タイプ
その他
日付
2008/5/21

第15弾「フナ寿司」(5/5)


5.人物ファイル


●荒木貞夫さん

左官業を営みながら兼業で農業、漁業にも取り組み、かつ近隣の人たちに評判のフナ寿司作りの名人。百の仕事ができる人、という「お百姓」という言葉の由来を思い出させるような働き者である。仕事で多忙を極めた頃は、朝獲れたフナは風呂桶に放しておき、夕刻農作業を終えてから、深夜までのフナ寿司作りにとりかかったという。

昭和17年生まれである荒木さんが小学生の頃には、梅雨時分ともなれば、産卵のための雌フナが自然と田んぼにあがってきていたが、水質の汚染が進むにつれ、その姿を見かけることはなくなったという。

現在は、早朝のあみもんどり漁(=湖に差し込んだ2本の竹と竹の間に編み込んだ網があり、魚はそこに入るしくみになっている)でフナを獲り、二桶のフナ寿司を仕込んでいる。
網の中には、外来魚のブルーギルが入っていることも(現在、滋賀県では、外来魚の駆除を目的にブルーギルやブラックバスの買い上げを行っている)。

フナ寿司の雌の魚卵を珍重する人も多いが、卵を持たぬ雄には雄のひきしまった身の旨みがあるため、荒木さんは、雄雌両方のフナを漬け込むという。

「自分が食べる量はしれていますが、作れば知り合いみんなが喜んでくれるものだから、それで毎年作ってるようなものですね。寄り合いがある時はよく持って出かけますよ。昔はどこの家でも普通に漬けていたものだけど、いまフナ寿司を作っているのは、町内では私一人になりました」。
 


●中川茂巳さん・勝江さん

昭和4年生まれの茂巳さん、昭和14年生まれの勝江さんのご夫婦2人で琵琶湖湖畔・南浜水泳場前の「民宿 中茂」を営む。フナ寿司の味の良さで評判の宿だが、茂巳さんが獲ってきた湖魚を勝江さんが調理した甘露煮、はや寿司、ますのこけら寿司(麹を使って漬け込んだ寿司)などの名物料理も人気。

琵琶湖のフナだけでなく、ウグイやビワマス、ハスなどもなれ寿司に加工するのが得意。「疲れた時に、なれ寿司を食べると疲れがとれて元気が出てくる」と、みずから作った醗酵食品ならではの疲労回復効果に信頼を置く。

「ニゴロブナが獲れなくなった頃には、真フナのなれ寿司作りを試したこともありましたが、長く漬け込んでも骨が柔らかくならない。やっぱり、ニゴロブナがなれ寿司には向いているんだなと実感しましたね。」長い歳月、茂巳さんが琵琶湖での漁を続けてきたことで、湖の自然の変化は、身をもって感じとってきた。エコツーリズムの宿としても知られ、自家用船・いぶき丸での竹生島巡りも受付けているが、カワウによって荒らされる竹生島の自然に心を痛める日々が続く。


●北村眞一さん
 


昭和13年生まれ。江戸時代から続く老舗「喜多品」17代目店主。先祖代々、当地の賄い方(食事係)として藩主に仕えていたという。戦中、先代の父・一郎さんは、召集されてシベリア抑留を体験。その留守を預かって、フナ寿司作りを続ける母の仕事を見て育つ。昭和30年より京都での料理修行を経て、2年後に調理師免許取得。生家に戻り家業であるフナ寿司作りを継承、家訓である「百匁百貫千日」(百匁=375グラムのフナを百貫=375キロの桶に入れて、千日間かけなければ、おいしいフナ寿司は作れないという意味)を守る伝統の製法によって、50年の長きにわたってフナ寿司作りを続けてきた。「米、塩、水。フナ寿司に使うものは、神様にお供えするものと同じ。神事との関連を感じます」と、その年の最初に獲れたフナは、必ず庭にお祀りしたお社にお供えをするという。フナ寿司2匹分を皿に飾りつける時には、「白鬚神社」の紋である巴をかたどって並べる「ともえ盛り」にする。

妻のひろ子さんは、温かなもてなしで客の信頼も厚い名物女将。18代目を継ぐのは、娘の真理子さんと娘婿である篤士さん。


●「環境と食の研究会

現在、メンバーは9人。琵琶湖の環境保護の仕事に関わる面々が、「環境が食を育む。フナ寿司の危機、ということは、琵琶湖の危機であり、我々の食文化の危機である。食の地域自給の哲学を持たなければ」との思いから、平成3年に会を結成。それぞれの職場で琵琶湖の環境保護に努めながら、醗酵文化再発見のためのフィールドワークも開始。琵琶湖周辺のみならず、休暇を利用して、和歌山県熊野川流域のなれすし文化圏を調査、さらには、醗酵文化の源泉を探るためタイ北部・東北部の山村、中国雲南省へと渡航。 平成8年、フナ寿司及びニゴロフナに関する各方面からの現況報告を中心とした「ふなずし交流会」を開催。その報告書として、平成9年「ふなずしを考える」を刊行。「私たちは、環境とどうつきあっていけばよいか」をテーマに、人と密接、かつ不可分な食として、人々に育まれてきた文化財「ふな寿司」およびなれ寿司の調査・研究を続けている。
 

取材・文:藤田千恵子
撮影:菊地和男