タイプ
その他
日付
2008/5/7

第14弾「わさび」(1/5)


「食のたからもの取材レポート」第14弾は、わさびをお届けします。日本食に欠かせない薬味であり、香りと清涼感をもたらすわさび。約400年の歴史を持ち、栽培にはよい水に恵まれた環境や傾斜地に石積みの棚田を維持する高い技術を必要とします。しかし現在、輸入品や加工品におされ生わさびの需要が減っていることや、高齢化などの問題から、わさび農家は減少しています。島村菜津研究員が静岡市の有東木で現地調査を行いました。








――――――――――― <目次> ――――――――――――
1.なぜ、たからものなのか
2.どうやって作られるのか
3.どんなところに残っているのか
4.どこで味わい、買うことができるのか/5.マップ情報

6.人物ファイル
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■English Version→  Wasabi


1.なぜ、たからものなのか


棚田のあるわさびのふるさと 有東木(うとうぎ)・安倍



世界に類を見ないほど日本で多様な品種を生み出した大根やカブ、菜っ葉といったアブラナ科の作物も、それらはすべて長い歴史の中で大陸からもたらされ、その後、各地の風土に合った品種が続々と生まれ、日本の食文化を豊かにしていった食材たちである。


 



しかし、日本で太古から自生していた原種と呼ばれる食材は、ごくわずかで、セリやミツバ、イタドリなどとともに、その代表格と言えるのが、わさびである。寒さに強いアブラナ科の食物であるわさびは、中国、サハリンなどでも自生していたと思われ、学名を(Wasabia japonica Matsumura)という。よく英語では、ジャパニーズ・ホースラディッシュなどと訳されるが、実際には、ホースラディッシュ(日本でも西洋わさびと言われる)とはまったく異なる日本固有の植物なのだという。

各地の遺跡の発掘調査から、もともと山の渓流の近くに自生する根の小さな沢わさびを、先祖は、縄文の頃から、その寄生虫や菌を殺してくれる薬効に気づき、薬として食していたことがわかってきた。また『ワサビのすべて』(学会出版センター)によれば、2001年、奈良県明日香村の遺跡から薬草園の存在を仄めかす7世紀後半の木簡が発見され、そこに「委佐脾(わさび)」の文字があったという。


栽培発祥の地については、今も意見が分かれるところだが、静岡県の安倍川上流の山村、有東木だとされている。慶長年間(1596年~1615年)、村人が、わさび山と呼ばれた有東木川の源流近くに自生するわさびを持ち帰り、村の井戸頭という湧水地に植え替えておいたところ、思った通り、根茎が大きく成長していた。そこで村人がこぞって栽培を試みたという。今も有東木には、最初の小さな栽培発祥の田が保存されている。1607年、駿府城に入城した徳川家康に有東木のわさびを献上したところ、その葉が徳川家の家紋である葵家紋が葵に似ていたこともあり、珍重されたという。

天明の頃になると、それまで2~3ヶ月を要した熟鮨を手早く発酵させた一夜鮨が考案され、さらに江戸前の新鮮な魚を食する寿司が生まれる。これにつれて、鼻につんと抜けるわさびの辛さが魚の生臭さを消し、食欲を増進させ、さらに食あたりにもならないと大いに脚光を浴び、栽培が盛んになる。また、わさびは、蕎麦にも欠かせない薬味として庶民にも浸透していく。わさびの栽培も、すっかり静岡各地で本格化し、当時の狂歌に「伊豆わさび 隠しに入れて 人までも 泣かす安宅の 丸漬けのすし」(本所の安宅に松ケ鮨の本店があった)とあるほど、伊豆のわさびも、神田市場で盛んに取り引きされるようになった。現在、全国のわさび根茎の出荷量941トンに対し、静岡県は317トンだが、売り上げに関しては、全国45億円に対して25億円と6割を占め、その質の高さを維持し続けている。

ところが、その高級品とされているわさびの農家は、現在、じわじわと減っているのが現状である。その原因は、国産の白根などを主に使う本わさびは別にしても、一般家庭や海外に浸透しているチューブわさびや粉わさびの原料の大半は、輸入のホースラディッシュやわさびであること。それら加工わさびの生産量は、約1000トンにもなり、市場で取り引きされる生わさびの2~3倍の量である。1970年代からは、生わさびさえ、台湾や中国から輸入されるようになった。さらに、バブル崩壊後、本物の根わさびを使っていた多くの飲食店も、安価な加工品に切り換え、その需要が伸び悩んでいる。

また、わさびの栽培には、どうしても湧き水が欠かせず、その生産者はすべからく山間部に集中しており、国の基準では“小規模農家”となる。全国のわさび農家が、4ヘクタール以上の規模を持つ農家に特化するかたちになった新しい農業基本法によれば、補助金の対象外となる小さな農家ばかりである。伊豆などに耕地面積1ヘクタールを越える農家が数名いるくらいで、有東木で最大の農家でも約60アール。有東木を含む安倍川上流一体のわさび栽培の組合員約130人の田を合わせても約15ヘクタールで、数年前までは20ヘクタールだったという。奥山のわさび田はどんどん捨て置かれたままになっていくのだという。だが、わさびは、島根県や岩手県など各地の山間部でも栽培されているが、全国でもおそらく千軒ほどだという。


 


一瞬にして消えるその辛さに、日本人が長い間、愛着を抱いてきたわさび。魚だけでなく、肉類にもよく合う清涼感をもたらす香り。日本に太古から自生し、約400年の名もない栽培農家の努力が作り上げた大切な日本食の立役者であるわさび。だが、その農家は、今後も、山村の過疎化や農家の高齢化などから、その数が減っていくだろうと予測されている。また、奥山の傾斜地でのわさび栽培は採算性もよくないと新規参入の難しい分野であり、今、がんばって栽培を続けてる農家を、私たちが、いかに買い支えていくかが大切なのである。