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第42回「介護現場の声を聴く!」

February 16, 2012

第42回のインタビューでは、東京都西東京市で特別養護老人ホームと老人保健施設を運営する「社会福祉法人東京聖新会」理事兼「特別養護老人ホーム フローラ田無」施設長の尾林和子さんに対し、認知症高齢者に対するケアの在り方や、認知症ケアに関して医療・介護が相互連携する必要性などを聴いた。

インタビューの概要

<インタビュイー>
尾林和子さん=「社会福祉法人東京聖新会」理事兼「特別養護老人ホーム フローラ田無」施設長
<インタビュアー>
石川和男(東京財団上席研究員)
※このインタビューは2012年2月6日に収録されたものです。
http://www.ustream.tv/embed/recorded/20261216

要 旨

老健が強みの発揮を

第42回のインタビューは特養と老人保健施設(老健)の役割から始まった。

尾林さんは特養の施設長に加えて、合築されている老健の副施設長も兼任しており、開設した13年前には特養と老健を合築した施設は東京都内では初めてだったらしく、「老健と特養の特性が違うので、合築が考えられていなかった」という。

老健は特養、介護療養病床とともに「介護3施設」と類型され、在宅復帰を前提としたリハビリに力点を置いているのが特色。尾林さんは「特養は(基本的に)終の棲家。入ったら一生、死ぬまでいれる。または急変して入院するまでいれる。老健(の目的)は在宅復帰。急性期疾患が直った後、在宅復帰するまでのリハビリ施設。病院から在宅に繋ぐ中間施設。目的が違う」と語った。

このため、特養は独りでは生活できない人や、介護者が不在の利用者が入居しているのに対し、老健の利用者は病院から来ることが多いらしく、尾林さんは「(老健は)病院が併設されているケースが多いが、(尾林さんの働く施設は)病院のないところからゲストを受け入れている。経営・運営面では厳しい面もある」と述べた。

しかし、政府の介護政策は近年、在宅支援に力点が置かれており、介護型療養病床に関しては2005年に一度廃止方針が決まり、昨年に成立した改正介護保険法では2011年度の廃止期限が2014年度まで延期された経緯もある。一方、老健に関しては2012年度に実施される介護報酬改定で、在宅復帰や地域連携、入所前後の指導などを実施している施設に対し、加算措置が導入・拡充する改正が盛り込まれた。

こうした動きを念頭に、尾林さんは「自宅に帰れない人(向け)で療養型施設があるが、(政府は)これを減らすと言っているので、老健への移行を決めている最中」と指摘。今後の展望については、「認知症に強い老健とか、これから老健の取るべき道も出て来る。認知症に強い老健とか、リハビリが強いとか、在宅復帰に強いとか、強みを特化させて展開させるのが望ましい」との見通しを述べた。

一方、特養に関しては多床部屋から個室あるいはユニット型に移行しつつあり、尾林さんは「新型特養であれば報酬はそれなりにするが、在来型、多床対応の特養は減算される。個室を造る方がコストが掛かるが、個人の尊厳尊重を考えると、プライバシーを確保できる個室の方が良い」と話した上で、自らがサービスを利用する時の対応として、会話や匂い、生活習慣の違いなどがあるとして、「施設に入る時は個室の方が良いと思う」と感想を吐露した。

その後、話題は認知症患者への対応に移った。

認知症の高齢者は170万人に及ぶとされ、人口の高齢化で増加が今後も予想されている。尾林さんによると、比率から見ると平均寿命の長い女性の方が多く、女性はアルツハイマー型、男性は脳血管症型が多い傾向があるとのこと。尾林さんは「(以前は)アルツハイマーになると平均余命は7年と言われていたが、私が見ている限り長い。施設に入所すると2~3年延びる」と感想を漏らした上で、10年ぐらい変わらず生活している人も見られる反面、症状が進行した人は飲み込むことすら忘れてしまうといった事例も明らかにしてくれた。

さらに、近年は40歳~60歳代の若年性認知症も増えており、尾林さんの施設にも50歳代の認知症が利用しているとのこと。尾林さんは「(若年性は)不安を抱えて『おかしいな』と思う人が多いと聞いている。欝傾向が多く出る人がいる」と述べた。

しかし、尾林さんによると、実際に欝病なのか、認知症に由来する欝なのか、それとも水分摂取が足りない時などには欝症状が促進されるので身体状況によって違うらしく、若年性の症状は分かりにくいという。

