タイプ
その他
日付
2007/11/28

第3弾「焼畑のカブ」(5/5)


4.人物ファイル


国井千寿子さん


満州のハルピン生まれ。小学校5年の時、帰国するも、引き上げの際に母や兄弟たちを失う。その後、父方の庄内の実家で育つ。本さえあればよかったという文学少女だった。
1955年からは、新潟県の商工会で、83人中、唯一の女性事務局長を務める。その時の経験から、地域は「コンサルタントに頼らず、自ら汗を流して、青年団、婦人会、農協、漁協、林業組合、そして役場が、口角泡を飛ばして議論すればなんとかかる」とその新しい未来像を摸索した経験が、今も心の支えになっている。
織り上がるまでに最低3ヶ月はかかる「しな織り」の帯やのれんを、1998年、国際交流で山熊田の加工グループ2人とともにフランスで開かれた日仏交流展で披露した。
この時、遠くふるさとを離れた面々が地元の文化の深さに気づき、「何かやりたい」という声があがった。この山熊田のお母さんたちの声を受け、国井さんは立ち上がった。5軒の家が百万円づつ出資し、商工会も援助して立ち上げたのが、山熊田の文化に一般人も触れることができる『生業の里』。ここを本拠地に企業組合を作り、焼畑のカブ、しな布の帯や鞄、灰汁まき、栃もちなどの製造と販売が始まった。
数年前に始まった「焼畑ツアー」を支え、盛り上げるのも、この『生業の里』で供される地元の女性たち(大滝栄子、大滝のぞみ、大滝ムツ子、大滝朝子)によるおいしい手料理である。彼女たちは、毎日、早朝から餅を作り、赤カブを漬け、本当によく働く。
また、この町には、手軽な宿泊施設『ヴィラ・フォレスト』も生まれた。
「若い人が山村に入るしくみとして、数年前、しな織りを継承しようと一年間の「織姫」制度を作ったら、埼玉県の女性が、役場の青年と結婚して、そのまま居着いてくれた。二人の子が、まるで孫のように買い物にもついてくるの」と、国井さんは嬉しそうだ。
この山熊田や雷など近隣の村にだけに残る「しな織り」は、2005年、国井さんたちの努力が実り、全国伝統工芸品に認定された。
国井さんは、暮らしも、文化もまったく違う海外を夫婦で旅行するのが趣味だが、山熊田の広報係を自認する彼女は、自宅のある村上市から、ほぼ毎日のように、愛妻家の旦那さんととに、ここへ通ってくる毎日である。

種を守る人 佐々木茂さん


山形県の新潟県との境にある『一霞温海かぶ生産組合』代表。山形大学で、在来野菜の研究に力を注いでいる江頭宏昌教授によれば、同大学の故青葉高氏による1976年の調査によって見つかった山形県の焼畑で守られていた12種もの在来カブのうち、今では焼畑の消滅とともに、高湯カブ、宮沢カブなど4種がなくなったという。(『東北学 第11号』より)
そんな中で、古くは、天明5年(1785年)、徳川将軍に献上したという記録も残されている温海カブは、330年もの歴史を誇る在来のカブ。原産は中央アジアで、シルクロードを経て、日本に伝わったと言われている。今では、特産品としてもよく知られるようになったその味を地元のたからとして守っていこうと、農家が、それぞれの家で、交配しやすい同じナタネ科のハクサイや大根などのない畑に赤カブを植え、種採りをしている。こうして、色のよいもの、丸くて平たい、さらに丸漬けにすれば、しっかり辛味がでる、という特徴を守り続けているのが、一霞地区である。
県こそ違うものの、新潟県の山熊田では、昔から「しな織り」文化といい、この焼畑の温海カブといい、山形県の山間部とのつながりが深く、雑穀やそばの輪作をやめて、カブに特化するようになってからは、この一霞から毎年、種を購入している。つまり、山熊田のおいしい赤カブの根っこを、この一霞の人々の種が支えている。
佐々木さんが生産まで、五人の組合員が支える『一霞温海かぶ生産組合』は、1984年、新農業構造改革事業の補助金をいかして、温海カブの加工所を作った。多い年には、70トン、平均すれば約40トンものカブを、地元の漬け物屋や旅館、個人などに出荷している。
「当時、同じ事業にのって加工所なんかを造ったけれど、畜産も、林業も、ほとんど倒産しましたけれど、おかげさまで、やっぱりおいしさというので生き残っているのは、ここだけです」と苦笑する佐々木さんだった。

『霞堂 温海かぶ漬け』購入先は、 
 山形県鶴岡市一霞宮の前130-1
 TEL:0235-43-3201
 FAX:0235-43-2802

5.焼畑マップ(地図参照



新潟県 山北町(山熊田・中継)
山形県 鶴岡市・米沢市・新庄市・尾花沢市
    鮭川村・大蔵村・戸沢村・金山村
    温海町・舟形町・大石田町
福島県 南会津郡 (旧館岩村)
福井県 福井市(旧美山町)
長野県 栄村(秋山郷)
島根県 奥出雲町(旧仁多町)
高知県 土佐郡(旧本川村)・仁淀川町(旧池川町)
宮崎県 椎葉村
(季刊・『東北学』11号参照・96年「全国焼畑サミット」資料参照)

取材・文:島村菜津
撮影:菊地和男