タイプ
その他
プロジェクト
日付
2011/3/28

【書評】『国際連盟 ― 世界平和への夢と挫折』篠原初枝著(中公新書、2010年)

評者:細谷雄一(慶應義塾大学法学部准教授)


本書の構成
 序 章 国際組織の源流 ― 第一次世界大戦以前
 第1章 国際連盟の発足 ― 四十二の原加盟国
 第2章 希望と実現の時代 ― 一九二〇年代の試み
 第3章 国際連盟と日本 ― 外交大国としての可能性
 第4章 紛争・戦争の時代へ ― 苦闘の一九三〇年代
 終 章 連盟から国連へ ― 第二次世界大戦中の活動と終焉

本書は、日本語で書かれた最初の体系的な国際連盟史研究であり、また高い水準の国際政治史研究でもある。新書という形式をとりながらも、スイスのジュネーヴに所在する国際連盟史料やフランスのユネスコ史料などの一次史料を用いて新鮮な解釈を試みると同時に、英文で書かれた最新の研究まで網羅した野心的な一冊といえる。とりわけ、国際連盟と日本との関係について書かれた部分については、いくつもの新しい視野を得ることが出来て高い価値をもつものといえる。

著者の篠原初枝早稲田大学教授は、国際関係史を専門として、シカゴ大学にて入江昭教授の指導を受けて歴史学の博士号を取得している。その研究は、『戦争の法から平和の法へ ― 戦間期アメリカの国際法学者』(東京大学出版会、2003年)としてまとめられた。これまでは主として、戦間期のアメリカ外交史および国際関係史を、アメリカにおける国際法学者の役割に注目して研究を発表してきたが、本書『国際連盟』ではそのようなこれまでの研究を基礎として、戦間期国際関係史の全体像を、国際連盟の発足から試練への直面、そして終焉へと至るまで論じ、国際組織史を描くことに成功している。

以下、本書の構成と概要、そして評価を試みたい。

国際連盟について一次史料を用いた重要な研究として、海野芳郎『国際連盟と日本』(原書房、1972年)以来目立った成果はあまり見られなかった。ところが近年我が国では、これまであまり注目されてこなかった国際連盟が国際関係史研究において取り上げられる機会が増えており、いくつかの重要な側面に光が当てられるようになってきた。たとえばそれば、後藤春美東京大学教授によるアヘン問題に関する国際連盟の取り組みについての研究(後藤春美『アヘンとイギリス帝国 ― 国際規制の高まり 1906~43年』山川出版社、2005年)、等松春雄防衛大学教授による信託統治問題についての研究(等松春夫「南洋群島委任統治継続をめぐる国際環境 1931-1935 ― 戦間期植民地支配体制の一断面」『国際政治』122号、1999年)、川島真東京大学教授による中国の対国際連盟外交研究(川島真「中国外交における省庁としての国際的地位 ― ハーグ平和会議・国際連盟・そして国際連合へ」『国際政治』145号、2006年)、安田佳代東京大学助手による国際衛生事業研究(安田佳代「戦間期東アジアにおける国際衛生事情」『国際関係論研究』27巻、2008年)などに代表される。さらには、連盟設立に尽力したウッドロー・ウィルソン米大統領や国連事務次長を務めた新渡戸稲造などについての人物研究も見られるようになり、これまでは「失敗」(本書、ii頁)と見なされることが多かった国際連盟について、むしろその成果の側面が強調され、その解釈が大きく修正されつつある。本書は、そのような成果を存分に盛り込んで、それらを総合する試みともいえる。

上記のような研究が、国際連盟の特定の一側面、とりわけ機能的な活動に注目している一方で、本書はむしろそれらを総合して国際連盟の全体像を概観しようとする試みである。その機能が、集団安全保障としての平和の保証の他にも多面的に存在するということは、それだけその全体像を示すことが容易ではないことを示唆する。しかしながらそのような困難な作業を、本書では軽やかな文体で、人物にフォーカスを当てて生き生きと描いており読者を飽きさせることなく、戦間期という色鮮やかな時代を活写している。それらの多様な国際連盟の活動については、本書は上記の研究に追うところが多いようだ。本書はむしろ新渡戸稲造、石井菊次郎、安達峰一郎などの日本人の活躍に光を当てているところが斬新であり、新たな貢献といえる。

その中でもとりわけ、国際法学者 安達峰一郎の活躍を描く場面は、迫力を感じさせる。それは、著者の研究の出発点がアメリカの国際法学者に関するものであることと無関係ではないであろう。国際法学者が、国際秩序形成に多大な貢献をなす事実を描く部分において、著者の本領が存分に発揮されている。個人、国家、国際組織、国際秩序と、これらを重層的に描きながら、立体的に国際関係史を論じる著者の手法は、本書において見事な成功を収めたといえる。

