タイプ
その他
日付
2008/3/5

第10弾「大根」(1/5)


「食のたからもの取材レポート」第10弾は、江戸期に地大根として定着した「東京近郊の大根」のレポートをお届けします。地中海・黒海沿岸地方原産とされる大根は、中国を経て1300年以上前に日本に渡来。その後、自然交雑を繰り返し、それぞれの風土のなかで育種され、多彩な形状や性質をもった100種類以上もの在来品種が生まれました。世界で類を見ないほど日本で多様化した大根ですが、現在では生産量の約9割を青首大根が占め、在来品種は失われつつあります。世界有数の都市、江戸の消費を支え、飢饉を幾度も救ってきた「東京近郊の大根」を今も守り続ける練馬、亀戸、三浦の3つの産地を、フリーライターの福田素子氏が取材しました。




――――――――――― <目次> ――――――――――――
1.なぜ、たからものなのか
2.どこに残っているのか
3.どうやって作られているのか
4.どこで味わい、買うことができるのか/5.全国の主な地大根マップ

6.人物ファイル

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■English Version→  Japanese Radish

1.なぜ、たからものなのか


■風土が育み文化を生んだ地大根

日本で作付け面積・生産量ともに一番多い野菜とは──。長い間にわたって、ナンバーワンの座を独占してきたのは大根だ。馬鈴薯にその地位を譲った今も、第2位を守り続けている(「野菜生産出荷統計」2006年データ)。また、世界の大根生産量および消費量の約9割を占めるのは日本。大根にまつわる信仰や民話、伝承も、ほかの野菜に比べると圧倒的に多い。日本は大根の国、といっても過言ではないほどだ。

大根は私たち日本人にとって、古くからもっとも身近な野菜だ。だからこそ逆に、その存在に特別な関心をもつ人は少ないのではないだろうか。全国どこの野菜売り場でも、同じ形と色をした青首大根が並ぶ現代ではなおさらだ。しかし、つい数十年前までは、土地それぞれの個性にあふれた地大根が顔をそろえていた。

そもそも大根の原産地は、地中海沿岸から黒海一帯とされる。ピラミッドの壁画にも大根が描かれているから、5000年以上前のことだ。中国を経て、日本に渡来したのは8世紀初頭。『日本書紀』の仁徳紀に「おおね」という名が登場している。

大根は、キャベツなどのアブラナ科と同様、もともとほかの品種と交配しやすい。近親交配を嫌ってほかとの交配を優先する「自家不和合性」をもち、自然に新しい形質をもったものが生まれる特性がある。これに長い時間と手間をかけた人為的な改良が加わって、土地それぞれの風土に適した在来品種が数多く誕生した。重さ15~20?の桜島大根から、長さ150?の守口大根まで、これほど多様な品種が見られるのは日本だけ。大根は、日本で花開くために、東へ東へと旅を続けたといってもいいだろう。

鎌倉時代に稲とともに広く栽培されはじめ、室町時代には名産地が出てくるが、大根が全国に広く伝播するのは江戸時代だ。参勤交代や旅人、商人の手によって優良品種が各地へ。土地それぞれに合った地大根が生まれ、日本人の食事には欠かせないものとなった。

世界有数の大都市だった江戸の近郊には畑地が広がり、江戸に住む人々や家畜の糞尿などを堆肥とする循環型農業によって、大根が盛んに栽培されたという。幾度も襲った大飢饉から民衆を救ったのも大根。その救荒作物を、江戸っ子たちはさまざまな工夫を凝らし料理していた。

江戸大根の代表といえば、なんといっても練馬大根だ。繊維質が多い練馬大根は、沢庵漬けにぴったり。沢庵漬けの歯切れのよさは江戸っ子に大いに好まれ、職人や労働者の汗の塩分補給として欠かせなかったという。

亀戸大根も有名な江戸大根のひとつだ。文久年間(1861~64)に亀戸周辺で栽培され、肉質が密で根も葉も漬物にしておいしいことから、早春の青物として江戸っ子たちに喜ばれてきた。

神奈川県の三浦半島でも、古くから大根栽培が盛んで、天保12年(1841)の文献にも記録が残っている。後にブランド品として君臨する三浦大根は、練馬大根を片親にもち、長い間三浦半島で作られていた高円坊や中膨と自然交配して生まれたものだ。

いずれも地大根として、昭和半ば~後半までは盛んに栽培され、豊かな食文化を形成してきた。しかし、病気・災害の発生や都市化に伴う農地の減少、収穫作業の大変さ、消費者側の食生活の変化や核家族化などから、栽培は衰退、生産量も激減の一途をたどる。

代わって台頭したのが、F1種の青首大根だ。耐病性が高く、地上部に出た部分が長いため収穫作業も容易。形状は一定で早太りし、甘味が強く、繊維質がほどほどで柔らかい。つまり、大量生産に向き、流通にも都合がいい大きさ・形で、食味も優れている。現代の大根に求められている特性を兼ね備えているのが青首大根だった、というわけだ。

現在、全国の大根生産量の約9割を青首大根が占める。日本各地で100以上を数える多彩な在来品種を目にする機会は、今ではほとんどなくなってしまった。練馬で採れる大根が「練馬大根」、三浦で採れる大根が「三浦大根」……。そう思っている人は少なくないはずだ。そのほとんどが、実際は青首大根であるにもかかわらず。

本来の適作によって古くから栽培され、地域の代名詞ともなってきた地大根を、歴史のなかに埋もれさせるわけにはいかない──。練馬大根、亀戸大根、三浦大根。これら地大根を継承すべく、区や農協、生産者らが栽培に取り組んでいる。青首大根が席巻するなかにあって、表情豊かな地大根がその命をリレーしている。