タイプ
その他
日付
2008/4/9

第12弾「雪菜」(3/5)


3.どんなところに残っているのか


雪菜を、豪雪地帯の冬の野菜として積極的に奨励したのが、名君として知られる米沢藩の上杉鷹山公(1751~1822年)だったという。冬になれば、これといった野菜を口にすることもできない地域で、雪の下でも育つ強い生命力を持った雪菜は、農家の貴重な栄養源として広がっていった。雪菜を、豪雪地帯の冬の野菜として積極的に奨励したのが、名君として知られる米沢藩の上杉鷹山公(1751~1822年)だったという。冬になれば、これといった野菜を口にすることもできない地域で、雪の下でも育つ強い生命力を持った雪菜は、農家の貴重な栄養源として広がっていった。

 


現在も残されているのは、なだらかな斜平山のふもと、上長井地区というごく限られた地域である。150戸のうち、約100戸が自給的に栽培し、「米沢市上長井雪菜生産組合」(佐藤了組合長)の11戸の農家が、年に合計で8~10トンほどを出荷している。このうち、ふすべ漬けの加工まで手がけるのは、3軒のみ。

雪の多い米沢の中でも、この辺りは、山を控えた地形のせいで、雪が積もりやすい地域として知られている。しかし、雪菜の栽培に理想的な雪は、70cm~1mほどで、たまに150センチを越えることもあるが、ほどほどに積もるというのも条件がそろっている。雪の中は、雪菜の呼吸によって温度が保たれ、古葉の栄養を吸って新たな芽が伸びる。吉田さんは、これを「雪菜は、暖かい雪の蒲団に包まれてうまくなる」と表現する。だた昨今は、異常気象で雪の降り方も不安定になった。雪が多すぎれば、収穫がひと苦労だし、降らなければ、腐ってしまうこともある。


 


また、土壌も、アブラナ科の栽培に適した小石混じりの粘土質である。そんな土壌の畑で秋植替え作業をするのは、靴が重たくなって大変だが、火山灰土などでは雪菜はまったく育たないそうだ。

私たちが、カブの根と呼ぶ部分は、正確には胚軸と呼ばれ、根は先に伸びた細い部分だけだが、その胚軸を中心に食べるのではなく、むしろ、カブのトウ立ちしたものを栽培の目的とし、これを漬け物にする文化は、長野県の野沢菜など各地に見られる。

しかし、味わいはまったく異なり、雪菜には、きわめて固有の風味と食感がある。グローバル化によって、世界中に同じような味や野菜が溢れる中、こうした味わいは、ますます貴重な在来野菜の価値であろう。

地元では、雪菜は、主にふすべ漬けとして食される。ふすべ漬けはまた、打ち豆との相性がよく、シイタケ、数の子を合わせたお正月の郷土料理、「冷や汁」には欠かせないものである。しかし、吉田さんが、イタリア料理店『アル・ケッチャーノ』の奥田政行シェフから伝授された「生の雪菜と豚肉のしゃぶしゃぶ」も目の覚めるようなおいしさだった。雪菜をさっと湯に潜らせ、ポリ袋などで密閉してやると、辛味が出て、その食感のよさとともにナッツ系の芳ばしさが際立つ。豚肉との相性も抜群だった。今後は、こうした生菜としてのおいしさも注目されていくことだろう。