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第31回「介護現場の声を聴く!」

November 10, 2011

第31回目のインタビューでは、東京都豊島区で民家を改修した事業所「デイサービスすずめが丘」を経営する「株式会社K’s Holding」代表取締役の山崎祥司さん、東京都板橋区と名古屋市で往診の歯科医を運営する「医療法人社団 同人会」常務理事の花岡龍介さんに対し、歯と健康の関係や、口・歯の手入れを行う「口腔ケア」の重要性などを聴いた。

インタビューの概要

<インタビュイー>
<画面左から>
山崎祥司さん=「株式会社K’s Holding」代表取締役
花岡龍介さん=「医療法人社団 同人会」常務理事
<インタビュアー>
石川和男(東京財団上席研究員)
※このインタビューは2011年11月2日に収録されたものです。
http://www.ustream.tv/embed/recorded/18256546

要 旨

歯を大切にする意義

第31回目のインタビューでは「口腔ケア」など歯と健康の関係が主な話題となった。

花岡さんの医療法人では歯医者に通えない高齢者を対象に、通常は歯医者、歯科衛生士、助手の3人がチームを組んで車で周回し、歯の治療に当たっている。

花岡さんによると、その際の器具は懐中電灯を含めて全てポータブル。「(病院で使用する)全部の機材を揃えている。歯医者で削ったり、歯を抜いたりする全部ができる」という。さらに、「埋没している歯の残痕が分からないので、治療をどうしたら良いのか分からない。小型のレントゲン装置も持っており、全部コンセント。小さいレントゲンなので、その場で見て分かる」と話した。

往診する場所は基本的に高齢者の自宅。さらに、病院や特別養護老人ホームなども対象に含まれており、花岡さんは「治療の途中に入院した場合、病院が『来ても良いよ』と言ったら、ベッドサイドに行く」と紹介してくれた。

しかし、通所介護施設(デイサービス)は対象外。花岡さんは「デイに来ることは『自分で動ける』(という)解釈。往診は自分で動けない人しか往診しちゃいけない」とのこと。なお、歯科の往診では以前、診療台を付けたレントゲン車を施設に横付けする方法も流行ったことがあるらしいが、花岡さんによると「(今では)禁止になった。往診は保険点数が高い。バンバン横付けしたから厳格になった」という。

ここで、花岡さんが問題視したのは距離規制。訪問歯科診療は半径16キロ以内と定められており、花岡さんは「(規制の)意味が分からない。普通の歯医者は乱立している。こういうことだけはダメ」と疑問を呈した。

とはいえ、16キロの範囲を全て回る訳ではないという。花岡さんは「空のタクシーが回っているような状態。人件費の塊が動いているようなものなので無理」と指摘。その上で、具体的な営業方法として、「(拠点のある)板橋区はシェアは完璧にトップ。(周辺の)練馬、豊島、北(の各区)を重点的になるべく面で取って行く」と話した。

さらに、診療方法については、「1日に(診療所に)先生が4人、5人来る。健常の人と違うので、長時間口を開けるのが無理。ベッドで寝ている人はベッドで起こすとか、椅子に座って頂くか、助手が首を支える時もある」と語った上で、診察には30分ぐらい掛かることを披露した。

このため、実際に夜明けから日没まで回れる数は10~15件程度という。その一方で、施設に行けば移動時間なしに多くの患者を見ることが出来ると紹介してくれた。

また、患者との接触に関しては、99%がケアマネージャーを経由しているという。花岡さんは「本当に困っている人を治療したいので、自分で行けるのに『便利だから呼ぼう』というのはダメ。(ケアマネージャーから往診しなければならない)理由を聞くし、『こういう病気の場合は良い』とか往診して良い理由が幾つかあり、該当するか判定する」と述べるとともに、もし往診に不適切と判断された場合には「診療請求した時に跳ねられる」と語った。

同時に、医師免許を持っていない花岡さんも、医師らによる治療の現場に必ず立ち会うとのこと。花岡さんは「スタッフから声が上がるので、クレームがありそうな時は必ず同行する。現実にどうなっているか(チェックした上で)、その場で『こうして下さい』と指導する」と述べた。

では、歯をケアする意味は何処にあるのか。

4425人のデータを集めた神奈川歯科大学の発表(2011年1月)によると、歯が20本以上ある人に対して、義歯未使用の歯が殆どない人の認知症発症リスクは1・9倍、何でも噛める人に対して余り噛めない人のリスクは1・5倍という結果が示されている。

