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参院選の争点-税制改革の見方、読み方

June 28, 2010

東京財団上席研究員
森信茂樹

1、税制改革2つの視点

参議院選挙の最大の争点は、民主党も自民党も主張している消費税増税の是非であろう。連日ワイドショーで消費税の問題を取り上げていることからも、そのことがうかがわれる。

菅総理の言う「強い経済、強い財政、強い社会保障」を達成するためには、税負担を引き上げ、国民の不安感を払しょくする社会保障制度を構築するとともに、財政赤字問題をうまく閉じ込めることが必要であるという考え方だ。税率については、自民党が参院選公約に盛り込んだ10%を参考にすることを公言するという高等戦術に出た。まずは、これまで、10年以上凍結されてきた税制改革議論が、選挙を前に始まることを歓迎したい。

さて、税制の抜本的改革には、「政府の規模をどの程度のものにするか(「大きな政府か小さな政府か、あるいは中規模のものでいいのか」)という問題と、「経済社会にとって必要な税制改革は何か」という2つの面がある。この2つは、租税政策の目的が「公共サービスを提供するために必要な資金の調達」と、「所得の再分配・経済の安定化・景気調節機能」の2つであることに対応している。

「政府の規模」の問題は、国民の選択という側面が強く、多少税負担を増加させても良いから、安心・安全な社会の建設を望む人もいれば、税負担は小さく、安心・安全は可能な限り自助努力・自己負担で、と考える人もおり、国民がどちらを選択するかということである。一方、「必要な税制改革」は、現実の経済社会がどのような課題を抱えているのか、それに対応した税制改革は何か、ということである。現在わが国経済・社会が抱えている問題としては、格差・貧困社会と経済の活性化の2つが最大の課題といえよう。そこで、これに対応した税制改革が必要となる。前者が増収を目的とするのに対して、後者は必ずしも増収を目的とするものではない。

2、世界の税制改革の潮流

グローバル経済の下で税制改革を行うときには、世界の潮流を踏まえて行う必要がある。冷戦終了後の世界は、東欧諸国やBRICS諸国の台頭と、ヒト・モノ・カネ(さらには知的財産権)の移動の自由化の2つの現象が起き、先進諸国の租税政策に大きな変化をもたらした。

まず、BRICS等からの低価格商品の流入などの競争激化への対応として、労働者の賃下げ・非正規雇用化が進み、格差・貧困が社会問題化した。次に、法人税・所得税の税率を引き下げ、自国に工場や資本を招き入れ雇用拡大・経済活性化を図るという「税の引き下げ競争」が激化した。この2つの変化の下で、高齢化のための財源の調達に先進国は悩まされているのである。

前者の格差・貧困問題に対しては、所得再分配機能強化の必要性が認識された。これに対し、所得税率を引き上げ累進性を強化することが考えられるが、グローバル経済の下では、安易な税率引き上げは、財源を海外に移転させたりしてしまう。そこで、多くの国では、税制と社会保障制度を一体的に運営し、低所得者には勤労に応じて給付を行うという政策が、職業訓練の充実とセットで、積極的労働政策として採用された。英国ブレア政権は、「第3の道」を提唱し、勤労に応じて税額控除・給付が行われる給付付き税額控除制度を導入し、成功を収めた。我が国でも民主党はこの政策を22年度税制改正大綱に書いており、今後の検討が望まれる。

法人税の引き下げ競争については、高税率先進国も巻き込まれ、工場移転やそれに伴う失業者の増大を防止するために、自国の法人税率を引き下げざるを得なくなった。OECD諸国の法人税率は、この10年で約8%(2000年34%→2009年26%)引き下がっている。もっとも、法人税の世界では、「税率は引き下がったが税収は返って増加する」という現象(「法人税パラドックス」と呼ばれている)が生じた。この理由は、法人税率の引き下げが,租税特別措置や減価償却制度の見直しなど課税ベースの拡大とセットでなされてきたということ、それから、法人税率が引き下がった結果、2000年代から各国で「新規起業」が増えたことである。税率の引き下げが、期待収益率を高め、アントレプレナーシップを刺激し、経済活性化につながったことが見て取れる。この観点からは、課税ベースを広げつつ税率を引き下げる法人税改革が、我が国でも必要となる。

3、メリハリの利いた税制改革を

税制には、課税ベースにより所得・消費・資産税の3つがある。このバランスを取りながら改革をしていく必要がある。なぜなら、所得・消費・資産課税には、それぞれ長所・短所があるので、適切に組み合わせて最適な経済社会を目指す必要があり、これを「タックス・ミックス」と呼んでいる。

所得税は、所得の多い人からより多くの税負担を求める垂直的公平に優れている。しかし、累進構造による負担増が勤労意欲や事業意欲を阻害するおそれがあり、また、所得の正確な捕捉の困難性(いわゆるクロヨン)や、グローバル経済下で資金逃避が生じるという問題がある。

消費税は、消費に応じて誰からも負担を求めることができるので水平的公平性に優れている点や経済変動にかかわらず税収が安定すること、さらには貯蓄に課税しないので経済にかかる負荷が少ないという長所がある。しかし、所得の低い人の消費税負担率が多くなるという「逆進性」が政治問題になりやすい。

