タイプ
その他
日付
2008/2/19

第9弾「麹」(3/5)


3.どうやって作られているのか


「石黒種麹店」現当主の石黒八郎さんは、昭和25年生まれの57歳。大学卒業後、一度は食品添加物を扱う会社に就職をしたが、五年の勤務の後に退職。添加物の何たるかを学んだ後に生家に戻り、家業である種麹店を継いだ。さまざまな添加物のメリットデメリットを知っているがゆえに、自分が手がける商品においては、添加物を一切使用しない商品造りに徹しているという人である。

石黒さんは、種麹造り、米麹造り、そして自家製の米麹を使用しての味噌造り、甘酒造りの四つの仕事に携わっている。

そのうち、種麹の製造法は、「先祖代々伝わってきた一子相伝の技術でして、家業を継ぐ者にしか教えられないものなんですよ」ということで、これは石黒家のみならず、種麹を扱う業者は皆、同様のことを口にされている。「種麹」の製造と保菌についての情報は、従業員にすら口外はしないというトップシークレットなのだ。

ゆえにここでは、一般的な知識としての種麹の製造法についてのみ記述させていただく。

前述の『日本の酒』には、 と記されている。

つまり、種麹屋の仕事は、自然界に存在するさまざまなものの力をバランスよく借りながら、麹菌の生命力を守り、その性質を見極めて、特性に応じて使用していく、ということになるのだろう。ちなみに、種麹造りの際に使用される灰は、椿の葉を燃やしたものが最上のものとされている。

石黒種麹店で扱う種麹は、白色の「甘露もやし」、淡い黄緑色の「白麹専用」、「柳印」と呼ばれる青麹の3種類に大別される。

これらの種麹の個性は三種三様。白色の麹は、甘酒や麹の風味を生かした淡色系の味噌造りに向き、一番色の濃い青麹は、赤味噌・豆味噌造りの際に用いられる等、種麹の色の濃さと正比例して、醸し出される風味も強くなっていくという。

これらの種麹を用いての米麹造りは、約三日間をかけて行われる。
その手順としては、
(1)一晩浸積した原料米を40分間甑で蒸し、
(2)蒸し上がった米を適温まで冷ましたら、麹菌が繁殖しやすいよう米にキズをつけ、種麹を振りかけて麹室(こうじむろ)に運びいれる。
蒸し米を冷ます放冷の作業が必要となるのは、45度以上の高温のうちに振りかけるのでは、麹菌が死滅してしまうからだ。

前述したとおり、種麹は用途によって使い分けられていくが、興味深いのは、麹造りの際には、その蒸し米の温度によっても、麹菌の働きが変わってくるということだ。

麹菌が造るもっとも代表的な酵素は、穀物のデンプン質をブドウ糖に変えるデンプン分解酵素のアミラーゼ。米麹を用いた甘酒の甘みは、アミラーゼの糖化の働きによってもたらされたものだ。このアミラーゼが一番活動しやすいのは、35度~40度という温度帯。なので、糖化のための麹造りであれば、この温度帯で品温管理をする。 

それに対し、たんぱく質を分解してアミノ酸に変え、味噌や醤油の旨みを醸し出すたんぱく質分解酵素のプロテアーゼは、30度~35度が活動の適温なので、この温度帯で品御管理をする。石黒さんは、麹菌の選別のほか、この温度の差によって、甘酒用、味噌用の米麹を造り分けていくのである。

さて、手順の(3)。振りかけた麹菌が均一にいきわたるように、蒸し米の塊を丁寧にほぐす「床揉み」という作業を行う。その後、小山のような形に蒸し米を集めて、冷めないように布で包んでおく。

(4)約十時間~十二時間が経過、蒸し米に入り混んだ麹菌の繁殖が進むにつれ、米を寄せ集めた塊に温度湿度の差異が生じ始める。その差異をなくすように、小山を崩して、手で丁寧に混ぜ合わせる「切り返し」の作業を行い、それが済んだら、再び元の小山に戻し、布で包んで保温しておく。

(5)切り返しから、さらに数時間が経過した時点で、麹菌が順調に菌糸を延ばしていくと、米の表面には、白い斑点のようなものがあらわれる。これを「破精(はぜ)」と呼び、麹の繁殖がどこまで進んだかの目安にする。麹菌の繁殖が進むにつれて、米の温度も上昇してくるので、切り返しから約十時間が経過した時点で、麹蓋と呼ばれる小さな箱に麹を少量ずつ移す。この作業を「盛り」と呼ぶ。

