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星岳雄理事長に聞く「2018年 日本経済の展望」

January 11, 2018

――今日は、2018年の日本経済の展望を経済学者の星理事長にお聞きしたいと思います。2017年12月現在、有効求人倍率も高くなり人手不足が言われています。株高や不動産価格の高騰も顕著になり、企業は高収益を実現して日本経済は景気拡大が続いているように見えますが、これは、アベノミクスの財政政策、金融政策の成果と見ていますか。

日本経済が順調に成長して拡大しているというのは事実だと思います。有効求人倍率の増加に見るように、雇用、労働市場の需給が逼迫してきているので、賃金の増加が所得の増加に、そして最終的には消費の増加につながる経済成長の好循環のサイクルが回り始めたと思います。

今まで、労働市場が逼迫していても賃金が上がらなかったのには理由があります。正規と非正規、あるいはフルタイムかパートタイムかといった雇用形態の違いによって、賃金に格差があるために、非正規やパートの割合が増えてくると、同一の仕事の賃金は上がっていても、全体の平均賃金はなかなか上がらなかったのです。しかし、ここにきて、非正規労働市場で需給が逼迫していて賃金が上がってきたのに続き、正規市場でも少しずつ賃金が上がるようになってきています。一方で、非正規雇用が全体に占める割合も上昇幅が少なくって安定化しつつあるように見えます。そうすると、いずれ全体の平均賃金も上がってくるのではないか、そして、それは2018年の春ぐらいから起こるのではないかと見ています。今のところ、企業の設備投資などはかなり増えているわけですが、賃金が上がってくると消費も伸びてくるでしょう。

日本経済がうまくいきつつあるのは、ご質問のようにアベノミクスで財政政策も支出を増やし、金融政策を拡張した結果であると言えます。ここまでのところは、金融政策がうまくいった結果と評価できますが、ただ、金融政策ができることは需要を増やすだけで、必ずしも成長率を上げていくこととは一緒ではありません。今デフレがようやく終わり、賃金をはじめとしてインフレも起こってくるとすると、成長率は需要よりも供給力で決まってくるようになりますから、金融政策による需要刺激が成長率に影響を与えるということは小さくなっていきます。ですから、今以上に経済をよくするために、金融政策に頼るというのは難しいでしょう。今後は、供給側の要因が重要になってきますので、生産性を高めること、アベノミクスで言えば第三の矢が重要になります。

同様に、財政政策も限界に達している可能性が高い。ご承知のように日本の公的債務はどんどん増えていて、これ以上財政赤字を続けて行くことは難しく、何とかしないといけません。2019年の10月に消費税の増税が予定されていますが、それは財政を安定化させるための必要条件で、おそらくそれ以上の増税や歳出のカットが必要になってくるでしょう。

今までの財政規律を信じていないような財政政策というのは転換しないといけないと思います。その意味では、2020年までにプライマリーバランスを黒字化する目標をきっぱり諦めたのは、いいことだったと思います。誰が見ても無理な目標をお題目のように唱えるというのは、結局、財政規律に関して全く真剣でないと言っているのと同じですから。これは、財政健全化のための第一歩になるべきはずのものです。もちろん問題は、それに代わる実現可能な財政健全化の目標をまだ掲げていないことです。そして最も重要なのは、その目標をどう達成するかという現実的な道筋を示して、実行していくことです。

――現実的な財政再建に向けた道筋を明らかにすることは、私たち国民にとっても大きな関心事です。先ほど、消費増税は必要条件で、それ以上の増税や歳出カットも必要と言われましたが、具体的にはどういったことが考えられますか。

基本的に、財政を健全化するためには3つの方法しかありません。一つは支出を減らす、もう一つは収入を増やす、最後は、既に起こってしまった債務の価値を減らす、インフレです。そのすべてをやらなければ厳しい状態に、今の日本の財政はきていると思います。

消費税を10%にするだけではだめなのは政府も認めていることで、よほど経済が回復しない限り、プライマリーバランス自体の赤字というのは続きます。ですから、消費税にこだわる必要はないですが税収を増やして、さらに支出を減らしていく、そして、ある程度インフレが起こるような経済にしていく、このすべてが必要です。

――以前、星さんが書かれた日本経済新聞の「経済教室」で、日本でインフレを起こすために賃金を10%上げることを目指すべきだというアメリカのピーターソン研究所の研究者の提言に言及されていたと思います。この提案についてどう思われますか。

2%のインフレも達成できていない現状からすれば、それ以上の上昇は難しいだろうと思いますが、賃金を上げるというのは可能ですよね。いきなり10%上げるというのは現実的でないと思いますが、例えば4%とか、そういった段階的なかたちで賃金上昇を実現できればいいと思います。政府は、給料を上げた企業を税制で優遇する政策を考えているようですが、それに加えて、公務員の給料を上げることも考えて良いでしょう。それから忘れてはならないのが、政府が影響を及ぼしている価格、賃金、例えば介護士や看護師、保育士の報酬などが、4%、5%と上がるようにする、そこまでいかなくても人手不足がいわれる労働市場の実態に反応して上がっていくようにする、というのは政府ができることです。

