タイプ
論考
プロジェクト
日付
2016/10/31

パリ協定の批准遅れから浮かび上がる日本の2つの資源エネルギーリスク

研究員

平沼 光

 

 フランス・パリで開催されたCOP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)で採択されたパリ協定は、発効条件である排出量55%以上を占める55カ国以上の批准という条件を満たし、2016年11月4日に発効となることが決まった。パリ協定は産業革命前からの世界の平均気温上昇を2℃未満に抑えること、そして今世紀後半には温室効果ガスの排出をゼロにすることを目指した野心的な内容である。それにもかかわらず採択から1年も経たずに発効が決まったことはパリ協定を批准した国々の意識の高さが伺える。一方、日本は2016年5月に開催された伊勢志摩サミットのホスト国としてパリ協定の早期批准を世界に呼びかける宣言をとりまとめたにもかかわらず未だ批准できないでいる。米国、中国、インド、EUを含め多くの国が批准する中、日本の遅れは意識の低さの表れと言え、そこには資源エネルギーに関わる新たなリスクが潜んでいる。

 パリ協定が発効されることの意味

 発効を目前に控えたパリ協定であるが、COP事務局統合報告書では2℃目標を達成するためには各国が約束した排出量削減目標だけでは十分でなく、さらなる追加的削減が必要と指摘されており、各国とも今後はかなりの温室効果ガス削減努力をしなければならないことが見込まれている。すなわち、パリ協定の発効は二酸化炭素(CO2)排出量の多い石油、石炭、天然ガスなどの利用を減らす脱化石燃料化を大胆に進めるとともに 、風力、太陽光、地熱などの再生可能エネルギーのさらなる普及とエネルギー高効率化を世界的に推進するというエネルギー大転換へ向かう事を示したことになる。

 各国がエネルギー大転換に向かう意気込みはCOP21の期間中に関連イベントとして開催された国際会合「ミッション・イノベーション(Mission Innovation)」(以下、国際会合)において表れていた。国際会合では、バラク・オバマ米大統領、フランソワ・オランド仏大統領、ナレンドラ・モディ印首相、そして米マイクロソフト(Microsoft)共同創業者ビル・ゲイツ氏の登壇のもと世界的なクリーンエネルギーのイノベーションを政府および民間が加速的に実現する誓約が発表されている。この誓約には国際会合参加国の米、仏、印そして中国を含め20カ国 が参加しており、誓約国はそれぞれの国において今後5年間にわたり再エネをはじめとするクリーンエネルギー技術の研究開発投資を倍増させ、クリーンで手頃な価格のエネルギーの利用機会の拡大を図ることが記されている。参加20カ国の二酸化炭素排出量の合計は世界の約75%に達し、また参加20カ国のクリーンエネルギー技術の研究開発投資の合計は世界の約80%に達することからその影響力は大きい。

 さらに、誓約を着実に実現すべく、国際会合にあわせて「ブレイクスルーエネルギー連合(Breakthrough Energy Coalition)」という民間の企業連合も立ち上げられている。「ブレイクスルーエネルギー連合(Breakthrough Energy Coalition)」はマイクロソフト社のビル・ゲイツ氏を中心とする世界的な民間投資家の連合であり、国際会合の誓約国におけるクリーンエネルギー技術の研究開発から市場導入までにわたる経済的な支援を行うことにより、エネルギー転換とクリーエネルギー経済の急速な発展を実現することを目的としている。「ブレイクスルーエネルギー連合」にはビル・ゲイツ氏の他、Facebookのマーク・ザッカーバーグCEO、Soros Fund Managementのジョージ・ソロス会長など28名の世界的に著名な企業人が参加している[1]。「ミッションイノベーション」とそれを支える「ブレイクスルーエネルギー連合」の立ち上げは各国政府と世界的な民間企業のかつてない連携体制が構築されたといえ、パリ協定の発効は政治と経済が一体となってエネルギー大転換を目指すことを意味している。

