タイプ
論考
プロジェクト
日付
2015/3/5

日本的雇用慣行は衰退したのか

東京財団研究員・一橋大学経済研究所
神林龍

1.    はじめに

1980年代まで、フレキシブルで経済合理的な慣行ともてはやされてきた「日本的雇用慣行」は1990年代以降には日本経済の長期的停滞の原因として指弾されるようになった。日本の労働市場を支えてきた法律や諸制度も改変するべきとの意見が公に表明されるようになり、政府やシンクタンクで労働市場に関わる何らかのレポートが提出されるたびに、労働市場の改革が言及されるようになった。ところが、はや20年の歳月がたつものの、その改革の実態や効能は一向に明らかにされず、近年では、労働市場には「岩盤規制」なる有り難くない言葉も冠されるようになった。

しかし、遅々として進まない改革の原因は、果たして改革に抵抗する集団の政治力ゆえなのだろうか。上に引用した「岩盤規制」なる言葉も、何か規制主体やルールが存在して、その意思によって労働市場の変化が進まないことを含意している。しかし一言でいえば、日本の労働市場は、制度的にも実態的にもそのような単一の具体的意思決定主体によって掣肘されているわけではない。本稿では、筆者がこれまでに共同研究者とともに蓄積してきた日本の労働市場に関わる研究をまとめることで、いわゆる日本的雇用慣行が一部に強固に残存しており、その変更を促すには労働市場のかたちそのものを変化させることを考える必要あることを示そう。そのために、次節では1990年代以降の労働市場を概観したあと、第3節で日本的雇用慣行の主柱である長期雇用の現在を概括し、長期雇用が必ずしも全面的に衰退しているわけではないことを示す。しかし長期雇用の残存は、すでに人口に膾炙している非正規雇用の増加と矛盾するように見えるかもしれない。本稿では第4節で非正規雇用の増加の背景には自営業セクターの衰退があることを通じて、「非正規雇用の増加」の対偶は必ずしも「正規雇用の減少」ではないことを示す。第5節では日本的雇用慣行の価格面の特徴である年功賃金の実態を確かめ、ここでも一部に年功賃金が残存していることを示そう。第6節は結論部分で、こうした日本的雇用慣行の残存の背景には、強固な労使自治の伝統が存在するとまとめる。

2.    1990年代以降の労働市場の概況

まず1990年代以降の日本の労働市場の現況を把握するために、失業率の推移からみてみよう。次の図1は、国際比較可能なようにできるだけ調整したあとの失業率をOECDの統計より引用したものである。長期的な動向をみるために1950年代より数値をとり、1992年のバブル崩壊以降の時期をハイライトした。

図1 労働市場における失業率の推移(日・米・仏)

Source: Unemployment rate as % civilian labor force (OECD Stats. 1956-2010)

日本の労働市場における失業率は長く低位にあったのが、バブル崩壊をきっかけに2002年前後まで明らかな上昇トレンドを刻んできたことがわかる。その後好転したものの、リーマンショック後にまた上昇した。確かにこの間の失業率の上昇は大きく見えるものの、フランスや米国など他のOECD主要国の失業率と比較すると、その絶対水準も低く、上昇ペースも緩慢なのがわかる。このことは、国際的に日本の労働市場のパフォーマンスを位置づけたときに、国内での印象と異なる可能性があることを示している。

実際、この評価の違いはリーマンショック時に典型的に現われた。次の図はOECDの統計より、リーマンショック時の、主要国のショックの大きさと労働市場の反応を列挙したものである。ショックの大きさとしては実質GDPの変化幅(%ポイント)をとり、労働市場の反応としては失業率の変化幅(%ポイント)をとった。

