タイプ
論考
プロジェクト
日付
2009/8/31

急がれる日本の環境エネルギー技術の国際標準化 ~日米中協力によるスマートグリッド技術の国際標準化の可能性~ (東京財団研究員 平沼光)

国際競争が加速する環境・エネルギー分野の技術開発
我が国の資源・エネルギー外交は従来、石油・天然ガスといった化石燃料の安定確保を主要命題として展開されてきたが、ここ数年、地球温暖化問題や化石燃料の中長期的な供給不安を背景にして、原子力利用の向上や先端技術を利用した再生可能エネルギーとしての風力や太陽光、そして電気自動車をはじめとする次世代自動車などの省エネ機器の重要性が世界的に高まってきている。

さらに、昨今では、米国発の金融危機をきっかけとして世界経済が大変革期を迎えている影響により、各国は米国のグリーン・ニューディール政策などにみられるような、環境・エネルギー分野への投資と産業育成により経済の安定化を目指すという従来相容れなかった“環境”と“経済”を両立させようとする新しい情勢を生み出している。

このような情勢の中、各国が取る具体的施策においては、“先端的な環境・エネルギー技術の開発と普及”という点が重視されており、発電→送電→蓄電→電力消費というエネルギー(電力)供給から需要まで一連の流れを通して先端技術開発の国際競争がこれまで以上に激しくなることが予想される。

例えば、発電関連では原子力発電と再生可能エネルギー、送電関連ではスマートグリッド(次世代送電網)等の高効率送電網、蓄電関連ではリチウムイオン電池等の高効率蓄電池、そして電力消費という点では次世代自動車や省エネ家電等の省エネ機器といった分野における先端技術の開発競争は今後ますます激化するであろう。

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外交カードとなりえる日本の環境・エネルギー技術
国際競争が激しくなるであろう環境・エネルギー技術分野であるが日本にはどのような優位点があるであろうか。

<太陽光発電>
例えば、太陽光発電を見てみると欧州各国がフィードインタリフ制度(FIT)の導入を背景に急速に太陽光発電設置容量を増やしていることや太陽電池生産におけるドイツ企業の台頭など日本にとって厳しい情勢にはあるものの、薄膜系太陽電池の開発において日本企業が世界最高水準のエネルギー変換効率を達成するなど日本の技術先進性には高いものがある。

<次世代型送電網>
米国のグリーン・ニューディール政策の目玉として昨今話題になっているスマート・グリッドなど次世代型送電網については、日本はこれまで電力設備に多くの投資を行ってきており技術的な実績も積んできている。例えば一軒当たりの年間事故停電時間(※電気事業連合会「電気事業の現状2009」より)をみるとアメリカ:162分(カルフォルニア2006年実績)、イギリス:100分(2006年実績)、フランス:57分(2004年実績)などに対し日本は16分(2007年実績)と電力供給の信頼性という意味においては既に高い技術力を有している。

<リチウムイオン電池>
また、今後様々な省エネ機器で需要が広がるリチウムイオン電池では民生用製品における日本のシェアは57%(2005年)と高いシェアを占めている他、そのコア技術となるリチウムイオン2次電池用セパレータの日本製品の世界シェアは約5割を占めており蓄電分野でも高い技術力を示している。 

<省エネ機器>   
そして、省エネ機器関連ではトヨタのプリウスをはじめとする次世代自動車や省エネ家電等で日本は市場をリードしており、日本は発電→送電→蓄電→電力消費というエネルギー(電力)供給から需要まで一連の流れを通して高い技術力を有している。

その他、省エネ交通網として日本の高度道路交通システム(ITS)や高い鉄道技術などが世界の注目を集めているなど、日本は環境・エネルギー技術において様々な点で国際的競争力を有していると言え、世界が環境・エネルギー分野への投資と産業育成により経済の安定化を目指すという情勢下においては日本の高い環境・エネルギー技術力は外交上のカードとすることができると言える。

日本の環境・エネルギー技術の課題
技術力で先行する日本であるが環境・エネルギー技術の向上を目指す各国は国策として技術の開発・普及策を講じてきており日本も手放しでいられる状況ではない。

