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ワルシャワから見た欧州の安全保障

November 28, 2014

鶴岡路人 研究員

ワルシャワ市内、大統領官邸の裏手に位置する国家安全保障局(National Security Bureau:ポーランド語の略語で「BBN」)の建物の前には、ポーランド国旗、EUの旗と並んで、NATOの旗が掲揚されている。EU加盟国において、国旗とEUの旗が並んで掲揚されているのを見る機会は多い。しかし、NATO施設以外でNATOの旗を見る機会は、NATO事務総長やその他幹部の訪問時ぐらいしかないのが多くの国の実態である。それだけ、ポーランドにとってNATOは重要な存在であり、国の外交・安全保障政策において重要な部分を占めていることが伺われる。

筆者は10月下旬、東京財団におけるウクライナ危機を受けた欧州安全保障に関する調査のため、ワルシャワを訪れる機会を得た。そこで以下では、同地での政府関係者や専門家との面会を通じて垣間見ることのできたワルシャワから見た欧州安全保障について、NATO関連を中心とした断片的なスケッチではあるが、興味深い点をいくつか紹介しつつ、分析することにしたい。

「だから言ったではないか」

ウクライナ危機を受けてのロシアへの対応が、ポーランドの安全保障のみならず欧州安保全体にとっての大きな課題になっていることは論を俟たない。ただ、ポーランドにおいては、ロシアの脅威の急激な高まりに慌てているというよりは、「だから言ったではないか」という気持ちの比重が大きいのだろう。その背景には、ロシアが西欧的な意味で民主的で自由な国になることなど最初から無理であろうことは分かっていたし、ロシアへの警戒を怠ってはならない――端的にいって「ロシアはロシアである」――と主張してきたのは自分たちである、それなのに他の国(特に旧来の西欧諸国)は我々の警告を無視し続けてきたではないか、という感情がある。「これまではポーランドの言うことを誰も聞いてくれなかったが、ウクライナ危機によって、我々の主張の正しさが証明された」(関係者)というのが率直なところなのであろう。しかし、ここに至るまでの道のりは実に長いものだった。

もっとも、ポーランドにしても、ロシア軍が明日にでも侵攻してくると考えているわけではない。1999年のNATO加盟前の段階でもそうだっただろうし、NATO加盟を受けて、ポーランドの安全保障はより確実なものになった。そうしたなかで、対ロ姿勢も強硬一辺倒ではなくなり、2004年のEU加盟、さらにそれに続くEU内での地位の確立により、欧州内のトラブルメーカーというイメージから、成熟した大国に大きな変容を遂げたのである。そのような状況で発生したのがウクライナ危機であった。

NATO・ロシア設立議定書を巡る問題

NATOに関していえば、「二流の同盟国」に留め置かれているのではないかとの意識、ないし不満が依然として強いのもポーランドの現実である。ウクライナ危機を受けて当時のシコルスキ外相が述べたような、「NATOが他の全ての大国にしているのと同じことをポーランドにも求めたい。英国、スペイン、ドイツ、イタリア、トルコ、ポルトガルにはNATOの基地がある(2014年5月12日、ブリュッセルのカーネギー・ヨーロッパの会合での発言)」という姿勢の背景には、旧来からの加盟国と同様の地位を得たいとの思いが存在している。それは、ポーランド等の「東方の同盟国」への差別撤廃の要求である。

差別の一つの象徴が、1997年のNATO・ロシア基本議定書(NATO-Russia Founding Act)で述べられている、新規加盟国にNATOの「実質的な戦闘部隊」を「常駐(permanent stationing)」させないとした方針である。これは、厳密にはNATO・ロシア間の合意ではなく、NATO拡大に反対するロシアに対して、拡大NATOがロシアの脅威にならないことを説得する一環としてNATO側が一方的に表明し、そのことが同文書に記載されたものである。また、同議定書は法的拘束力を有するわけでもないし、「常駐」や「実質的な戦闘部隊」の定義も明示されてはいない。それでも、NATO側はその内容を順守し、ポーランド等へのNATO(諸国)部隊の配備を行ってこなかった。

その背景には、そもそもそうした配備の必要性が長年認識されてこなかったとの現実がある。これは、旧来の加盟国においてそうであったと同時に、ポーランド自身においてもそうであり、同国にしても、「実質的な戦闘部隊」の配備を求め続けてきたわけではないし、ロシアを念頭においた領土防衛を主眼に軍備を拡張してきたのでもない。