リスク①:意識の低さによるビジネスチャンス喪失のリスク

 米、中、印、EUを含めミッションイノベーション誓約国の多くがパリ協定を批准しており、エネルギー大転換に向けてクリーンエネルギーの積極的な普及を推し進めていくことになるが、クリーンエネルギーには明確な定義はない。クリーンエネルギーには明確な定義はないが、米国エネルギー省(DOE)がCOP21直前となる2015年11月に公表した報告書“Revolution…Now –The Future Arrives for Five Clean Energy Technologies – 2015 Update”では、太陽光、風力、蓄電池、LED照明、電気自動車(EV)をクリーンエネルギー技術としている。また、2013年6月14日に閣議決定された「日本再興戦略-JAPAN is BACK-」では再生可能エネルギー、高効率火力発電、蓄電池、次世代デバイス・部素材、エネルギーマネジメントシステム、次世代自動車、燃料電池、省エネ家電、省エネ住宅・建築物等の省エネ技術関連製品・サービスなどをクリーンエネルギーとしており、およそ再生可能エネルギーをはじめとするエネルギー高効率関連をクリーンエネルギー分野と捉えることが出来る。

 「日本再興戦略-JAPAN is BACK-」では、クリーンエネルギー分野のグローバル市場は2013年の40兆円から2030年には160兆円に成長するとしている。160兆円の市場規模とは実に自動車産業に迫る規模である。パリ協定の発効がかくも素早かったのは新たな市場となるクリーンエネルギー分野の成長を各国が察知し、いち早く市場に参入しようと動いたと見るべきだろう。新たに生み出されるこうした大きな市場を日本が獲得できるかどうかは、世界のエネルギー大転換の動きに合わせ日本もクリーンエネルギーを中核に据えたエネルギー需給体制の改革を迅速に行い、自国の中にクリーンエネルギー分野の新しい技術、サービスを生み出すマザーマーケットを構築できるかどうかにかかっていると言える。しかし、2016年10月25日現在、日本はミッションイノベーション誓約国であるにもかかわらずパリ協定の批准に至っておらず、11月7日からモロッコ・マラケシュで始まるCOP22におけるパリ協定第一回締結国会議には決定権のないオブザーバーとしてしか参加できず、各国の削減目標と削減方法、そして検証方法など具体的なルール作りに関与できないというありさまだ。パリ協定第一回締結国会議ではそのままクリーンエネルギービジネスに直結するかもしれない内容も話し合われる可能性もあるため日本は出遅れたと言うほかなく、あまりにも意識が低いと言わざるを得ない。

 COP21の開催国であり原子力大国と言われるフランスは、2015年に制定した「エネルギー移行法」で2030年における発電電力量構成について原子力発電の比率を引き下げる一方、再生可能エネルギーの発電比率を40%に引き上げるとしている。EUとしても発電における再生可能エネルギーの構成比を現在21%のから2030年には最低45%にすることを目指す[2]など、各国がエネルギー転換を加速させ自国にクリーンエネルギーのマザーマーケットを構築しようとしている中、日本がその動きに対抗できなければ日本の市場構造とエネルギー需給システムは世界の動きから取り残されガラパゴス化していく危険性がある。その結果、160兆円とされる新たなマーケットの獲得競争は、エネルギー転換に成功した国の独壇場となり、日本は指を咥えて見ているほかなくなるリスクがある。日本のエネルギー大転換に対する意識の低さは世界的なエネルギービジネスのチャンスを失う原因になりかねない。

リスク②:懸念されるレアメタル資源の調達リスク

 クリーンエネルギーの普及拡大という世界的なエネルギー大転換の動きに対する日本の意識の低さは日本のレアメタル調達におけるリスクにもなりかねない。太陽光発電や風力発電、高効率蓄電池など多くのクリーンエネルギー設備や装置の製造にはレアメタルが欠かせない。太陽光発電にはシリコン(Si)、セレン(Se)、インジウム(In)、ガリウム(Ga)などが使われる。風力発電の発電機にはレアアースのネオジム(Nd)、ディスプロシウム(Dy)、リチウムイオン電池ではリチウム(Li)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、マンガン(Mg)などが必要不可欠となる。日本はこうしたレアメタルの多くを海外からの輸入に頼っているばかりか一大消費国となっている。例えば、2014年のインジウム(In)、ガリウム(Ga)の消費量は世界第1位、セレン(Se)とレアアース(REE)は世界第2位[3]、ニッケル(Ni)は世界第3位、コバルト(Co)、シリコン(Si)は世界第4位、マンガン(Mg)は世界第5位となっており[4]軒並みトップ5入りするほどの消費量だ。EUが2030年に向けて再生可能エネルギーの普及を現状の2倍以上にすることを目指しているように、世界のエネルギー大転換の動きはレアメタルの需要増大を促しレアメタルの調達を困難なものにすることが考えられる。特に、レアメタルの一大消費国である日本にとってはレアメタルの調達リスクについて十分な対策が必要となるが、そもそも世界的なエネルギー大転換の動きに対する意識が低い日本にはこうしたリスクのへ認識があるのか懸念される。

