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第11回「介護現場の声を聴く!」

June 22, 2011

第11回目のインタビューでは、福祉フリーペーパー「Wel―bee」の代表を務める上智大学3年生の森近恵梨子さん、起業サークル「For Success」運営事務局を務める専修大学3年生の秋本可愛さん、居宅介護支援に携わる「ハートバンク株式会社」と介護分野のコンサルティング業務を実施している「ハードビジョン株式会社」代表取締役を務めつつ、「社団法人日本介護協会」理事を兼任する関口貴巳さんに対し、フリーペーパー作成の狙いや介護業界への就職状況などを聴いた。

インタビューの概要

<インタビュイー>(画面左から)
森近恵梨子さん=上智大学3年生、フリーペーパー「Wel―bee」代表
秋本可愛さん=専修大学3年生、起業サークル「For Success」運営事務局
関口貴巳さん=「ハートバンク株式会社」代表取締役、「ハードビジョン株式会社」代表取締役、社団法人日本介護協会理事

<インタビュアー>
石川和男(東京財団上席研究員)

※このインタビューは2011年6月6日に収録されたものです。
http://www.ustream.tv/flash/viewer.swf

要 旨

フリーペーパーの狙いは…

今回のインタビューは2人の主導するフリーペーパーの話題から始まった。

最近、大学生の間ではサークル活動の一環として、フリーペーパーを作成するのが一種のブームとなっており、秋元さんは複数の大学にまたがる起業サークルに所属し、「孫心」というフリーペーパーを作成している。
(→孫心のサイトはこちら)


約1年前から活動しており、孫心は今年4月から発行を開始。現在は「株式会社日本介護福祉グループ」の施設長に協力してもらい、約2000部を刷っているという。

読者層として主にターゲットを置いているのは認知症高齢者と介護事業者。インタビューの際に持って来て頂いた号(2011年6月号)を見ると、字を大きく設定し、絵も多く使っているところが特徴だ。

さらに、「回想法」と呼ばれる認知症ケアの手法も取り入れている。これは高齢者に過去の懐かしい出来事を思い出してもらい、自分の存在の意味を考え直すきっかけを作る方法。6月号でも「留吉の一日」と題して、留吉という5人兄弟の末っ子の一日を紹介するストーリーを絵本の形式で掲載している。具体的には、「かわせみが魚をとる様子を見て、自分も川で魚とりに挑戦する」「勢い余って転んだ後、同じ小学校のユキちゃんと出会って、家のお風呂を貸して貰った」「風呂に入っている間、ユキちゃんが破れたシャツを裁縫してくれた」といった内容。

さらに、「ゴジラ」「東海道新幹線」といった高度成長期の単語を記入させるクロスワードパズル、動物園や西郷隆盛像など上野の名所を答えて貰うクイズなども載せており、認知症高齢者の記憶を刺激する工夫を施している。秋元さんは「認知症患者は新しいことを忘れるが、昔のことを割と覚えているので、昔の遊びを取り上げて話題提供になれば(と考えた)」と話す。

また、フリーペーパーの題材に介護を取り上げた契機として、起業サークル仲間の影響を挙げた。秋元さん自身は当初、「介護に全く興味がなかった」というが、認知症患者の親族を持つ仲間の発案で介護分野に挑戦することになり、その後は「(メンバーの)思いに乗っかってやっていると、知れば知るほど面白くなってきた」と話す。今後はホームページを作成し、インターネットでも孫心の内容をPDF資料として提供することを検討している。

一方、専修大学の社会福祉学科に所属する森近さん。「社会を豊かにするために貢献したい」と考えて、学科を選択した高校生の頃から社会福祉に興味を持っていた。しかし、森近さんによると、「若者は福祉に興味を持ちにくい」ため、若者向けの福祉フリーペーパー「Wel-bee」を始めることで、おしゃれに福祉の面白さを伝えたいという思いがあったようだ。
(→Wel-beeのサイトはこちら)

Wel-beeの主なターゲットは大学生を中心とする若者。収録に持って来て頂いた第1号(2011年4月1日号)は高齢者と若者の文化交流を訴えるため、若者の街である原宿の竹下通りをバックに、男性の高齢者と若い女性2人が笑顔でVサインを見せている表紙。

さらに、ホームレス支援や点字への翻訳、ハンセン病支援、児童養護施設の学習支援などに携わる大学生達のインタビューを盛り込んでいるほか、障害者アートに取り組む人のインタビュー、手話の豆知識なども紹介しており、近く発刊する号では東日本大震災のボランティア事情を特集する予定だ。森近さんは「最終的に(フリーペーパーを読んだ)大学生が福祉のボランティアに参加できるようになれば」と期待する。