もっとも、今回のウクライナ危機を受けて、例えば2014年4月の段階で当時のシコルスキ外相は、1万名規模のNATO(諸国)部隊派遣を求めた。しかし、そのような規模の常駐は、ロシアを刺激したくないという考慮以前の問題として、費用や能力の観点からも現実的ではなかった。ポーランド側も、当然それは承知の上でそのような壮大な要求をしたのであり、実際のところそれは、「何らかの実質的なものを得るための交渉戦術だった」(関係者)ということだったのであろう。ここでいう「実質的なもの」とは、ポーランド国土へのNATO部隊、なかんずく米軍の受け入れである。そして、2014年9月のウェールズNATO首脳会合は、ポーランド等での、「ローテーション」による「継続的(continuous)」なNATO部隊のプレゼンス確保で合意した。

ただし、1997年の議定書を見直すか否かの問題は、ウェールズ首脳会合を前にして、特にポーランドとドイツの間で激しい対立に至り、同首脳会合宣言の一部にポーランドが拒否権を行使する寸前の事態にまでなったようである。最終的には、同議定書の見直しは見送られたものの、他方で、同議定書の有効性を確認するような言い回しも全くされないことになった。特に、後述する「即応性行動計画(RAP)」の文脈で、1997年議定書への言及を一切しないことは、ポーランドにとって重要なことであった。全体として見れば、いわば「否定も肯定もしない」という妥協だったのであろう。ウェールズ首脳会合宣言で、1997年の議定書に言及されているのは、ロシアが同議定書を含む種々のコミットメントを反故にしてきたことを指摘した箇所のみである。

それでも、ポーランドの観点からすれば、まだ満足な状況ではないが、NATOによる「実質的な戦闘部隊」のポーランドへの「常駐」が実現しないことが問題なのではない。より根源的には、何故それができないのかが問題なのであり、つまり、「ロシアとの契約故に配備できないことと、NATO側の判断により配備しないこととの間には大きな相違がある」(関係者)ということである。

「ローテーション」による「継続的」なプレゼンス

それでは、「常駐」のかわりにウェールズ首脳会合でポーランドが得たローテーションによる継続的なプレゼンスとは何か。基本的には、各種演習のための、米国をはじめとするNATO加盟国部隊のポーランド等への展開であり、これは、それら諸国に対する安心供与(reassurance)と、ロシアに対する抑止が目的とされる。そうした部隊は、すでにポーランドやバルト諸国で現地の部隊とともに、複数の演習を連続的に実施している。NATO諸国(特に米国)の部隊はポーランド等に数カ月間滞在し、しかも一連の演習が終われば次はローテーションで別の部隊が展開し、また別の演習を行うため、結果として継続的なプレゼンスが確保されるということになる。

しかも、演習のシナリオは、より領土防衛に力点を置いたものになり、また、想定される武力行使の烈度も引き上げられているようである。すでに実施された演習のなかには、米本土から展開した戦略爆撃機や戦車が参加しているものもある。米国から戦車部隊が送られてくるニュース映像などは、まさに、ポーランドが待ち望んでいたものだったといえる。

「常駐」自体、そもそも定義が曖昧であり、永遠を意味するものではそもそもないのであろうが、今回の「継続的」という文言に、ポーランドで不満・不安があるとすれば、それがいつまで続けられるのか不明だという点である。ウェールズ首脳会合宣言によれば、そうした措置は、「変化する安全保障環境に応じて柔軟で規模が可変的(flexible and scalable)」であるとされ、また、「必要な間のみ(as long as necessary)」といった言葉も頻繁に使われる傾向にある。ポーランドの視点では、今日の危機、そしてロシアへの対応の必要性は短期的なものではあり得ないが、伝統的な西欧諸国では「早く平常に戻りたい」との願望が大きい。そのギャップに、ポーランドの不安が存在するのである。

米国かNATOか?

これまであえて区別してこなかったが、ここで注意を要するのは、米国による二国間による措置とNATOとしての措置の関係である。NATOにおいてはRAPの一環で、東方の同盟国に対する他のNATO諸国による部隊派遣の調整が行われることになるが、同時に米国は、「欧州安心供与イニシアティブ(European Reassurance Initiative:ERI)」の枠の下、米欧州軍(EUCOM)が「大西洋の決意作戦(Operation Atlantic Resolve)」を実施し、同作戦の下で米軍部隊の派遣と各種演習が行われている。そうした活動のなかには、NATOの看板の下で行われる多国間のものもあれば、米国とポーランドの純粋に二国間の取り組みもある。

安心供与を受ける側のポーランドからすれば、米国による行動、なかでも米軍部隊の受け入れが最も信頼でき、さらに効果的であることは明らかだろう。しかも心理的には、欧州の他国に駐留する米軍部隊が派遣されるよりも、米本国から部隊が派遣される方が、米国のコミットメントの観点ではより象徴的に重要という見方が関係者の間で根強い。さらに、意思決定に要する時間、そして意思決定から実際の行動までの時間のどちらをとっても、NATOを通じたものよりは米国による単独の行動の方が迅速だという側面もある。