グリーン・ニューディール政策を強力に推進するアメリカが環境・エネルギー分野への投資を含めた景気対策として2009年2月17日に成立させた米国再生・再投資法(ARRA)では、2009年~2019年までの11年間で総額7,872億ドル(そのうちおよそ707億ドルが税制措置を除いた技術開発を含めた環境・エネルギー分野への対策費)の費用を計上しているが、その大半を2010年までの2年間という短期間で支出されるという見込みもあり、米国をはじめとして今後各国の動きが活発化することが予想される。このような中、日本が引き続き技術的優位を保つためには個別技術の研究・開発の一層の促進と環境・エネルギー技術の国内での普及に努めることと合わせて、特に再生可能エネルギー、省エネ高効率機器の技術において対処しなければならない外交上の重要な課題がいくつかある。

まず、資源のない日本にとって対処が迫られている課題が、レアメタルなど環境・エネルギー技術に必要な資源の確保である。先端的な環境・エネルギー技術にはその重要な原料として希少金属であるレアメタルが不可欠である。例えば、ハイブリッド車、電気自動車などの次世代自動車に使われる高効率モーターにはレアアース、二次電池にはリチウムなどのレアメタルが必要になる。日本はレアメタル供給のほとんどを海外からの輸入に依存しているため、東京財団の提言「日本の資源・エネルギー外交の優先課題 ~米露・原子力と中国・レアアース~」の中で提言されているようにその安定供給のための施策を講じることは喫緊の課題である。

また、先端技術を持つ日本企業への対応も重要だ。日本には環境・エネルギー技術の核心部(コア)となる技術を持った企業が大小合わせて多く存在する。前述した薄膜系太陽電池おいて高いエネルギー変換効率を達成した企業やリチウムイオン2次電池用セパレータを製造する企業などがその例である。筆者はこうした企業を日本の環境・エネルギー技術にとって肝心要となる“要企業”と呼んでいるが、外国勢が日本の技術を手っ取り早く手に入れるにはそうした“要企業”を吸収・合併するという方法がある。昨今、実際に原子炉製造の核心部となる圧力容器製造の技術を持った日本の企業をロシアが買収に動くという出来事があったが今後は保護主義などの国際批判に配慮しつつ日本の“要企業”が持つ技術の海外流出を防ぐ施策を今まで以上に検討する必要がある。

日本の先端技術の国際展開という点においては重要な課題が2つある。一つは環境・エネルギー関連の国際的枠組みにおける日本のプレゼンスの発揮である。2009年1月、ドイツ主導により国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の設立準備委員会第一回会合が開催された。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)は再生可能エネルギーの普及を目的として設立される国際機関で再生可能エネルギー利用の分析・把握、政策上の助言、途上国の能力開発支援等を主な活動とするもので、この機関の活動が途上国における再生可能エネルギー市場に様々な影響を及ぼすと予想される。 ドイツなど設立に向け主導的な立場とる国は国際再生可能エネルギー機関の枠組みを利用し途上国の市場を押さえる動きに出ることも考えられる。

設立準備委員会の第一回会合では欧州・アフリカを中心に75カ国が設立文書に署名をしているが、日本は米英とともに加盟を見送る消極的な姿勢をとっていた。その後、米英が加盟を決めるなどにより2009年6月に行われた第二回設立準備委員会会合において日本は設立文書に署名したが、主導的な立場で設立を推進する国々に比べ出遅た感は否めない。再生可能エネルギーの利用や環境エネルギー技術の普及は従来の化石燃料利用の枠組みではない新しい枠組みが必要とされ、現在国際的な枠組み作りが盛んに行われている。そうした国際的な枠組みで主導的な立場を構築することが環境技術の普及における国際的な動きで他国に遅れを取らないために必要となる。

急がれる日本の環境・エネルギー技術の国際標準化
そしてもう一つ、時間的にもっとも対応が急がれると考えられるのが日本の環境・エネルギー技術の国際標準化である。各国が環境・エネルギー分野への投資と産業育成により自国の経済を成り立たせようとしている情勢において、新規性の高い環境・エネルギー技術は他国に先駆け自国の技術を国際標準化し、国際市場への展開を有利に運ぼうとする動きが活発化している。高い技術力を有する日本であるが、国際標準化という技術における国際的なルールセッティングにおいて遅れをとることはせっかくの技術優位性を十分に生かせなくなることが懸念される。

