タイプ
レポート
日付
2011/11/24

第33回「介護現場の声を聴く!」

第33回目のインタビューでは、「社団法人農協共済総合研究所」研究部高齢社会・福祉研究グループ主任研究員の濱田健司さんに対し、高齢化が進む農村の介護需要や農協が介護事業に進出している理由などを聴いた。


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インタビューの概要
<インタビュイー>
濱田健司さん=「社団法人農協共済総合研究所」研究部高齢社会・福祉研究グループ主任研究員
<インタビュアー>
石川和男(東京財団上席研究員)
※このインタビューは2011年11月21日に収録されたものです。


要 旨


農協が介護をやる理由

第33回目のインタビューは介護事業に対する農協の取り組みが主な話題となった。

濱田さんの所属する農協共済総合研究所は1991年、農山漁村地域の生命・財産保障、事故予防、高齢化への対応など第1次産業や農村の課題を多角的に研究するために発足した。濱田さんは主任研究員として、介護事業の調査研究や、農協に対する介護事業の助言などを担当している。

農協が介護事業に進出していることは余り知られていないが、濱田さんによると、約700に及ぶ単位農協のうち、介護事業をやっているのは44%。農協の運営する事業所数は全国で約1050カ所に及んでいる。

農協が介護事業に進出している理由について、濱田さんは「組合員に対するお礼、地域を支えて行く使命感の中で、介護をやろうという事ことになった」と説明する。

具体的には、「(農協は)農家と一緒に歩んで来た。農家、農村は高齢化し、今(の平均年齢)は65歳を過ぎて70歳代に入って来ている。もしも何かあった時に農村地域で介護は必要になる」と発言。さらに、「民間施設(の参入)が採算上厳しい所もある。だけど農協は組合員と一緒に付き合って来て、(地域社会を)一緒に作り上げて来た。農協は農家が出資して作った組織。株式会社とは違うので、出資して下さった組合員にお礼する。地域全体で高齢化して行くので、介護事業者も十分じゃない地域を農協が支えて行かなければならない」と意義を強調した。

さらに、濱田さんは「農協は115カ所の厚生連病院を持っている。人口5万人以下の都市が4割。日赤(=日本赤十字)でさえ20%ぐらい。圧倒的に人口の少ない(医療)を支えている。農協は地域で困っていること、医療であろうが、介護であろうが、やらなければならない存在」と力説した。

実際、濱田さんによると、早い所では介護保険導入前の1990年代に入ってからホームヘルパーを育成しており、その数は10万人を超えているとのこと。濱田さんは農協の介護事業に関する認知度が低い理由について、メディアが余り取り上げない点に加えて、農協側が社会貢献を当然視している点も挙げた。

濱田さんが社会貢献の度合いを調査した際、農協に電話して「社会貢献活動していますか?」と確認すると、「特にしていない」との答え。そこで、濱田さんが「地域で清掃、緑化活動、子供の横断歩道誘導をやっていませんか?」と聞くと、全部やっていると答えたという。濱田さんは「(農協は)敢えて言わなくても、地域での活動は当たり前と思っている」と語る。

このほか、「助け合い」と呼ばれる組合員によるボランティア組織があり、「大体3万7000人ぐらいヘルパーみたいな助けてくれる人がいる。個別に家を訪問したり、手紙を書いたり、高齢者だけでなく子供の活動とか、非常にやっている。その中でやっているのが介護保険」という。

なお、農協が進出している介護事業の形態としては、訪問介護、居宅介護、通所介護が多いとのこと。

またサービス利用者は組合員に限っておらず、濱田さんは「全国では170カ所ぐらいの通所介護事業所があり、職員は真面目で誠実。利用者を裏切るような変な姿は見えない」と強調。その上で、行政機関が農協を頼って来た事例として、「(要介護度の)重度な利用者は民間が嫌がって、行政が『農協さんならば受けてくれるよ』と、電話一本で送って来ることがある」「社会福祉協議会が撤退した後、『農協さん出て来て下さい』ということになる」「小規模多機能(居宅介護事業所)を民間が殆どやらなかったので、(行政が)『介護保険事業をやっているんだからやって下さい』と(言って来た)」などを挙げつつ、「複合的に大きくやって事業採算をキチンとやっている所は『最初は赤字かもしれないけどやります』と、行政に言われて協力してやって行く」と語った。

さらに、濱田さんが引き合いに出したのは、百島(広島県尾道市)という人口700人を切る過疎の島での事例。島には介護施設が整備されておらず、住民が「行政に造ってくれ」と要請したものの、行政が「金がないから」と判断して整備を見送った。しかし、ここに農協が資金を出すから、行政も初期費用は一緒に出して貰って施設整備を実現させた。