図2 リーマンショックの各国への影響と失業率の変化幅


リーマンショックの日本への影響は、実のところ米国や英国、イタリアや独仏よりも大きかった。それにも関わらず、労働市場に起った失業率の悪化は主要国の中ではむしろ小さい部類に入っていたのがわかる。換言すれば、どの他の国よりも大きな経済活動の縮小が、日本では雇用情勢の悪化には直接結びつかなかったとさえいえるのである。このような調整様式は、雇用調整よりも労働時間調整や賃金調整を優先するといういわゆる日本的雇用慣行を想起させるに十分だろう。結局のところ、「100年に一度」と当時大きく喧伝されたリーマンショックに直面してもなお、労働市場の根本的構造が変化していないことを示唆しているとまとめられよう。

3.    長期雇用の現在

以上のように、失業率の変化という非常に単純なマクロ指標を観察しただけでも、日本の労働市場が1990年代以降大きな変化を被ったという見方には疑問符が付けられるだろう。この点を長期雇用という観点から探ったのが Kambayashi and Kato (2012) である。そこでは、総務省『就業構造基本調査』と米国のCurrent Population Surveyを使い、どのくらいの割合が10年間同じ企業に勤め続けることができるかという10年残存率を計測し、日本での長期雇用が崩壊したとは必ずしもいえないことを示した。たとえば、次の図3では、計測開始年に30歳代から40歳代後半ですでに勤続5年を越えていたコア層と目される被用者層に関して、1980年代からの10年残存率の変化を示したものである。

図3

Kambayashi and Kato (2012) Figure 1 を再録

たとえば、1982年時点で30-34歳かつすでに勤続5年以上だった被用者が、10年後の1992年時点で同一企業に勤めていた割合は日本で70%強、米国で50%強だったと読む。10年残存率の水準を日米で比較するとおしなべて日本での方が高く、日本では比較的長期雇用が尊重されている傾向が明らかだろう。この図の興味深い点は、1980年代から2000年代にかけての変化が、日本では乏しく米国で大きいという点だろう。実際、30-34歳かつ勤続5年以上という企業では戦力として主軸を担うようになってきているだろう被用者の10年残存率は、1980年代の70%強に対して2000年代でも70%程度と大きく変わっていない。対して米国では50%より30%半ばまで大きく下落している。1980年代以降、中長期的に長期雇用を衰退させてきたのは、日本というより米国だったことがわかる。

ただし、このことが長期雇用慣行のすべてではない。次の図4では、同様な10年残存率を勤続5年未満、つまり中途採用層と20歳代の若年層について算出したものである。

図4


Kambayashi and Kato (2012) Figure 4 and Figure 7 を再録

図3と比較すると、中途採用層での10年残存率は、日本では継続的に下落している一方、米国では変化していないことが見て取れる。若年層についても、日本について継続的に下落していることは明らかだろう(ただし、米国において20歳代の10年残存率は10%前後と非常に小さく、統計的には信頼できる数値ではない点付記しておく)。

10年残存率とは、同一企業にそのまま居続けるかどうかを計測したもので、離職の理由が需要側に起因する失職なのか、供給側に起因する辞職なのかを区別しない。したがって、たとえ使用者が長期雇用を尊重し続けていたとしても、被用者の辞職が促進されてしまえば、一見すると長期雇用が減退したかのように計測される。Kato and Kambayashi (2012) ではこの点をフォローするために、失職確率に対する勤続の効果を計測し、短期勤続者と比較して長期勤続者がどれだけ失職から守られるかを議論した。その結果を要約したのが次の図5である。

図5

Kambayashi and Kato (2012) Table 7 より筆者作成

1997年では、入職したばかりの短期勤続者と比較すると勤続15年以上のベテランが失職する確率は日本では5%ポイント程度、米国では3.5%程度低かった。長期勤続者は相対的に見ると失職から守られており、その傾向は日米ともに変わらないといえる。しかし2000年代に入ると、日本でのこの傾向がほとんど変化していないのに対し、米国では全般的に減退しており、長期勤続したからといって失職から守られるわけではなくなってきていることが示されている。この分析結果は、長期雇用が米国でこそ衰退したという図3と一致する。
結局、1980年代以降の日米比較から明らかになったこととは、コア層の長期雇用が減退したのは米国であって日本ではなかった。日本で長期雇用が減退したとすれば、それは中途採用層や若年層で起った現象だったとまとめることができる。

