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日付
2018/6/19

明治150年を展望する:第6回「己に対する知識を完成させよ」

 ※本稿は2018年1月30日に開催した政治外交検証研究会の議論、出席者による論考をもとに東京財団政策研究所が構成・編集したものです。

第6回:己に対する知識を完成させよ

 

明治150年を循環史観でとらえると

細谷 さて、ここで一つ質問をさせていただきます。

   五百旗頭さんは冒頭、明治維新以降の150年を戦前と戦後で二つに分ける、さらには30年ごとの五つに分ける視点を提示してくださいました。

   歴史をあるサイクルの繰り返しととらえる立場を循環史観といいます。アメリカの歴史家アーサー・シュレジンジャー(1917~2007年)は著書The Cycles of American History(邦題『アメリカ史のサイクル』)で、アメリカ史においては介入の時代と孤立の時代が振り子のようにサイクルで回ってきたと述べています。

一方、イギリスの歴史家トーマス・G・オッテ(1967年~)は編著書The Age of Anniversaries: The Cult of Commemoration, 1895-1925で、歴史において「周年」にどういう意味があるかを論じています。その一つは、ある歴史的記憶を想起させることによって国民を特定の方向へと動員するということです。

   内閣官房に「明治150年」関連施策推進室がつくられたことは、約100年前にイギリスが国民をある方向へと動員しようとしたこととなんらかの連関があるのではないか。つまり、何周年といって記念するとき、何かしらの政治的な意味や意図があるのではないか。

   また、それとは別に「明治150年」をサイクルとして見るとどうなるのか。そのサイクルが振り子のように振れるとしたら、いったいその振り子の対立軸は何なのか。アーノルド・トインビー(1889~1975年)は、歴史を発展的に循環する「らせん階段」ととらえました。「明治150年」のなかで一周ぐるりと回るサイクルを、どういうイメージで見たらよいのか。

五百旗頭 歴史は、「振り子」や「らせん階段」のように見えるような気もすれば、見えないような気もするのだと思います。必ず一周するのだと決めてしまうと、オカルト的になってしまう。そこを一歩越えるには、循環のウィールが回るメカニズムや力学を示さなければならない。

 150年も経てば、過去を対象化して、このメカニズムや力学について大胆な議論ができるようになるのではないか、というのが、私の考えていたことでした。先ほどの基本条約の話でいえば、国際協調の時代とは基本条約にとどまっている時代であり、基本条約から抜け出てしまった時代は対外的に強硬になることが多かったといえます。

 基本条約の下でフラストレーションがたまっている。そのフラストレーションが、基本条約を破壊する理由になったり、基本条約がなくなった後に自らを制御できなくなる理由になったりする。部分的な取引で自己抑制している時期に、どういうフラストレーションがあるのか、どのようなメディアの報道がフラストレーションを増幅させたのか、あるいは発散させたのか、も含めて考えなくてはいけないと思います。

 いままでのサイクルとこれからありうるサイクルとの違いについていうと、いままでは、基本条約から抜け出たのは自滅によるものでした。基本条約はパクス・ブリタニカやパクス・アメリカーナなど、日本の繁栄の基軸である自由貿易をもとにした国際秩序に親和的だった。失敗するのは、当事者がそれをうまく運用できないときです。ただ、失敗してもそれは破産にすぎないので、その国際秩序のなかで再度やり直せばよかった。

   しかし、いまの日本に対する脅威は中国です。中国は、先ほど言った国際秩序を必ずしも奉じないので、中国からのプレッシャーがいまの基本条約体制を壊すとしたら、それは破産ではすまず破滅です。これまでのように、もとの国際秩序の底まで落ちていって、そこからはい上がれる、という保証はないわけです。

   つまり、いままでは内在的な崩壊が多かったのだが、これからは外在的なプレッシャーが強くなる。そのプレッシャーと内在的な崩壊のサイクルが増幅し合わないように、内在的な崩壊のサイクルを防ぐにはどうすればよいのかという、己に対する知識を早く完成させなければいけない、そういう焦りをもっています。

 

「東アジア」か「アジア太平洋」か

細谷 フラストレーションは興味深いご指摘です。五百旗頭さんは大きな基本条約について述べられましたが、小さな基本条約、たとえば日韓基本条約(1965年)、日中平和友好条約(1978年)などを考えると、まさにいまフラストレーションが噴き出てきて、日中関係、日韓関係を難しくしているのだろうと思います。これが悪い形でサイクルになっているとしたら、次にも難しい問題が出てくるのかもしれません。

宮城 サイクルという言葉は魅力的です。一方、五百旗頭さんはそれを追求しすぎるとオカルト的になるという。微妙なるさじ加減が必要ということで、サイクルといわずとも、パターンやリズムといったもので、先ほどの私の話を補足します。

   一つは、国際環境の変動が日本の政治体制に与える影響についてです。いま、国際環境がやや緊張度が高い時代にあるので、緊張が高まったときに、それに対応できるしっかりした国内政治体制を、という方向からものを考えがちですが、逆方向もありうることに留意すべきです。たとえば北朝鮮が国家として破綻したとしても、そこには大勢の人々がいる。はたして誰が面倒を見るのかという課題が出てくる。あるいは日本が北朝鮮と国交回復したとすると、日韓基本条約とのバランスで北朝鮮に経済協力をすることは既定路線となっています。敵対一辺倒では地域秩序の再編に主体的に関わることができずに、経済的負担だけが日本に押しつけられる可能性もある。そのような状況では、日本の政治に求められるものも変わってくるでしょう。

 もう一つは、日本とアジアの関係についてです。日本において、アジアの地域概念には東南アジア諸国連合(ASEAN)+3(日本、中国、韓国)など「(広義の)東アジア」を範囲とするものと、アジア太平洋経済協力(APEC)、環太平洋経済連携協定(TPP)など「アジア太平洋」を範囲とするものがあります。比較的近い過去を見ても、鳩山由紀夫政権(2009年9月~10年6月)は「東アジア共同体」構想を提唱し、そこにアメリカが含まれるのか、含まれないのかが議論になりました。つづく菅直人政権(2010年6月~11年9月)はTPP加盟を政治課題に設定し、野田佳彦政権(2011年9月~12年12月)になると、TPPと日米安保体制の二本柱で日米同盟を強化するという路線を掲げました。野田政権の路線は第二次安倍晋三政権(2012年12月~)にも引き継がれたといえるでしょう。ただし、TPPはあくまで中国との主導権をめぐる競争なのであって、大市場である中国を排除しては意味がありませんから、経済統合を中国への対抗という視座だけでとらえることには注意が必要です。

 このように日本は「東アジア」と「アジア太平洋」のどちらを追求するかで揺れてきました。日本がどちらに顔を向けていくのかということは、日本のアイデンティティにも関わる問題かもしれません。

★続きはこちらから⇒  第7回:150年をまるごと視野に入れることで