元々、証券業界に身を置いていた花岡さんも「この仕事をやるまで分からなかったけど、歯は食べるためだけじゃない。入れ歯で噛んでいる人はボケない」と強調。入れ歯に関しても「(周囲は)『どうせ流動食だから使えないだろう』というけど、言葉がちゃんと発音できないから聞き取りにくい。本人も話さなくなる」と実状に触れた上で、この場合の弊害として「(脳の)刺激が少ない。食べることは命を繋ぐことだから、食べることで色んな刺激があって当然。流動食だけになるとドンドンと弱って来る」と指摘した。

さらに、花岡さんは「栄養管理(が重要)というけど、あと何年生きているか分からないんだから、好きなものを食べれば良いじゃないですか」と私見を披露しつつ、「うちは治療が基本だけど、食べたいものを食べるためには、ちゃんと歯がしていないと」と力説。その上で、イカのスルメを食べたいけど、入れ歯の具合が悪くて食べられない高齢者に対して、入れ歯で食べて貰うことを一例に挙げつつ、「『美味しかった』というのがウチの仕事。御飯を食べられるにようする」と、歯を治療する意義を強調した。

例えば、介護施設で高齢者に提供される食事は嚥下能力や心身状態に応じて、通常の食事、鋏などで切った刻み食、ゼリー、流動食に分かれる。

花岡さんは「(一般的な衣食住のうち、高齢者にとっての)『衣』は風呂。風呂に入る回数が少なくなると、汚れて来て疥癬になるとか色々な問題が起きる」「綺麗にしとかないと、独居の人が『毎日風呂に入るのが勿体ない』と節約して弱って行ってしまう」と指摘した上で、「食も大事。一人でいる人でもテレビを見ながら食は楽しみ。歯が悪いと楽しみがなくなる」と強調した。

これに対し、山崎さんも「(デイサービスの利用者には)流動食の人もいる。食事は1回。食事はあらかじめ注文を取るが、噛めない人にはゼリーや刻み食、とろみ(を提供する)」と応じた。

さらに、花岡さんは歯科医に対する需要が季節によって変化することにも言及した。年始には「餅や雑煮を食べたい」というニーズが高まって来る一方、往診は1週間に1回しか訪れないため、入れ歯を作るには1~2カ月掛かるという。このため、花岡さんは「今から言って貰わないと、正月に間に合わない。みんな簡単にすぐにできると思っているが、そう簡単じゃない。噛み合わせを合わせるには時間が掛かる。『早目に行って下さいね』と言っている」と話した。

一方、冬の季節には誤嚥性肺炎も多いという。高齢者は嚥下能力(=飲み込む機能)が弱くなっており、食べ物が気道に間違って入って来ることがある。しかし、口の中は雑菌だらけなので、食物が肺に入って肺炎になるリスクが高いといい、花岡さんは「これ(=冬の季節)から多い。(原因は)全部歯から来る」と力説した。

さらに、花岡さんは正月シーズンに餅を喉を詰まらせて亡くなる人が多い点にも触れつつ、「(歯の悪い高齢者は)餅を噛み切れない。嚥下機能が弱いから、本当に細かく切らないとまずい。家族が飲み込んでも詰まらない程度の大きさにしてあげると起きにくい。小さくしても噛む感触はある」と語った。


口腔ケアは無料で実施

近年、重要性が指摘される口腔ケア。花岡さんは「歯医者が好きな人はいない。(私も)痛くならないと行かない」と苦笑しつつも、「歯茎だけでは噛めない。ちゃんと歯を治療したら(元に)戻る」と強調。しかし、「長い間ほったらかしにすると、歯茎も弱って行く。入れ歯を入れるのだって歯茎がちゃんとしていないと困る。我々の言葉で言うと土手。ツルツルになっていると、安定剤でセットしても外れやすくなる」「入れ歯だろうが、入れ歯じゃなかろうが、口腔ケアは必要。入れ歯もしていない人も、早く入れ歯を作って食事が出来るようにするのが凄く大事」と語り、口腔ケアの重要性を指摘した。

花岡さんによると、口の中は雑菌が多く含まれており、放置すると歯と歯茎の間で雑菌が入り込み、歯垢が溜まるという。しかも、歯茎の直下には血管が走っているため、花岡さんは「歯茎の下にばい菌が入ったら、すぐに脳に回る。だからチャント入れしなければならない」と力説した。

さらに、「入れ歯は必ず寝る前に外して欲しい。入れ放しになると、間に雑菌が溜まる。面倒臭いから外さない高齢者もいるが、外すと後ろが真っ白だった人も。手入れが悪いと舌に苔が生える。白っぽい雑菌の塊。(その場合は)舌ブラシで手入れする」と語った。