(6)さらに5時間後、発酵中に発生する炭酸ガスをぬくための「手入れ」を行う。

(7)保湿のため、それから麹が呼吸しやすいように、この麹蓋の上には昔ながらの藁を被せる。この麹蓋を8段に分かれた棚に積んでいく。


※石黒種麹店で使用されている麹蓋は、現在では、およそ見かけることのなくなった、曲げわっぱ型の麹蓋である。今では、この麹蓋を作ることのできる職人さんもいないため、メンテナンスも大変だ。

?麹蓋の置き場所によって、温度湿度の差が生じないように、四、五時間おき(深夜の12時、早朝の4時)に棚に置いた麹蓋の積み替え作業を行う。
?全行程、約二昼夜を経て、麹の完成。麹菌が菌糸をぐんぐんと延ばして順調に繁殖した麹は、白いビロードのようにふわふわとしていて、美しい。まさに、米の花と書く「糀」の名がふさわしい仕上がりだ。


…と、ここまででも、だいぶ簡略して書いたのであるが、これが麹造りのワンクールである。初冬から春にかけての数ヶ月、石黒さんは、この麹造りを日夜繰り返しているのである。

この石黒種麹店の米麹は、当然のことながら、自店の甘酒作り、味噌作りに用いられるわけだが、それだけでなく、全国各地の各家庭の味噌の仕込に、さらには、味噌加工場、かぶら寿司屋といった業者さん達の「原材料」として使用されることになるのだから、発酵の要を担うものとしては、責任重大である。

「この地方の人たちは、皆さん、かぶら寿司作りに命賭けてますからねえ(笑)。こちらも命賭けて麹を作らないと」

そんな「かぶら寿司に命を賭けてる」方を教えて下さい、と御願いしたところ、ご紹介いただけたのが米田数彦さん。「ヨネダ」ブランドのかぶら寿司を製造しておられる米田さんの家と石黒種麹店とのおつきあいは、双方のお父さんの時代も含めると四十年にもなるという。
かぶら寿司の原料であるかぶらは、連作ができず、栽培自体が難しい上に、加工用のものとなると品種も限定されるため、安定供給を得にくい農作物であるそうだが、米田さんは約十軒の契約農家さんから、漬け込みに適した性質の大かぶらを入手し、12月のみの限定でブリトロを使ったかぶら寿司を販売しているという。

かぶらの中にブリを挟み込み、米麹に十日前後漬け込むかぶら寿司は、魚の生臭みを麹が取るばかりでなく、魚のたんぱく質がアミノ酸の旨みに変わり、かぶらの乳酸発酵も進んで、発酵プラス発酵の旨みの相乗効果が得られる保存食である。かぶらを覆う米麹1グラム中には、なんと五億個の乳酸菌が生息しているのだそうだ。

動物性の、しかも、脂の乗り切ったブリトロの旨みを引き出すには、強い発酵力が必要となるため、米麹の出来が味を大きく左右することになる。かぶら寿司を作る側にしてみたら、どんな麹屋さんとつきあうかということが、店の死活問題となるわけだ。石黒さんの「命賭けて作らないと」という言葉は、
この責任の上に発されたものだろう。


長時間にわたる取材の途中で、石黒さんの奥様が、甘酒を出してくださった。むろん、石黒さんが作った米麹を使用したものだ。甘酒には、こしひかりの米麹と、もち米の王様と呼ばれる新大正糯という名前のもち米が使用されているのだそうだ。ほの温かい甘酒は、砂糖の強い甘みとは異なる、爽やかで柔らかな甘みがある。これが麹によってデンプンが糖化した天然のブドウ糖の甘みなのだ。

小泉武夫教授によれば、この甘酒は、「飲む点滴」と言っていいほどに疲労回復にも即効性があるという。舌にも身体にも優しいこの飲み物は、健康体の人間よりもさらに切実に食と関わらざるをえない病人やお年寄りにとっても、なによりの栄養源になるだろう。

遠方から取り寄せる珍奇な果物やサプリメントではなく、自分達の足下に、天然由来のブドウ糖、必須アミノ酸、ビタミンを造り出す麹という素晴らしいたからものが存在していることを、ぜひ、知っていただきたいと思う。