海洋安全保障と平時の自衛権 ~安全保障戦略と次期防衛大綱への提言~ | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

東京財団政策研究所

詳細検索

東京財団政策研究所

海洋安全保障と平時の自衛権 ~安全保障戦略と次期防衛大綱への提言~

November 11, 2013

「海洋安全保障と平時の自衛権 ~安全保障戦略と次期防衛大綱への提言~(要旨)」
(PDF:779KB) はこちら


「海洋安全保障と平時の自衛権 ~安全保障戦略と次期防衛大綱への提言~(本文)」
(PDF:1.39MKB) はこちら

提言の背景と主旨

2012年12月の総選挙において自民党が政権を奪取した後、2010年(平成22年)12月に民主党政権下で改訂された防衛計画の大綱(以下22大綱)が、2013年末を目途に、再度、見直されることになった。民主党の鳩山政権が、沖縄の普天間基地移設を巡り迷走したこともあり、とかく民主党政権の安全保障政策、特に日米同盟政策は不適切だったのではないかという先入観を持たれがちだ。しかし、22大綱の方向性は、それまでの自民党政権下での防衛政策と矛盾するものではなく、中国の台頭による南西諸島の防衛の重要性や、脅威の多様化に対応して、基盤的防衛力という方針を改めて、動的防衛力という新しい安全保障環境に対応する概念を打ち出したことなど、積極的な要素も多い野心的なものであった。したがって、22大綱発表からまだ3年しか経過していない中で、次期防衛大綱の方向性を22大綱と比較して大きく変える必要があるわけではないという見方も多い。

しかし、この間にわが国をめぐる安全保障環境にまったく変化がなかったわけではない。むしろ大きく変化したことは、2012年9月11日に日本政府が、それまで私有地だった尖閣諸島の3島(魚釣島、北小島、南小島)を日本政府が購入したことに反発して、尖閣諸島の領有を主張する中国が、周辺海域に法執行機関の船舶や航空機を継続的に派遣するようになり、同領域で警備にあたる日本の海上保安庁ならびに海上、航空自衛隊との緊張関係が常態化するに至ったことである。特に2013年1月30日午前10時頃、東シナ海において中国人民解放軍海軍のフリゲートが、海上自衛隊の護衛艦「ゆうだち」に対して火器管制レーダー(射撃管制用レーダー)を照射した事件は、偶発による紛争を起こしかねない事件として、世界の関係者を震撼させる事件であった。

2011年頃から、日本の政府や民間企業、特に防衛産業をターゲットにしたサイバー領域での攻撃が激しくなってきたことも新しい環境変化だ。米国は、2012年5月に軍にサイバーコマンド(司令部)を立ち上げており、中国政府は否定しているが、米国防総省は8月に発表した中国の軍事力に関する年次報告書で、米国を含む世界中のコンピューターが、中国内からハッキングを受けていると指摘した。この報告書では、中国軍や政府の関与は不明だが、サイバー戦の能力向上を図っている人民解放軍の動きと歩調があっているとも述べている。日本では、2011年10月25日には官民が連携してサイバー攻撃の情報を共有する組織、「サイバー情報共有イニシアティブ(J-CSIP)」が発足したが、日本のサイバー分野での防衛については、脅威の急速な進展に対して、新しい対応が必要な状況となっている。

また、2013年3月に三度目の核実験を成功させた北朝鮮は、前年12月の初の人口衛星の軌道投入を成功させた長距離ミサイル技術の進展と相まって、着実に米国への射程も睨むような核兵器による攻撃能力を獲得しつつあり、日本の安全保障への脅威の度合を増やしている。

加えて、日本国内の動きとしては、民主党の菅政権の22大綱では、武器輸出三原則等の見直しが期待されていたが政治判断により行われなかった。しかし後継の野田政権では、官房長官談話により、武器輸出三原則等の見直しが図られ、これまで行われなかった武器の国際共同開発の道を開いたほか、安全保障面での他国への能力構築支援を始めるなど、日本の国際安全保障協力の地平が拓かれるような新しい動きとなった。そのような中で、次期大綱の在り方を考えると、22大綱が示した動的防衛力というような防衛力整備の新思考は、それを踏襲するとともに、上記の安全保障環境の変化や中長期的動向に即して、積極的に発展させる必要がある。

