タイプ
その他
プロジェクト
日付
2014/3/3

【書評】ジェフリー・A・ベーダー(春原剛訳)『オバマと中国 ― 米国政府の内部からみたアジア政策』(東京大学出版会、2013年)

評者:福田 円(法政大学法学部国際政治学科准教授)



Ⅰ.本書の背景と特徴

   本書は、春原剛氏によるJeffery A. Bader, Obama and China’s Rise; An Insider’s Account of America’s Asia Strategy, (The Brookings Institution, 2012) の全訳に、久保文明氏(東京大学教授)と川島真氏(同准教授)による解説を付し、編集したものである(ただし、以下では原著翻訳の部分を「本書」、解説の部分は「解説」と表記する)。原著の著者(以下、著者と表記)であるジェフェリー・ベーダー氏は、2008年大統領選挙に臨むオバマ候補のアジア諮問委員会で座長を務めた後、第一期オバマ政権が発足した2009年1月から2011年4月まで国家安全保障会議で東アジア担当上級部長を務め、離職直後に本書を著した。本書は、オバマ政権が上記の時期において中国の台頭へどのように対応しようとしたのかを、著者が関わった政策課題を中心に回想したメモアールである。
   解説と訳者あとがきによれば、著者は内部文書などを参照せず、自分のメモと記憶をたよりに記述をおこない、それはホワイトハウスによる厳しいチェックを経て、本書のようなかたちで出版されるに至った。著者はまえがきに「未来の歴史家たちがヴォルテールの警告した落とし穴に陥らないよう、本書がその助けになれば」と記し、後に歴史家たちが公開された内部文書をもとに歴史を再構成しようとする時に見落としがちな「決断の背後にある事実」を描くことを意識している。このように聞くと、オバマ政権内部における政策決定の内幕や内実が明かされることを本書に期待する読者もいるかもしれない。しかし、本書はむしろ、政策決定の背後にあるオバマ政権のスタッフが共有していたアジア情勢に関する認識と対応の論理、そしてそれらの一貫性や変化を説明していると捉えることが妥当であろう。そして、このような諸政策を通底する指導者たちの認識や論理もまた、後世の歴史家たちが公開された外交文書を頼りに歴史を再構成しようとする際には、見失いがちな要因であるといえる。

Ⅱ.本書の章立てと概要

   本書は、著者がホワイトハウスに勤めた時期(上述)のオバマ政権におけるアジア政策を、台頭する中国へいかに対応しようとしたかという論点を軸に、おおむね時系列に沿った以下の章立てによって回想している。

序文・プロローグ ― オバマと大統領選挙

第一章 アジア政策―全体像

第二章 アジア外交の基礎づくり―クリントン国務長官のアジア歴訪

第三章 中国―対中外交のはじまり

第四章 北朝鮮―それまでのパターンを打破する

第五章 日本―自民党から民主党へ

第六章 中国―オバマ訪中と環境変動会議
第七章 オバマ政権2年目―攻撃的な中国への対応
第八章 朝鮮半島での緊張

第九章 東南アジアとの関係強化

第十章 中国の海洋進出

第十一章 胡錦濤訪米への道

第十二章 日本における多重災害への対応―東日本大震災と原発危機
第十三章 振り返り、前を向く
解説(久保文明・川島 真)


   このような章立てに沿って描かれるオバマ政権初期のアジア政策は、大きく3つの時期に分けられよう。
   第一の時期は、オバマ政権の発足(第1章)から2009年6月の著者らの訪中に至る時期である。この時期、オバマ政権はアジア諸国に対して、ブッシュ前政権の方針を基本的には踏襲し、中国と協力することによって、地域の諸問題に対応しようとしていた。クリントン国務長官のアジア歴訪(第2章)、G20での米中首脳会談(第3章)などは概ね成功し、北朝鮮の「衛星」打ち上げに対しても、著者らが訪中し、中国側と協議することによって対処した(第4章)。また、日本では政権交替が起きたが、日米同盟体制が根本的に動揺することはなかった(第5章)。
   第二の時期は、2009年の秋から2010年の春に至る時期である。この時期、オバマ大統領の初訪中(第6章)、胡錦濤国家主席の訪米(第7章)があったものの、台湾に対する武器売却、ダライ・ラマとの会談、温室効果ガス排出規制など米中間のいわば伝統的な問題が表面化し、米中間の協調関係はしばしば動揺した。ただし、2010年春に再び朝鮮半島で危機がおきると、著者らはふたたび訪中し、中国側と協力して事態の沈静化に努めた(第8章)。
   第三の時期は2010年夏以降、中国による海洋進出の脅威が顕在化し、オバマ政権がアジアへの関与を強めた時期である。オバマ政権は東南アジア諸国との関係を強化し、東アジアサミットに参加することを決定した(第9章)。それと時期を同じくして、中国の南シナ海への進出が顕在化し、秋には東シナ海で中国漁船と海上保安庁の巡視船が衝突する事件が起きた(第10章)。それでもなお、オバマ政権は2011年1月の胡錦濤訪米を実りあるものにしようと努力し、それは成功した(第11章)。その後、2011年3月には東日本大震災に伴う原発危機が起きたが、日米は同盟体制が損なわれる危機を乗り越えた(第12章)。そして、この東日本大震災への対応に見通しを立てた上で、著者はホワイトハウスを去った。

