急増する所有者不明土地 | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

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増田寛也
野村総合研究所顧問

1. 所有者不明土地とは

ある市で都市計画道路用地を買収しようとしたところ、昭和初期に五十数人の共有地であったものがその後の相続で約700人の共有地となり、そのうち十数人は所在が不明で交渉が難航しているという。この例のように、土地の所有者の把握に多大の時間と費用を要したり、それでもなお不明のため大きく計画を変更したり、断念する例が結構ある。実際、東日本大震災では高台移転事業の区域から取得困難地を外すための区域変更が数多く行われ、結果として復興の遅れにつながっている地域がある。

所有者を捜すためにはまず不動産登記簿に当たるが、登記を行うかどうかは任意のため、権利の移転情報が十分に反映されているわけではない。そこで、登記名義人やその相続人の所在を住民票除票や戸籍で探索していくが、除票の保存期間は5年であり、それ以前のものは難しい。固定資産税課税台帳から捜す方法もあるが、税務情報をどこまで活用できるかという問題や免税点以下の土地は課税対象外で、これにも限界がある。私人が土地所有者を突き止めるのは困難と考えてよい。民法には、不在者財産管理制度や相続財産管理制度などがあるが、費用や手間が膨大となり、容易に利用できるものではない。

所有者不明土地が増加することによる弊害は多方面に及ぶ。固定資産税の課税漏れで自治体財政を悪化させるだけでなく、国土の荒廃、治安の悪化や土地利用・取引の停滞により民間都市開発事業にも著しい支障となる。

そこで昨年1月に筆者が座長となり自治体や不動産鑑定士など関係士業団体、研究者をメンバー、関係する各省をオブザーバーとして「所有者不明土地問題研究会」を立ち上げ、全国における実態調査と対応策について検討を行った。

2. 所有者不明土地の実態調査

国土交通省の2016(平成28)年度地籍調査(全国563市町村、約62.2万筆)において不動産登記簿上所有者の所在が不明な土地は20.1パーセント(%)(宅地17.4%、農地16.9%、林地25.6%)、法務省の相続登記未了土地調査(全国10市町、約10万筆)において最後の登記から50年以上経過している所有権の登記は、大都市では6.6%、それ以外では26.6%となっている。当然、最後の登記から年数が経過するほど不明率は高くなる。これらの調査結果から全国を推計すると、2016年時点で全国の所有者不明率は20.3%、面積では九州の面積を超える約410万ヘクタール(ha)にまで拡大していることが判明した。わが国では土地所有者が死亡して相続が発生しても、登記するかどうかは任意で義務化されていない。その中で、人口減少・少子高齢化による土地需要・資産価値の低下、先祖伝来の土地への関心の低下や管理に対する負担感の増加、地方から大都市・海外への人口移動に伴う不在地主の増加、登記の必要性の認識の欠如などによって、既に膨大な所有者不明土地が発生してしまっているのである。もちろんこれは「不動産登記簿等により所有者が直ちに判明しない、または判明しても所有者に連絡がつかない土地」で、別途追跡調査すれば判明する場合も多いことに注意が必要である。

さらに研究会では、毎年の死亡者数の予測と相続未登記率の予測(一般消費者のアンケート調査結果より推計)を活用して、将来的に発生すると考えられる所有者不明土地面積を推計した。わが国においては、高齢者人口の増大により、今後の死亡者数は増加すると予測されており、また、一般消費者の相続意識の希薄化、土地の所有や管理に対する負担感の増大等に伴い、2020~2040年に発生する土地相続のうち、約27~29%が相続未登記になる可能性が示唆された。

これらの結果をもとに2040年までに新たに発生すると考えられる面積は約310万と推計され、2040年の所有者不明土地面積は、全国で約720万ha(北海道本島約780万に迫る水準)にまで増加すると予測された。

図表1 将来的な所有者不明土地面積の増加

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また、この所有者不明土地がもたらす影響について、データが把握でき、試算可能な事項について、一定の仮定を置いてコスト・損失額を試算した結果、経済損失は約1,800億円/年であり、2017~2040年の累積では約6兆円に及ぶと見込まれる。算出できなかった項目もあることから、実際にはさらに上回る損失額となる可能性がある。

図表2 所有者不明土地による経済的損失(2017~2040年のコスト・損失額)

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3.所有者不明土地の解決に向けて

研究会では、所有者不明土地問題解消に向けた対策について、「3つのあるべき社会の絵姿」を提示した。

まず一つ目は、「所有者不明土地が円滑に利活用/適切に管理できる社会」である。その実現に向けて国土交通省では、これまでの土地収用法では拾えなかった民間の事業を含む「公共的事業」に最大10年間の土地利用を認める法案を国会に提出しており、早期の成立を期待するところである。

このほか、所有者の探索を容易にするため、先に述べた住民票等の除票の活用や固定資産課税台帳等所有者情報の利用範囲の拡大が必要であるが、国土交通省において合理的な探索範囲の明確化や、法務省においては複数の者が共有している土地の利活用や管理のルールについて支障事例をもとに明確化する検討を進めている。これらはいずれもほんの第一歩であり、さらに多方面の検討が必要となろう。

