畔蒜泰助のユーラシア・ウォッチ(1)米露「ビッグ・ディール」の可能性は? | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

東京財団政策研究所

詳細検索

東京財団政策研究所

畔蒜泰助のユーラシア・ウォッチ(1)米露「ビッグ・ディール」の可能性は?

March 1, 2017

畔蒜泰助
研究員

本年1月よりロシア・モスクワの国際協力銀行に出向し、現地駐在事務所の上席駐在員として活躍する東京財団の畔蒜泰助研究員による現地レポート連載がスタートします。昨年末の露プーチン大統領訪日後の日露関係は勿論、米トランプ新政権下での米露関係など、今後の日本や世界の行方を左右するロシアの動向を首都モスクワからウォッチし、最新情報と共にお届け。題して「畔蒜泰助のユーラシア・ウォッチ」。初回のテーマは、トランプ大統領の発言、政権の布陣から米露間の「ビッグ・ディール」はあるのか、その可能性を現地識者へのヒヤリングを通し分析していきます。

さて、畔蒜泰助のユーラシア・ウォッチ第一回目のテーマは、米露「ビッグ・ディール」の可能性は? である。米トランプ大統領は選挙キャンペーン中から対テロでの米露協力の可能性に盛んに言及し、露プーチン大統領に対する肯定的な発言を行っていたことから、トランプ政権と共に、米国はロシアとの間でいわゆる「ビッグ・ディール」を行うのではないか、との観測が浮上していた。

米露間のビッグ・ディールとその可能性

この場合の「ビッグ・ディール」とは、ロシアがいくつかの分野において米国に協力することと引き換えに、米国はウクライナ問題をめぐる対ロシア制裁を解除する、あるいは、より中長期的にウクライナを筆頭とする旧ソ連邦諸国におけるロシアの特別な地位を認めるというものである。

これまでのトランプ大統領並びにその周辺の発言から、米国がロシアに協力を求める分野としては、シリアでの対テロ戦争、対中国強硬路線、そして核削減の3つが想定された。よって、筆者のモスクワでの活動は、ロシアの有識者がこの米露「ビッグ・ディール」の可能性をどう見ているかをヒヤリングすることから始まった。

その上で、2月半ばの段階で、筆者が出した結論は以下の通りである。

ヒラリー民主党政権が誕生していたらあり得なかった米露関係改善の可能性がトランプ政権下で生まれたのは事実である。しかし、仮にトランプ大統領自身がロシアとの「ビッグ・ディール」を望んだとしても、米議会や軍、情報機関などに根強い反ロシア勢力の強い反対に遭うのは必至であり、現時点での対ロシア経済制裁の解除は、まず有り得ない。その事を十分に理解しているプーチン政権は、ウクライナ問題を巡る対ロシア経済制裁の早期解除などは求めず、まずはトランプ政権との一定の協力関係構築を通じた米国との関係改善の糸口を探っていく。

ただ、トランプ政権の対中国強硬路線への協力は全ての有識者がこれに否定的な意見だった。ロシアは中国との間で非常に長い時間をかけて相互の信頼関係を醸成してきた。中国のほうがロシアに敵対的な行動を取らない限り、ロシアが米国の対中国強硬路線に協力することはない。ただし、日本やベトナムなどとの関係強化という対中国での外交の独立性は維持する。以上は、ロシアの外交安全保障サークルの間に形成されたコンセンサスである。

核削減についても否定的な見方が大半だった。ロシアが米オバマ政権の再三の要請にもかかわらず、2010年締結の新START条約で規定された戦略核弾頭1,550以上の削減交渉に乗らなかったのは、①米ミサイル防衛問題、②中国を筆頭とする第三国の不参加問題、③米軍による通常兵器でのGlobal Prompt Strike戦略、という3つの戦略的安定性に深く関わる問題が未解決だからである。これらをウクライナ問題での対ロシア経済制裁の解除という全く質の異なる問題と取引するということはあり得ない。万一、あり得たとしても、非常にマイナーな削減数にとどまる。

そんな中で、唯一可能性のあるのが、シリアでの米露「対テロ」協力である。IS打倒という点では、米露の利害に相違はない。ただし、これにもクリアすべきハードルがある。トランプ大統領はテロ組織としてのIS打倒を唱えるだけではなく、イランを「No.1のテロ支援国家」と名指しするなど、同国への強硬路線を採りつつある。この点ではロシアとの間に立場の溝が存在する。この溝が埋められない限り、シリアにおける米露の本格的な「対テロ」協力は始まらない。

シリアにおける米露の対テロ協力の動向

以上を踏まえて、特にシリアでの米露「対テロ」協力を巡るこれまでの大きな流れを確認してみよう。

そもそも、ロシアが2015年9月末、シリア内戦への本格的な軍事介入を決断したのは、当時、崩壊の瀬戸際にあったシリアのアサド政権にテコ入れする為というのが第一だったが、その延長上では、米国との「対テロ」での協力関係の構築を見据えてのことだった。

具体的には、2015年7月、依然としてウクライナ問題での対立が続く中、核問題を巡るイランとの共同包括行動計画(JCPOA)を事実上、米露が緊密に協力するかたちで締結にこぎつけたのを土台に、その米露協力の分野を、イランを巡る核不拡散問題からシリアを巡る対テロ問題に拡大しようと企図したのである。

事実、2016年2月、米露が主導するかたちで、シリア内戦における初めての停戦協定が実現した。この停戦協定は4月前半までは維持されていたが、それ以降は、紛争が再開され、結局、同年9月、米軍によるシリア軍への誤爆事件をきっかけに、米露は関係を悪化させ、シリア内戦での協力も中断を余儀なくされた。

