タイプ
レポート
日付
2012/3/15

第46回「介護現場の声を聴く!」

第46回のインタビューでは、東京都新宿区を中心に訪問看護事業などを展開する「株式会社ケアーズ 白十字訪問看護ステーション」代表取締役・統括所長の秋山正子さんに対し、昨年7月に新宿戸山ハイツで開設した「暮らしの保健室」の概要や目的、医療・生活支援の連携方策などを聴いた。


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インタビューの概要
<インタビュイー>
秋山正子さん=「株式会社ケアーズ 白十字訪問看護ステーション」代表取締役・統括所長
<インタビュアー>
石川和男(東京財団上席研究員)
※このインタビューは2012年3月6日に収録されたものです。


要 旨


トイレはゆったりとした設計

第46回目のインタビューは暮らしの保健室がメインの話題となった。

暮らしの保健室は戸山ハイツの空き店舗に開設された相談所。「医者の言っている意味が分からない」「夫が退院するけど往診してくれる医者は何処にいるのか?」「こういうことは医者にどうやって聞けば良いのか?」「認知症の人にどう接したらいいか?」「がん治療や緩和ケアは何処に聞けば良いか?」「薬の飲み合わせは大丈夫か?」といった質問を気軽に相談できる場所として、秋山さんが主導して開設した。

保健室が置かれたのは戸山ハイツという団地の一角で、商店街となっている1階の空き店舗を改装した。気軽に立ち寄れるよう入り口を開放的にしており、中は木目調。敷地面積は約70平方メートルあり、秋山さんによると「気軽にお茶を飲める雰囲気。勉強会などでは最大40人ぐらい入れるが、普段は10人程度」という。高齢者の個別相談を受けられるようパーテーションで区切ることも可能な設計だ。

秋山さんは「みんなでお茶を飲みながら話す。話すだけでも落ち着いて帰る人もいる」と話した。

さらに、トイレの内装も工夫しており、ゆったりとした構造で、木の香りが広がるヒノキの壁と天井で造られている。さらに、人工肛門の人達に対応するため、シャワー設備も備えている。



【写真は撮影:藤井浩司/ナカサ&パートナーズ、提供:暮らしの保健室】

保健室の相談は無料で、予約も必要ない。平日の午前9時~午後5時に相談を受け付けており、来訪者の多い午後から必ず保健師、看護師の資格を持った人が1~2人対応しているほか、一部はケアマネージャーの資格も持っており、金曜日には薬剤師、栄養士も入るという。それ以外の時間帯についても、ボランティアが詰めており、秋山さんは「(ボランティアスタッフは)家族を介護したり、看取ったりして、私達が関わった家族。介護中の気持ちとか、お年寄りの対応をマイルドにしてくれる」と話す。

さらに、秋山さんが運営に関わるNPO法人では高齢者や家族から話を聞いて文章化する「聞き書き」もボランティアで実施しており、この経験者も保健室に詰めている。秋山さんは「ただ(高齢者から話を)聞くだけでなく、書き込んで小さな冊子を作る(聞き書きの)ボランティアの養成講座を経た人もいるので、良く話を聞き出してくれる」「ボランティアがお茶を出して色々と話すだけで良い時もあるし、その中から『看護師に相談して帰ったら?』ということになる」と述べた。

現在、新しい相談は1カ月当たり40例程度。サロン的な要素があるため、1回目の相談が終わった後、リピーターも多く訪れている。さらに、行政窓口は全て電話相談だが、暮らしの保健室は来訪が8割近くを占めており、電話は2割程度に過ぎない。

秋山さんは「来所を多く取り入れて敷居が低くなり、住民が来やすくなっている。高齢の人も気軽に来られる。一人暮らしを続けている団地の住民はそれなりに生き甲斐を持っているし、要介護、要支援の状態だが、何とか自分で暮らし続けて行きたいと思っている。(複数の)病院に通っており、何となく不安を感じているけど、自分なりに情報集める先があれば、それなりに自立する力が付いて来て、適切に病院に掛かれるようになる」と強調した。

さらに、秋山さんは「近所の方は歩いて来るし、地下鉄や都バスを使う人もいる。神奈川や埼玉の人からも打診が来ている」「今日もボランティアで手芸を教えてくれる人が住民を巻き込んで、ビーズを入れたカエルを作っている。手が麻痺して固まった方のリハビリになるし、ちょっとした飾りになる」と話した。

今年度は厚生労働省の「在宅医療連携拠点事業」の指定を受けており、来年度以降は地元の新宿区や東京都の支援も想定している。


戸山ハイツの高齢化率は46%

では、秋山さんが何故、保健室を開設することになったのか。秋山さんは「医療機関は急性期に特化して行くので、喫緊の課題として在宅介護とスムーズに連携しなければならない。あなたが行くべき窓口はこっちと少しガイドする。そのための情報を一緒に探す(のが目的)」と力説する。

