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安倍首相訪印を機に安全保障対話の深化が必要

February 4, 2014

[特別投稿]竹内幸史氏/東京財団アソシエイト


安倍晋三首相のインド訪問を機に、インドとの安全保障協力がさらに拡大しつつある。新設された国家安全保障局の谷内正太郎局長がインドとのハイレベルの対話役に任命されたほか、日本製の救難飛行艇をインドに輸出する協議が加速する見通しになった。

だが、日印共通の競争相手である中国に対しては、対話を重視するインドと強硬姿勢の日本との間で温度差がある。日本はインドとの安保対話を深化させ、彼らの知恵に学ぶ必要がある。

軍事パレードを観閲

安倍首相は1月26日、ニューデリーで行われた「共和国記念日」の式典に主賓として出席した。日本で言えば「憲法記念日」にあたり、式典の目玉はインド最大の国家行事である軍事パレードだ。核弾頭を搭載できる大陸間弾道ミサイル「アグニ」をはじめ、戦車部隊やラクダの隊列が行進する様子を、安倍首相は特等席から観閲した。この式典の主賓は毎年、インドが外交的に重視する国の首脳として脚光を浴びる。最近ではサウジアラビアのアブドラ国王、ロシアのプーチン大統領、フランスのサルコジ大統領、インドネシアのユドヨノ大統領らが招かれた。

日本の首相の出席については以前から非公式に打診があったが、国会会期中を理由に見送られた。日本政府内には平和主義の国のトップが出席するには軍国イメージが強いとの懸念もあった。だが、今回は首相が自ら希望し、国会の合間をぬい、日本の首相として初の出席を実現した。

「インド外交は私のライフワーク」と自負する安倍首相は、2007年の在任中にも訪印した。この時はコルカタで東京裁判のパール判事や独立運動の闘士、チャンドラ・ボースの親族を表敬し、独自のこだわりを見せた。今回の軍事パレード観閲では「断固たる強いリーダー像」を印象づける狙いがあっただろう。25日のマンモハン・シン首相との首脳会談でも、「積極的平和主義」の説明に力を入れた。

安全保障対話のパイプを強化

日本のメディアではあまり報道されなかったが、新設の国家安全保障会議(NSC)を統括する谷内正太郎・国家安全保障局長が首相に同行した。谷内局長は今回、インドの国家安全保障顧問であるシブシャンカール・メノン元外務次官との間で定期的な安保協議をすることになり、27日に初会談した。

インドの国家安全保障顧問は、1998年に設置された閣僚級ポストである。核軍備や諜報活動、国内の治安維持を含めた全ての安保戦略を担当し、首相に助言する要職だ。故ブラジェシュ・ミシュラ初代顧問はバジパイ政権で98年の核実験を極秘で進めた懐刀だった。当時、核実験を強行してもロシアやフランスはインドに対して柔軟で、米日など先進国の制裁は短期間で終わるだろうと、冷徹に予測していた。一方、現職のメノン顧問は外交官時代、米国との原子力協力の合意などに手腕を発揮した。

日印間では、すでに外相による戦略対話や、外務・防衛次官級の「2プラス2」対話を進めて来た。しかし、日本には首相直属の安全保障責任者が不在だったため、対話メカニズムはなかった。今回、それが新設されたわけで、省庁の壁を超えて両政府間の安保連携のパイプを太くし、頻繁な協議や緊急時の対応を可能にすることが期待される。

日本製の救難飛行艇が世界に

一方、海洋における安全保障では、日印協力が本格化しつつある。海上自衛隊とインド海軍による初の二国間共同訓練が2012年6月に相模湾で実施されたのに続き、昨年末にもインド南部のチェンナイ沖で行われた。今回の日印首脳会談では、2014年中に太平洋で共同訓練を実施するほか、米国を含めた多国間で行う「マラバール共同訓練」に日本が参加することになった。(*1)

さらに新しいプロジェクトも具体化しつつある。日本製の救難飛行艇をインドに提供する構想だ。両国でつくる合同作業部会が昨年末12月に発足した。今年初めには小野寺五典防衛相も訪印し、協議を進めた。

この飛行艇は、新明和工業が生産する「US-2」。航続距離は4700kmで、海上の波高が3mでも着水でき、滑走距離280mで飛び立てるなど世界最高水準の性能がある。新明和は民間の消防飛行艇として輸出する計画を抱き、世界各地の航空ショーで模型を展示し、PRして来た。ニューデリーには営業拠点を設け、売り込みを図っている。