尾林さんは年齢を問わず、認知症ケアの重要な点として、「認知症があると、自分で判断することが難しくなって来る。行動障害(と呼ばれる行動)をコントロールできない。誰が個人の尊厳を代替するのか」と問題提起。その上で、認知症になるまでの疾患として、脳血管性疾患やアルツハイマーといった病気があるとして、「認知症の約60%がアルツハイマー。高血圧、脳梗塞の後遺症で脳細胞が死滅すると認知症になってしまう」「アルツハイマーと脳血管性症状のミックス型が増えている。生活習慣(の変化)もあるかもしれない。血管のメンテナンスが非常に重要」と語った。

さらに、尾林さんは「(認知症に至る最初の疾患次第では)中には治る認知症もある。早期受診がポイント」としつつも、「アリセプトなど認知症を進めないための薬が出ているが、(病気を)治すのではなく、(認知症ケアの基本は)今の状態を維持できるような形」と話した。

その際、最も重要なのは環境整備になるという。尾林さんは「薬で対応できないとなると、認知症の方は環境を構築できないので、私達が環境を支援する。住み慣れた環境が有効と言われている」「色々なことができなくなってしまうが、しっかり感情は担保される。残っている五感の幾つかを活性化させて、住み慣れた環境で心地よく生活して頂くことができる」と指摘した。

具体的には、認知症になった高齢者は自宅にいるのに「家に帰りたい」と望んだり、外に出て行ったりしまう時がある。尾林さんは「『あなたのお家でしょ』と言っても、『私の家は違うのよ』と言う。その人の立場に立って考えた時、その人にとって今、帰りたい家を考えると、もしかすると生まれた頃の家かもしれないし、新婚時代を暮らした家かもしれない」「自分の家にいるのに外に出て行ってしまう。おしっこに行きたいのを我慢しているかもしれない、お腹が空いているのかもしれないし、疲れているかもしれない」と発言。その上で、「発する言葉と本当に望んだ言葉が乖離している。真のニーズと直接要求のギャップがあることを基礎知識がある上でケアしていかないと、(真のニーズを)想像することが出来ない。その人の過ごしてきた社会背景、生活暦を知ることが必要」と述べた。

さらに、尾林さんは「最初から認知症というわけではない。しっかりとした生活が構築されていた中で、崩れている。認知症になっているからこそ、本人の尊厳をしっかりと周りが考えないと大切なこと」と強調。例えば、介護側に都合の良い論理として、「本当だったらプライバシーを保って欲しいから個室にしたいけど、死角がいっぱいあるのでケアしづらいから、『広い部屋に10人入れちゃって見る方が楽』というわけじゃなく、しっかりと相手の立場に立ったケアを私達がやらなくてはいけない」と力説した。


個別ケアの標準化に向けて

その後、尾林さんが施設で実践している「気づいちゃったシート」「気づき分析シート」が話題となった。

「気づいちゃったシート」(尾林さん作成・提供)では「Aさんが園芸の時間で、自分から立ち上がった。その先にはミニトマトの実が成っている鉢が置いてあった」「ピアノ演奏の時、Bさんは必ず後から来るので柱の陰で聞いているけど、今日は音が鳴った途端に部屋から出て来たので、正面に座ってハミングしていた」「Cさんは普段お茶を飲んでくれないのに、レモンティーに砂糖を加えると全部飲んだ」といった形で、職員が日々の業務の中で気付いたことを時間、場所を明記しつつ記入することで、関係者間の情報共有を促す。

尾林さんはシートの目的として、「日々の気付いたことを記入する。認知症ケアを進める上で、観察力を促進する。(職員に)訓練、観察力を向上させて欲しい。『あの歌を歌ったらニコニコした』などの気付いたことを情報共有する」と強調した。

同時に、「シートを書いたからと言って、(その中身を)生活にフィードバックするかが課題。それを分析しましょう」という問題意識の下、尾林さんが導入したのが「気づき分析シート」(尾林さん作成・提供)。尾林さんは「しっかりと(気づいちゃったシートの中身をケアに)反映させる上で、ケアプランを書かなきゃならないので、ケアマネージャーの段階で分析を行っていく。リスクマネジメントはネガティブな発想。これはポジティブで、出来ることを探す」と強調した。


例えば、利用者が笑った時、「笑ったのは何故か?」ということを分析シートに落とし込むことで、この次も笑顔を出して貰うため、同じようなシチュエーションを作ることを試すといった形。尾林さんによると、導入当初は「誰が書くんだ」「そんな時間はない」といった形で職員から悲鳴が上がり、必ずしも上手く行かなかったらしいが、地道な作業を通じて定着させつつあるという。尾林さんは「うちでトライアルしているので、皆さんに周知して広めて行きたいと思っている」と話した。