――さて、引き続き景気刺激的な金融政策を続けると、経済の実態を上回るマーケットの過熱を引き起こしてバブルを誘発するのではないかという論調も聞こえます。現状の金融緩和政策を継続した場合の効果とリスク、それから、いかにこの政策を出口に向かわせるかについてお考えをお聞かせください。

異次元緩和と言われる毎年80兆円の国債やETF(指数連動型投資信託)の買い入れは限界がありますし、長く続けられる政策ではないと思います。日銀が最大の株主になるのも問題です。ようやく今経済が上向いてきていますので、これで将来のインフレが見えてくれば、金融緩和政策も出口のほうに向かえるところに来ています。逆にそれが起こらないと困りますね。

日本に限らずアメリカやヨーロッパなど世界的に金融政策を拡張した中央銀行はいくつもありますが、今、出口に向かいつつあるところが多い。アメリカは、12月のFOMC(Federal Open Market Committee: 連邦公開市場委員会)ミーティングで0.25%の利上げを決定し、既に出口に近づきつつあります。

そういった世界の動向を見ながら、どのタイミングで金融緩和の度合いを引き下げていくのか、あるいは転換していくのが良いのか、ということを検討できると思います。まだ日本はインフレ率が上がってきていませんが、将来のインフレが見えてきたときに、どのようにマーケットに意思を伝えながら金利を上げていくのか、あるいは国債の買い入れを減らして保有額を少しずつ減らしていくのか、こうしたことを連邦準備理事会や欧州中央銀行の経験から学ぶことができると思います。

ゼロ金利政策と量的緩和は日本銀行が先駆けで行って、その実験的な政策は各国の参考になったわけですが、そこから出るときには、逆に各国から日本が学ぶということができるのではないでしょうか。

金融政策より心配なのは、むしろ財政破綻のほうです。一番重要なことは可能性を考えておくこと、緊急事態に備えた対応策について考えておくということです。少なくとも将来的に持続可能な長期的なプランを見せておくというのが、破綻の最大の防御になると思います。しかし、実際に起こったときに何ができるかを考えると、とれる行動というのは限られてくると思いますが。

――ギリシャ方式でしょうか。

ギリシャは借金を払わないで、海外の投資家に損失を負担させるということができますからまだ楽だとも言えます。日本も払わないことはできますが、国債の保有者のほとんどが日本国民なので、国民が被害を被るということになります。また、自国貨建てで外国人が保有している場合は、為替レートが減価すれば助かるわけですが、日本の場合その選択肢はありません。国債の実質価値を減らすのは、インフレしかありません。

――最後に、2025年には団塊の世代が後期高齢者の年齢に入ります。増税も、歳出削減も必要ですが、やはり高齢人口の増加による財政へのインパクトは大きいと思われます。高齢者が増える日本の将来をどのようにみていますか。

社会保障制度に代表されるように、今の日本の制度は高齢人口が多くて若者が少ない社会を考慮せずにデザインされているので、それを変える必要があります。そうした必要な改革なしには、将来問題が起こることは明らかです。それは2025年、26年に突然起こるのではなくて、既に起こっていて、それが将来より大きくなるということです。高齢者に支払う部分を少なくしていくことに加えて、高齢者をもっと活かして、働きながら人生を楽しんでもらうという制度設計が必要だと思います。後期高齢者と言っても今の75歳は、昔の55歳ぐらいですから、まだ働ける、働きたいという人が多いはずです。年齢で一律引退を決めたり、年金をもらうような制度から、高齢になっても社会に貢献したい人はできるような制度に変えていくことが重要だと思います。これからは、仕事があるときに働くギグエコノミーや、自分を活かせるところがあれば働くような、より柔軟で多様な働き方ができる社会になっていくでしょう。

後期高齢者の問題という時、念頭にあるのは医療費の問題だと思いますが、医療が進めば進むほど医療費は増えてくる側面がありますから、いかに効率的に健康を保っていくかを考えなければいけません。そのためにライフスタイルを変えたり、治療から予防医療にお金を使う方向にシフトする、そういった制度改革もできると思います。健康的な生活を実践している人の健康保険料を安くするとかいうのもいいんじゃないでしょうか。

最後に明るい話をしましょう。日本は人口が減少して高齢化が進んでいるので、経済的に成長できないと言われますが、GDPの成長率を人口増加と労働参加率の増加と、それから生産性の上昇の3つの要素に分解して見てみると、例えば高度成長期の年率8%程度のGDPの上昇のうち、人が増えたことによる成長はたった1%です。それ以外の7%は生産性上昇によるものです。ですから、人口減少を言いわけに使うべきではなくて、どうやって生産性をまた上げることができるか、そこに焦点を当てた政策をやらなければいけない。逆に言えば、生産性をあげていくような改革に成功するなら、人口減少も高齢化も怖くない。そう考えると、日本経済の将来が明るく見えてきませんか?(談)

(2017年12月12日収録・編集/東京財団広報)

◆英語版はこちら "Japan’s Economic Outlook in 2018 and Beyond: An Interview with Takeo Hoshi"


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