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第45回「介護現場の声を聴く!」

March 8, 2012

第45回のインタビューでは、神奈川県厚木市で介護事業を展開する「社会福祉法人 神奈川やすらぎ会」高齢者総合福祉サービスセンター 第二森の里施設長を務める西迫哲さんに対し、介護報酬改定の評価や介護業界の経営効率化に向けた方策などを聴いた。

インタビューの概要

<インタビュイー>
西迫哲さん=「社会福祉法人 神奈川やすらぎ会」高齢者福祉総合サービスセンター 第二森の里施設長
<インタビュアー>
石川和男(東京財団上席研究員)
※このインタビューは2012年3月6日に収録されたものです。
http://www.ustream.tv/embed/recorded/20915044

要 旨

従来型の修繕費をどうするか?

第45回は2012年度介護報酬改定の評価が話題となった。

医療機関向けの診療報酬と同時に改定された介護報酬は総額1.2%増となり、その内訳は西差子さんの運営する特別養護老人ホーム(特養)を含めた施設は0.2%、デイサービスなど在宅は1.0%という内訳となった。

しかし、西迫さんは「国の苦しさが見えて来るだけ。数字的に上げたと言っても、一人当たり単価は下がって来ている」と評した上で、特別養護老人ホーム(特養)の特性を引き合いに出し、「単価が下がって来ると、減算して予算を作るしかない」と述べた。

と言うのも、特養の収入は「利用者×365日×要介護度(単価)」という形で上限が決まっているため、西迫さんは「減算される部分がどの程度か。減算しないように工夫するのがマネジメント」と述べつつ、「(全体を上げるとは)出す側の方の話(=論理)。貰う方は単価が下がっている。(国が)『こんなに下がってしまう』と知らせると、『それは無いだろう』と世論が言うから『1.2%上げましたよ』という物の言い方」と批判した。

さらに、西迫さんは「介護保険なんて不安定な玉乗りをいつまでするのか。地球規模の(大きな)球に乗っかっている場合はそうでもないけど、介護保険(という球)が小さくなって来ると、端っ子から落ちて来る人が出て来る。そうなった時に残された高齢者はどうするのか。自由競争した時にはこぼれた人が出て来る。ある程度のことをやっていかないと。社会保障のセーフティーネットから外れて競争の世界だけになる。それでは(特養は)セーフティネットじゃなくなるけど、その覚悟が(国に)あるのか。『いやいや君達は(セーフティーネットを)やってよ』という部分しか見えて来ない」と訴えた。

例えば、特養は社会保障のセーフティネットと位置付けられており、要介護度3~4程度の高齢者が特養で生活している。実際、西迫さんの運営する特養に入居する利用者の要介護度も3・87に及ぶという。

しかし、西迫さんによると、入居費用は一番高い人で月20万円。さらに、今回の報酬改定では従来型個室、多床室の単価を1~2%程度引き下げた半面、ユニット型個室の単価を同程度引き上げた。

西迫さんは航空機のビジネスクラスとエコノミークラスの違いを例に出しつつ、「長屋に住もうが、マンションに住もうが、アパートに住もうが、個人の自由、所得や趣味、考え方で(選択肢が)変わる。(今回の報酬改定は)国が『あんた達、一軒家じゃなく生活なんかできないでしょ』『お年寄りと言えども、プライバシーは個室でしかありえない』と言っているようなもの」と指摘。「価値観もドンドン変わっているのに、(将来のことを考えて)『どういうところを選びますか?』と考えていかなきゃならない。キャパシティとしても足りなくなって来ている。団塊世代の終の棲家は特養じゃないと思う」「『団塊世代のために考えなさいよ』と言われるけど、それ(=特養を利用する年齢)は何年後なのか。88歳の平均だとしたら、ドンドンと(供給が)追い付かなくなる。特養じゃない次の行き先のメニューを今、考えないといけない」との見解を披露しつつ、ユニット型個室に誘導する国のスタンスに関して、「『イニシャルコストを国として面倒見られません。だからイニシャルコストは家賃部分を貰って下さい。しかし、家賃部分は個室になっていないと貰いにくいよね』というのが本音では」と批判した。

同時に、3年間限定の介護処遇改善交付金を廃止し、その代わりに報酬本体で「介護職員処遇改善加算」を創設した点を念頭に、「(デフレで)全体的に下がっているけど、人件費は考えて上げる。その論理は何か。ペーパーを見ると不思議で仕方が無い」と話した。

