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土地の『所有者不明化』問題の実態に迫るーー著者 吉原祥子研究員に聞く

July 26, 2017

――『人口減少時代の土地問題――所有者不明化と相続、空き家、制度のゆくえ』が7月20日に発売されました。まず、吉原研究員が土地問題に注目し研究を始めたきっかけについて教えてください。

吉原 まずこの研究は、東京財団が2009年から行った国土資源保全プロジェクトの研究成果が土台になっています。きっかけは、前年の夏、当時、主任研究員であった安田喜憲先生の問題提起でした。高齢化や過疎化にともない地域の土地の担い手が減るなか、日本の森林に海外からの投資家も関心をもっている、もし新しいかたちの森林売買が広がっていけば、地域の環境や地下水の保全にも影響が及ぶのではないか、そうした危機感が発端でした。

研究の当初は、森林と地下水に着目していましたが、次第にこれは森林と地下水の間にある「土地」にこそ課題があることが見えてきて、徐々に土地制度の研究に焦点が移っていきました。

――森林売買の問題から次第に土地そのものの制度の研究に移行していったということですが、書籍タイトルの「土地の『所有者不明化』」とは、どのような意味でしょうか? 「不在地主」とは違うのでしょうか?

吉原 不在地主というのは、その地元に住んでいない土地を所有している人という意味ですが、それに対して、「所有者不明化」という言葉は、われわれがこのプロジェクトを始めた時には誰も使っていなかったと思います。現象としては存在していたけれども、名前はなかった。そこに、平野秀樹上席研究員(当時)をリーダーとする本プロジェクトが、「国土の不明化、死蔵化」と名づけたのが最初だと思います。

所有者不明という用語に統一された定義はいまのところありません。われわれは、「行政のどの台帳を見ても所有者の所在や生死が直ちにはわからない状態」を所有者不明と呼んでいます。所有者不明とは、ある瞬間から突然所有者が不明になるものではなくて、時間の経過とともに情報や記憶があいまいになっていく、という現象を幅広く指すものです。そこで、私は「化」をつけて、所有者不明化とあらわしています。

最近では、この言葉が政策用語として定着してきており、行政資料やマスコミなどでは所有者不明土地、土地の所有者不明問題という使われ方をしています。

――ではそもそも所有者がわからない事態はなぜ起きてくるのですか?

吉原 土地制度にその根本課題があることが一因です。たとえ行政台帳で把握しきれていなくても、地域に人がいてコミュニティがあれば、また「土地は資産」という前提が成り立っていた時には、本人の所有意識も高く、周りの人も誰の土地か認識していて、そうした属人情報を基に所有者不明を回避できていました。しかし、地域から人が減り、所有者 本人や相続人も地域を離れ土地への関心が低下するにつれ、次第に所有自覚も希薄になっていきます。行政の台帳情報だけでなく、属人情報も失われていくことで、本当に所有者がわからない状況が生まれていくのです。

では、土地の制度上の課題は何かですが、まず土地の所有者情報の把握において、不動産登記簿が実質的に主要な情報源となっています。しかし、権利の登記は任意であり、登記を行うか否かは所有者本人に任せられています。そもそも不動産登記制度とは、権利の保全と取引の安全を確保するための仕組みで、行政が土地所有者情報を把握するためのものではありません。したがって、土地の資産価値が高く、売買も盛んで、所有者としての権利を守りたい時であれば登記が積極的に行われますが、土地の売買も減っている現在、とくに地方では、差し当たり困らなければ、費用をかけて登記をする必要を感じない人も増えています。わざわざ手間をかけて手続きをする動機がもちにくいわけです。制度の特徴によって、所有者情報が更新されなくなることが、所有者不明化の一因となっています。

このことが課題として大きく顕在化したのが、東日本大震災の復興における移転用地取得の問題です。都市部でも空き家対策において所有者の探索が難航するなど問題が表面化してきたことで、制度的な課題の存在が、知られ始めてきていると思います。

――制度の課題に起因して、所有者不明化が引き起こされることがあるということですね。吉原研究員は、問題の定量化をはかるために、全国1,718市町村および東京都(23区)に向けてアンケート調査も行っています。このアンケート結果からはどんなことがわかりましたか?