濱田さんは「下手すると(高齢の)農家は国民年金で月5万8000円しか収入がない。その人が船に乗って(島の外に)行くことはできない」と指摘した上で、「いつ行っても(施設は)満杯。島の中で遊ぶ場所がない。外食する場所がない。風呂だってひょっとしたら(入れないかもしれない)。彼らのレクリエーションの場になり、人と交流する場になる。それを農協が支えた。採算を度外視して造って、地域で喜んで貰った」と述べた。

同時に、農協が初期投資を負担し、40~50戸の高齢者専用住宅を作った大分県での事例に言及した。そこの住宅では診療所、老人保健施設、デイケアを整備するとともに、食堂を整備して配食サービスも展開しているという。


このほか、社会福祉法人(社福)を立ち上げて特別養護老人ホーム(特養)を設置する農協も約40事業体に及ぶとのこと。濱田さんは「特養とか、ショートステイとか、地域で施設を求められている場合には、農協としての事業というよりも、社福に出資して在宅、施設の両方やる」と話した。

一方で、今後の展開に関して、濱田さんは「今から入って行くと介護業界に対して後発になってしまうので、本当に(拡大)できるのかどうか。民間のパイが小さくなると、民間との競合になる」との見通しを示した。


人材確保に苦労

離職率の高さが指摘される介護業界。ヘルパーなどの人材確保に苦労しているのは農協も同じようだ。

濱田さんは人材確保の手段として、「(農協自らが実施する)ヘルパー養成事業と、ハローワークというパターンもある」と発言。さらに、口コミで情報が広がって行く方法として、「農協の事業所で働きたい。同じ賃金ならば農協で働いた方が良い。(介護業界の)専門家同士で情報が回る」「農協は地域の組織で個人の繋がりがあるので、『資格を取った』と分かると声を掛ける」と語った。

しかし、過酷な労働状況は農協系の介護施設も同じ。濱田さんは「体がつらい。賃金が安い。男性のアルバイトでデイサービスの時給は800円。幾ら地方であろうとも、(収入は)月10万円そこそこ。子供を育てることはできない。共働きで奥様も来るとか、(農協に限らず)それなりに所得を確保されている方じゃないと、長期的に続けていくのは困難」「きつい割に事務作業が多くて厚生労働省(関係)の書類が増えて行く。本当は高齢者に向き合って介護したいので、ドンドンと削られて時間が割かれる」と、現場の窮状を訴えた。

その上で、濱田さんは「(課題は民間事業者と)基本的に同じ。賃金は大きな負担になる。何処の事業所を回っても問題。赤字覚悟でやっている所もあるが、継続して行くことが重要なので黒字化は必要になる」と強調した。

政策提言を実現する上での方策も話し合われた。

濱田さんは「農協、生協、大手民間企業が入る協議会が制度的な所で話し合いをやっており、制度を作って行くのを手伝っているが、(農協が制度改正に向けて国と)面と向かって交渉していない」「恐らく介護保険が立ち上げる時、推進したのが社協。社協は行政。表立って団体としてやるのは難しい。(介護業界として)行政と折衝する団体があってもいい」と発言。

さらに、農協の介護事業に対するは関与の方法として「全中(=全国農業協同組合中央会)という中央組織があるので、そこが役割を積極的に果たして行くことが必要。TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)とか経済(問題)に(重点が)シフトしているが、地域では高齢化が実態として進み、介護が必要な状態になっている。それに対して、オール農協としてどういう方向でやって行くかと。一応ビジョンを出しているけど、それを持って対外的な折衝していく事はもっと積極的にやっても良い」と話した。

その後、濱田さんは政策立案に関して現場との交流が重要と強調した。

濱田さんが一番重視しているのは現場との交流。既に50~60カ所の通所介護事業所を訪問するなど、農協が展開する介護事業所の現場を数多く見ており、「現場で困っている方達を何とかしてあげられないかというのが一番の問題意識。『スミマセン。調査させて下さい』と言って事業所に入って、『この結果が出ました。こうするべきだ』と、大学の先生や研究者は良くやる。しかし、本当に調査に行った(対象の)方達が抱えている課題に対して、何とか解決できないか。それをどういう形で解決できるのかを考えて行きたい」と話した。

さらに、「なかなか東京に普段いるから、介護現場に出て行った時、そういう方達と話して、『これはこういうことなんだ』『これはこういう問題がある』と分かって来る」と語った。