同時に、こうした取り組みを始めたのは、エビデンス(証拠)に基づくケアが重要と認識したためという。

尾林さんは、認知症ケアに共通の処方箋がないことを指摘するとともに、「スタッフは20~30人いて、シフトで動いている。利用者のエンパワーメントを高めたいケアプランがあるが、個別ケアを提供する人はたくさんいるので、個別ケアを標準化しなければならない」「(ヘルパーの手法次第で)『やり方が全部違うよ』となると、利用者によって一番良いケアかと言うとそうではない。常にトライアル。考え続けること(が大事)」と語った。

さらに、尾林さんは介護の世界で良く聞かれる「その人らしさ」「パーソン・センター・ド・ケア(=本人中心のケア)」といった単語を引き合いに出しつつ、2つのシートの意義を説明した。具体的には、「現場経験をエビデンスの下に『こうあるべきではないか』『このようなルートで、このような援助をやる』「本人を持っているものを合理的にエンパワーメントできる」と強調。さらに、「本人の有する能力を見付けることは大事。自分で見付けられないことも多いので、本人もできることに気が付くとか、自然と持っている力を高めることが新しいパーソン・センター・ド・ケアになる」と話した。

実際、尾林さんは2つのシートを実践するとともに、東京都から「認知症指導者」の認定を受けており、その手法を関係者に伝達している。

同制度は認知症ケアを実践している人達を認定する仕組みで、尾林さんによると認知症になっても住み慣れた町で過ごせるとが良いよねと思えるような啓蒙」の目的に加えて、各地域のリーダー的な人材育成などを担っている。

指導者の研修センターが立地しているのは東京、仙台、愛知県大府市の3カ所。このほかに「認知症ケア専門士」など民間の資格も存在するが、認知症指導者の研修について、尾林さんは「地獄の研修を終えないと、名乗れない。結構厳しかった。2カ月半ぐらいの研修。(このうちの)6週間ぐらい泊まり込み」「年に3回(募集)で33期と言っているので、(資格がスタートして)10年ぐらい。当時は自治体の推薦がないと研修に行けなかった。東京都の場合、(推薦を受けるには)リポートを出したり、面接したりする」と取得当時の苦労を振り返った。

同時に、介護の世界に足を踏み入れた後、認知症ケアに関心を持った動機として、「この道に入って『認知症の特効薬が何もない』『症状を軽減させることはあっても治らない』『今は環境整備しかない』と聞いた時、(介護経験の少ない人でも)入り込む余地があるのかな、何が出来るのかなと思った」と語った上で、認知症に対する社会の理解不足も問題視した。

具体的な事例として、尾林さんは「(若年性は)世の中の認知が足りない。増えているのであれば、それに対する啓蒙が必要で、アクションを起こしていかなければならない」「家族は両親が認知症になっていることを認めたくない。(認知症が)ポピュラーとなって『認めなくてはならない』という(意識転換の)部分は啓蒙になるかもしれない」と発言。その上で、「(世間一般的には)認知症は怖いという意識を持っている」として、「認知症のレッテルを貼るべきじゃないが、『認知症なんだ』と思うことで、認知症を知ることができる。周りが知ると、『認知症は治らないけど、こういう対応をすれば上手く過ごして行けるかもしれない』と思う。『レッテルを貼ってはいけないが、認知症なんだ』と思うと(やれることは)ある」と強調した。

さらに、尾林さんは認知症ケアを進める上で、医療・介護の情報共有の必要性も訴えた。

尾林さんは「認知症になってしまった人が独居だったら、自分の健康管理ができない。『何処かおかしいから医者に行った方がいいんじゃないか』と言われて病院に行くと、『昔ハシカだったかもしれないけど、分からない』という形で認知症になると(病歴が)分からない。認知症であればあるほど、医療情報が既往歴や病歴をしっかりと把握できていないと困る」と指摘し、現在は医療機関と介護施設の間で連携が取れていないと語った。

現在も要介護認定には主治医の意見書が必要であり、政府の税・社会保障改革案でも医療・介護の連携が盛り込まれている。

しかし、主治医の意見書には既往・現在の病歴に「なし」と書かれているのに、介護施設の情報には病歴が記入されているなどの例は少なくなく、情報が分断されているのが実情とのこと。

尾林さんは「『この人、認知症だから訳分かんないだ』(という考え方)じゃなく、『認知症だからこそどういう風にアプローチしたらいいのか』(と考えることが必要)。性格、生活歴、生い立ちを知ることが大切」「情報は個人のもの。受診した病院のものではなく、個人で持っているのが筋。母子健康手帳みたいな形で個人で情報をしっかり持っていれば、認知症になっても安心で、抜本的に考えないとまずい。シームレスな連携を取る(べきだ)」と語り、情報化も活用した医療・介護の相互連携の必要性を強調した。

【文責: 三原岳 東京財団研究員兼政策プロデューサー】
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