2014年6月には、米戦略軍から核兵器搭載可能な戦略爆撃機が参加した米国独自の演習が実施され、英国の基地に派遣された戦略爆撃機が、そこからさらに欧州各地の上空に飛来し、各種の演習を行っている。訓練自体は以前から定期的に行われているものであり、また、今回のものもウクライナ危機以前に計画されていたと見られているが、このタイミングで実施されたことで、結果的にロシアに対する「核のシグナリング(nuclear signalling)」になったと考えられている。たとえこれがNATOの下での活動だった場合に、このようなタイミングで実施することに関して同盟内のコンセンサスを得ることができたかは不明であろう。米国(及び基地の使用を許可した英国)による単独の決定であったが故に可能だったのかもしれない。

このように、ポーランドをはじめとする東方の同盟国に対する安心供与やそれら諸国におけるプレゼンスに関しては、米国の役割が圧倒的だが、他の欧州諸国も無用ではない。第一には、米国に対するメッセージとして、他の欧州諸国を参画させることの意味は小さくない。米国も、昨今の国防予算削減のなかで、従来以上にバードン・シェアリングに敏感になっており、他の欧州諸国も努力をしている姿を特に米連邦議会に示すことは、米国のコミットメントを引き出す上でも有効である。

第二に、軍事的リソースや能力の分布を見た場合に、地理的に近い欧州諸国が、東方の同盟国のより近くに多くの部隊を有していることは否定できない事実である。有事の際に米国の増派に依存するのは当然であるが、大西洋で隔たれた米国よりも、まずは地理的に近い欧州諸国の能力に頼らざるを得ない場面が出てくることは、十分に想定されるのであり、他の欧州諸国との協力の価値は決して低くない。

第三に、すでに挙げた二つの点と関連するが、他の欧州諸国を中心として、少しでも多くの同盟国が安心供与と抑止に直接的に参加していることは、同盟の結束という観点から重要である。これこそが、単に象徴的な意味を超えて、NATOの根幹である集団防衛そのものであり、ポーランドとしても、これを軽視してしまっては、自らNATOを否定することになってしまう。

最後に、いくら米国との関係が重要だとしても、米ポ間でポーランドの防衛を規定した二国間の安保条約があるわけではない。そのため、「米国の防衛コミットメントはNATO経由でしかやって来ない」(関係者)というのが現実である。こうした考え方は、法的な現実は理解しているというアピールであると同時に、自らへの言い聞かせなのかもしれない。いずれにしても、NATOがあってはじめて、米国による防衛コミットメントを享受できるのである。

欧州安保への貢献

このように見てくると、欧州安保におけるポーランドは「安全保障の提供者(security provider)」ではなく、「安全保障の消費者(security consumer)」であるとのイメージが強くなってしまう。実際、ロシアへの対処を考えた場合に、ポーランドが独自にできることは限られており、他国の支援を必要とすることは明白である。それでも、ポーランドのみならず各国は、自助努力では満たされないものを期待するために同盟に入っているわけであり、この点がそのまま問題になるわけではない。

そこで、ロシアへの対処に関して支援を受ける以上、期待されるのは他の分野における貢献である。ポーランドをはじめとする東方の同盟国は、以前から、北大西洋条約第5条の集団防衛での支援を期待する見返り、いわば保険料としてイラクやアフガニスタンの作戦に部隊を派遣してきた側面が大きい。また、マリでのEUの訓練ミッションにポーランドが参加したのも、意味合いは近いかもしれない。EUやNATOにおいて負担を共有し、良き市民として行動することで、結局、ポーランドに対する仲間意識がNATOやEUのなかで醸成される。そうしたプロセスを通じて、条約の文言は、単なる紙切れではなく有事の際の実際の支援につながるのである。

今回のウクライナ危機は、少なくとも短期的には、ロシアと地理的に近いポーランドをはじめとする東方の同盟国と、それ以外(特に西方、南方)の諸国との間の、安全保障上の脅威認識のギャップを示す結果になっている。そうしたなかで、ポーランドが極端な対ロ強硬派だと見られてしまっては、ポーランドの影響力が低下する可能性があり、結果としてポーランドの国益にもつながらない。その観点では、ウクライナ危機の扱いに関し、「ノルマンディ・フォーマット」と呼ばれる、ドイツ、フランス、ウクライナ、ロシアによる協議の枠組みが固定化することは、ポーランドにとって大きな障害である。自らが必要と信じる抑止と安心供与の強化を主張しつつ、ポーランドがいかにして主流派の一員でいられるのか。さらにいえば、NATOやEUにおいて、新しい主流派をいかにして自ら形成してゆくことができるのか。ポーランド外交には難しいかじ取りが求められている。

    • 鶴岡 路人/Michito Tsuruoka
    • 元主任研究員
    • 鶴岡 路人
    • 鶴岡 路人
    研究分野・主な関心領域
    • 欧州政治
    • 国際安全保障
    • 米欧関係
    • 日欧関係

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