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論評「最後のブッシュ-プーチン首脳会談の行方」

April 3, 2008

論評「最後のブッシュ-プーチン首脳会談の行方」
~米露の「対テロ」での戦略的関係という遺産~


畔 蒜 泰 助
東京財団研究員

ロシアのプーチン政権2期8年が終了するまで残り1ヶ月余りとなった。そんな中、プーチン大統領は、4月2-4日、ルーマニアの首都ブカレストで行われる北大西洋条約機構(NATO)サミットに出席。また、4日のNATO-Russia Councilでは演説を行う予定である。そして、2日後の6日には、黒海沿岸の避暑地ソチに米ブッシュ大統領を迎え、両大統領による最後の首脳会談を行う。

本稿の目的は、ブッシュ-プーチンによる最後の首脳会談の意義を、9.11テロ事件勃発以後、激変したユーラシア情勢のダイナミズムの延長線上で分析することにある。
筆者は、先に上梓した著書『「今のロシア」がわかる本』の中で、9.11テロ事件の勃発から昨年末の時点までのユーラシア情勢を、「米ブッシュ政権の対ユーラシア戦略を巡るプーチン・ロシアと米ネオコン派の綱引き」という切り口で分析した。ポイントは以下の通りである。

・プーチン・ロシアは9.11テロ事件の勃発を契機として、米軍によるアフガンでの軍事オペレーションを全面支援。これにより、アメリカと「対テロ」での戦略的関係の構築に踏み込んだ。この場合の「対テロ」には、大量破壊兵器(WMD)の拡散問題が含まれる。なお、この「対テロ」での米露共闘の起源は冷戦直後にまで遡る。

・一方、「対テロ」での米露共闘路線の前に立ちはだかったのが米ネオコン派だった。ロシアが強硬に反対した対イラク武力行使やウクライナ“オレンジ革命”への積極支援はその一環。彼らは、独自の核開発計画を継続するイランへの軍事攻撃をも志向していた。この米露共闘路線が、中東和平問題にまで及ぶのを阻止する事が目的だった。

・プーチン・ロシアと米ネオコン派の綱引きは、「対テロ」での米露共闘に直結する中東地域と、冷戦時代から両国が影響力を競う東欧地域(ウクライナやバルト三国を含む)を主な舞台に繰り広げられている。

・ところが、イラクの戦後統治が頓挫したことから、米ブッシュ政権内でネオコン派の影響力が急低下。2005年2月24日の米露首脳会談の3日後の27日、イランの民生用原子力発電所の建設支援を行うロシアが、使用済み核燃料返還条項を含む核燃料供給協定("核燃料リース契約”)を同国と締結したのを契機に、特に中東地域での米露「対テロ」共闘路線が再稼動し始める。

・一方、プーチン・ロシアは、2003年7月に勃発したユコス事件を契機に、ドイツとのエネルギーを軸にした戦略的関係の構築に着手。ウクライナや東欧諸国を経由しないで、両国を直結する天然ガスパイプライン建設で合意するなど、欧州とロシアの分断を意図した、アメリカによる東欧地域への更なる戦略的関与に対抗する布石を打った。

・このように、プーチン・ロシアの地政戦略は、1. 「対テロ」での米露の戦略的関係の構築(→中東地域)と、2. エネルギーを軸とした独露の戦略的関係の構築(→東欧地域)という2つの柱から成り立っている。これにより、「世界秩序の多極化」を促し、ロシアを取り巻く地政戦略環境を出来るだけ有利な形に整え、「大国・ロシア」復活への道筋を付ける。

・2007年11月、米ライス国務長官主導のアナポリスでの中東和平会談の開催をプーチン・ロシアが積極支援し、また、米ブッシュ大統領が、ロシアによるイランへの核燃料供給開始に支持を表明するなど、昨年末の時点で、中東地域での米露「対テロ」共闘関係は、徐々に深まりつつある。

・その一方で、昨年1月、米ブッシュ政権が、イランの軍事的脅威(中東地域)から欧州地域を守るとの名目で、チェコとポーランド(東欧地域)へのミサイル防衛(MD)システム配備計画を発表。プーチン・ロシアは、将来的に、自国の安全保障が脅かされる可能性を排除出来ないとして、これに反対。その後、相互に歩み寄りを見せつつあるが、昨年末の時点で、その対立のトゲは完全に抜け切っていない。

