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2018/3/30

【書評】『憲法と世論―戦後日本人は憲法とどう向き合ってきたのか』境家史郎著(筑摩選書、2017年)

 評者:小宮 一夫(駒澤大学文学部非常勤講師)

 

1 はじめに

   占領下の1947年5月3日に施行された日本国憲法は、講和独立後も改正されることなく70年の歴史を持っている。憲法学者の西修氏によれば、現行の成文憲法において日本国憲法は世界で14番目に古い歴史を有する(「各国憲法の制定年(~一九四〇年代)と改正の実際」『駒澤大学法学部研究紀要』69号、2011年)。

 戦後、憲法改正をめざす動きが幾度もあったにもかかわらず、日本で憲法改正が行われなかったのはなぜか。憲法学者の間では、国際的に見て日本国憲法の改正条件が殊更に厳しいという含意はない。憲法改正のハードルが高い先進国でも、アメリカやフランス、ドイツ(旧西ドイツ)などでは第二次大戦後、憲法改正が行われている。

 このように記すと、戦後の日本国民の大半が憲法改正を望まなかったからではないか、という理由が浮かぶかもしれない。しかし、田中明彦『安全保障』(読売新聞社、1995年)が記すとおり、1950年代の世論調査では改憲論(9条改正論)は根強いものがあり、時期によっては反対論を上まわっていた。

 その後、1990年代になると改憲論が増加し、改正反対論を上まわるようになった。これは、日本人が「右傾化」したことを意味するのであろうか。現在の国会では、衆議院・参議院で改憲支持勢力が三分の二を超えている。予断は許さないが、憲法改正は現実味を帯びている。しかし、政治学者からは、政治家と有権者の憲法改正に対する温度差が指摘されている。これは何ゆえであろうか。

 憲法改正を考えるうえで、国民が憲法とどのように向き合ってきたかを考えることは有意義である。この問題を考えるうえで、必読文献が登場した。それが本書である。

 

2 本書の構成と概要

 1945年から2016年に至るまで、有権者が日本国憲法とどのように向き合ってきたか。本書は世論調査を精査し、この問いを明らかにした。本書は戦後日本における憲法観の変遷をたどった戦後政治の「通史」でもある。

 

第1章 「世論」不在の憲法論争?

   本書の序章である第1章では、従来の改憲論争に対する厳しい批判がなされている。従来の議論の大半は、世論調査に対する極めて浅い「理解」のまま、ないし欠如したまま世論調査の「引用」を行った。その結果、戦後日本における憲法論争は「空中戦」に終始することになった。

 このような現状を克服するため、本書では、戦後70年の長期間にわたる憲法意識調査の結果を総攬することがうたわれる。そして、有権者の憲法問題に対する認識は、メディアの報道によって影響されるため、エリート間の憲法論争に着目する必要及び各時代の測定法に習熟する必要があることを提起する。

 

第2章 改憲優位の時代―占領期から「逆コース」の時代へ

   全国世論調査は、民意を把握する最新の技術として終戦後、積極的に行われるようになった。しかし、占領期の世論調査は技能的に不備が多かった。それゆえ、著者は1940年代後半の国民の「九条意識は不明である」と慎重な評価を下す。

 各種世論調査が明らかにするとおり、1950年代前半において改憲論、とりわけ9条改正論は、国民の間では大勢とまでは言えないものの、ごく一般的なものであった。また、1950年代全般において、日本国憲法の一般改正賛成派が9条改正派よりも少なかったという指摘は興味深い。

   しかし、50年代後半、自民党議員をはじめとするエリート層による改憲論議が下火になると、新聞各紙の改憲志向も下火になり、国民の間でも改憲の切実さが次第に薄れていった。

 

第3章 脱イデオロギー化する憲法問題―高度成長期から五五年体制の崩壊へ

   安保改定がなされた1960年代になると、自衛隊、日米安保体制を前提とし、それを法的に位置づけ、安定させるために9条を改正すべきだという憲法改正論が主流となった。1960~70年代の世論調査から読み取れるのは、象徴天皇制及び「軽武装主義、日米同盟路線」という戦後憲法体制に国民が「お墨付き」を与えたことである。これは、国民が憲法条文金科玉条のごとく神聖視するものではなく、憲法に対し柔軟な考えを持ち、解釈改憲を含む戦後憲法体制を肯定したことを意味した。

 1980年代になると、本来は改正論者である中曽根康弘が首相在任中は「憲法改正を政治日程にのせない」とする姿勢をとったため、自民党内の改憲運動は下火となった。

 転機となったのは、冷戦終結後の湾岸危機から湾岸戦争にかけてである。国際社会から人的貢献を求められた日本は、その後、難航の末、1992年6月にPKO協力法を成立させ、9月にはカンボジアにPKOを派遣する。こうした時代背景から、国際貢献を十分に果たすために9条を改正すべきだという議論が登場した。

   また、環境権などの「新しい人権」規定の導入や統治制度改革など改憲の論点が多様化し、社会で憲法見直しや憲法改正の声が広く見られるようになった。この点で重要なのが、読売新聞が憲法見直しのキャンペーンを展開し、94年には「憲法改正試案」を発表したことである。また、90年代の政界再編は、政界に憲法問題の「脱(保革)イデオロギー化」をもたらし、憲法問題をめぐる政党間の対立軸は安全保障問題から統治制度改革に移行した。

 こうしたこともあり、1992年後半になると、一般改正質問でも改憲賛成が優勢になる。こうして、改憲賛成派は膨張し、改憲志向の政治家を勢いづけた。

 

