タイプ
その他
日付
2008/3/5

第10弾「大根」(3/5)


3.どうやって作られているのか



元祖練馬大根を蘇らせる取り組みも


平成19年に練馬区で開催された第1回「練馬大根引っこ抜き競技大会」。参加者の悪戦苦闘ぶりはテレビなどでも取り上げられ、大いに盛り上がった。「必ずストレッチしてから始めてください。そうしないと腰を痛めます」という事前の説明もあったというが、何しろ練馬大根は根身60~70?、大きいものでは1mと長い。私たちが食用とする部分は主根だが、そこには細い毛根が無数にあり、抜かれてなるものかと踏ん張る。こうした特性が、農地の減少や消費者のニーズの変化、連作障害などとともに、練馬大根が栽培されなくなった理由でもある。

平成19年12月11日、練馬大根生産者・白石好孝さんの畑を訪れると、その一画にすだれのように紐でくくられた練馬大根が干してあった。かつては、晩秋の練馬の農家ではどこでも見られた光景だ。

練馬大根は、今もそのほとんどが沢庵漬けとなる。8月下旬から9月上旬に種を播き、収穫は11月下旬から12月上旬。沢庵漬けにする大根は、泥をきれいに落とし、乾燥しやすくするためにサメ皮などを使って表面の皮を剥く。この後、天候を見ながら寒風にさらして10日間から2週間天日干しに。水分を抜いた大根は、漬物屋へと運ばれる。

  


「練馬大根の沢庵漬けは、本来は米ぬかと塩だけ。最低1カ月は漬け込んで、1月の中旬から下旬ぐらいから食べ始めます。昔は、その時期にはほとんどの野菜が採れなくなってしまうので、沢庵漬けを春先まで食べていたんですね。早く食べるものは塩を少なく、春まで食べるものは腐らないように塩を多めに入れていたんです」
と白石さん。現在練馬で作られている沢庵漬けの多くは、毎年1月中旬に西武百貨店池袋本店で開催される「ねりま漬物物産展」に並ぶ。今年で第20回を迎えた物産展の看板商品となっているのが、“幻”の練馬大根沢庵漬けだ。

白石さんは、区からの委託で練馬大根を生産する一方、5年前から元祖練馬大根の栽培も試みていた。現在、復活を遂げた練馬大根は、種苗会社が交配した練馬大根である。より元祖に近いものを……。その取り組みは、受け継がれてきた種から始まった。

練馬大根の種を代々守ってきたのは、生産者のひとりである橋本登さんだ。収穫せずに畑に残しておいた大根は、初夏に花を咲かせやがて種をつける。こうした自家採種は、かつてはどこの農家でも行われていた。やがて練馬大根の衰退とともに種も姿を消すが、鈴木家だけは江戸時代から連綿と継承してきた。練馬大根がすでに失われつつあった昭和40年代、管理ミスから種を切らしてしまったことも。しかし、板橋の青果市場で出会った人が昔からの練馬大根の種をもっていると分けてくれたため、命の灯火を絶やさずにすんだという。その種を、白石さんが受け継いだ。

「収穫のとき、原型に近いものをピックアップする。それをほかと受粉しないところに隔離して植え、花を咲かせ、その種からつくった大根をまたピックアップしていく。戻し交配というんですが、元祖練馬大根の形状に近い古い品種に戻すということをやっているんです。遺伝子レベルまでは追いかけられないけれど、元祖の写真を見たり、おじいちゃんから話を聞いたり、農業技術センターの方に来ていただいたりして、形質的に近いものに戻しています」

過去への扉を開け、練馬大根が再び真の姿で蘇る日は、そう遠くないかもしれない。


よしずを使った昔ながらの栽培法


その畑は、葛飾区高砂の住宅街、JRの貨物線と中川の河川敷に挟まれた一画にあった。昭和36年、中川放水路建設のため、農地の80%を手放したというが、鈴木藤一さんは60年以上にわたり、ここ高砂で亀戸大根を作り続けている。

種は代々自家採種で、収穫の際に100本に1本程度を選り出し、再び植える。亀戸から高砂に産地が移った100年ほどに変異した、軸が白くてやわらかい株を継承するため、網をかけてチョウによる交配を防ぐなど、採種用に選別した大根の管理には最新の注意を払う。ほかのアブラナ科と交配すると、緑色の軸に戻ってしまうからだ。

受け継いでいるのは、種だけではない。鈴木さんのこだわりは、よしずを使った昔ながらの栽培方法にもある。亀戸大根は、秋に種を播いて100日程度で収穫する。旬は彼岸から4月まで。秋大根の青首大根とは違い、冬を越さなければならない冬大根だ。

「ハウス栽培では、味が落ちてしまう。その点、よしずは、ちょうどいい暑さ、寒さになるんですよ」
そのよしずも、鈴木さんの手作り。ただ、在庫はまだあるものの、河原がどんどん整備され、よしずの材料となる芦が今ではもう手に入らない。

「亀戸大根は小さいけれど、青首大根のように地上に出ていないので、抜くのには労力がかかります。葉も商品だから気を使うし、洗って束ねる作業もある。手間がかかって採算が合わないのですが、亀戸大根を守れればいいなという気持ちでやっています」

最近、地名を冠した亀戸では、この伝統野菜を守ろうという気運が高まっている。平成12年からは、地元の小学校などで栽培された亀戸大根を亀戸香取神社に奉納する福分け祭が催されるようになった。季節には、JR亀戸駅に植えられた亀戸大根の花を、ホームからも眺めることができる。


「食べる」ことを見据えた農業経営

年の瀬も押し迫った12月22日、三浦半島に広がる吉田和子さんの畑を訪れた。畑の多くは青首大根で、その一画に三浦大根が育っている。じっくり観察すれば、素人目にも青首大根と三浦大根の違いは葉からして歴然だ。

  


「三浦大根は葉が広がるから、収穫率が悪いんです。同じ面積で青首大根が1万本出来たとすると、三浦大根は6000本というところです。それに三浦大根は、どこでも作れるというわけではないんですね。私の畑でも作れるところと作れないところがあって、昔は三浦大根に向かないところでは、キャベツやカリフラワーなどを作っていました」

さらに、収穫の重労力抜きには、三浦大根は語れない。長さは50~60?、直径12~15?、重さは3~4?にも達する。試しにと抜かせてもらったが、青首大根が片手で楽に抜けるのに対し、コツとかなりの時間が必要だった。

それでも、吉田さんのような農家では、長い間地大根として愛されてきた三浦大根にこだわりをもち続けている。

三浦大根の旬は、12月上旬から2月ぐらいにかけて。市場出荷は12月24~26日の3日間だけだが、この時期にはどの直売所にも三浦大根が並び、大根目当てに横浜や東京から人々がやって来る。

三浦大根の魅力は、なんといってもその緻密な肉質にある。なますとして食すほか、ことこと煮込んでも煮崩れしないため、煮物にも最適だ。

   


平成5年、国土庁主催の食のアメニティー活動コンテストに吉田さんが応募した「三浦ダイコンフルコース」は、国土庁長官賞を受賞した。メニューに並ぶのは、伝統の味から、牛乳で大根を煮込みホワイトソースと組み合わせた一品、デザートまで三浦大根の持ち味を徹底的に追求したものばかり。三浦大根栽培の灯を消したくないという吉田さんの熱い思いとともに、生産者ならではのアイディアと工夫が大いに評価された。吉田さんは、講習会や講演会などで、三浦大根消費拡大のPRに努めている。栽培の先にある「食べる」ということを、農業経営のなかにしっかり見据えているのだ。