タイプ
レポート
プロジェクト
日付
2017/7/26

畔蒜泰助のユーラシア・ウォッチ(5)ハンブルグで行われた米露首脳会談――米露停戦合意をめぐる考察

畔蒜泰助

研究員

 

 2017年7月7日、米トランプ政権誕生後、初めての米露首脳会談がG20サミット開催中のハンブルグで行われた。一時はその開催さえも危ぶまれていたが、蓋を開けて見たら、当初予定された30分を大きく上回る2時間15分にわたる首脳会談となった。そもそも、開催さえ危ぶまれていた背景には、2つの出来事があった。 

 本連載4回目「シリア『対テロ』戦争での米露『協調』は再開へ」において言及したように、米露両国は5月2日のトランプ−プーチンの電話会談により、4月初旬に勃発したシリア北部イドリブでの化学兵器使用事件と、それを受けたトランプ政権によるシリアへのミサイル攻撃の実施という大きな危機を乗り越え、再びシリアでの「対テロ」戦争での事実上の協力関係を再開するスタートラインに立った。

 ところが、6月18日にISが本拠地を構えるシリア北東部ラッカ近郊上空で発生した米軍機によるシリア空軍機の撃墜事件が勃発すると、ロシア政府は翌19日、シリアでの「対テロ」戦争での事実上の米露協力の基盤となる「シリア上空での安全に関する覚書」の一時停止を再度発表する[i]など、米露間にまたもや緊張感が走った。

 さらに追い打ちをかけるように、6月21日、米財務省が既存の対ロシア経済制裁の対象リストを拡大すると発表したことから、これに反発したロシア政府は米露首脳会談の準備を兼ねて6月24日に予定されていたリャプコフ露外務次官とシャノーン米国務次官の次官級協議をキャンセルしてしまった。
 ところが、筆者が6月末に面談したロシアのある有識者は、初のプーチン−トランプ首脳会談を目前に控えてのこの一連のやり取りは、米露共により強い立場で首脳会談に臨みたいとの駆け引きの一環であり、水面下で着々と準備が行われていると指摘していた。実際、その通りの結果となった。

米露停戦合意の布石にアスタナ合意

 さて今回の首脳会談の具体的成果としては、米露両国がシリア西南部での停戦で合意したことが挙げられよう。今年5月3~4日、ロシア、トルコ、イランの3か国を主催者としたアスタナでのシリア停戦に関する会合(アスタナ会合)が開催され、シリア国内4か所に緊張緩和地帯(de-escalation zone)を設定することが合意(以下、アスタナ合意)されている。(1)イドリブ県と近隣のアレッポ、ラタキア、ハマの各県の一部、(2)ホムズ県北部、(3)ダマスカス近郊の東グータ地方、(4)シリア南部のダルアー県とクネイトラ県の4か所である。
 7月8日付け露コメルサント紙によると、今回、米露が合意した停戦地域はクネイトラ県、ダルアー県、そしてスワイダの3県である。やはり、アスタナ合意の(4)とそれとほぼ重なる。(地図はこちら

 そもそも、この地域での緊張緩和地帯の設定は当事者であるヨルダン、イスラエル、そして米国の関与なしには成立し得ないものである。それゆえ、5月4日のアスタナ合意の2日後の5月6日、ラブロフ外相はロシア国内のTVインタビューの中で、アスタナ合意は米国が今年初めに行った安全地域の設定に関する提案と関係していると言及。[ii] 更にその4日後の5月10日には、ワシントンでティラソン国務長官並びにトランプ大統領と会談した同外相は、会談後の記者会見で、緊張緩和地帯の設定は元々、米国側からの提案であり、これがアスタナ合意で具体化されつつあると指摘した。また米国が特に強い関心を有するヨルダンとイスラエルと国境を接するシリア南部の安定化を巡って、米国と協力する用意があると述べる[iii] など、このアスタナ合意を米露の共同イニシアティブとしていきたいとの意向を繰り返し発していた。そして、この直後の5月中旬から、ヨルダンを舞台に米露の実務当局者間で水面下の交渉が始まっていたのである。[iv]

シリア北部と南西部をめぐる米露の立場

 なお、一部には「これまでも米露は何度も停戦協定を締結したが、ことごとく失敗している」とのネガティヴな見解があるが、筆者は少し違う見方をしている。これまでの停戦協定破綻は常にシリア北部のアレッポでのアルカイダ系の旧アルヌスラ戦線あるいはこれと事実上、一体化した“穏健派”反政府勢力とアサド政府軍との小競り合いが引き金となった。この旧アルヌスラ戦線並びに“穏健派”反政府勢力をめぐっては、米露の間で立ち位置の違いがあり、非常に複雑な状況がある。

 ところが、この西南部には旧アルヌスラ戦線の影響力はほとんどない。むしろ、ヒズボラ&イラン、そして彼らの後押しを受けたアサド政府軍の動きをどう抑え込むかが主要な課題となる。ロシアはイスラエルやヨルダンとの関係もあり、この点に関しては米国との間に大きな立場の違いはない。だからこそ、この地域の緊張緩和地帯の設立交渉にはアスタナ合意後のかなり早い段階から米国(ヨルダン&イスラエル)を関与させていたのである。もちろん、ロシアがどこまでヒズボラ&イラン、そして彼らの後押しを受けたアサド政府軍を抑えられるのかについては、全く懸念がない訳ではないが、少なくとも旧アルヌスラ戦線のファクターがない分、当時のアレッポよりも停戦協定維持のハードルは低いとみてよい。

