タイプ
その他
日付
2008/2/19

第9弾「麹」(1/5)


「食のたからもの取材レポート」第9弾は「麹(こうじ)」のレポートをお届けします。身近すぎて、その恩恵に気づかぬ迂闊さというものは、日常生活の中では多々あるものですが、発酵文化および麹から受ける日々の食の惠みも、まさに、見落とされているもののひとつといえます。日本の食文化の根幹を支える「麹」と、それを守る人々を、フリーライターの藤田千恵子氏が取材しました。


――――― <目次> ――――――
1.どうしてたからものなのか
2.どこに残っているのか
3.どうやって作られているのか
4.どこで味わい、買うことができるのか/5.種麹屋マップ

6.人物ファイル

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■English Version→  Koji, an Aspergillus


1.どうしてたからものなのか


味噌、醤油、酢、みりん。伝統的な醸造技術によって醸されてきた調味料、そして、野菜や魚を漬け置いた保存食の数々は、日本の食文化の根幹をなすものである。それらの成り立ちに共通するのは、どれも微生物たちの働きによる「発酵」という過程を経たものであるということ。そして、その「発酵」に大きく関与しているのが「麹」という存在だ。

この麹なくしては、日本の食卓は、成り立たない。これは、決して大仰な物言いではないだろう。朝餉夕餉の味噌汁、食卓に乗らぬ日はない醤油、晩酌の日本酒などなど、私たち日本人が何代にもわたって口にしてきたものの多くは、発酵食品であるのだから。麹味噌、麹漬けといった呼び名にも象徴されるように、それらの発酵食品・調味料の醸造には、良質の麹が不可欠だ。私たちが発酵食品の「旨み」として感じる味わいは、麹が媒介となって引き出されたものなのである。

たとえば、米を原料とした日本酒であれば、麹菌の働きによって糖化した米=米麹を清酒酵母が栄養源として発酵を進めていくことでアルコールが生成され、同時に甘・酸・辛・苦・渋の五味と芳香とが醸し出される。

味噌や醤油であれば、米麹あるいは麦麹を用いることによって、原料大豆のたんぱく質が発酵を経て分解され、アミノ酸の旨みへと変化する。

発酵の利点は、その食材をより美味に、栄養価が増すように変化させ、なおかつ腐敗から守ることにある。微生物の働きを駆使したこの発酵の技術こそが長く日本人が得意としてきた独自の食品製造・保存術であり、その要となるのが、米、麦、豆、さまざまな形状の「麹」なのだ。

だが、その麹を用いた発酵調味料・発酵食品を取り巻く状況は、今や「悪貨が良貨を駆逐」しかねない事態に陥っている。発酵技術とは、食品・飲料の製造・保存を目的とするものではあるが、そこに至るまでには、微生物たちの生育環境を整える、つまりは命ある「生き物の世話」といった仕事が必要であり、そこには、細心の注意と共に、手間と時間を惜しまぬ作業が求められることになる。

しかし、昭和三十年代の高度成長期以降に、日本の食品製造業に携わる企業の多くが手放したのが、まさにこの「手間と時間」であったのだ。人の手で仕込み、発酵を見守り、熟成を待つ。そんな醸造技術に取って変わったのが、早く、安く、大量に、という生産を目的とした機械化による速醸法である。速醸法による味噌、醤油、酢、清酒等の大量生産と流通経路の拡大は、醸造業界においてもナショナルブランドを誕生させ、「いつでもどこでも誰でも買える」手頃な価格の調味料や酒を登場させたが、天然醸造による発酵食品の奥深い滋味と栄養は、価格と引換えに失われることとなった。
それは企業側のみならず、消費者側の意識の変化をも含んだ相身互いの問題ではある。食品産業のナショナルブランド化が進んだ時代に、「手間と時間」が惜しまれるようになったのは、一般家庭においても同様の事態であったからだ。

むろん、家事労働の簡略化が進んだのは、喜ばしいことであったが、食の分野においてまで手間と時間が省かれ続けた結果、自炊生活からの離反、外食産業への過度な依存、化学調味料の頻用による日本人の味覚の変化など、複合的な理由によって、現在の日本の家庭料理、郷土料理には大きな変化が起こっている。長寿国日本を支えてきた、発酵食品の常食という食習慣は、崩壊の危機に瀕しているのである。

「手前味噌」「味噌買う家は蔵建たず」という言葉があることからもわかるように、味噌は、かつて(昭和四十年代以前)は各家庭で仕込まれるものだったし、甘酒、漬け物といった麹を用いての調理もごく普通に行われていた。だが、それらが「作るもの」から「買うもの」に移行してからは、「麹」の必要性は、一般家庭からは徐々に消えつつある。

さらには、日本酒の消費低迷に悩む酒蔵の蔵元達、大手ナショナルブランドの低価格攻勢と闘う中小規模の味噌蔵、醤油蔵など、麹に携わる人たちが経営上の苦境に立たされているケースは少なくない。日本の食文化を支えてきた場所であるにも関わらず、「蔵」と名のつく場所は、今や減少の一途を辿っているのだ。

身近すぎて、その恩恵に気づかぬ迂闊さというものは、日常生活の中では多々あるものだが、発酵文化および麹から受ける日々の食の恵みも、まさに、見落とされているもののひとつだろう。自分達の身体が何によって養われてきたのか、ということに改めて目を向けてみれば、麹から与えられているものの豊かさに驚かされるのではないだろうか。

さて、自分で作るにしろ、買うにしろ、大切なのは、良質の麹およびそれを用いた食品・飲料群と出会うことだ。それが、直接的にも、間接的にも、麹菌という日本の大切な国菌(2004年に、一島英治・東北大学名誉教授が日本醸造協会誌において「麹菌は国菌である」と提唱。2006年には、日本醸造学会大会で麹菌は国菌に認定された)および、それに携わる人々を守ることになる。そのためにも、「麹」とは何か、どのようにして作られ、保持されてきたのかということを知って頂きたく、取材を進めた次第である。