第4章 瓦解する「改憲派連合」―小泉改革から政権交代の時代へ

   1990年代に統治制度改革が進展したこともあり、2000年代に入ると統治制度改革論は下火になった。憲法改正の争点は統治制度改革から安全保障、とりわけ防衛政策に移行し、9条改正問題が再争点化したことにより、何らかの点において憲法改正に賛成する「改憲派連合」は瓦解していく。自衛隊を「自衛軍」/「国防軍」に改正することや集団的自衛権の部分的行使解禁に反対する有権者が憲法改正に消極姿勢を見せるようになったのである。ただし、自衛隊の存在を憲法に明記するといった9条改正論に対しては安定した支持があった点は興味深い。

   2009年と12年の政権交代は、有権者に投票による「世直し」実現という政治感覚をもたらした。その結果、社会から憲法改正による現状変革という気運が社会から消えていった。

 

第5章 誰がなぜ改憲に賛成したのか

 第5章では、第2~4章までの分析を踏まえ、「誰がどのような理由で改憲/護憲を望むようになったか」を具体的に明らかにする。1950年代では、中高年層の男性で農村部住民に改憲派が多く見られた。

   1970年前後になると、50年代と異なり、若年層に強い改憲志向が見られようになった。一般改正質問において30代前後に見られる強い改憲志向は、70年前後からの傾向のようである。ここで注目されるのは、自民党支持層では改憲志向が弱まったのに対し、社会党支持層の間では改憲志向が強まったことである。これは自衛権と自衛隊を憲法に明記することで、現状と憲法の不整合を解消しようとすることに他ならなかった。

 90年代の改憲論の特徴としては、「新党」支持層の改憲志向の強さが挙げられる。彼らは自衛隊の国際貢献のみならず、統治制度改革を強く志向した。こうした「改革積極」派は自民党や社会党といった「改革消極派」よりも改憲志向が強かったのである。

 2010年前後の特徴としては、小泉改革期以降、有権者の間では憲法問題が「体制改革フレーム」から「防衛政策フレーム」として捉える傾向が強まったことが挙げられる。

 

第6章 憲法意識の安定性と変化のしくみ

 第6章では、憲法改正に関するマクロレベルの世論は、時間の経過に対して安定的であると主張される。その要因として、有権者が憲法改正を抽象的な問題よりも、安全保障という具体的な問題として捉えていることが挙げられる。そして、政治的な知識や情報量の多い有権者ほど憲法意識に対するぶれが少なく、安定しているのである。そして、著者は「世論調査の集計結果には、有権者の集団的選考をみるうえで、十分に意味のある情報が含まれている」と結論づける。

 

第7章 憲法と世論のゆくえ

  終章の第7章では、本書の結論がまとめられている。戦後日本の憲法体制は新たな解釈を加えることで、憲法体制を変化させてきた。その結果、憲法体制は安定しているがゆえに、憲法典は不変であり続けた。戦後の日本では、政治家や政党、知識人といったエリート層の憲法論争が世論に影響を与えるなど、世論と密接に密接な関係にあった。

 そして、世論の解釈に有用な調査を行うためにも、「継続性」と「改正案となる条文を具体的に挙げてその賛否を問う」といった「具体性」の重要性を提起する。

 

3 論点と展望

 本書は戦後70年にわたって行われてきた各種世論調査を系統的に読み解き、日本人の憲法意識の変容と特質を明らかにした意義は大きい。

 9条と自衛権、自衛隊を憲法に明記する改憲には50年代から根強い支持があり、この考えは現在に至るまで安定していることを明らかにした点は興味深い。戦前のような「強い国家」に戻るための「後ろ向き」の改憲論ではなく、冷戦下、日本の平和と民主主義を守るための「前向き」の改憲論があったことは、これまでの研究では十分に注目されてこなかった。評者は、矢部貞治が「日本及びアジアの自由主義陣営の自由と民主主義を守るために」というロジックを用いて、再軍備や日米安保条約を正当化したことを指摘した(『改憲派』の再軍備論と『日米同盟論』、萩原稔・伊藤信哉編『近代日本の対外認識Ⅱ』彩流社、2017年)。こうした観点からの改憲論は、今後の日本政治史・外交史研究でもっと注意を払うべきであろう。

 90年代以降、改憲論が大きく増加した背景には、湾岸危機・戦争の経験のみならず、小沢一郎や読売新聞などが打ち出した統治機構改革の観点からの改憲論がこれとリンクしたことも大きい。しかし、90年代に統治機構改革が進展し、21世紀になって日本を取り巻く国際環境の悪化から、集団的自衛権の部分的行使といった「よりハード」な安全保障政策(「防衛政策フレーム」)が争点化されると、改正論が退潮していったという指摘が持つ意味は大きい。この指摘は、2015年の安保法制をめぐる論争が「非建設」的なものに終わった背景を理解するうえで重要である。

 1960年代頃までは、メディアの世論調査の技能が高くなく、世論調査を資料として用いる場合、慎重な対応が求められることは計量分析を行う社会学者や政治学者の間では常識となっている。しかし、歴史研究者は、こうしたかつての世論調査が抱えてきた方法上の問題(質問のありかた)にほとんど注意を払わず、自説を補強・展開するものとして安易に用いがちであったことは否めない。本書を読んだ政治史・外交史研究者は、世論調査に対する扱いが丁寧になり、分析の精度も上がるであろう。

 本書からは、憲法問題におけるメディアの議題設定機能の大きさが浮かび上がった。それゆえ、有権者はメディアの憲法問題に対する報道のみならず、世論調査のあり方にも関心を寄せることが、「合理的」な判断を下すうえで重要となろう。