また、市街地における空き地・空き家はもちろんのこと、農地・森林も施業・管理せずに放置しておくと、担い手への集積・集約化の阻害要因となるとともに、本来これらがもつ洪水防止機能や土砂崩壊防止機能など公益的機能が劣化し、外部不経済が発生する恐れがある。所有者が不明であっても円滑な利活用や最低限の管理が円滑に行えるような仕組みについて、農林水産省が必要な法案を国会に提出中である。

二つ目は、大量相続時代を間近に控えるなか、できるだけ早期に「所有者不明土地を増加させない社会」を構築していくことである。そのためには、まず所有権移転が確実に捕捉される必要がある。先に見たように、3割近くの人が相続登記を行う意向がないとのアンケート結果があるが、こういった人たちにも登記してもらう施策が必要となる。現在でも京都府の精華町をはじめさまざまな市町村で、死亡届を提出した住民に対し登記の働きかけを行っているが、法務省は一定の条件を満たす土地についての相続登記にかかる登録免許税を今年度から減免することとした。このような相続登記促進策の強化が必要であるが、さらに、究極的には法務省は不動産登記の義務化を図るべきだろう。

また、そもそも土地とはどういうものであるか、土地所有者にはどのような責務があるのかを土地基本法の中で明確にし、国民の間で改めて認識を共有することが重要だろう。土地は他の財と同様に個人が所有し自由に売買できるものであるが、国民の諸活動にとって不可欠の基盤であるとともに、わが国の自然的・文化的アイデンティティの源である。したがって、公共的な用途に用いられることも多いが、再生産不可能な有限性を有しており、移動も不可能である。また、廃棄不可能であるがゆえに、価値が見出されなくなった土地も存在し続けるため、地価が下落し放棄され所有者不明となる可能性もはらんでいる。しかし、外部不経済を生じさせないための最低限の管理は必要である。これらのことから、土地は私有財産であるとともに国民の貴重な共有物であるとの意識をもち、公共の福祉に適合した適切な利活用・管理が必要であるとの認識が必要と考えるのである。

また、土地の所有権放棄を可能とする制度の検討が必要だろう。この制度には放棄された土地を受け取る受け皿をどうするのかという課題もあるが、同時に受け取る側が一定の管理・利活用のための料金を放棄する者から徴収するなど、財政面とともに、安易に放棄させないためのルールづくりについても検討が必要となろう。

最後に、三つ目は、「わが国のすべての土地について真の所有者がわかる社会」にすることである。これは、究極のいわば理想的な絵姿であるが、本稿「2. 所有者不明土地の実態調査」で明らかになったように、現在でも所有者不明土地は九州の面積より広く、したがって、これらの土地についてすべからく所有者を明らかにし続けるコストは膨大なものになる。しかし、東日本大震災のような大規模な災害は日本全国いつどこで起こらないとも限らない。所有者がわからず固定資産税が徴収できていないケースを思い起こしてみても、やはりこの三つ目の実現を目指すべきと考える。

このため、まずは土地の所有者に関連する現有する情報を総合的に連携させた一つの土地情報基盤を新たに構築することが必要だろう。具体的には、登記情報、農地台帳、林地台帳、固定資産課税台帳、戸籍・住民基本台帳等を、マイナンバー(個人番号)によって人を紐づけ、地番や緯度経度によって土地を紐づけることが考えられる。これにより、土地の所有者に関する情報は格段に増え、所有者の探索も飛躍的に容易になるものと思われる。

ただし、現有する情報のみを統合してみても、すべての土地の真の所有者が判明するわけではない。やはり所有者が不明と思われる土地について地道な調査が必要となる。これを必要性の高い場所から戦略的に実施することが有効であろう。その際、土地情報基盤に土地利用や災害履歴等自治体がもつ地理空間情報を重ね合わせることが、必要性の高い場所の抽出に役立つものと思われる。

以上が昨年12月にとりまとめた研究会での最終報告である。長期的検討課題も含めまだまだ検討すべき事項は多く、大量相続時代を間近に控え、残された時間は短い。この問題は翻って考えてみると、われわれ国民の土地に対する向き合い方の問題である。この問題を通して、土地とはどういうものであるか、土地の利活用・管理はどうあるべきかを、広く国民が考えるきっかけになることを期待している。

 

 

増田寛也(ますだ ひろや)

1951年 東京都生まれ。東京大学法学部卒業後 建設省(現 国土交通省)入省。その後、千葉県警察本部交通部交通指導課長、茨城県企画部鉄道交通課長等を経て、1994年 建設省建設経済局建設業課紛争調整官にて退官。 1995年 岩手県知事(~2007年、3期)。 2007年 総務大臣(~2008年)。現在、株式会社 野村総合研究所 顧問、東京大学公共政策大学院 客員教授。 編著書 『地方消滅』 (中公新書)、『地方消滅 創生戦略篇』(中公新書)、『東京消滅―介護破綻と地方移住』(中公新書)。

 

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