国際標準といっても、「デジュール標準」と呼ばれるISO(国際標準化機構)、IEC(国際電気標準会議)、ITU(国際電気通信連合)など公的な国際機関で作成された国際規格、また、公的な機関ではないが利害を共有する企業が集まって作る“フォーラム”が中心となって作成された「フォーラム標準」、そして法的な根拠や組織的な裏付けはないが市場競争を勝ち残り事実上国際市場で広く普及して世界標準となっている「デファクト標準」などがありいずれにおいても対処が必要だ。

特に、1995年に発効したWTOのTBT協定(貿易の技術的障害に関する協定)では、加盟国は強制/任意規格を必要とする場合において、関連する国際規格が存在する場合はその国際規格を自国の強制/任意規格の基礎として用いらなければならないとしており、原則としてISOやIECなどが作成する国際規格を自国の国家標準においても基礎とすることが義務付けられておりデジュール標準への対応は要注意である。ISO、IECでは国際標準の原案を審議し最終的に参加各国の投票にて国際標準化の可否を決定する。自国の技術が国際標準化されるということは他国の技術を排除して市場展開出来るということに繋がる事から投票までの間に各国は熾烈な戦いを繰り広げる。

身近な一例では、プリペイドタイプの電子カードパスのスイカ(Suica)の導入に際して海外から国際規格を理由に異議申し立てを受けた事例がある。スイカ(Suica)には日本の企業が開発したフェリカ方式とよばれる非接触型ICカードが使われている。2000年7月、JR東日本がスイカ(Suica)を導入をしようとしたところ、米国からスイカ(Suica)に使われるフェリカ方式は国際規格化されておらずWTOの政府調達協定に違反すると異議申し立てされる事態が起きた。当時、非接触型のICカードの国際規格については欧州企業が推すタイプA、米国企業が推すタイプB、そして日本企業のフェリカ方式(タイプCと呼ぶ)の3規格がISO/IECのカード規格分科委員会の非接触型ICカード規格審議で審議が進められていたが、欧州勢から日本企業が推すタイプCの国際標準化審議打ち切り動議が出されるなど様々な対抗策を受け、日本のタイプCのカード規格分科委員会での国際標準化は断念することとなった。そのまま終わっていれば現在のフェリカ方式のスイカ(Suica)は市場から消えてなくなっているところだが、日本企業の機転によりカード規格分科委員会ではなく欧米勢の死角であった通信規格分科委員会の近接型通信方式規格審議という別の委員会を利用し、対象機器の種類をカードに限定しない近接型通信方式標準として日本企業のフェリカ方式(タイプC)の国際標準化に成功した。これにより、現在のフェリカ方式のスイカ(Suica)を市場に流通させることが出来たが、一歩間違えれば日本の方式は国際標準から外され欧米勢の独壇場となるところであった。

フェリカの例でわかるように新しい技術の普及の裏には国際標準化の熾烈な戦いが繰り広げられている。環境・エネルギー技術についても同様で世界が環境・エネルギー分野への投資と産業育成により経済の安定化を目指すという情勢下にある以上、さらに厳しい戦いが繰り広げられることになる。

既に次世代自動車用のリチウムイオン電池をはじめ様々な環境・エネルギー技術の国際標準化がIECやISOなどで日々進捗しており、環境・エネルギー技術の中でも新規性が高く定義づけもこれからなされていくスマート・グリッド(次世代送電網)についても2009年4月、IECがスマート・グリッドの国際標準化について議論をする戦略グループ(SG3)を立ち上げ関係各国を召集し第一回の会合がパリにて開催されている。

第二回の会合は2009年9月にワシントンで開催される予定でありどのような議論が展開されていくか注意が必要だ。スマート・グリッドの国際標準化については米国も国をあげて力を入れており、2009年6月には米商務省直轄の国立標準技術研究所(NIST)が関連技術を含めたおよそ300ページの標準化指針をまとめ、IECのスマートグリッド戦略グループ(SG3)の第二回会合が開催される9月までには技術標準の枠組みを完成させる予定でおり、IECにおける議論の中にぶつけてくることが考えられる。既に各国間の駆け引きが始まっていると言ってよいスマートグリッドの分野であるが日本はようやくスマートグリッドの本格的な調査を始めたという段階でその対応の遅れが懸念される。

スマートグリッドだけでなく全ての環境・エネルギー技術の国際標準化における世界の動きは速く、時間との勝負というところがあり日本の早急な対応が必要だ。



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