秋山さんが社会保障の世界に携わることになったのは1989年~1990年頃。1980年頃から寝たきり高齢者が社会問題となり、老人保健法の改正で「老人訪問看護ステーション制度」が1992年に制度化した。

丁度、その頃に秋山さんの姉が40歳で末期がんを宣告され、在宅で治療することになったとのこと。秋山さんは「寝たきりの医療施設がある所に看護が入り、寝たきり(の高齢者)を起こしていこう(という始まり)。1992年から(事業を)東京で始めた。在宅でがんの方とか、難病の重度の人に訪問看護を届けていた」と振り返る。

その後、秋山さんによると、制度は子どもや成人を対象とした健康保険も使えるようになり、全国で5400カ所に拡大したというが、秋山さんは「(がん患者が)私達に繋がる時点で重度になっている。もっと前に相談を受けられれば…」と考えるようになったという。がん治療の様子が病院中心から在宅・外来中心にソフトするとともに、治療も長期化して患者・家族の負担が重くなる傾向が見られたためだ。

秋山さんは「様々な情報があるが、(患者・家族と病院が)必要な情報を相談しながら納得して決めていく余裕が無い。病院は殆ど3~5分の診療で、決めていかなきゃならない。もう少し前にゆっくり相談・支援を受けられる場所があったらいいなと思っていた」と語る。

そこで、4~5年前にイギリスのスコットランド始まった「マギーズ・キャンサー・ケアリングセンター」という取り組みに注目した。秋山さんは「がん患者と家族のため、相談支援の新しいスタイルがある。日本は相談支援に金を掛けなかったので、椅子と机があれば良いという考え方。(イギリスのセンターは)病院の中ではなく外。280平方メートルは一軒家と同じぐらいで(施設規模は)大き過ぎず、家庭的な雰囲気でゆっくりと物を考えられる環境が整っている」と感じたため、「今の日本でもすぐに必要な環境と思った。いつかそういう場所、できれば病院の横にあればどれだけいいだろうと思った」という。

さらに、高齢化した戸山ハイツで空き店舗を確保できるメドが立った。秋山さんによると、戸山ハイツは戦後直後に建てられた後、昭和40年代に建て替えられて高層化した。現在は約6000人が住んでおり、新宿全体の高齢化率が2割程度にとどまるのに対し、戸山ハイツの立地する戸山2丁目の高齢化率は46.3%に及ぶ。

こうした経緯を踏まえて、秋山さんは「がん患者の家族としての出発だったし、がんの患者に訪問看護を届けたいと思っていた。今の医療の状況は患者がちょっとしたことを相談したくても聞けない。何とかしたいと思っていたところに空き店舗を安く貸してくれる奇特な人が現れた。理想はあったが、とにかくここでやってみようと思って始めた」と振り返りつつ、「たまたま高齢化が進んだ都会の団地。独居率も高い。下手すると半分。保健室を開けることで様々なことが相談の中身から見えて来る」と話した。


大人が通える保健室


同時に、秋山さんは拠点を置く地区の特性に言及した。新宿と言うと、都庁や歌舞伎町などを想起しがちだが、秋山さんの会社が立地する牛込地区には住宅街があり、東京女子医大や厚生年金病院なども立地している。秋山さんの会社は創業以来、牛込地区を中心に在宅療養のための訪問看護サービスを提供して来た。

しかし、秋山さん「大規模な病院があるが故に、そこから(患者が)真っ直ぐ降りて来るので、(在宅レベルで)横の繋がりが無い。病院は繋がりができにくく、一カ所完結型。横を連携して行くことが必要」と語り、保健室の取り組みの意義を強調する。

その一例で挙げたのが87歳の高齢者の実例。喉がつかえる感覚があったため、病院に行ったら消化器の先生が対応してくれたとのこと。しかし、この時は胃カメラがスムーズに喉を通ったため、今度は耳鼻科に行くと「自分の守備範囲ではない」と言われたという。その後、別の病院で処方された血圧の薬が喉につかえたため、苦しくなって耳鼻科に駆け込み、半年ぐらい経って食道がんと判明した。

すると、今度は「放射線の治療をしましょう」ということで放射線科に。しかし、耳が不自由な高齢者は医師の言っていることを理解できなかったため、良く聞こえない中で医師の言っていることに頷いたように見えたとして、医師の薦めが全て「承諾」となり、台の上に上がって手術用の黒い筋まで書かれたという。

そこで、手術を避けたい高齢者が帰ろうとしたら、「すぐに喉が詰まって点滴が必要になるから」と言われ、在宅医療のクリニックを紹介されたが、高齢者にとっては聞いたことも無いクリニック。そこで、困った高齢者が保健室に相談しに来たとのこと。