さて、以上を踏まえた上で、プーチン・ロシアにとって、今回のNATOサミットとソチでの米露首脳会談が有する地政戦略上の意義を分析してみよう。

まず、NATOサミットに関して、プーチン大統領が、同サミットへの出席を決断した狙いは、次の点にあると考える。
イラク同様、依然として安定化の兆しが見えないアフガニスタン情勢を巡り、4日に出席するNATO-Russia Councilの場で、NATO軍によるアフガンでの軍事オペレーションへの支援策を表明する予定だ。具体的には、NATO軍がアフガニスタンでの軍事オペレーションに必要な物資を輸送する際、ロシア領内を経由して行うことを許可する。これによって、「対テロ」でのNATOとの共闘関係を深める。

また、それと引き換えに、NATO加盟への道程の最終段階に位置づけられるメンバーシップ・アクション・プラン(MAP)の地位をウクライナとグルジアに付与されることを阻止する。
そこには、《中東地域を主な舞台とした「対テロ」での米露共闘関係を深めることで、東欧地域を主な舞台とした米露の対立関係を緩和・解消する》というリンケージ戦略が
明らかに見て取れる。

ただ、米ブッシュ大統領は、あくまでこのようなリンケージ取引は拒否。同大統領自らが、NATOサミットの場で、加盟国に対し、ウクライナとグルジアへのMAP付与を求めたが、今度はこの要求を、ドイツを中心とした欧州諸国(東欧・バルト諸国を除く)が退けた。前述の「エネルギーを軸にした独露の戦略的関係の構築」というプーチン・ロシアのもう一つの地政戦略が、ここに来て、有効に機能したといっていいだろう。

次に4月6日の米露首脳会談だが、前述の通り、米露間の最大の懸案事項は、東欧諸国へのMDシステム配備計画にある。これに関しては、昨年10月に続いて、去る3月17-18日、アメリカのライス国務長官とゲーツ国防長官が訪露。プーチン大統領やメドベージェフ次期大統領らと会談した後、「2+2」戦略対話の中で、同計画に関して、かなり突っ込んだ議論が交わされた。また、その後、実務化レベルでの協議が続いている。

露下院外交問題委員会のコサチョフ委員長によると、(米ブッシュ政権が、同計画を取り下げる積もりがないという事を前提に)ロシアがこの問題の解決の為に提案しているシナリオは2つ。最も理想的なのは、ロシアが完全な形で参加する共同ミサイル防衛計画を作り上げること。そうでなければ、ロシアが参加しないミサイル防衛システムがロシアに対して使用される可能性を技術的に排除することである。(3月20日付「露イタル・タス通信」)

現在、判明しているところでは、その中間をとったシナリオを軸に、事態の解決が図られている模様だ。具体的には、以下の点が挙げられる。
・ポーランドとチェコのMDシステムは、イランのミサイル能力が実証されない限り、稼動させない。その能力評価は米露共同で行う。
・アゼルバイジャンのカバラ早期警戒レーダーシステムを米露共同で運営する。
・ポーランドとチェコのMDシステム内で行われる活動の監視をロシア側にも許可する。

4月6日のブッシュ-プーチン会談の最大の焦点は、このMD計画で米露が妥結に至るか否かである。また、ロシア側は、2009年に期限が来る戦略核削減条約に替わる法的拘束力のある条約を締結したいと考えており、この点に関しても、詰めの作業が行われている。

さらに、米ブッシュ大統領からの提案で、これまでの両国関係の全ての要素を記録し、次期政権に引き継ぐための『二国間対話の戦略枠組に関する共同文書』への調印も行われる予定である。これには、「対テロ」での協力や、あらゆる国々に「原子力の平和利用」の機会を供与する為の努力などが含まれるという。(3月27日付『米ワシントン・タイムズ紙』)

9.11テロ事件後のユーラシア地政戦略の地殻変動のなかで浮上した「対テロ」での米露の戦略的関係。米露が、この戦略的関係を維持し続けることが、今後のユーラシア情勢の安定化には必要不可欠である。
米ブッシュ、露プーチン両大統領は、このユーラシア地政戦略上の遺産(レガシー)を次期政権に引き継ぐという歴史的使命を帯びて、間もなく、最後の首脳会談へと臨むことになる。(了)

*-*-*


なお、筆者は、今年度、引き続き 「ユーラシア情報ネットワーク」 プロジェクトに参加する他、「エネルギーと日本の外交研究」プロジェクトを統括します。エネルギー戦略の観点から、日本の外交上の優先順位を明らかにすると共に、原子力分野での日露協力についても、様々な角度から検証する予定です。研究の成果は、適時、財団ホームページ上で発表していきます。ご期待下さい。

    • 畔蒜泰助
    • 元東京財団政策研究所研究員
    • 畔蒜 泰助
    • 畔蒜 泰助
    研究分野・主な関心領域
    • ロシア外交
    • ロシア国内政治
    • 日露関係
    • ユーラシア地政学

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