その背景には、2つの要因があった。まず、米国やトルコ、サウジなどの湾岸諸国が支援する反政府武力グループの中には、米国やロシアがテロリスト指定しているアル・ヌスラ戦線と事実上、一体化しているものがあり、オバマ政権はこれらの分離を約束したにもかかわらず、実現しなかったこと。もう一つは、米国務省・国防総省・CIAなどの中には、当時、オバマ大統領とケリー国務長官が主導したロシアと連携してのシリア内政の停戦・和平に向けた動きに強く反対するグループが根強く存在したことである。

いずれにせよ、これ以降、ロシアはシリアでの米国と連携を停止し、11月にトランプ共和党候補が勝利したことで、同新政権の誕生待ちというスタンスをとった。その一方、シリア北部と国境を接するトルコのエルドワン政権がプーチン政権に急接近したことで、2016年12月20日、アル・ヌスラ戦線の橋頭堡のシリア北部のアレッポを陥落させ、同月30日、米国抜きで、シリアでの再度の停戦合意を実現。その延長線上で2017年1月23~24日に開催されたシリアでの停戦・和平に向けたアスタナ会合は、ロシア・トルコが主導し、イランがこれに追随したものだった。

当初、ロシアはトランプ政権にも正式参加を打診したが、これに強く反対したのが、イランだった。トランプ政権による一連の対イラン強硬発言に強く反発してのことだった。結局、トランプ政権は駐カザフスタン大使がオブザーバー参加するにとどまった。

そして、1月28日、プーチン大統領とトランプ大統領が初めての電話会談を行った。すると、その翌29日、ウクライナ東部で戦闘が再燃。これを受けて、米議会における対露強硬派の筆頭、ジョン・マケイン上院議員が「ロシアはトランプ大統領をテストしようとしている。米国はウクライナに殺傷兵器を供与すべきである」と書面で要請した。

同日、ウクライナを巡る国連安保理会議で米ハーレイ国連大使がロシアを激しく非難したが、続く2月3日、露チュルキン国連大使 [1] が米ハーレイ大使をロシア大使公邸に招待して会談。その後、ウクライナ問題で米露は協力するとの声明を発表した。

更に翌2月4日、トランプ大統領がウクライナのポロシェンコ大統領と電話会談するも、トランプ大統領はロシアへの一方的な批判は行わなかった。ちなみに、このトランプ‐ポロシェンコ電話会談の直後に米ホワイトハウスが発表したreadoutには“We will work with Ukraine, Russia, and all other parties involved to help them restore peace along the border(我々はウクライナ、ロシア、そして他のすべての関係国が国境沿いでの平和を回復できるように、これらの国々と協力していく)”と明記されている。

このように、ウクライナ問題で、米露双方とも非常に冷静なスタートを切ったといえるだろう。

さて、ここで注目すべきは、この直後に繰り広げられたイランを巡る米露のやり取りである。

トランプ政権はロシアとイランの分断を画策?

2月6日、トランプ大統領がイランをテロリスト支援国家No.1と名指し、これに対して、ペスコフ露大統領府副長官兼大統領報道官が「ロシアはイランと友好的なパートナー関係にある。我々は様々な問題で協力しており、貿易関係も重要であり、これらの関係を更に発展させたいと考えている」と直ぐさま反応した。

すると、同2月6日、米ウォール・ストリート・ジャーナル紙が「トランプ政権はロシアとイランの分断を画策」との記事を掲載したのである。つまり、トランプ政権はロシアにイランとの軍事・外交上の事実上の同盟関係を断つ方法を探っているというのだ。

これに対してただちに否定的に反応したのが、露ヴァルダイ・ディスカッション・クラブの研究ディレクターで、著名な外交安全保障問題アナリストのヒョードル・ルキヤーノフだった。「『ビッグ・ディール』の危険性」と題した論考を即座に発表したのだ [2] 。要は、トランプ政権のような政権基盤の安定していない政権とこのような取引を試みることは、結果として、ロシアが非西側諸国の間で長い時間をかけて積み上げてきた評判を一挙に失うだけになりかねない、というのがその論旨である。

彼の論考をよく読むと、トランプ政権との協力関係の模索そのものを否定しているわけでは勿論ない。ただ、これまで積み上げてきたイランとの関係を壊してまで、これを求めるのはリスクが大きいと警鐘を鳴らしているのである。

このようにプーチン政権が、トランプ政権とのシリアでの本格的な「対テロ」協力を開始するには、まず、このイランを巡る両者の認識の溝を埋めることが不可欠である。たが、逆に言えば、この点さえ埋まれば、シリアでの米露「対テロ」協力への道は拓けると考えている。

問題は、そんな最中の2月14日、トランプ政権におけるシリアでの「対テロ」協力のキーパーソンを目されてきたマイケル・フリン国家安全保障問題担当大統領補佐官が辞任に追い込まれたことだ。これについては、次回、詳述する。

[1] 2017年2 月20日、国連がある米ニューヨークで執務中に急死。

[2] Опасность《большой сделки》, Федор Лкьянов, 9.2.2017, gazeta.ru


taisuke_abiru

研究分野・主な関心領域
ロシア国内政治・エネルギー戦略/日露関係/ユーラシアの地政学

 

畔蒜泰助研究員の執筆記事

    • 畔蒜泰助
    • 元東京財団政策研究所研究員
    • 畔蒜 泰助
    • 畔蒜 泰助
    研究分野・主な関心領域
    • ロシア外交
    • ロシア国内政治
    • 日露関係
    • ユーラシア地政学

注目コンテンツ

BY THIS AUTHOR

この研究員のコンテンツ

0%

INQUIRIES

お問合せ

取材のお申込みやお問合せは
こちらのフォームより送信してください。

お問合せフォーム