タイプ
その他
日付
2008/2/5

第8弾「在来大豆」(4/5)


4.人物紹介


『トージバ』の代表、渡邉尚さんと事務局の神澤則生さん


(右:渡邉氏、左:神澤氏)
渡邉さんは、東京都亀戸育ち。大手スポーツ用品メーカーに5年勤めた後、一度、熊本県天草の農家でもある陶芸家に師事。その後、再び勤めるが、名古屋の日本福祉大学の研究員として、都市と農村の交流事業を手がける。だが、かつて満員電車で職場に通い、「おかしくなりそうだった」経験から、福祉と言っても障害者より、むしろ、しんどい毎日を送る都市の健常者のために何かできないかと『トージバ』を始めた。「都会人にとって、地域のリアルな情報がわかり、日常、暮らしの中に道の駅のようなリアルな食が体験でき、その上、昔の湯治場のようにほっとできる場を、都会の金も土地もネットワークもない若者たちに提供できれば」と考えた。「近頃の日本は、生き方の多様性がなく奴隷化してしまっていると感じる。そんな中、農的要素を暮らしに入れると多様な生き方ができる。そして100人いたら100人の農とのかかわり方がある。新しい生き方を考えられるような場を作れたら」と始めた。

渡邉さんも昨年から、千葉県で『雑<ザッツ>農道場』を始める。妻の亜美さんは、エクアドルのフェアトレードなどを行う『スローウォーターカフェ』代表。
9.11事件の翌年『be in』で、デザイナーの神澤さんと出会う。神澤さんも、東京都調布生れ。当時、アトピーの長男を抱え、食生活の見直しをはかっていた神澤さん。まもなく子供は治り、食生活も改善されたが、「結局、自分たちだけがよくなっても変わらない」ことに気づき、渡邉さんの活動に共鳴。『トージバ』の活動に力強い助っ人となる。『大豆レボリューション』の活動は、純然たるボランティア、面白いから続けている。また、彼らは、月に一度の東京朝市『アースデイマーケット』の企画参加。都市住民と農家との出会いの場を作りあげた。会場には、天ぷら油のリサイクルや竹のテント、マイバックの促進、フェアトレードグッズの紹介など、エコ生活のヒントも満載、好評を博している。千葉県の斎藤さんの畑で出会った若者たちの中にも、この『アースデイマーケット』で活動を知って参加した人も多かった。現在『トージバ』会員は200人、4つの農家に会員を誘い、愛知県の『宮本農園』など農家が自ら会員を募集する提携農家とのつながりもある。だが、これ以上、活動を広げるのは、時間的にも物理的にも不可能。近頃は各地に同じような活動をしたいという人が増えてきたので、名古屋や京都辺りから『大豆レボリューション』のノウハウを伝授。全国に広がり、地大豆がつなぐ都市と農村の交流が盛んになる手助けを始めるという。
『トージバ』 http://www.toziba.net/


斎藤寶さん、ふみ子さん夫婦


 年に何度かだけ、都市からの一般人を募り、大豆を育てようという『トージバ』の活動は、忙しい農作業の合間に、都市の若者たちを受け入れてくれる、懐の広い農家や農村が必要不可欠である。築200年の重厚な母屋を持ち、33代も続く農家だったという斎藤家は、その理想系だったという。その斎藤さんは、大学を出て大手の印刷会社に2年勤めた経験もある。実家を継ぐことにした時、「せっかく農業をやるのなら、楽しい農業をやりたい」と心に決め、難しい有機農業に挑んだ。勤め人時代も労働運動に邁進し、農家になってからも、サミット中のブリュッセルに出かけ、家族経営の農家を守tろうという国際デモに参加。斎藤家に大勢の人が集まるようになったきっかけは、ボランティアのプロだった妻のふみ子さんが、斎藤家の味噌蔵を使って障害を持つ人たちとの味噌作りを始めたことだった。これは毎年の行事となり、その味噌は斎藤家で直売されている。そのふみ子さんたちが、たったの500円で出すバイキング形式の料理は、おいしく、目にも鮮やか。若者たちの多くは、これを楽しみに通ってくる。「楽しい農業をやりたいと願って、今もそれが実現できているのだから本望」だと斎藤さんは笑った。
『みやもと山』 http://miyamotoya.exblog.jp