現在、安倍政権は国家安全保障会議(NSC)の創設と国家安全保障戦略(NSS)の策定も進めている。これまで日本の長期的な戦略的課題は、他に適切な国家の文書がないという理由から、「防衛計画の大綱」に多くの課題を盛り込んできた。しかし、今後はNSSにはより上位の国家戦略上の課題が、防衛計画の大綱には防衛力の整備に直接関わる課題が取り上げられるようになることが望ましい。本提言では、そのような認識の下に、防衛計画の大綱だけではなく、NSS等が扱うべき課題についても提言を行った。

このような新たな課題への喚起を促すために、今回の提言では、2008年10月に東京財団が現22大綱を念頭に提言を行った 「新しい日本の安全保障戦略 ― 多層協調的安全保障戦略」 (プロジェクト・リーダー・田中明彦東京大学教授(当時))のような包括的な分析と提言の形をとらず、直近の日本が対峙するであろう戦略環境の変化だけを概観し、新たに対処が必要となる喫緊の課題に絞って論じることとした。

戦略環境については、海洋国家日本に関係のある各海洋の状況について概観し、あわせて中国の海軍力の見積もりを行うとともに、北朝鮮の核能力の予測を行った。この結果も踏まえ、以下の3部門についていくつかの提言を行う。

第一に、尖閣諸島周辺の恒常的な緊張関係を、日中両国の紛争に発展させないための喫緊の課題として、「平時の自衛権に関連する諸課題」を論じる。ここでは、ともすれば集団的自衛権の解釈見直しの陰で、十分に認識されていない平時の自衛権の行使と自衛権の発動について問題を提起する。加えて、この項で、策源地への攻撃能力を持つかどうかの是非、統合運用における陸上自衛隊の水陸両用機能、サイバー空間という新しい課題についても考える。

第二に、わが国の生存に死活的な意味を持つ東シナ海から南シナ海、インド洋まで、或いは北極海のSLOC(シーライン・オブ・コミュニケーション)の防衛及び北極海の安全保障を念頭に、「海洋安全保障の総合的な取り組み」に向けての日本の関与を提言する。

第三に、「国際安全保障に関する防衛省・自衛隊の政策」では、日本の新しい政策地平として拓かれつつある、アジア諸国への能力構築支援、防衛技術・生産基盤の維持と装備品の海外移転の在り方、そして在外邦人の保護について論じ、提言を行う。

最後に確認しておきたいことは、本提言はいたずらに中国との対立を煽って緊張を高める意図はないし、日米両国をはじめとして世界との経済依存が深まっている中国に対し、冷戦期のような封じ込め政策をとる意図もない。むしろ中国を地域の安定のための重要なプレーヤーとして処していくための関与政策(エンゲージメント)をその政策の基礎とするものだ。これは、東京財団が中国を地域のアーキテクチャーに統合していくための戦略を示した2011年6月の提言、 「日本の対中安全保障戦略:パワーシフト時代の『統合』・『バランス』・『抑止』の追求」 (プロジェクト・リーダー:神保謙上席研究員)と重なる認識でもある。

尖閣諸島周辺の海洋における現在の日中の緊張関係は、世界の安全保障関係者から懸念を持って見つめられている。もし、日本と中国を含む関係国の努力で、現在の危機的事態を回避することに成功し、インド・太平洋地域の海洋の秩序に新たな安定を作ることができれば、それこそが日本の死活的な利益であり、新たな時代の日本の安全保障政策の地平を切り拓くことになるだろう。

東京財団「安全保障」プロジェクト

プロジェクト・リーダー
渡部恒雄  東京財団政策研究ディレクター兼上席研究員

プロジェクト・サブリーダー
香田 洋二  ジャパンマリンユナイテッド株式会社顧問(元自衛艦隊司令官)
神保 謙   東京財団上級研究員・慶應義塾大学総合政策学部准教授
山口 昇   東京財団上席研究員・防衛大学校教授

プロジェクトメンバー
秋山 昌廣  東京財団理事長
浅野 貴昭  東京財団研究員兼政策プロデューサー
小原 凡司  東京財団研究員兼政策プロデューサー
西田一平太  東京財団研究員兼政策プロデューサー

注目コンテンツ

0%

INQUIRIES

お問合せ

取材のお申込みやお問合せは
こちらのフォームより送信してください。

お問合せフォーム