タイプ
レポート
日付
2010/8/10

<オーバービューレポート>イラン核開発の国連追加制裁をめぐる関係国の駆け引き:日本はどう動くべきか?

2010年6月9日の国連安保理(安全保障理事会)によるイランの核開発に対する4度目となる制裁決議が採択された。日本は8月4日、この制裁決議に基づく追加制裁措置を閣議了解した。内容は、安保理決議で核開発への参加が特定されたイランの40団体と1個人の資産凍結と、イランから日本企業への核技術に関する投資の禁止、イランの大型の兵器に関連する資金移転の防止などだ。日本の原油の主要な輸入先でもあるイランへの経済制裁に関わる米国と関係国の動きは、日本の国益を損なわないためにも、戦略的に理解しておく必要がある。

国連安保理というのは米ロ中英仏の常任理事国が拒否権を持っており、これらのどの一国が反対しても採択されない。特にイランをめぐる国際政治では、これまでイランの民生用原子力開発に協力してきたロシア、そしてエネルギー取引や開発投資等で近い立場にある中国という二つの常任理事国の思惑が、国連をめぐる国際政治上の駆け引きの争点となる。今回の追加制裁でも、米国が強く推進し欧州が協力する形で制裁案が準備されてきたが、この問題には基本的に慎重な中露両国が賛成した背景には何があるのだろうか。

また、今回、安保理決議では、ブラジルとトルコという非常任理事国が反対に回ったが、アラブ・中東の国際政治におけるトルコの存在感は益々増してきている。中東政治の構図を理解する意味でも、日本の潜在的な外交パートナーとしても、トルコの存在は要注目である。

新アクター「トルコ」の思惑と影響力

まずは、これまでのイラン制裁の構図の中でも新しいファクターとして浮上してきたトルコという存在に着目してみよう。米国は当初はイランに対する追加制裁決議案を4月中の国連決議の採択を求めていたが、事態は打開されずに6月以降に採決が持ち越された。ロシアと中国が決議案に難色を示していた中、5月17日にトルコとブラジルの仲介で低濃縮ウランをトルコに移送して加工済み燃料と交換する案にイランが合意した。なぜ、ブラジルとトルコが仲介をしたのか。

トルコに関していえば、佐々木上席研究員が2009年12月のレポート等で、再三、指摘してきたとおり、トルコの中東での影響力の拡大、ひいては中東世界のリーダーを目指すというような政治的な野心が背景にあるようだ。彼の最新のブログNO1719では、トルコの人気がアラブ世界で高まっている理由として、昨年のダボス会議で、トルコのエルドアン首相がイスラエルのペレス大統領を、ガザでの「戦争犯罪人」と叱りつけたこと、ガザ地区への支援物資を積んだトルコのチャーター船が、イスラエルの特殊部隊に襲撃さて9人のトルコ人が殺害されたこ際の強硬な対応を挙げている。そしてトルコはイランに対しては、相互不信感はあるが、イラン・トルコ・パイプラインを通じた天然ガス取引という大きなビジネス上での利益を共有しており、今回のようなイラン寄りの仲介をする経済的動機もある。

では、このような中で、トルコは米国やイスラエルとの対立構図を選んでいくのか、といえばそうではないようだ7月23日に東京財団で行われた。「オーバービュー・ミーティング」の席上で、佐々木上席研究員は、オバマ政権がトルコの影響力を冷静に評価して関係を維持していることや、オスマン帝国以来、トルコ内に多数居住するユダヤ系やユダヤ・ルーツのトルコ人の影響力の大きさなどから、トルコがイスラエルを窮地に追い込むようなこともしない、という分析を提示している。

ブラジルに関して言えば、筆者(渡部上席研究員)は、米国と一定の距離を保ちながら、けん制を含めて付かず離れずの距離をとりながら、ラテンアメリカ内での地位を高めようとしていると考えている。これは、実にトルコがアラブ世界で行わっていることと、相似形である。何より両国とも経済的に好調であり、それだけの余力と影響力があるのが現実だ。今後もイラン問題に限らず、この新興アクター達、特にトルコの動きからは目が離せない。

イランへの影響と湾岸諸国とパキスタンの思惑

今回の追加制裁でイランにどのような影響があるかは宮原研究員の南西アジア分析リポートが分析している。イランをめぐる国際的な圧力は、核不拡散問題と地域の安全保障の根幹にかかわっているため、簡単にはなくなるものではないと同時に、制裁はイランの国内経済にはダメージを与えるだろうが、対外圧力がイラン・イスラム体制維持という政治的な点で有利に働くこともあり、今後一年ぐらいの短期ではイランが耐え抜くだろう、と予想している。