さらに、西迫さんが挙げたのが修繕費の問題。西迫さんによると、2000年の介護保険制度導入前に建てられた施設の修繕費に関しては入居費で賄うことを想定していないため、「従来型の修繕費に関しては、どうやるのか?『お前達はそんなこと(=儲けること)をしちゃダメよ。予算を使い切ることを強いていたのに、全く変わった部分をどうするのか」「修繕費を本気でやったら、その金で足りるのと聞いたら、それは無理。兆円以上の修繕費が掛かる。50年以上使うとしたら、ある程度修繕しなければ、朽ち果てて行くのを見守るしかできなくなる。(介護事業に参入して)29年目に入ったけど、29年前とはプライバシーの考え方が違う」と訴えた。

同時に、社会福祉法人が持つ1兆円程度の内部留保を還元するよう求める意見が出ていることを引き合いに出しつつ、「『あいつら儲かっている』という言い方をするけど、儲かっているんじゃなくて怖くて使えない。修繕費の財源は何処にあるんですか。補助金メニューを無くした分は取っておかなきゃ行けない」「家庭の金で言うと内部留保はヘソクリや貯金。家を修繕しなきゃならないので、これだけ蓄えておこうねということ。『ここに何十万円を持っているじゃないか。今月は給料を要らないだろうと言われちゃう。(使い道を)考えているのにそれを聞かず、『あんな所に持っていますよ』と公表すると、とても大きな金額に見える」と訴えた。

このほか、西迫さんは低所得者向け居住費の減免制度についても改善を訴えた。

西迫さんは「(行政からは)『国、県、市で面倒見ますから居住費に対して所得の少ない人には、この金額だけにして下さい』と言われる。しかし、(自治体負担の総額が)100%にならない部分については施設負担」と指摘。これに対し、改善を訴えると、自治体からは税金を払っていない点を理由に反論されるらしく、西迫さんは「そんなことだったら税金を払ってもいい。『税金を払わないんだから、これだけやれ』『社会福祉法人だからこれだけやれ』という論理が多過ぎる。(この状態が続くと)低所得の人(を受け入れるのは)は難しいです』となる」と語った。

その上で、窮鼠猫を噛むの喩えを引き合いに出しつつ、「(特養は)入所金を貰っちゃいけないんだけど、寄付金を貰う(ことを考えたくなる)。そういうことをしないと大原則だし、僕もやる気は無いが、競争と言った時、ここまでやるしかなくなっちゃう」「今まで措置に飼い慣らされて来たが、今回の改定は度が過ぎる」と不満を述べた。


人材の資質向上が課題

その後、話題は介護事業所の効率化に移った。

西迫さんは元々、介護・福祉畑の出身ではないためか、民間企業的なマネジメントを意識しているらしく、「(福祉業界は)心根の優しい方が多い。コスト意識をどう持って貰うか、顧客満足をキチンと振り返りしなきゃならない。それを常にやり続けること。(医療保険で言えば、公的保険でカバーされない)自由診療と言われる部分で何ができるのか、自分達の強みを見続けなければマネジメントできない」「今までマネジメントするなと言われていた。突然『マネジメントしろ』と言われて、どうすれば良いのか。急にハンドルは切れないと(という意識が業界に)ずっとあった」と強調。

さらに、西迫さんは「マネジメントして何とかやっていける所までは良かったが、小さな球から零れ落ちる人が出て来て、事業所が零れ落ちた時に居住した人の行く末を考えなければならない」「今の内部留保を食い潰す所まで行き、『修繕のカネは?』と聞いても『それは知りません』と言われると困る。民間でできる所があれば民間でやって貰えばいい。民間ができない部分を社会保障としてやっていかなきゃならない」と危機感を示した。

同時に、「(社会福祉法人でも)生産効率を上げる努力は必要。(介護施設は)中小企業なので、無理な競争をし始めて価格競争しても、お互いに苦しめるだけ。『自分達の価値を下げる意味は無い、中小企業としてこれだけのことを提供するんで、これだけしましょうね』という対応が必要」と持論を語った。

その上で、「(社会福祉法人は)措置の時代から鵜飼いの鵜。一生懸命飲み込もうとすると、『お前には飲ませませんよ』と飼い殺しのようなことをやられていた。言うことを聞いていた鵜が鵜匠に噛み付くとしても、何処で噛み付いたら良いか分からない」「パフォーマンスの仕方が分からず、パフォーマンスを良しと思っていない。黙って何かをしているのが美。(国からは)『噛み付いたらいいんですか?』『財産を分捕る資格まで持っているんですよ』『社会福祉法人がダメになったら搾取する』と言われている」と提起し、消極姿勢を続ける社会福祉法人がスタンスを変える必要性も訴えた。