4.    非正規雇用の増加の背景

しかし、もし長期雇用が減退していないのであれば、巷間知られている非正規雇用の増加はどう解釈すればよいのだろうか。非正規雇用が増加しているのであれば、正規雇用は減少しており、長期雇用も労働市場全体では減退しているはずだと考えるのは当然といえば当然かもしれない。この推論が正しいとすれば、第3節で照会した筆者らの論文か、一般の常識か、どちらかが間違っていることになる。

この点を議論したのが Kambayashi and Kato (2013) である。そこでは、まず非正規雇用といっても、どのような種類の非正規雇用が労働市場では非正規雇用として認識されているのかを吟味した。非正規雇用にいくつかの定義があることはよく知られている。最も重要なのは、労働契約が有期か否かを巡る定義で、有期労働契約の持ち主を非正規雇用と考える定義である。日本の労働法では、労働契約の契約期間が定められているかどうかは決定的に重要で、OECDが非正規雇用と正規雇用との解雇規制の差をなくせと勧告する際にも非正規雇用とは有期契約、正規雇用とは無期契約と定義しており、欧州ではこの定義以外の非正規雇用の定義は基本的にはない。他方、日本の人的資源管理論や労使関係論の世界では、労働契約の期限の定めの有無よりは、職場での呼称での違いが重要との認識が古くからなされてきた。上記論文では、失職確率、賃金水準、企業による訓練への参加確率など、日本的雇用慣行において重要とされる要素に、労働契約期間と職場での呼称のどちらがより強い相関を見せるかを検討したところ、職場での呼称の違いが決定的だということを示した。つまり、もし仮に職場での呼称が同一だとしたら、労働契約期間の定めの有無は、上記の諸労働条件に対してほとんど影響を与えないということである。

この発見は、日本の労働市場における実定法の規制の弱さを示しているといってよいだろう。なぜなら、労働法の教科書はおろか解雇権濫用法理も整理解雇法理など裁判所の裁判例も、労働契約の期間の定めの有無には最大限の注意を払っているが、職場でその被用者が何と呼称されているかには言及がない。繰り返しになるが、法律上の世界では契約期間の有無が決定的に重要であって、職場における呼称は考慮の埒外にある。しかし、日本的雇用慣行のコアに取り込まれているかどうかを示す重要なファクターには、職場の呼称こそが重要であって雇用契約期間は重要ではない。日本的雇用慣行が必ずしも実定法のバックボーンをもっていないことを示唆しているわけである。

上記論文ではこの点を出発点に、こうした呼称上の非正規労働者が1980年代以降どのように増えてきたのかを単純に人数を数えることでまとめた。次の図6は、2つの非正規の定義によって4つのグループにわけ、さらに無業者と自営業主・会社役員・家族従業者など労働契約を持たない労働者をつけくわえ、15歳から70歳までの全人口を6つにわけシェアを図示したものである。

図6

Kambayashi and Kato (2013) Figure 2 を再録

赤い部分で示された呼称非正規のシェアがコンスタントにのび、この四半世紀で+10.2パーセントポイント増加した。非正規労働者が増えているという日常感覚と合致することがわかる。しかし、他方の正規労働者(呼称正規かつ無期契約)のシェアをみると、その減少分はほとんどなくわずか-2.5パーセントポイントに止まる。つまるところ、呼称非正規労働者の増加は、自営業者などのインフォーマルセクターの労働者の減少によって帳消しにされたといえる。実際、インフォーマルセクターの労働者のシェアの減少分は-9.7パーセントポイントと、呼称非正規シェアの増分に匹敵している。

