タイプ
論考
日付
2017/1/24

インドとの関係において、欧州の成功、失敗、苦労から学べるものは少なくない

鶴岡路人(東京財団研究員)

 日本にとってのインドはアジアの同胞ともいえるかもしれないが、地理的にも心理的にも、必ずしも近くはないのも実態であろう。日本人にとってのアジアとは何よりもまず漢字圏の北東アジアであり、その先にあるのが東南アジアである。インドを含む南アジアはさらにその先というのが多くの日本人の感覚だろう。

 

 それに対して欧州からアジアを展望すると、地理的にまず存在するのが南アジアである。日本にとっては中東であるアフガニスタンは、欧州ではアジアの一部であると認識されることが少なくないし、インドの旧宗主国である英国だけで150万人を超えるインド系市民が居住している。貿易額で比較しても、インドの国別輸出先としての日本は16位であるのに対して、英国(5位)、ドイツ(7位)、ベルギー(12位)、オランダ(14位)、フランス(15位)といった欧州各国が日本より上位に入っている。対インド輸出に関しても、スイス(3位)とドイツ(8位)は12位の日本を上回っているのが実態である(いずれも2015年世界銀行統計)。

 

 日本では安倍政権が価値を共有する戦略的パートナーとしてのインドを重視し、安倍首相とモディ印首相との間の強固な個人的関係が強調されることが多いために、日印協力への期待が(一部で)高まっている。しかし、貿易統計に鑑みても、インドの対外関係全体における日本の位置付けについては現実的になる必要がある。首脳のリーダーシップにより強力に進められる分野もあるだろうが、それだけに依存するわけにもいかない。

 

 インドにとって日本のみが優遇すべき特別なパートナーであり、日本のみがインドとの関係をうまく築く能力を有しているのだと考えない限り、インドとの関係構築で失敗と成功の経験を蓄積してきた他国の教訓に学ぶ姿勢が不可欠になる。その対象の筆頭はやはり欧州諸国ではないか。日印間では「アジア人同士」の側面を強調することも可能であり、実際に感覚のレベルにおいて、インド人の認識において日本と欧州とが異なるカテゴリーに入ることも少なくないだろう。これは日本の有するアドバンテージであり、活用すべきである。しかし、インドとの間での貿易や投資といった経済関係の構造や、先進民主主義国家であり政治・安全保障面での「西側」という観点において、日本と欧州は多くの共通する属性を有している。そのため、日本との関係においてインドが期待するもののなかにも、欧州との関係との共通点が多くみられるのは決して偶然ではない。

 

 昨今、日印間で政治レベルを含めて注目を集めてきたものの1つに、海上自衛隊が運用する国産の救難飛行艇「US-2」のインドへの輸出がある。2016年11月のモディ印首相の訪日前には、印国防省がUS-2購入の決定を行ったとの報道が流れ、首脳会談での合意文書署名への期待が高まった。しかし結局大きな進展はなく、首脳会談の共同声明では、「モディ首相は、救難航空艇US-2を始めとする最新の防衛プラットフォームの提供に関する日本の姿勢に対する謝意を述べた」と、極めて一般的なかたちで言及されるにとどまった。

 

 モディ首相訪日前の各種報道が断定調だったために、肩透かしや失望の感覚が強かったものの、インドと欧州諸国との間の防衛装備品の契約に関する通常のパターンからすれば、全く驚きはないというのが実際のところではないか。「採用決定」や「妥結間近」が報じられてからさらに何年も要することは全く珍しくなく、その間に、技術移転を含むオフセット取引――契約額の一定比率(30パーセントや50パーセント)をインドに投資するなどの契約――に関して熾烈な駆け引きがなされるのが常である。

 

 フランスは、2016年9月に戦闘機「ラファール」36機のインドへの売却に関する正式な契約署名にこぎつけたが、そもそもインド空軍における戦闘機調達の入札プロセスは2007年に開始され、2012年にはラファールが選択されていた。その後、モディ首相のフランス訪問(2015年4月)やオランド仏大統領のインド訪問(2016年1月)の際などに、契約を進めることへの首脳レベルでのコミットメントが示され続けたものの、実際の契約にはこれほどの時間を要したのが現実である。結局フランスは、約79億ユーロの契約に対して、50パーセントのオフセット取引に応じ、30パーセント分が航空宇宙分野での研究開発プログラムへ、20パーセント分がインドでの「ラファール」の部品製造に向けられることになった。これらについても、先行事例から学べることが少なくないだろう。

 

 加えて、そこに至るまでにフランスは、1990年代以降インドとの間で各種共同演習を継続しており、2000年代以降はそれを拡大してきた。フランスはレユニオンとマヨットという領土をインド洋地域に有する「インド洋国家」でもあるが、それ以上に、フランスにとってのインドとの防衛協力は防衛装備品輸出のための環境整備の一環であった。インド軍との間の共同訓練・演習の強化は、日本も進めているところだが、規模や内容を拡充するにはまだ長い道のりがある。潜水艦建造に関する豪州とフランスの契約の背景にも、豪州にとって優先順位の高いインド洋における、潜水艦を含むフランス軍のプレゼンスが指摘できるだろう。

 

 装備品輸出と防衛協力のどちらが目的でどちらが手段なのか。特に日本の文脈ではセンシティブな問題だが、装備品輸出の実績を重ねてきた諸国(米露に加え、仏、英など)がこの問題にどのようにアプローチしてきたかについては、善悪の道徳論ではなく冷静な政策論の観点でさらなる検証が必要であろう。

 

 フランスの対インド「ラファール」戦闘機輸出は一例にすぎないが、インドとのこの種の契約においては、同程度の労力と時間が求められるとの覚悟が最低限必要になるのだろう。国防調達もインドが進める「Make in India」政策の一部であり、装備品の性能以上にオフセット投資や技術移転の内容が重視される場面は、今後も少なくないはずである。時間を要するのを逆手に取り、その間に欧州諸国の苦労の経験から学ぼうとする姿勢が求められている。

(2017年1月脱稿)