吉原 最終的に、予想を大きく上回り52%にあたる888の自治体からアンケートの回答がありました。記述式の問いにも多くの自治体が回答してくださり、実際に直面している問題の大きさがわかりました。例えば、「死亡者課税が今後増えると思いますか」という問いに対し、「増える」もしくは「どちらかといえば増える」と思うと答えた自治体が770自治体(87%)にのぼりました。死亡者課税というのは相続登記がされないことで、固定資産課税台帳上の納税義務者の更新が追いつかず、やむなく亡くなった方の名義のまま課税を続ける状態です。その理由として、「相続未登記は今後も減らないと考えられるため」という点を挙げた自治体は、回答のあった545自治体のうち222(41%)にのぼっています。相続登記が義務ではないこと、土地を引き継いでも管理や税金の負担になるばかりで、わざわざ登記をしようという思いにならないとか、できれば手放したい等の具体的なコメントからは、所有者の実際の気持ちと制度の間の乖離が見てとれますし、都市部を除いて地価の下落傾向が続くなか、市場価値を見いだせなくなった土地の放置に対して、公共の観点から行政が関与する手立てがない現状が浮き彫りにされたと思います。

――土地の所有者不明化と一口に言っても、自治体以外の国、地域社会、または市民レベル、あるいは所有者等の角度によって、問題のとらえ方は様々だと思います。この問題を解決するために、政策的に必要なことは何でしょうか?

吉原 現在の土地の所有者不明化は、制度に内包されていた課題が人口減少・高齢化の中で表面化してきたものだと思っています。これは構造的な課題であり、万能薬はありません。登記を義務化すれば解決できるといった単純な問題ではないのです。

問題解決にあたっては、大きく三つの政策論点があると考えています。一つ目は、相続登記をどうするか。二つ目は、当面利用予定のない土地をどのように次世代に継承していくのか――受け皿の問題です。そして三つ目は、情報基盤のあり方です。それぞれに対し、未然の予防策と、対応策の両方が必要になります。

一つ目の相続登記から具体的にみてみます。予防策として、まず現行法制度のなかで相続登記の促進策を打ち出していく必要があります。中長期的には制度自体を抜本的に見直すことも必要ですが、これは民法の根本にも絡む問題であり、そう簡単には変えられません。ですから、相続登記にかかる手間や手続きコストを低減していくなど、まずは今の法体系でできる促進策を進めるべきです。政府は、相続未登記が原因で、公共事業用地の取得が進まない問題については、所有権はそのままにして、自治体が利用権を設定できるようにする、といった案を検討しています。こうした踏み込んだ措置も今後必要になってくると思います。権利の問題は時間の経過とともに複雑化していきますので、最終的には法律で解決するしかありません。

次に、二つ目の受け皿についてですが、私が一番ショックを受けたのは、自治体の税務課の方が、「いらない土地の行き場がないのです」と言われたことでした。高齢の方が、固定資産税を払うのも大変だから使わない土地を引き取ってほしい、と頼みに来られたそうですが、公共目的で使う予定がないものを受け取ることは、管理責任の面からも難しく、受け取れないとお返事したそうです。国も原則として受け取りをしていません。そもそも相続人ももてあます土地は、売り物にならず不動産市場にも流通しませんから、果たして、放置しておくのが一番マイナスが少ないという状況に至るのです。私はこれを、「管理の放置」と「権利の放置」と呼んでいます。空き家は崩れてくるなど、目に見えるかたちで管理の放置が露わになりわかりやすいですが、その裏で、相続登記がされないという権利の放置も進んでいるわけです。管理の放置と権利の放置、その両方を食い止めるためにも、利用価値のある早い段階で、土地を寄付できるようにしたり、NPOなどの中間管理組織に預けられるようにするなどの複数の選択肢を所有者に提示することが重要だと思います。この点で、アメリカのランドバンクという仕組みは参考になるかもしれません。

最後の情報基盤のあり方についてですが、今の制度では登記をすることは義務ではありませんので、登記情報だけで現所有者を把握することは困難です。では、今の状況を前提として、情報把握をするにはどうしたらよいのでしょうか。例えば、マイナンバーを不動産登記簿にひもづけて所有者情報を把握することを提言している専門家の方もいます。地方から都市部へ、さらには海外へと人の移動を前提とした情報把握が今後ますます必要になってきますから、新しい技術を使って対応することは、今後の大きな課題になるでしょう。

――それでは最後に、この問題の解決のために、私たち一人ひとりが考えること、できることはありますか?