相談を受けた保健室で「のどは渇きませんか?」と聞いたところ、「良く乾く。水はむせるので呑めない」との答え。このため、点滴と同じ成分のゼリーを薦めるとツルツル入り、苦も無く飲めて日々の生活には影響が少なく済んだようだ。

こうした事態を防ぐため、厚生労働省は一人の高齢者に対し、一人の医者が様々な観点で助言・治療する「かかりつけ医」「総合医」の重要性を強調し始めたが、浸透していない状況。

秋山さんは「少しずつ液状のものは通っていくので栄養補給できている状態。自分としては自然に(対応)したいのに、言えなかった」「半年間ノドが詰まると言ったのに、病院は診断が付くまで何のアドバイスも無い。結局は食道がん。狭くなっている方に放射線を当てることを薦められた。暮らしの部分と生命に関わることと一緒に考えて相談に乗る所が無い」と指摘しつつ、「橋渡しで何が一番困るのか、どういう風に医療に掛かれば良いのか、適切な水先案内が要る。連携拠点の役割を果たしながら、相談室(=保健室)の敷居が低いので機能している」と語り、保健室の意義を説明した。

同時に、秋山さんは東日本大震災後の相談として、もう1つ事例を挙げてくれた。高層ビルの上の方に住んでいる高齢者の場合、余震で「地震酔い」のような状態となり、体の具合が悪いのか、地震の揺れなのか自信がなくなって来る人が出て来たらしく、やがて食事が摂取できなくなり、体重が減って本当に具合が悪くなった高齢者も見られたとのこと。

実際、相談に来た高齢者の場合、保健室を訪れるまでは救急車を呼んで病院に行っていたが、保健室で「呑んでいる薬のせいではないか」「こういう病院の掛かり方がありますよ」「病院に行った時、医師にこう尋ねられたら如何ですか?」といった形で相談に応じたため、ちょっとした眩暈があった時でも自分なりに自分を取り戻す対処行動を取れるようになった。

秋山さんは「状態は同じだけど、急に悪くならないことを維持して行き、要介護状態になることを防ぐ。深刻な相談もあるけど、病院に行ってもチグハグな対応をされるなど医療に適切に関われていないか、そこの情報を適切に行くよう繋ぎ変えて行くと、上手く行ったりする。重度化を防いだり、より健康状態を維持したり、生き甲斐を持って頂いたりする(存在)」と話した。

その上で、秋山さんは保健室のターゲットを「生き死に関わる部分だけでなく、食べにくいなど健康に関する所で暮らし全般」と話した上で、ネーミングのイメージとして「『暮らしの…』と(前に)付けたのは大人が行ける保健室」と形容した。

さらに、昨年の改正介護保険法で制度化された「地域包括ケア」に言及し、暮らしの保健室のような存在が重要になると強調した。

国の地域包括ケア構想に従うと、車で30分程度の圏域を対象に医療・介護が連携することを想定しており、秋山さんは「医療機関があるけど、横の繋がりを作れない地域に応用できるということで、人口10万人の(東京都新宿区)牛込地区で在宅看護連携拠点をやるために手を挙げた。約10万人の範囲で色々なことが考えられる。自分達が実験する意味はある」と意気込んだ。

と言うのは、暮らしの保健室のような取り組みは僅かにとどまっているとのこと。秋山さんによると、がん対策基本法が2006年に成立した後、各地で患者・家族が専門職に相談したり、当事者同士で話し合ったりする「がんサロン」「メディカルカフェ」が少しずつ進み出しているほか、都市再生機構の団地では高齢者向けの交番として「よろず相談窓口」ができており、機構職員や地域住民のボランティアが高齢者の「買い物しにくくなったからどうしよう」といった相談に応じるケースも増えているという。

しかし、秋山さんは「(これらの取り組みは)全部であるわけじゃないので、これから。一般住民にこういうことは必要」と指摘。その上で、「今年度のやったことから見えて来ることを様々な形で発表したいし、こういうことを各地でやって頂きたい」「(看護師ら)経験豊かな蓄積した人がリタイアしており、勿体無い。各地でやって頂けたら、介護予防に繋がる。病院の掛かり方(も変わる)」と期待感を示した。

実際、秋山さんは「暮らしの保健室を見に来て、自分達も近くでやりたいということで、岐阜県高山市で訪問看護ステーションが事務所の隣を相談スペースに当てた。何とか工夫してやりたいという希望があった。千葉県船橋市の担当者も来る」と紹介してくれた。

同時に、保健室の今後の課題として「(予算制約という)経済的な側面と、人材育成。うちはスタッフに恵まれているが、そういう良い人材をどうやって育てて、どうやってスキルを上げて行くかが課題、ある程度は固定化しないと次に繋がっていかない」と挙げた。

【文責:三原岳 東京財団研究員兼政策プロデューサー】