タイプ
論考
プロジェクト
日付
2018/2/9

ポピュリズム、効果失う日本

上席研究員

加藤創太 

 

 

 今年の流行語大賞には「忖度(そんたく)」が選ばれた。この言葉が象徴するように、日本は今年も政治的な混乱に明け暮れたという印象を持つ日本人は多いだろう。安倍晋三政権の支持率は乱高下し、野党は離合集散を続けた。

 世界全体で流行語大賞を選ぶとすれば、ここ数年で確実に選ばれたはずなのは「ポピュリズム」だ。今年前半のオランダとフランスの選挙では極右政党の得票は伸び悩んだが、後半になるとドイツ、オーストリア、チェコで極右政党が票を伸ばし、ポピュリズムの動きは再び息を吹き返している。

 そういう世界の中では、最近の日本政治の評判は、実は驚くほど良い。プリンストン大学のジョン・アイケンベリー教授は、「リベラルな国際秩序」を維持するのは安倍晋三首相とメルケル独首相の双肩にかかっているという論考を4月に発表した。その後、安倍首相は10月の総選挙で再び圧勝したのに対し、メルケル首相は9月の選挙後にいまだ連立政権を組めないでいる。

 海外のカンファレンスなどで「日本ではなぜポピュリズムが台頭しないのか?」「なぜ日本の政治は安定しているのか?」といった羨望混じりの質問が投げかけられることも多くなっている。ただ日本からの参加者の反応はおおむね懐疑的だ。

 

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 この日本政治に対する彼我の認識の差はどこから生じるのか? 私は、ポピュリズムの波が到達した時期が日本と欧米諸国との間で違ったことが一因ではないかと考える。より踏み込んで言えば、日本は欧米諸国より一足先の1990年代にすでにポピュリズム旋風を経験したと考えている。

 ポピュリズムの定義は論者により様々だが、ハーバード大学のピパ・ノリス教授らなどを含め、大衆の力を活用した反エリート、反体制的な動きという面は共通する。強いリーダーを求める権威主義とも結びつきやすい。

 90年代後半から2000年代にかけての日本政治では、まさにこうした動きが見られた。背景にはバブル経済崩壊があった。官僚、金融関係者など、それまでの日本の政治経済体制の中核を担ってきたエリート層が激しく批判された。混乱する政治経済を目の当たりにした国民は強いリーダーを求め、小泉旋風、橋下旋風などが吹き荒れた。

 他方、最近の欧米諸国のポピュリズムに見られる反グローバリズム的な動きは、目立たなかった。これは①欧米諸国に比べ日本には移民が少ない②ドイツと同じく日本は一貫した経常収支黒字国である――という2つの特殊要因に支えられた面が大きい。ただ安全保障面ではこの時期を通じて国民のタカ派的な嗜好は強まり、中国などに対する国民感情は悪化し続けている。

 日本は少子・高齢化などが進む課題先進国だと言われるが、ポピュリズムの面でも日本は欧米諸国に先行していたのではないか。それが私の見立てである。先行した大きな要因としては、欧米のサブプライム危機に先んじてバブル崩壊と金融危機、長期経済低迷を経験したことが挙げられよう。

 バブル崩壊後の日本政府の経済対応は、サブプライム危機後の欧米諸国で大いに参考にされた。当初は酷評されていたが、最近は再評価する欧米の論者も多い。では、ポピュリズムはどうか。

 10月の総選挙は自民党による「熱狂なき圧勝」に終わったと言われる。厳密な分析は今後必要になるが、最近の日本政治の相対的安定、自民党の一党優位の再定着は、それ以前のポピュリズム的な動きへの反動の面はあるだろう。「脱官僚政治」を掲げて09年に政権交代を実現した民主党は国民の期待に応えられず分裂・消滅した。小選挙区制導入以降に日本で進んでいたかに見えた二大政党制への流れはいったん途絶え、自民党批判の受け皿が失われた。官僚批判も最近は耳にすることが減った。ポピュリズム的な動きに対する熱狂と幻滅、それが現在の日本政治の奇妙な平穏と安定の一因となっている。

 しかしこれは欧米諸国に羨まれるような状態では決してない。ポピュリズムには既得権益を打破するといったプラスの面もあり、改革の原動力ともなるが、日本ではそれが見込めないことを意味する。また、小選挙区制の下で与党に対する有力な対抗野党がなければ、政権批判の受け皿は失われ、政権へのガバナンスは効かなくなる。

 

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 最近、天下り、談合、隠蔽、粉飾決算といった懐かしい言葉をメディアで再びよく見聞きするようになった。巨大化した官民ファンドはあらゆる企業再編に絡んでくる。90年代後半に新設された金融庁は、処分庁から育成庁へと舵(かじ)を切った。18年度予算案では、診療報酬本体が引き上げられ、公共事業関係費も再び増加傾向にある。偶然もあるが、すべてが無関係な動きでもないだろう。

 民主主義国家にとりポピュリズム的な熱狂は重大な課題だが、熱狂後の幻滅や反動、その結果としての奇妙な平穏や過去への過剰な回帰も大きな課題となる。ポピュリズム的な動きで先行した日本の政治動向は、日本だけでなく欧米諸国にとっても注目されるべき事案となるだろう。

2017年12月31日『日経ヴェリタス』「異見達見」より転載

 

◆英語版はこちら "Japan's Post-Populist Paralysis"


研究分野・主な関心領域 比較政治経済/政治学方法論/世論と経済政策

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