さらに宮原研究員は、サウジアラビアなどの湾岸アラブ諸国は公式には安保理決議の遵守や、イランの核保有の反対を述べつつ、イランを刺激しないような静かな対応をしていると指摘する。パキスタンも、スンナ派(パキスタン)とシーア派(イラン)という宗派の違いや、アフガンへの影響力などでイランとは競合関係にあるため、イランがおかれた状況を冷ややかに見つつ自国の対イラン、対米交渉に生かそうと考えているようだ。パキスタンは、イランと米国との双方との駆け引きに使うことができるイラン・パキスタン・パイプライン計画というカードも持っている。

失うものが少なかった中露両国の賛成票

次に、今回の安保理でイラン制裁決議に賛成したロシアと中国の思惑を見てみよう。ロシアについては畔蒜研究員の、ロシア分析レポートが指摘するように核軍縮条約の締結に象徴されるような米露関係の「リセット」が仕上げの段階にきていることが大きく影響しているようだ。しかも、今回の国連制裁決議案は、イスラエルや米議会の一部が望んでいるガソリン禁輸などを含む強硬な内容ではないことから、ロシアはオバマ政権に協力して得点を稼ぎつつ、イランとの関係も維持できている。興味深い点は、畔蒜研究員がインタビューしたロシアの研究者が、「トルコとブラジルがイランとの間で結んだ合意は、ロシアと米国の事前了解を貰っていた」ことを示唆していることだ。つまりロシアは、「オバマ政権の今回の制裁の意図が、イランに対して国連決議案というムチを示し、トルコ・ブラジル仲介案という撒き餌を使い、最終的には再びP5+1(常任理事国+ドイツ)の枠組みの外交交渉の場に引き出そうとしている」という真意を見極め、決議案に賛成したと畔蒜研究員は分析する。

中国はどうだろうか。関山研究員の中国分析レポートは、中国が制裁決議に賛成した三つの理由を指摘する。第一に、4月13日の核安保サミットに胡錦濤主席が出席して、それまで悪化した関係の改善を果たした米国との関係を、人民元切り上げ要求が依然として強い現在、こじらせたくないという思惑。第二に、制裁決議の内容が、対中貿易に密接に絡む「イラン輸出開発銀行」が除かれるなどの骨抜き案になり、賛成しやすくなったこと。第三に、制裁決議に賛成したからといって、イランとの関係は揺るがず、むしろ制裁によってイランと他国との関係が弱まる中で、相対的に中国のイランへの影響力を強めることができるという点だ。

最後に米国だが、筆者(渡部上席研究員)の分析レポートが着目するのは、11月の中間選挙を前に、国内での不人気に苦しむオバマ政権の国内の政治状況だ。できれば、イランに対してそれなりの目に見える厳しい政策を示す必要があった。同時に、オバマ政権が中東和平の進展を期待して、イスラエルをある程度突き放しているため、あまり追い詰めすぎることは、むしろイランへの空爆のような極端な手段に追い詰めることになるという懸念がある。したがって今回の制裁は、その有効性よりも、イスラエルの暴発を抑え、米国の有権者の不満と不安に答えるために、最低限の政治的な姿勢を示す必要から行われたものではないか、と考えている。

とはいえ、今回の追加経済制裁は程度の差こそあれ、実際にイランに影響を及ぼすリアルなものであり、日本の対応も微妙なものにならざるを得ない。日本にとって、特に主要な原油輸入先の一つであるイランとの関係維持という経済利益と、同盟国の米国との間合いである。前鳩山政権の沖縄基地問題での迷走でぎくしゃくする日米関係だからこそ、イランをめぐる米国の真の思惑と、関係国の理解と意図の見極めが一層必要であろう。結論をいえば、日本が米国からの制裁圧力に対して先走ってイランに対して不必要に厳しい措置を取るべきではないが、同時にオバマ政権の「焦り」をある程度理解して、同盟国としての足並みをそろえる部分も必要だということだ。その上で、イランに巧妙なスタンスをとる中露のような国が一方的に得をしないような意識を日本は忘れてはいけないし、そのような認識は平素から同盟国の米国と議論しておくことも必要だろう。

さらに、国際政治における新しいアクターであるトルコの存在の再認識の重要性だ。トルコは、日本にとって歴史的にも関係が深く、親日的であり、今年2010年はトルコにおけるジャパンイヤーでもある。トルコは、米欧とはNATOにおける同盟国であり、アラブ世界への影響力も深めている。今回のイラン制裁のように、イランと同盟国米国との間合いを考える上でもトルコの存在は重要だ。そして日本は、影響力を拡大していくトルコとどのような利益を共有し協力できるのか、日本外交の戦略的課題として、真剣に考えておく必要がある。

以上。