それはまた、本書が十分に描いていない点を示すことにもなる。本書ではそれら国際法学者が脚光を浴びる中で、とりわけ二〇年代の連盟外交を支えたヨーロッパの政治指導者に関する叙述は限定的でありやや物足りなさを感じた。たとえば、一九二〇年代の連盟外交の主役であったイギリスのオースティン・チェンバレン外相についての研究(Richard S. Grayson, Austen Chamberlain and the Commitment to Europe: British Foreign Policy 1924-29, London: Frank Cass, 1997)や、フランスのアリスティード・ブリアン外相についての研究(Jacques Bariéty (dir.), Aristide Briand, la Société des Nations et l’Europe 1919-1932, Paris: Presse Universitaires de Strasbourg, 2007)を用いて、英仏両国の連盟外交を論じることは、著者の高い研究能力を考慮すればそれほど困難なことではなかったかもしれない。結局は、著者が専門とするアメリカも、本書で力を入れている日本も、連盟外交においては最後までその中心に位置することはない周辺的な存在であった。英仏関係こそが国際連盟を動かし、またそれゆえにこそ連盟外交は挫折したのである。英仏両国のみの力では、当時の主要な国際安全保障問題を解決し得なかったからである。その現実を、より内在的に論じることが出来ていれば、二〇年代の国際連盟が活況を呈した時代、そして危機と挫折を経験した三〇年代の時代をより生き生きと描くことが出来たのではないか。

それでは、英仏両国を中心に国際連盟を描くならば、どのような現実が浮かび上がるのか。それは、イギリス外務省のジェームズ・ヘッドラム=モーリー、エア・クロウ外務事務次官、そしてチェンバレン外相が提唱した、「新しいヨーロッパ協調(New Concert of Europe)」というコンセプトが大きな意味を持つ(細谷雄一「『新しいヨーロッパ協調』からシューマン・プランへ 一九一九-五〇年 ― 世界戦争の時代のイギリスとヨーロッパ」細谷雄一編『イギリスとヨーロッパ ― 孤立と統合の二百年』勁草書房、二〇〇九年)。すなわち、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアといったヨーロッパの主要大国が協調外交を維持することで、ヨーロッパ大陸に平和をもたらそうとする外交理念である。そのような外交理念は、ウィルソン大統領が掲げた「14箇条の平和」に示された外交理念とは、大国中心主義という点において、そしてヨーロッパ中心主義という点において、似て非なるものである。そしてウィルソンの外交理念とは異なる、「新しいヨーロッパ協調」の精神がその底流に流れていたことが、二〇年代の連盟外交の成功と三〇年代の挫折という、その光と影を克明に照らし出すのである。もはや世界平和は、そのようなヨーロッパ中心主義的な外交では維持できなくなっていた。

「新しいヨーロッパ協調」の衰退は、そのまま国際連盟の衰退をもたらし、そして20世紀半ば以降の、「アメリカの世紀」を導き入れることになった。そのようなもう一つの国際連盟の歴史に力点が置かれていないことは、序章の「国際組織の源流」の中で、19世紀前半の「ヨーロッパ協調(Concert of Europe)」に光が当てられていないことにも象徴されている。対照的にイギリスにおける国際連盟研究史や、フランスにおける国際連盟史研究においては、その起源として「ヨーロッパ協調」に戻ることが一般的である(F.P. Walters, A History of the League of Nations, London: Oxford University Press, 1952; Pierre Gerbet, Victor-Yves Ghebali et Marie-Reneé Mouton, Société des Nations et Organization des Nations-Unies, Paris: Editions Richelieu,1973)。

もちろん、あらゆる研究には、特定のフォーカスが必要である。とりわけ本書が、国際連盟における日本人の活躍と、日本政府のそこでの挫折を克明に描いていることの意義は限りなく大きい。本書に触発されて、今後戦間期国際関係史研究が、よりいっそう発展していくことになるであろう。また本書は、日本において、国際組織史(history of international organization)の新しい可能性を提示した点においても、大きな貢献をなしている。たとえばイギリスにおいては、デイヴィッド・アームストロングらの研究に代表されるように、国際組織化(international organization)が歴史的に論じられる伝統が守られてきた(David Armstrong, Lorna Lloyd & John Redmond, International Organsation in World Politics, 3rd edition, Basingstoke: Palgrave, 2004)。本書はすなわち、日本における国際組織史の最高水準の一冊といえる。これを機会に、この分野の国際関係史研究がよりいっそう発展していくことを期待したい。