インド政府は災害や事故の救難用に高性能の飛行艇を少なくとも15機導入し、ベンガル湾に浮かぶアンダマン・ニコバル諸島の海軍基地に配備を考えている。この海域はインドネシアなど東南アジアに近い。2004年のインド洋大地震と津波では大規模な被害が出た。インド政府はインド洋でのシーレーン防衛や災害対策に自国の役割拡大を狙っており、最新の飛行艇配備を重視している。だが、価格は1機あたり1億1000万ドルと高価なため、インドは技術供与を受けて現地生産を考えている。日本のほかにカナダのボンバルディア社、ロシアのベリーエフ社とも飛行艇導入の協議をしているとの情報もある。(*2)

日本政府は、飛行艇に敵味方識別装置(IFF)などの軍事機器を搭載せずに、非軍事目的で利用することが出来るため、「武器輸出三原則」に抵触せずに輸出できると考えている。さらに「積極的平和主義」の一環として、三原則そのものを規制緩和の方向に動いており、US-2を皮切りに他の国産航空機の輸出も進めたい思惑だ。

インドが飛行艇輸出の最初の相手国となれば、海洋安全保障の日印協力が一段と進むことになる。インドはパキスタンなど他の途上国に比べ、輸出管理が厳しくされている。とはいえ、目的外使用や第三国への移転に歯止めをかけるため、厳格な審査や適正な管理が不可欠である。

共同声明で「中国」批判を回避

尖閣諸島を巡って中国と対立を深める日本にとって、中国との領土問題を抱えるインドは共通利害があり、それが日印の緊密化を加速させている。だが、日印には微妙なスタンスの違いがある。

飛行艇をインドに輸出する構想について、中国メディアからは日本の武器輸出規制に反していると批判する記事が出た。これに対し、小野寺防衛相は「中国は恐らく世界最大の武器輸出国のひとつなのに、(飛行艇くらいの輸出を批判するのは)おかしい」と反論していた。(*3)

こうした日本の対中姿勢について、インドのジャーナリストや識者の中には支持する声も多い。だが、インド政府当局者は、日本との安保協力を進めても、公式発言では中国を刺激しないよう非常に慎重な姿勢を堅持している。

今回の日印首脳会談後の共同声明でも、両国が「自由、民主主義、法の支配といった普遍的価値を共有するアジアの民主主義国として(中略)戦略環境の変化を考慮に入れ、地域の平和、安定および繁栄に貢献していく」などと一般論で語られ、中国を名指しで批判する表現はひとつもなかった。

インド紙テレグラフによると、共同声明案を作成する段階で日本側はインド側に中国を批判する言葉を盛り込むよう求めた。だが、インド側は「中国の友人を困らせるような言い方は受け入れられない」と押し返し、慎重な声明に落着したという。(*4)

中国の環球時報(英語版)はこうしたインド紙の記事を例示し、「安倍首相はインドに取り入って、中国を押さえ込もうとしているが、成功しているようには見えない」と指摘した。さらに「インドの主目的は日本から実利を得ることであり、安倍首相のインドに対する求愛は彼自身の夢想である」と中国の識者コメントを紹介していた。(*5)

インドは1962年に中国との国境紛争を経験した。「兄弟国」と呼んで信頼していた中国に攻め込まれ、手痛い敗北を喫した記憶は今も生々しい。それが為政者のトラウマになり、核兵器保有の動機になった。昨年春には、カシミール地方で中国軍がインド側に侵入して野営地を設けたのをきっかけに、中印間で緊張が高まった。しかし、インドが強硬策に走ることはなく、中印双方の首脳が昨年内に互いに訪問し合い、対話路線を保っている。

陸の未確定国境もはさんで50年以上、中国の現実的脅威と対峙してきたインドに比べると、日本が島の領土をめぐって中国の脅威を感じるようになったのは最近のことだ。陸で接するか、海で隔てられているかによって深刻さは異なるが、インドには中国の脅威と長くつき合ってきた知恵がある。日印の安全保障をめぐる対話も、軍事的な協力を急ぐことより、アジアの現状認識の擦り合わせと対応策についての知恵の交換から始めるべきだろう。

  • (*1) 外務省ホームページ「共同声明:日印戦略的グローバル・パートナーシップの強化」 http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000025063.pdf
  • (*2) IHS Jane’s Defence Weekly, “Japan, India agree to push for US-2 amphibian deal” http://www.janes.com/article/32120/japan-india-agree-to-push-for-us-2-amphibian-deal
  • (*3) 同上
  • (*4) The Telegraph, “Eye on China, Delhi walks Tokyo tightrope ” http://www.telegraphindia.com/1140126/jsp/nation/story_17866701.jsp#.Uu54pL8WgfE
  • (*5) Global Times, “Abe cozies up to India” http://www.globaltimes.cn/content/839559.shtml
    • 元東京財団アソシエイト
    • 竹内 幸史
    • 竹内 幸史

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