さらに、介護事業所の人材不足も話題となった。

西迫さんは「看護師、介護(福祉)士の人員が不足している、これを作って行かなきゃならない」と語りつつも、待遇改善を訴えた方法論に関して再考する必要性も提起した。

介護職員の待遇改善に関しては、野党時代の民主党が議員立法で法案を提出。自民党政権末期に編成された2009年度第1次補正予算で、平均1万5000円を引き上げる介護職員処遇改善交付金制度が創設された経緯がある。

しかし、西迫さんは「『俺達の職員はこんなに仕事が苦労して大変なのに、こんなに給料が上げられない』と、厚生労働省との交渉に人件費や仕事の大変さを使った。とても象徴的だったので、マスコミがガーッと報じた。多分、僕達がイメージダウンさせてしまった」と、当時の対応を反省。その上で、「お年寄りの人生が(職員に)感動や喜びを与えてくれる。喜びややりがいが分かるようなスタッフを育てることをサボっちゃいけない。お年寄りにどうやって興味を持って貰うか準備などをやらなきゃならかったのに、『介護(が大変)なんだ』と言って作業的に終わらせて来た」と強調し、「(過去の対応を)全く反省しなければならない。彼らがどうしたら喜びを持って仕事できるか今、やっている。感動体験の発表など色々やり始めているが、まだまだ足りない」と述べた。

実際、西迫さんによると、2008年のリーマン・ショック後の「派遣切り」に触れ、「派遣切りに遭った人達に行政を通して『うちで資格を取らせて上げるから来ませんか?』と言っても一人も来なかった」「『お金が』『お金が』と言ってしまうが、(実際に)『時給が1円でも高い所に移るの?』『給料が高い業界に人が集まっているの?』というと、そんなことではない」と発言。

さらに、「労働と賃金の物々交換じゃなく、ここにやりがいがあるんだということをキチンと分かるようにお膳立てするべき。処遇改善と言いながら『給料をやる』と国がお膳立てするのはいけない。給料を上げることは大切なこと。金というファクターをないがしろにしろというのではなく、お金がトッププライオリティーじゃないことをもっと強調しなければならない」と、介護職員の資質向上が重要と訴えた。

発生から1年を迎える東日本大震災の影響も話題となった。

西迫さんは「(揺れが)長いという印象。エレベーターなどの被害は無かった」と当時を振り返りつつ、関連団体の要請を受けて宮城県気仙沼市から高齢者を一人預かったことを明らかにしてくれた。

さらに、震災直後の支援物資に関して、福祉の世界でも同様の現象が見られるミスマッチが生じたことを指摘した。

西迫さんによると、一部の被災地では1カ月間程度は貨幣が価値を持たず、物々交換がメインとなっていたらしく、「何処に何を届けて良いのかガナバンスが動いてなかった、マスコミが集まる所に人や物が集まって来るが、その奥になると全く(届いておらず)偏りがあった」と述べつつ、「福祉やボランティの世界は(支援の受け手と)同じマークを出さなきゃいけない」と指摘した。例えば、支援側が「してあげたい」、受け手が「して欲しい」というケースがベストだが、「やってあげたい、して欲しくない」「やりたくない、して欲しい」の場合にはミスマッチが起きる。

しかし、西迫さんが一番多かった事例と挙げたのが「やりたい、して欲しくない」という組み合わせ。西迫さんは「何をして欲しいのか何処かに集約してあてがわなきゃいけないのに、ガバナンスが取れていないから、(支援を)して欲しくない人に『してあげます』と言っちゃう」と話しつつ、「求められていないことに気付かない。ボランティアの整理整頓が必要だった。昔ほどじゃないにせよ、ボランティアに行く人は食べる物、寝る所を自分で確保することを分かっていない人もいた」と述べた。

その後、11月に被災地を視察した経験も話題となり、西迫さんは「もし震災が起きた時、どういうことが起こり得るのか。準備できるものがあれば準備するのか、自分達の覚悟として何処までしなければならないのかを確認に行った」と振り返りつつ、今後の被災地支援に関しては「原発が収束する所があれば(被災前から比べて)ゼロベースに位置に来て、次の何をやるのか道を作ることができるが、瓦礫の所がマイナス。国・地方は何処まで覚悟できているのか。覚悟を作る所から始めないと、どのぐらいで中期的、短期的な所が見えて来ない。今の時点で言えば、瓦礫の受け入れや方法が決まらないのはマイナスと思う」との認識を披露した。

【文責: 三原岳 東京財団研究員兼政策プロデューサー】
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