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インタビューシリーズ「障害者の自立を考える」:高山亨太さん <インタビュー後記>

April 9, 2013

「インタビューを終えて」

高山さんに最初にお会いしたのは2012年9月。前月に『障害者の高等教育に関する提言』を取りまとめて一段落した頃だった。手話通訳を介したコミュニケーションだったが、知的で茶目っ気のある高山さんの人柄に触れて、インタビューをお願いすることにした。

インタビューでは大学退学、専門学校入学、老人ホームへの就職、大学編入、大学院入学、米国留学と、変化に富む人生を明るく振り返ってくれた。同時に、聴覚障害に関する専門職のレベル・意識の低さや、障害者の教育・研究分野への進出が遅れていることに対する危機感を何度も口にし、手話の分からない私でさえ、その熱意が直接伝わるほどだった。

以下、インタビューで印象に残った個所や、政策・制度論を考える上で参考となる部分を抽出しつつ、障害者の自立に必要な配慮や施策を考えたい。



「東京財団に障害のある研究員はいないんですか?」―。ある日、高山さんから貰ったメールの文面にハッとした。 今回の研究プロジェクト は研究会メンバーに障害のある方にご参画頂いたほか、ヒアリングの過程でも現場や当事者の意見を最大限、取り入れたつもりだが、障害者手帳を持っている人は当財団にいない。この点を指して、高山さんは「当事者の意見が入っているのか?」と疑問を投げ掛けたわけだ。

一方、教育・研究の第一線で活躍する障害者が少ないのも事実である。厚生労働省の調査(2012年6月現在)によると、国立大学法人に雇用されている障害者の比率は2.16%。法律で義務付けられた障害者雇用率(国立大の場合は2.1%。2013年4月から2.3%)を全体では上回っているものの、90機関のうち20機関が雇用率をクリアしていなかった。しかも、この数字には職員も含まれており、実際に教育・研究に携わっている障害者の数はもっと少ないと見られる。高校以下の地方教育行政を担当する教育委員会の雇用率も1.88%であり、法律で義務付けられた雇用率の2.0%(2013年4月から2.2%)を大きく下回っている。

このため、 東京財団が昨夏にまとめた提言 では障害を持った教職員を増やす必要性を指摘したが、高等教育機関に進学・在籍する障害者の数が全学生の0.3%にとどまることを考えれば、教育・研究分野への参加機会を拡大する前提として障害者が大学に進学できる環境づくりが求められるのは言うまでもない。

さらに、高山さんが大学を「最後の砦」と評した点に注目したい。高山さんは「単に手話通訳を置けばいい問題じゃなくて、今までできなかったことを改めて振り返ったり、社会の仕組みを学んだりできる大学は非常に大切な場」と指摘した通り、大学は専門知識だけでなく、社会性や論理的思考、人脈などを得られる重要な場であり、教育と雇用を接続する「最後の砦」である。障害者の社会参加機会を拡大する上で、高等教育機関に関する進学・修学機会を拡大させる必要性を改めて痛感した。

障害者の高等教育政策の重要性については、高山さんのインタビューを通じて、「ロールモデルの増加」という点でも説明できるのではないか。インタビューの内容を振り返ると、高山さんは専門学校での現場実習を通じて、聴覚障害支援に対する関心を深めることになったが、「周りは聞こえる人なので、ソーシャルワーカーとして働く自分のイメージが持てなかった」という。

しかし、東京都庁で福祉の仕事に長く従事した野澤克哉さんという聴覚障害者の存在が大学進学を決断させる一因となった。聴覚障害者を受け入れる米国の「ギャローデット大学」に留学し、ソーシャルワークを学ぶことになったのも、来日していた聴覚障害者の講演を聞いたのがきっかけだった。

確かに自分と似た環境の成功事例を見て、「こんな人になりたい!」と感じる経験は障害の有無に関係なく誰しも持っているはずであり、社会の第一線で活躍する障害者がもっと増えれば、これをロールモデルにする障害者も増えると思われる。障害者の社会参加と、その前提となる高等教育機関への進学が重要なカギを握っていると言える。

合理的配慮に基づく考え方を

高山さんが何度も指摘していた通り、手話通訳やカウンセラーなど専門職の資質向上も問題である。例えば、障害者福祉に関する「地域生活支援事業」の一環として、手話通訳の派遣・設置など内容とするコミュニケーション支援事業が自治体レベルで実施されているが、2011年3月現在で全体の4分の1程度の市町村が同事業を実施していない。しかも、高度で専門的な高等教育の内容を伝えられる手話通訳者になると、その数は極めて少なくなると推察される。

この点で言えば、大学での専門的支援も遅れていると言わざるを得ない。日本学生支援機構の調査(2012年3月)によると、ワンストップで相談を受け付ける「支援室」を設置している高等教育機関は54校にとどまる。支援に当たる職員も非常勤が多く、専門的な知見やノウハウが大学に蓄積しにくい状況となっている。視覚・聴覚障害学生を専門的に受け入れている当時の筑波技術大学でさえ、大学院生だった高山さんに「手話ができない先生が多い。聞こえる先生のための大学じゃないか」と憤らせたレベルだった。

このため、東京財団の政策提言では「支援室の設置義務化」「支援担当教職員のレベルアップ」の重要性を指摘しており、文部科学省の「障がいのある学生の修学支援に関する検討会」が昨年末に公表した報告書でも、専門性のある専任教職員や手話通訳者の配置などを各大学に促した。確かに支援担当教職員の量的拡大や資質向上は一朝一夕で進まないが、障害者の社会進出を支える一種のインフラとして整備していく必要がある。

最後に、高山さんが「障害者の雇用率だったら数字は確保しているけど、全然本人の能力を引き出してないし、賃金が低い」「社会的な弱者に対する見方が一律で、要件に合わないと制度を使えない。しかし、それを使えないと保障を受けられない」といった形で、時折見せた障害者福祉制度に対する疑問である。障害分野に限らず、日本の社会保障制度は要件、サービスの内容などを緻密に作っている反面、利用者にとっては縦割り・複雑で使いにくく、個別性も配慮されにくい。

一方、アメリカでは障害者のニーズに対し、支援機関(今回の場合は大学)と障害者による対話=>調整=>合意を経て、支援の可否や水準、内容を決定する「合理的配慮」の考え方が定着している。これは自立に向けた意欲を持つ障害者に対して必要な機会を提供する考え方がベースにあり、1973年にリハビリテーション法504条が制定された後、社会全体に広く共有されている。
(□詳細は論考 『米国の障害者高等教育事情(上)~合理的配慮の導入に向けて』 を参照)

これに対し、日本でも合理的配慮の法制化(=障害者差別禁止法の制定)に向けた議論が民主党政権期に進み、東京財団の政策提言や文科省検討会の報告書も合理的配慮を基底に据えている。再度の政権交代を受けて法制化の議論は予断を許さないが、障害者の自立を考える上で合理的配慮の考え方自体は無視できない存在である。

その意味で、「福祉や社会保障制度について知識が蓄積されるほど、自分や聴覚障害者が使えない現実を知り、疑問や怒りを感じるようになった」という高山さんの指摘は重く受け止めるべきであり、社会の意識や制度を変えて行く必要がある。

三原岳 (東京財団研究員・政策プロデューサー)
    • 元東京財団研究員
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