その一例として、言及したのが被災地復興に関する手法。濱田さんによると、ある自治体は東京のシンクタンクが作ったマニュアルに沿って再生計画を立てたのに対し、別の自治体は様々な利害関係者を含めて議論したという。濱田さんは「(後者は)大変だったけど、現場の声が入っている。(前者は)有名なシンクタンクで作ったものを入れてしまったが、全然かい離している」と疑問を呈した。

さらに、何十万人を雇用している上場企業の会長が未だに営業時代の知り合いに電話するとエピソードも事例に出しつつ、「上に上がって来る情報はオブラートに包まれる。現場の情報は重要。大きい組織になればなるほど、組織のトップは現場を声を逆に知っていなければならない」と指摘しつつ、「政策提言(の目的)は介護利用者の一人一人が笑顔でいられるか、介護スタッフが笑顔で続けられるか、そういう現場を作ることが本来の目的。それに合った政策を作ることを考えて欲しい」と注文を付けた。

同時に、今後の自身の活動としては、「(今は)現場に入って色々と蓄積(の段階)。それをやって行くと、国の政策が本質的なものが見える。提言して行くには海外の制度を勉強しなければならないけど、『こういう所が問題で、どういう風に解決したらいいじゃないか』と、もう少し提言として出していければいい」と発言。さらに、「現場を離れてしまった政策提言は意味がない。現場に入って中で政策を見付けて来る。農業、医療もそうだ」と語りつつ、「(現場感覚と)長期のビジョンの両方が必要。政策提言して行く自分自身の勉強も必要。その世界だけじゃなく、医療や他のサービス業など他の情報を得て行き、政策としてやって行きたい」と意気込んだ。


「農の福祉力」とは

このほか、濱田さんが持論とする「障がい者の就農促進」も話題となった。

濱田さんは「(農業、障がい者ともに)資本主義、効率性から排除された者同士で、親和性が高い。障害者にとって働く場所を見付ける場所ができて、農業にとっても障害者が担い手になる。両方にとってメリット(がある)」と強調し、「農の福祉力。雇用、リハビリ、レクリエーションが入って来て、農の新しい付加価値に繋がる」と力説した。

実際、こうした取り組みは全国で拡大しており、濱田さんは「東京ディズニーランドとディズニーシーの植木や花壇の3分の1は障がい者が作っている」「(2008年に)洞爺湖サミットで開かれた時のシャンパンやスパークリングワインを作ったのは栃木の知的障がい者施設。有名ソムリエが選んだ所、たまたま選ばれた」などの事例を紹介してくれた。

さらに、北海道の知的障がい者施設が作っているチーズが世界的な大会で金賞を取っていることも話題にした。濱田さんによると、牛乳は乳を搾った後にパイプで送っていると、成分が変わって味が落ちるが、ここの施設は山あいの条件不利地域を借りる形になったため、「施設も自分達で作って、(山の)斜面を利用して自然に落として行く。そうすると美味しいものが(自然に)できる。条件不利をメリットに変えて行った。本当に素晴らしい」と発言。さらに、「牛を育てる時も、障がい者自身が牛の上に寝転がって(触れ合って)いる。20年間近く色んな努力をやった」と語った。

濱田さんは、こうした事例を5年ぐらい前から調査しており、今年は山形と静岡、来年は三重で講演する機会があるとのこと。主に関心を持ってくれるのは自治体の福祉関連部局だが、三重県名張市と静岡県浜松市での講演は産業関係の課県が担当。静岡県は先進的に進んでおり、福祉、産業、農林が一緒にコミュニケーションを取っているという。

濱田さんは「障がい者を普通に雇用しても雇用してくれないし、『仕事を渡してくれ』と言っても何ができるか分からないのでくれない。地域の中で何処で働くかと言うと、農業しかない。労働賃金や経営的に上手く行かないので、加工する、さらに販売する。段階を踏んでやって行く。障がい者施設、経営者のスタッフは地域で農業しかないという事で、農業に入って行った」と指摘した。

同時に、「障がい者を雇用する壁があって、なかなか受け入れて貰えない。障がい者や施設も農業(への就業)を考えることが少ない。 そこら辺を飛び越えて行けばモデルになるはず。農業者の担い手として障がい者を位置付けることができる」と強調し、「新しい価値を創造して行かないといけない。農業という産業にしてみても、物を作物を作る・売るというだけでは、これからの農業ではないはず。新しい農業を生み出していかないといけない。(その萌芽が)幾つかある。これを大切にして行きたい」との認識を示した。

【文責:三原岳 東京財団研究員兼政策プロデューサー】