若者の公務員志向

その後、話題は大学生の就職事情に移った。2008年のリーマンショック後、就職市場は再び「買い手市場」となっており、就職内定時期の早期化も相俟って、大学生は3年生の秋頃から就職活動を始めているが、3年生の秋元さん、森近さんは介護・福祉業界への就職を考えているという。

まず、森近さんはボランティアとして、特別養護老人ホームで1年間ぐらい働いている。雇用契約が発生しないアルバイトは実務経験にカウントされないため、将来的な資格取得に直接プラスに作用するわけではないが、現場に触れる経験を重ねているようだ。さらに、社会福祉士の取得も目指しており、大学の授業の一環として、夏から1カ月間の実習研修も予定している。

一方、「介護経営者には魅力的な方が多く、刺激になる」と話す秋元さんは介護業界への就職を目指している。現在は介護福祉士などの資格を持っていないため、金曜日と土曜日の週2回、アルバイトでデイサービス事業所に通っている。

介護事業所を経営する関口さんは「(介護施設を運営する)法人が証明書を発行するので、バイトも実務経験として証明できる。将来的にプラスになると思う」と期待感を示した。

しかし、不況の長期化は介護業界にとってもマイナスに働いているらしく、秋元さんは「サークルの仲間のうち、介護職を志す人は余りいない」と指摘。森近さんも「社会福祉学科に所属していても(介護業界への就職希望者は)余りいない。公務員になりたいという人が周囲に多い。公務員関係の予備校に通っている生徒も多い」と語り、周囲には収入の安定している公務員志向が高まっていることを明らかにしてくれた。

その背景にあるのは将来への不安。これまでのインタビューでも「長期的なライフプランを立てにくい。結婚、子育て、キャリアアップなどのことを考えると不安が残る」「結婚などを契機に金銭的な理由から、別の業界に転職する人が多い」「5年後、10年後のステップアップに向けたプロセスを設けて、給与体系も作らないといけない」などの意見が出ているが、森近さんの周囲には「介護に行きたいけど、(収入的に)不安なので、公務員の勉強をして安心したい」と考えている大学生が少なくないという。

介護業界での起業を目指すコンサルティング業務にも携わる関口さんは業界の傾向として、「現場を経験していると、今の職場で天井が見えて、人生設計を考えるようになる。そこで起業に行き着いた人が相談に来る」と話すが、業界のキャリアアップ過程が不安定なことで、介護業界への就職に二の足を踏む大学生が多いことは間違いないようだ。


計画停電で夜間見回り

さらに、話題は東日本大震災に及んだ。3月11日に発生した震災は介護現場にも影響を与えており、これまでのインタビューでも「直後のガソリン不足でサービス供給に影響が出た」「計画停電で入浴スケジュールの変更を余儀なくされた」といった声が出ている。

埼玉県で居宅介護支援などを展開する関口さんも、影響は避けられなかった様子。地元県からの要請に応じて、被災地や避難所となった「さいたまスーパーアリーナ」にヘルパーを派遣できるよう登録したが、最終的に派遣要請は来なかったという。

むしろ、苦労したのは夜間の計画停電。関口さんによると、夜間に停電になると、独り暮らしの高齢者が仏壇に飾っている蝋燭を明かり代わりに使うことが多くなり、火の不始末で火事になるリスクが高くなると判断。このため、関口さんを含めたスタッフを全員が総出で利用者の住宅を訪問したという。

一方、2人の学業に大きな影響は出なかった様子だが、千葉県浦安市に住んでいる森近さんの自宅は液状化で大きく破損。直後は断水で苦労したほか、地震でできた穴に母親が落ちて骨折したといい、現在は引っ越しも考えているという。

最後に、話題は介護・福祉のフリーペーパーを作成する上での苦労や楽しさに移った。

秋元さんは「(高齢者にフリーペーパーを)読んで貰って、『こういう反応があった』というフィードバックが介護事業者からメールで返って来た時、嬉しかった。辛いことはない」と強調。

一方、森近さんは「体力的に辛い」と苦笑いしつつも、「フリーペーパーを作るに際して、たくさんの人と出会えた。介護業界の人と話すと刺激になるし、大学生の方にも読んで貰うに当たって話すと話させて頂くと、色んな人が多くて楽しい」と語った。

【文責: 三原岳 東京財団研究員兼政策プロデューサー】
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