同時に、治療が終わった人に対しても、歯や口の手入れを指導しているらしく、「なかなか出来ない人には2~3週間に1回のケアに伺う」と述べた。さらに、施設によってもケアに対する考え方が異なり、熱心な所は凄く効果があるため、3年前から介護事業所を対象に、口腔ケアの講習会を無料で衛生士が実施しているとの事。

このほか、花岡さんは口腔ケアが与える独居高齢者の心理面での効果にも言及した。診療所には女性の医師が多く、衛生士、助手の3人で1週間に行くと、30~40分間で治療を実施するとともに、高齢者と会話も交わしているという。

これが独居高齢者にとってはコミュニケーションの機会になっており、花岡さんによると「(独居高齢者には)『(この場に)いて欲しい』という思いがある」とのこと。その一例として、花岡さんは「『痛い』と言わないと次に来てくれないから、『これで終わりました』と言うと、急に『ここも痛い』と言い出す人もいる」「(自宅に入ったら)必ずお菓子を用意している高齢者もいる。向こうの好意もある(ので)お茶と茶菓子ぐらいはOKと言っているけど、中にはカネを出す人もある。これは絶対に禁止。そんなこと(=金銭面の報酬)がなくても保険だから必ず行く」などの事例を挙げてくれた。

その一方で、1年間で亡くなる高齢者は以前に利用していた人も含めて、把握している範囲で毎年20~30人に及ぶという。花岡さんは「(猛暑だった)今年の夏は40人ぐらい。年末には亡くなった患者を全部黙祷して終わる」と語った。


酸素カプセルから参入

その後、介護・医療業界に足を踏み入れた動機や理由が話題となった。

花岡さんは国内系大手証券会社に就職し、株式引き受けや事業法人向け営業などに長く従事。その後、外資系証券会社に転職し、変額保険の運用などを担当したが、急性肝炎で2カ月半入院した。この時は幸い生還できたため、「助かった命なので、証券会社を辞めて何とか人の役に立つ仕事」ということで、介護・医療業界に関わることになった。

さらに、出身の神戸市が1995年1月の阪神大震災で甚大な被害を受けたことも影響した様子。花岡さんは「神戸に帰って埋立地のシェラトンホテルで両親と御飯を食べた際、下を見たら仮設住宅。仮設で孤独死が起きて、とっても耐えられなくて『何かしなきゃ』と(思った)」という。仕事の楽しみとしては、「面白いというよりも使命感」との認識を披露した。

一方、山崎さんは酸素カプセルサロンが契機。山崎さんによると、米国では酸素カプセルサロンは医療で認可を受けており、小児麻痺の子供らに効果があるという。プロサッカー選手のベッカムが酸素カプセルに入って怪我を治すなどスポーツ選手も多く使用しており、日韓ワールドカップの頃から高気圧酸素が広がったとのこと。「健康器具なので、(医療面での効果を)大きく謳えないが、病院はリハビリケアに使っているぐらい。脳梗塞、脳障害。体が温まって良い」とメリットを強調した。

こうした中で、山崎さんはサロンをやりつつ、老人ホームに無償で貸し出してサービスを提供したいと思っていたという。しかし、サロンは気圧を高める過程で、飛行機に乗っている時と同じような形で耳鳴りがする。このため、高齢者の健康にリスクがあるとして断られたことで、介護業界への参入を決断したとのこと。その時の経緯について、山崎さんは「片足(を)突っ込んでやるのではなく、介護にどっぷり漬かる。いつまで経っても(女性は)キレイでいたいという思いがあるはずなので、美容と健康を上手く融合しながら介護の業界で仕事出来たらなと思った」と振り返った。

その上で、介護業界の楽しみとしては、「普通のサービス業と一緒。フェイストゥフェイスで話が出来て、お客さんから喜びの声を貰える」という点を挙げた。

その後、山崎さんの経営しているデイサービスも話題となった。山崎さんのデイサービス事業所は民家を改修した小規模な施設。山崎さんによると、利用者は20人。従業員は8人。現在は「宿泊付きデイサービス」(お泊りデイ)も実施している。

こうしたサービスについて、花岡さんは「デイサービスは(高齢者を)預かって、昼ご飯を食べてお風呂に入れて帰る(のが基本)。宿泊施設がなかったが、旅行に行けないとか、仕事の長期出張や介護者が病気になった時など1~2日預かって欲しいというニーズがある」としつつ、「(施設系との相違点は)住居になるかどうか。老人ホームは住居。(預かる期間が)1カ月の場合、所謂ショートステイ。しかし、(お泊りデイを現状では)やらざるを得ない」と応じた。

【文責: 三原岳 東京財団研究員兼政策プロデューサー】
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