加えて、有期労働契約をもっている契約上の非正規労働者のシェアはわずかながら(+2.3パーセントポイント)増加しているものの、増加した非正規労働者の圧倒的多数が、労働法上は非正規労働者とされない呼称非正規労働者であることは明らかだろう。また呼称非正規労働者の増加は、規制緩和華やかりし1990年代に始まったわけではなく、すでに1980年代より一定のペースで進んできていることも、日本における非正規労働者の増加と労働法的規制との直接的関係が薄いことを示す証左といえる。

もちろん、Kambayashi and Kato (2013) では、自営業セクターの減少や呼称非正規労働者の増加は産業技術によって異なる、すなわち産業によってその増減関係は異なり、図6で示した関係は、日本全体を合算しているからたまたま見えるに過ぎないという反論にも目配せしており、産業別に呼称非正規労働者のシェアの変化分と自営業セクターのシェアの変化分をプロットした図を提示しており、本稿では図7として次に引用しよう。

図7

Kambayashi and Kato (2013) Figure 5 を再録

図中青色の線は45度線を示しており、この線上では、呼称非正規労働者のシェアの増分はちょうど自営業セクターのシェアの減少分と等しい。多くの産業が45度線の近くに位置していることから、呼称非正規労働者の増加と自営業セクターの減少の併存は、どの産業内部でも起っていることがわかる。

論文では詳論していないが、正規従業員の減少が起っていると目される45度線から乖離している産業は食品製造業や、通信業、金融保険業、運輸業といった産業で、1980年代以降、規制緩和や民営化が促進された産業であることが印象的だろう。たとえば1980年代の食品製造業は現在のJT、通信業はNTT、運輸業はJRを含んでいた。こうした産業では、従来正社員を多く雇用していたのだが、民営化や規制緩和とともに正社員を減少させたとしても不思議ではない。むしろ旧来より競争環境が厳しかった小売などサービスセクターなどでは、こうした減少が起っていないことのほうが注目されるべきだろう。筆者の憶測にすぎず、決定的な証拠があるわけではないが、もしこの推論が正しいとすれば、正規従業員のだぶつきは労働市場が原因というわけではなく、製品市場での規制が原因だと推し量ることさえ可能になる。

論文では、非正規従業員の増加の背景に自営業セクターの減少があるとすれば、非正規従業員の増加に伴う社会構成の変化にも留意が必要であることも指摘されている。自営業セクターでの労働条件は一般に低い傾向があることが確かめられているし、保険の加入率などフリンジベネフィットも小さいと言われているからである。仮に非正規従業員が自営業セクターから振り替わっているとすれば、労働条件は比較的改善され、公的保険のカバー率も上昇していると解釈することができるのである。

5.    年功賃金のゆくえ

以上、Kato and Kambayashi (2012) および Kambayashi and Kato (2013) の2つの論文から得られた知見をまとめることで、日本的雇用慣行が必ずしも衰退していないことが示唆された。この点は賃金面でも確かめるのだろうか。筆者が厚生労働省『賃金構造基本統計調査』をもちいて年功カーブの推移を検討したところ、意外な結果がわかった。まず大卒標準労働者(大卒直後に就職して調査時点まで勤続していると考えられる被用者)の所定内給与月額をとりあげ、同じ事業所の中の20歳代平均と50歳代平均を比較して作成した。この比率を仮に「年功度」と呼ぼう。事業所ひとつにつき年功度がひとつ計測できるので、年功度の高い事業所から低い事業所までさまざまな事業所があることがデータ上確認できる。次の図8は、この年功度のばらつきが、年々歳々どのように変化したかを追ったものである。