Ⅲ.注目すべき論点


   以上の内容を踏まえた上で、評者が本書において特に興味深いと感じた幾つかの論点について、さらに議論を進めてみたい。
   第一に、本書で描かれるオバマ政権初期のアジア政策と、現在も継続する同政権のアジア政策との関係はいかなるものであろうか。本書のタイトルが示すように、オバマ政権にとって、アジア政策の核心は対中政策である。本書に描かれるオバマ政権初期の対中政策や米中関係の推移は、後にオバマ政権が唱えるアジアへの「ピボット(回帰)」や「リバランス(再均衡)」の背景として興味深い。本書によれば、オバマ政権はブッシュ政権末期の対中政策を基本的には継承し、胡錦濤政権との協調を重視しようとした。しかし、政権発足後間もなく、米中間の協力関係には齟齬が生じはじめ、同政権はアジア太平洋地域における中国の積極的な対外政策に対する牽制を強めていく。ただし、オバマ政権は単に対中牽制へ傾斜するのではなく、胡錦濤訪米に象徴されるような中国との協調関係も維持しようとした。オバマ政権の「ピボット」や「リバランス」がこのような傾向の延長線上にあるのだとすれば、それは対中牽制の強化にとどまらず、同時に対中協調も追求し、それらを両立させようとする試みであることが確認できよう。
   第二に、上記のような観点に立った際に、本書が描くオバマ政権初期におけるアメリカの対中政策と中国の対外姿勢の因果関係に関してはさらに踏み込んだ議論がなされるべきではないだろうか。中国の対外政策は、2009年前後を境により積極的なものへと転換したといわれている。本書において、この中国の対外政策積極化、とりわけ南シナ海や東シナ海への海洋進出は、オバマ政権の対中政策を漸進的に変化させた要因として描かれている。しかし、ブッシュ政権末期からオバマ政権初期にかけて続いたアメリカの比較的穏健な対中政策こそが、中国の対外政策の積極化を招いた一因ではなかったかという側面も議論されてしかるべきであろう。この点について、本書において中国の台頭を招いた要因と対策に関する著者自身の見解やオバマ政権内部での反省や論争が充分に紹介されていないことには、物足りなさを感じざるを得ない。
   第三に、オバマ政権が中国の台頭に対応するうえで、アジアの同盟諸国に対して期待していることも、本書からはしばしば読み取れる。本書によれば、オバマ政権は日本、韓国、台湾などに対して、アメリカとの関係を強化しつつ、対中政策においても歩調を揃えることを望んでいるようである。特に、オバマ政権にとって望ましい日本像について、著者は明確に書き記している。それらをまとめれば、オバマ政権はアジア政策のなかでも日米同盟を最重要視する一方で、領土や歴史に関する問題のために日本と周辺諸国の関係が不安定化することを望んではいない。また、オバマ政権が対中政策と対日政策のバランスをとろうとすると、日本から「民主党=親中」あるいは「親中=反日」など図式化された認識枠組みに基づいた反応が起きがちであることに、著者は苛立ちを示している。これらの点は、今日の日本外交や日米関係に関する議論にも示唆を与え得るだろう。

Ⅳ.本書の史料的価値

   最後に、著者が冒頭に記したように「未来の歴史家たち」の「助けになる」かどうかという観点から、本書の史料としての性質を検討することによって、結びとしたい。
   本書は回顧録であるため、他の回顧録と同様に、著者の主観や場合によっては自己正当化の論理が反映されていることに関しては当然注意しなければならない。それに加え、本書は著者の離職直後、オバマ政権がなお継続している段階で記され、同政権のチェックを経て出版されていることは充分に考慮されるべきである。訳者のあとがきによれば、ホワイトハウスのチェックを受けたことによって、元の原稿から削除された箇所が多々あったと著者自身も語っていたそうである。また、本書を通読してみても、個別の事項に対する記述の濃淡は明確であるという印象を受ける。例えば、オバマ政権のアジア政策の決定に関して、著者は政権のスタッフたちとマスメディアとの間に対立軸を設定し、マスメディアが報じていることと政権内部での議論がいかに異なるかは詳細に論じているものの、政権内部での折衝や衝突についてはあまり多くを論じていない。また、本書の中核である中国との関係についても、胡錦濤政権との協調関係が詳細に説明される一方で、海洋進出をはじめとする中国の台頭に対するオバマ政権内部の認識や議論については、先述したように説明が不足しているように思える。
   他方で、このような時期に出版された本書には、今後出版されるオバマ大統領や他の側近による回顧録とは異なる価値を見いだすことも可能であろう。なぜなら、オバマ政権の外交政策やアジア政策に対する評価は未だ定まっておらず、中国の台頭に関してもその行く末は不透明である。そのため、本書においては多くの回顧録に見られるような他者の回想に対する反論、あるいはその後の経緯を踏まえた上で当時を振り返るような記述は比較的少ないと感じられる。また、本書はホワイトハウスのチェックを経て出版されたことから、後世の歴史家が本書を利用する場合には、当時のオバマ政権が何を機微な問題であると認識していたのかを示す史料にもなり得る。後世の歴史家は、これから出版される他者の回顧録と本書を照らし合わせることによって初めて、著者がオバマ政権において果たした役割や著者が記したアジア政策が政権内でどの程度共有されたものであったのかを相対的に理解できるであろう。また、歴史家たちは数十年後に公開される外交文書と本書を照らし合わせ、本書において強調されたことや、書かれなかったことを分析することによって、アジア・太平洋地域のパワー・バランスが変化しつつあった時期におけるアメリカのアジア政策をより正確に理解できるであろう。