資産税は、富の再分配を通じた資産格差の是正が可能になるという点やフローの経済活動への影響が少ないというメリットがあるが、土地等の資産価格の評価が難しいというデメリットがある。

これらを踏まえて、現在の経済社会の状況の下で、次のような税制改革が必要だ。

まずは格差・貧困問題への対応としての所得税改革である。格差には「上に向かう格差」と「下に向かう格差」があり、「上に向かう格差」は、経済社会に活力を与える役割を果たしているので、最高税率を引き上げるという対応は慎重であるべきだ。しかし、「下に向かう格差」は、これまで我が国になかった貧困の問題を生じさせており、「一定所得以上の勤労所得のある個人・世帯に対して一定額の税額控除を与え、控除し切れない額は給付する」という給付付き税額控除を導入することでの対応を図る。この制度は、労働インセンティブの強化につながり、英国でも「第3の道」として成功例がある。

次は相続税である。格差の固定化を防ぐ観点からは、相続税の課税ベースを拡大することが必要である。格差が世代を超えて引き継がれると、階層社会が出来上がり、社会の活力は大きく低下する。わが国の相続税は、死者100人に対して約5人が課税される一部資産家のみを対象とした制度となっており、相続税負担率(相続税の課税価格に対する納付税額の割合)も12.1%(2002年度)と、決して高くはない。

次に法人税については、我が国の税率は40%と米国と並んで世界最高水準にある。高い法人税率は、我が国からの付加価値や雇用の流出を招いており、2段階で引き下げていく必要がある。

第1段階は、課税ベースを拡大しつつ法定税率を5%程度引き下げる(法人税の中に財源を求める)改革である。第2段階は、消費税率引き上げを含む税制の抜本的改革の中での改革で、先進諸国並みの25%-30%程度に引き下げていく必要がある。2段階に分けたのは、後者はどこかに財源を求めざるを得ず、それには時間がかかるが、前者は法人税の中での改革で、来年度税制改革で可能なためである。

法人税改革には国民のアレルギーがあるが、それは、個人・法人対立論からきているようだ。しかし、個人は企業から、雇用者、債権者、株主という立場で、賃金・利子・配当・キャピタルゲインの形で企業付加価値の分け前を得ており、ゼロサムゲームではない。我が国の「企業立地の競争力」の確保を通じて、高齢化に必要な税源・付加価値を生み出す企業を日本に残すための法人税改革と位置付けてはどうか。

4、消費税率の引き上げ-社会保障充実の中身が必要

参議院選挙の争点は、消費税率に引き上げの是非である。先進諸国は、リーマンショックへの対策や高齢化費用の捻出により、大幅な財政赤字を抱えており、市場の懸念を払しょくする必要に迫られている。我が国でも菅総理が、「強い財政」実現のために消費税を中心とした税負担の増加を言明した。現在、医療・介護・年金の国庫負担と国の消費税収との間には10兆円程度のギャップがあり、それを埋めるには早い段階で10%への引き上げが必要であろう。しかし、財政強化のために増税を、という論理をそのまま受け入れるほど国民は甘くはない。

国民が、税負担の増加を受け入れるためには、次のようなことが必要だ。

第1に、マニフェストの徹底的な見直しである。さらに、社会保障制度、公務員制度など手がつけられていない分野への切り込みも必要だ。子供手当には所得制限を導入すべきである。英国や米国は、児童税額控除(給付付き税額控除)という真に必要な家庭にだけ行き渡る制度があり、我が国もその方向にシフトすべきだ。

第2に、消費税を引き上げて国民が安心する社会保障制度の具体案と選択肢を提示する必要がある。消費税収は社会保障目的に使うというのは、ほぼコンセンサスとなっている。それを前提として考えると、政府は国民が消費税率引き上げをしてもやむを得ないと考えるような(国民の購買意欲をそそるような)「社会保障制度(サービス)の選択肢を提示する。国民は、その値段(消費税率)を見て、買うか買わないか判断する」という手法が必要ではないか。

政府は、医療・年金・介護・少子化対策充実サービスの具体的内容を提示して、国民に、そのようなサービスの充実を行うので、追加的に3%の消費税を負担して(買って)ほしい、もっと充実させた案ならば5%の負担をお願いしたい、と説得をすることである。自らや子供の将来に役立つ制度・政策を提示し、総理自らが先頭に立って国民を説得しなければ、消費税増税はできない。

税制改革とは、人々の負担の増減を通じて構造改革を行うもので、かならず負担の増減・損得が生じる。これを恐れていては、改革はできない。民主党政権に最も足りなかったもの、それは、国民に苦い薬を飲んでもらうような説得をする力である。

最後に、税制全般の見直しに当たって必要なことは、強い経済が基本となる、ということである。 「法人税は国際標準並みへの軽減、所得税・相続税は所得再分配機能の強化という点からのファインチューニング、税収確保は社会保障充実の中身とセットで消費税で」 というメリハリの利いた税制改革の方向を示すことが必要だ。

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