 2010年9月に沖縄県尖閣諸島沖で起きた海上保安庁の巡視船と違法操業の中国漁船の衝突事件(尖閣諸島中国漁船衝突事件)を機にした中国の実質的なレアアース輸出禁止により日本の産業界は大きな打撃を被っている。こうした経験を繰り返さないためにも対策を講じていく必要があるがエネルギー大転換は世界的な動きのため一国で出来ることは限られてくる。筆者は尖閣諸島中国漁船衝突事件の直後からレアメタル資源の持続可能な開発・利用を促進する国際的な枠組みの構築を提唱してきた[5]がますますその必要性が高まったと考える。これまで石炭、石油、天然ガスといった化石燃料は国家の枠を超えて人類全体が生存・繁栄していくために必要なものというグローバルコモンズとしての役割を担ってきた。そのためその資源動向の把握や国際協力の促進など担う国際エネルギー機関(IEA:International Energy Agency )といった国際的な枠組みが存在し資源需給の安定に貢献してきている。エネルギー大転換はレアメタル資源に新たにグローバルコモンズとしての意味をもたらすものといえ、レアメタル資源についても国際的な枠組みを構築し持続可能な開発・利用を促すべきではないだろうか。米国においても鉱物資源問題の研究者であるDavid S. Abraham氏が2015年11月9日に開催された講演会“The Rare Metal Age”(主催:The AAAS Center for Science Diplomacy)にて鉱物資源版IEAといえる国際鉱物機関(IMA:International Materials Agency)の必要性について言及[6]するなど、こうした考え方はさらに広がることが考えられる。

おわりに

 日本がパリ協定第一回締結国会議に決定権を持つ正式メンバーとして参加することができれば、前述したようなエネルギー大転換によるレアメタル資源調達の国際リスクをいち早く日本が問題提起するとともに、国際鉱物機関(IMA:International Materials Agency)の設立を大胆に提案するなどプレゼンスを示すこともできたはずである。日本のエネルギー大転換に対する意識の低さはエネルギービジネスチャンスの喪失、レアメタル調達不安という2つのリスクを浮上させただけではなく国際交渉の機会の喪失も招いている。時間を巻き戻すことは出来ないが、これを反省材料として日本は早急にエネルギー大転換に対する意識を変えるべきだ。

 

[1] その他、Salesforce.comのマーク・ベニオフ会長兼CEO、Amazon.comのジェフ・ベゾスCEO、Virgin Groupの創業者リチャード・ブランソン氏、KPCBのジョン・ドーア氏、LinkedInの創業者リード・ホフマン氏、Alibaba Groupのジャック・マー会長、SAPのハッソ・プラットナー会長、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長、Tata Sonsのラタン・タタ名誉会長、Hewlett Packard Enterpriseのメグ・ホイットマンCEO、などが参加している。

[2] EU Press release: Questions and answers on 2030 framework on climate and energy(22 January 2014)

[3] 2016年7月12日、大同特殊鋼株式会社と本田技研工業株式会社がジスプロシウム(Dy)など重希土類のレアアースを一切使用しない磁石を世界で初めて実用化することが公表されているため磁石用途の重希土類の需要は今後減少する可能性はある。

[4] JOGMEC「レアメタル備蓄データー集(総論)」(平成28年3月)

[5] 「シリーズ日本の安全保障第八巻 グローバルコモンズ 第4章-資源エネルギーの安定確保は可能か(平沼光)」(2015年10月28日、岩波書店)

「日本は天然資源で復活する」P9スペシャリスト・インタビュー(2011年6月16日、洋泉社Mook)

東京財団論考「レアアース輸出規制を強める中国への対処法」(2010年9月8日、東京財団HP)http://www.tkfd.or.jp/research/energy-resources/a00624      他

[6] 同様の内容がDavid S. Abraham氏の著書 ”THE ELEMENTS OF POWER” (Yale UNIVERSITY PRESS, 05 Jan 2016)においても述べられている。