以上になる。1人当たり医療費や介護費がこれまで以上に多くかかるようになる時期に、政権を担当することが予想される次期政権にとって、社会保障こそが経済政策において最重要課題の1つとなる。

だが、ポスト安倍が今の安倍政権と同じ社会保障のスタンスを取り続けるなら、無難なように聞こえるが、それでは失格である。第2次安倍内閣以降、消費税率を10%にするまで、社会保障・税一体改革が推進されてきた。一体改革では、消費税の増税財源を活用して社会保障の充実(後に教育無償化も加わる)を進めてきた。

ちなみに、消費税は社会保障財源になっていないなどというのは、揚げ足取りの極みである。毎年度国会で議決される予算書で、その消費税収は、社会保障4経費(子ども子育て、年金、医療、介護)に充当することが規定されている。国権の最高機関の議決でそのように規定している以上、消費税の増税財源の正統な使途は社会保障4経費である。

グランドデザインなき社会保障改革

社会保障・税一体改革は、消費税率を10%にするところまでである。その先の社会保障の姿について、安倍政権では全世代型社会保障改革の検討を始めているが、グランドデザインはまだできていない。

つまり、次期政権の社会保障政策は、現時点では海図なき航海になる。しかも、現行制度が盤石であればよいが、さまざまな綻びがあり、それを改めなければ危うい航海になりうる。医療の綻びについては、「コロナで医療崩壊しかねない日本の医療の弱点」でも指摘したところである。

そこで1つの焦点となるのが、消費税の扱いである。前述のように、社会保障・税一体改革では消費税は社会保障財源と位置づけられてきた。ただ、「ドイツが『消費税率3%下げ』に踏み切る意味」で言及したように、ヨーロッパで消費税(付加価値税)の一時的な引き下げが実施されており、日本でも消費減税を求める声がある。

では、次期首相は消費減税を支持できるだろうか。

7年8カ月に及ぶ安倍政権は、消費増税を実現するためにできた政権ではなかった。とはいえ、消費税率を5%から10%まで引き上げた内閣として、図らずも歴史にその名を残すこととなった。

消費減税は、消費税率を10%まで引き上げた安倍内閣の成果を覆すことを意味する。これまでの消費減税の議論は、引き上げを決断した安倍首相が景況判断などについて自己否定する形で税率を引き下げることを、暗に想定していた。

安倍政権の成果を否定する消費減税

しかし、安倍首相が辞意を表明した今、次期首相が消費減税を決断するとなれば、安倍政権を真っ向から否定することになる。

そのうえ、消費減税に踏み切るのならば、安倍政権において消費税を財源として充実させた社会保障や教育無償化について、その財源に穴が開くことに何らかの対応策が問われることとなる。それは、充実させた社会保障や教育無償化の一部をやめるのか。それとも別の財源を見いだすのか、または借金で穴埋めするのかだ。

消費減税で穴が開いた財源を示せなければ、野党ならいざ知らず、政権与党として無責任との批判にさらされる。さらに、いったん引き下げた消費税率を元に戻すのはその先となる。次期政権が短命政権でなければ、消費税率を元に戻す任務も担わなければならないだろう。

減税は支持する声があっても、増税は不人気である。次期首相が、いずれ自らの政権で増税を実施せざるをえない消費減税を支持すれば、自縄自縛である。政権に就くからには、増税以外で実行したい政策があるはずだ。

社会保障財源を消費税には頼らないという考え方もあろう。しかし、税率1%の税収で2.5兆円ほどになる消費税に代わる別の財源を見つけるのは容易ではない。

2020年代の経済政策をどうするのか

所得税で累進度を高めるのは所得格差是正に寄与するが、2.5兆円もの税収を得るような所得税改革を行うなら、年収500万円以上の納税者に増税となるような改革を行わなければならない。つまり、「高所得層のみ増税」という所得税改革では不十分な税収しか得られず、十分な税収を得るには中所得層にも及ぶような増税が必要だ。

法人税で増税をすれば、日本企業が海外に拠点を移し、日本での雇用が失われる。相続税は、今の税制でさえ消費税率1%分の税収にも満たない税収しか上がっていない。消費税以外の税目には改革すべき点はあるが、それで大きな財源が容易に得られるというものではない。

そうしたわが国の税制の構造を踏まえて、次期首相が消費減税を支持すれば、社会保障の財源を代わりにどう確保するのか。政策の不整合を容易に追及されることになる。

ポスト安倍候補は、現時点ではまだ政策論議なき人選という状況である。自民党総裁選を通じて、コロナ後を見据えて2020年代の経済政策をどうするのか。まっとうな議論が求められている。

 

2020年9月1日 『東洋経済オンライン』掲載

土居 丈朗/Takero Doi

土居 丈朗

  • 上席研究員

研究分野・主な関心領域

  • 税制
  • 地方財政
  • 財政の持続可能性
  • 社会保障
  • 公共選択論

研究ユニット

経済政策・経済思想ユニット