図8


厚生労働省『賃金構造基本統計調査』より筆者集計

たとえば、赤い点線で表された50%点は年功度のばらつきのちょうど中心をあらわしていて、それは2000年時点で2.44倍だった。上から4分の1(75%点)で2.78倍、下から4分の1(25%点)で2.34倍なので、ある程度ばらついていることがわかる。問題はこのばらつきの推移だが、1990年代はどの分位点でも年功度は減少しており、全事業所で平均的に年功度が縮小したことを示唆している。しかし2000年代に入ると、2000年の時点で年功度の小さかった事業所では、年功度の縮小が継続したのに対して、2000年の時点で年功度が高かった事業所では、年功度は下げ止まり、むしろ上昇する傾向すらみてとれる。こうした事業所では年功賃金の崩壊は2000年前後でいったんやみ、おおむね半分から4分の1の事業所では年功カーブを維持する傾向があったことがわかる。

1990年代以降の特徴として定年延長があるので、賃金総額を変えないのであれば年功カーブを調整するのは長期雇用と矛盾しない。図8で表出された変化がこうした一時点での賃金調整の結果だとすれば、年功賃金そのもののが日本の労働市場全体で崩壊したというには、時期尚早なのかもしれない。

6.    まとめ:労使自治の強固な伝統

以上、2本の論文を要約することで近年の日本的雇用慣行の動向を辿った。こうした分析で垣間見えるのは、日本的雇用慣行の全面的な消滅というよりはむしろ一定の残存だろう。長期雇用にせよ、正規社員にせよ、年功賃金にせよ、日本的雇用慣行の鍵とされている要素は依然として日本の労働市場に残存している。
なぜこれほどまでに日本的雇用慣行が残存しているのだろうか。この理由は、上記2本の論文でも明らかにされておらず、筆者自身現在も探求中であるが、憶測を述べると以下のようになる。おそらくヒントになるのは、非正規従業員の定義の問題で示された、契約期間よりも呼称のほうが重要という事実だろう。換言すれば、法社会学で長く議論されてきた「法」と「法律」の区別、「生ける法」の認識が、労働市場においても重要だという示唆は得られる。労働市場では明定された「法律」よりも、事実たる慣習を中核とした「法」が規範形成に強く関与しており、制定法の役割はそれほど大きくないのかもしれない。事実、日本の労働法体系は労使自治による例外創出を多用しており、1980年代以降の規制緩和は労使自治の役割を大きくこそすれ小さくはしなかった。サブロク協定に象徴される労働時間規制も、解雇権濫用法理に象徴される解雇規制も、労使の話し合いによる合意形成を旨とし、逆に言えば、日本の社会は労使合意を外側から掣肘する機能に欠けているとも評すことができる。日本的雇用慣行の経済合理性を考える時、労使合意は中核にあり、あるいは労使合意さえ整うのであれば日本的雇用慣行を捨てる理由はそう強くないともいえる。こうした労使合意の枠が、冒頭の岩盤規制の一部をなしていることは、これからの労働市場を考えるうえで重要な論点としてわすれるべきではないのかもれない。


<参考文献>
Kambayashi, R. and Kato, T. (2012), “Trends in Long-term Employment and Job Security in Japan and the United States: the Last Twenty-Five Years,” Center on Japanese Economy and Business Working Paper Series, Columbia University, No. 302.
Kambayashi, R. and Kato, T. (2013) “Good Jobs, Bad Jobs, and the Great Recession: Lessons from Japan’s Lost Decade,” PRIMCED Discussion Paper Series, No. 41.
神林龍 (2014a) 「日本の労働市場でのコミットメント」『経理情報』 No.1390, Sep. 10, p.1.
神林龍 (2014b) 「日本的雇用慣行の福音と桎梏、「福音」の観点から」『如水会会報』 No.1003, Jul. pp.36-39.
神林龍 (2014c) 「日本の賃金体系(下)」『日本経済新聞「経済教室」』 2014年2月5日
神林龍 (2013) 「解雇規制の論点(下)見直し、人事管理と両輪で」『日本経済新聞「経済教室」』 2013年4月10日



本稿は2014年3月10日に東京財団で行われたセミナー報告の内容を要約したものである。同趣旨の小文に、神林(2014a)、神林(2014b)、神林(2014c)、神林(2013)などがあるのであわせて参考にされたい。