大桃伸夫さん(45歳)


  
 東京都豊島区池袋生れ。国産大豆100パーセントの池袋の豆腐屋さん。北海道の高校で、5年間、物理の教鞭をとった後に帰郷。東京は池袋にある実家の豆腐屋を継ぐ。せっかくやるなら、本当にうまい豆腐を作りたいと、国産大豆に手を伸ばし、そのうち「今日は国産大豆ないの?」と訊ねる客に答えるのが面倒になり、国産大豆ばかりに変える。気がつけば、豆腐がおいしくなり、山下健さん会長の豆腐屋の会『遊心』を通じて、地大豆の奥深い世界を知ると、さらに感心を深める。2004年7月、災害時の食糧援助のため、岩手県一ノ関が豊島区の交流都市になっていることを知り、豊島区の住民として、何かお礼ができないかと、豆問屋の山口博さんや近所の豆腐屋たちを誘い、産地を訪れる。米どころとあって、最初はさほど乗り気でなかった先方も、3~4回通ううちに身を乗り出すようになり、20トン以上を生産、今では豊島区5つの豆腐屋が、「一ノ関の大豆スズカリの豆腐」を作っている。

その後、千葉県や茨城県の農家に、おいしい在来大豆を作ってくれるように頼んで歩き、2年前からは、客を誘って茨城の畑で大豆作りにも挑戦。会員には、昔からの『大桃豆腐』ファン、詩人アーサー・ビナートもいる。店の大型化にも、高級志向のおとり寄せにも感心がない。せいぜい毎朝、豆腐200丁の町の小さな豆腐屋が元気で、つられて町のいろんな個人店も元気になるのが理想系だという。中国大豆など味は悪くないが、大豆畑に通い始めて、また真剣に国産大豆を使わなければ、と肝に命じた。
『大桃豆腐』 http://www.ohmomo.com/



山口博さん(40歳)


豆問屋『山口物産』の二代目。数年前、一児の父親でもある山口さんは、国内で話題になっていた遺伝子組み換え大豆はどうしても扱いたくないと、大手商社に相談したが、相手はまるで関心を示さなかった。そこで、自らアメリカの生産者を探し,非組み換え大豆だけを扱う種屋と出会った。同世代の小さな種苗会社が、米の中・小農家と提携、希望通りに種から豆の選別まで一環、完全なトレーサビイティーを確立してくれた。

目下、山口さんは、北海道のJAS有機大豆を含めて、約15種の国産大豆を扱っており、その中には千葉県の小糸在来、茨城在来、山形の赤大豆、北海道の青鶴の子、茨城県の納豆に向く小粒の品種、地塚などがあるが、地方には、まだまだ由来の定かでない在来種がたくさんあり、種を更新しながら守ってきた試験所にも、面白い豆がたくさん眠っている。そうした地大豆への興味は尽きない。数年前からは『大桃豆腐』と、仲間の豆腐屋さんやお客さんを連れて、茨城県の畑で、大豆を育て、味噌作りまで始めた。まだ、地味で大変な雑草とりの日などは、気がつけば、主催者4人しかいないこともあるが、これからも続けていくという。会員は45人ほど。『大桃豆腐』とは、2004年7月、サイトで知った『大桃豆腐』に山口さんが、飛び込みで押しかけて行き、そのまま意気投合して、一ノ関の大豆スズカリを使った豆腐作りに取り組むことになって以来の仲。ほぼ毎週、顔を合わせている。また、山口家の弟、千太郎さんも負けてはおらず、アメリカ大豆農家で2年、『大桃豆腐』で2ヶ月修業し、家業を手伝っている。
『山口物産』 http://www.daizu.co.jp/