吉原 相続未登記のまま土地が使われずに放置され所有者の不明化が進んでいくことについて、私たち一人ひとりが理解し議論していく必要があるのではないでしょうか。この問題は一人ひとりが単位なのです。うちの相続は他人には関係ないと思いがちですが、実家の家や土地をどう管理するか、相続登記をどうするか、という個人の問題の小さな積み重ねが集まってみんなの問題につながっていくのです。自分が放置している田舎の土地が、次の大震災の時に被災地の復興の足かせになるかもしれない、とは普段結びつけて考えられないかもしれませんが、そうした意識をもっておくことが大事です。今、土地制度について学ぶ機会はほとんどないので、まずはこうした問題について知ることが大切ではないでしょうか。(談)

◆英語版はこちら "Land Issues in the Era of Depopulation: An Interview with Author Shoko Yoshihara"

(7月11日収録・編集/東京財団広報)


《書籍の詳細情報、購入は 「中央公論新社」サイト

『人口減少時代の土地問題――所有者不明化と相続、空き家、制度のゆくえ』

著者 吉原祥子

判型 新書判

ページ数 208ページ

定価本体 760円(税別)

ISBNコード ISBN978-4-12-102446-6

(目次より一部抜粋)

はしがき

第1章「誰の土地かわからない」――なぜいま土地問題なのか

第2章 日本全土への拡大――全国888自治体の調査は何を語るか
第3章 なぜ「所有者不明化」が起きるのか

第4章 解決の糸口はあるのか――人口減少時代の土地のあり方

あとがき


研究分野・主な関心領域 国土資源/土地制度/地域文化

吉原祥子研究員への取材のお申し込みは こちら

国土資源保全PJの成果

・(研究報告) 「土地の『所有者不明化』 ~自治体アンケートが示す問題の実態~」 (2016年3月発表)

・(研究報告) 「国土の不明化・死蔵化の危機~失われる国土III~」 (2014年3月発表)
・(政策提言) 「空洞化・不明化が進む国土にふさわしい強靭化対策を~失われる国土II~」 (2013月2月発表)
・(政策提言) 「失われる国土~グローバル時代にふさわしい『土地・水・森』の制度改革を~」 (2012年1月発表)
・(政策提言) 「グローバル化時代にふさわしい土地制度の改革を~日本の水源林の危機 III~」 (2011年1月発表)
・(政策提言) 「グローバル化する国土資源(土・緑・水)と土地制度の盲点~日本の水源林の危機 II~」 (2010年1月発表)
・(政策提言) 「日本の水源林の危機~グローバル資本の参入から『森と水の循環』を守るには~」 (2009年1月発表)
・(論考) 「所有者不明化」問題から見える土地制度の根本課題―人口減少時代に対応した制度構築を― (2016/11/30)
・(論考) 自治体アンケートが示す土地の「所有者不明化」~人口減少時代の土地法制整備が急務 (2016/4/27)
・(論考) 農地集積に向け土地制度の再考を~高齢化・地価下落を見据えた国土保全の仕組みが必要~ (2014/12/22)
・(論考) 土地の所有者不明化の実態把握に向けて~相続未登記と固定資産税実務に関する全市町村アンケートを実施~ (2014/9/18)
・(論考) 水循環基本法を読み解く~抜け落ちた「土地所有者」の観点~ (2014/4/8)
・(論考) 国は「所有者不明化」の実態と土地制度の不備を直視すべき~なぜ11道県は水源地域保全条例を制定したか?~ (2013/4/16)
・(論考) 外資買収に見る、日本の甘過ぎる土地制度~「消えた土地所有者」の解明を急げ~ (2012/9/4)
・(論考) 地下水規制をはじめた自治体~国と自治体の役割分担を考える~ (2012/1/19)
・(論考) 復興の今こそ根本的な土地制度の見直しを~社会的法益を適える制度が必要~ (2011/5/27)

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