合意の範囲外にあるシリア南東部における動向

 ただし、懸念材料がない訳ではないというのも、今回の米露首脳会談でのシリアをめぐる合意の中ですっぽり抜け落ちているエリアがあるからだ。シリア南東部がそれである。2017年5月16日付け英ガーディアン紙に興味深い記事[v] が掲載された。「イランがイラクとシリアを通過して地中海沿岸のラタキアへと至る回廊を作ろうとしている。当初、シリア国内では北部経由を想定していたが、ここは米軍の影響力が高まっているので、南部経由のルートに変更した」というのが、その概要である。下記の地図をご参照いただきたい。赤が変更後のルートである。(地図はこちら

 この記事が掲載されたわずか2日後の5月18日、米軍機が親アサド政府のミリシア(民兵組織)のコンボイが警告を無視して、進入禁止地域に入り込んだとして、これを攻撃する事件が発生した。現場は米国と英国の特殊部隊がISと戦う反政府グループの訓練のために駐留するイラク、シリア、ヨルダンの3か国の国境にあるアル・タンフ(Al-Tanf)基地付近だった。[vi]地図はこちら
 さて、この事件が注目されたのは、特に5月4日のアスタナ会合で緊張緩和地帯の設定が発表されて以降、アサド政府軍やこれを支援するヒズボラ等がシリア南東部にその戦力をより配分し始めていた矢先のことであり、その背景には、前述のようなイランがシリア南部経由でラタキアへと繋がる回廊を作ろうとの動きがあると考えられたからである。ちなみに、英ガーディアン紙は「親アサド政府のミリシア」ではなく、「イランが支援するミリシア」とより直接的な表現を使って報じている。[vii]
  すると翌5月19日、米国防総省での記者ブリーフ[viii]の中でマティス国防長官、ダンフォード統合参謀本部議長が興味深い発言を行っている。
 まず、マティス国防長官が米軍並びに米軍が支援する反政府勢力の軍隊はラッカ陥落後もユーラシア川に沿って反IS打倒作戦を継続すると発言。これとの関連で、昨日のアル・タンフでの事件について問われると、これを引き継ぐかたちで、ダンフォード議長が、デリゾールを含むシリア南部での戦いめぐる衝突回避(de-confliction)について、ロシアとの協力に関する提案があると述べた。
「我々には現在、ロシアとの協力に関する提案がある。詳細は明かせないが、ロシア側も乗り気と感じている。我々は個々の作戦において衝突を回避し、ISIS打倒作戦を継続しつつ、兵士たちの安全を確保したいからだ」

米露停戦合意、懸念と期待

 それゆえ、筆者がハンブルグでの米露首脳会談において注目していたのは、このシリア南部を巡って、米露が具体的な合意を発表できるかにあった。事実、前述のように、シリア西南部での停戦について合意がなされた。だが、5月から6月にかけて軍事的な衝突が続発したシリア南東部はこの合意の範囲には含まれていない。これが一つ目の懸念材料である。

 もう一つ目の懸念材料は、イスラエルのネタニヤフ首相が「シリアにおけるイランの軍事プレゼンスを恒久化させるものだ」として、この米露合意に反対の意を唱えている点だ。実際、シリア西南部の停戦合意を履行させる役割を担うのはどの国なのか、について、米露首脳会談後の記者会見で、ラブロフ外相は「米国、ヨルダンと連携しつつ、ロシア軍がこれにあたる」と述べたのに対して、ティラソン国務長官は「詳細の話し合いがまだ残っている」と発言している。イスラエルが今回の米露合意が完全に履行されるか、大きな懸念を抱いているのである。

 何にせよ、トランプ−プーチン首脳会談後の米露関係はまずシリア西南部での停戦合意を適切に維持できるかどうかが、大きなリトマス試験紙となる。それが上手くいけば、米露協力の範囲はシリア南東部を含むシリアの他の地域に拡大していくはずだ。

 そして、その際の最大のハードルがシリアを含む中東地域でのイランの役割をめぐって、米露両国がどこまで折り合えるかにある。今回の米露主導によるシリア西南部での停戦合意は、まさにその最初の本格的な試みと言えるだろう。


[i] ロシア政府は4月7日の米トランプ政権によるシリアへのミサイル攻撃実施を受けて、「覚書」を一時停止したが、4月12日のモスクワでのティラソン米国務長官とラブロフ露外相、プーチン大統領との会談の翌日13日には復活していた。

[ii] Lavrov : decision on Syria de-escalation zones related to US initiatives. May 6, 2017. TASS.

[iii] Foreign Minister Sergey Lavrov's remarks and answers to media questions following talks with US Secretary of Srates Rex Tillerson, Washington DC, May 10, 2017

[iv] US, Russia hold secret talks over south Syria safe zone. June 1, 2017. Al-Monitor / US in Talk s with Moscow on Syria Safe Zone. June 9, 2017. WSJ

[v] Iran changes course of road to Mediterranean coast to avoid US forces. May 16, 2017. The Guardian

[vi] U.S. Warplanes in Syria Hit Pro-Government Militia Convoy. May 18, 2017. New York Times

[vii] U.S. jets attack Iran-backed militiamen in south-eastern Syria. May 19, 2017. The Guardianこの後も同じアル・タンフ周辺で同様の衝突が2回(6月6日と8日)発生している。

[viii] News Transcript Department of Defense Press Briefing by Secretary Mattis, General Dunford and Special Envoy McGurk on the Campaign to Defeat ISIS in the Pentagon Press Briefing Room. May 19, 2017