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税制と社会保障制度の一体改革に向けて

August 13, 2010

2010年7月
東京財団研究員
田中秀明

はじめに

急速に少子高齢化が進む中で、年金や医療などの社会保障費をどのように負担するかについては、我が国の財政における最重要な政策課題となっている。政府レベルでは、2008年に、「持続可能な社会保障構築とその安定財源確保に向けた中期プログラム」や「社会保障国民会議最終報告」(2008年11月4日)が決定されている。こうした中、2009年夏の衆議院選挙では、民主党が勝利し、同年12月22日に決定した「平成22年度税制改正大綱」では、税制改革の視点として、「税制改革と社会保障制度改革とを一体的にとらえて、その改革を推進」(p.6)することが掲げられ、個人所得課税については、所得再分配機能の回復、所得控除から税額控除・給付付税額控除・手当てへの転換を図り、消費税については、今回の政権担当期間中には税率を据え置くとしつつ、今後、社会保障制度の抜本改革の検討などと併せて、使途の明確化、逆進性対策、課税の一層の適正化も含め、検討していくとされた。また、民主党は、そのマニフェストにおいて、スウェーデンの年金制度を参考とした、所得比例年金と最低保障年金(7万円)を組み合わせた年金制度を導入することを提案している。2010年3月には、首相を議長とする「新年金制度に関する検討会」が設置され、年金改革に向けた検討が開始された。その中間とりまとめ(「新たな年金制度の基本的考え方」)では、国民年金の未納・未加入問題などが指摘された。更に、2010年夏の参議院選挙においては、与野党ともに、消費税の増税を巡る議論が展開された。

このように、税と社会保障の問題は、政策課題としては認識されるようになったが、議論の焦点は、年金や医療等の社会保障支出を賄うための財源としての税制、なかんずく消費税である。年金に関する政府の資料には、未納・未加入の問題は指摘されても、保険料そのものの問題は、不思議にも取り上げられていない。しかし、それで、税と社会保障の一体改革になるであろうか。

現在の日本の年金制度、特に基礎年金制度は、制度発足から20年以上が経過し、その見直しが迫られている。基礎年金制度の最大の問題は、その負担と給付の不公平性にある。国民年金の加入者の保険料負担は、減免制度が導入されたものの、基本的には、所得水準にかかわらず定額であり、著しく逆進的である。だから、非正規雇用者など低所得者を中心に保険料の未納が発生する。保険料未納は、現象面の問題に過ぎず、その背後にある保険料負担の問題を検討する必要がある。高額所得者の基礎年金についても、一般財源による補填がなされており(2009年度からは給付の1/2)、比喩的には、貧しい現役世代から豊かな退職世代へ所得移転が行われているともいえる。他方、保険料を納めなかった人たちは、年金給付は一般財源部分を除いて減額される。近年の非正規雇用の増大は、将来の無年金・低年金者、あるいは生活保護受給者の予備軍である。こうした負担と給付の問題を整理せずに、無年金対策だといって一般財源の投入を拡大することは、財政資源の効率的な使い方とは思えない。スウェーデン方式は「美しいモデル」であるが、日本への適用には解決すべき多くの課題がある。スウェーデンでは、最低保障年金に係る一般財源の投入は減少するという見通しであるが、日本では、導入してもそうならないだろう。

基礎年金をどう改革すべきかについては、基礎年金の役割をどのように定義するかなどによるが、その財源を巡る議論が収斂しないのは、税と社会保険料の負担の現状についての冷静な分析と検討が欠けているからである。また、医療や介護の保険料負担についても、不公平や非合理がある。2010年度から導入された「子ども手当て」に関して、所得制限の問題が議論されたが、これについても、データに基づく負担や給付の現状についての分析は十分にはなされていない。

先行研究においては、税及び社会保険料の問題は様々に論じられてきたが、世代間の負担の格差、不平等の拡大、社会保険料の逆進性などがその中心であり、必ずしも、税と社会保険料に関する負担と給付の関係を分析する研究は多くはない。本稿では、国民生活基礎調査に基づき税と社会保険料の負担や社会保障給付の実態を分析する *1 。分析の基本的な目的は、世帯や個人の属性の相違によって負担や給付がどのような構造になっているかを明らかにし、税制と社会保障制度の一体改革に向けた議論の材料を提供することである。また、税・社会保険料の負担と給付を併せた一体的改革に向けた論点と基本的な方向を示す。

分析の方法

分析のための負担や給付のデータは、国民生活基礎調査(2001・04・07年調査)である。国民生活基礎調査(07年)は、3年毎に大規模調査を行っている。調査で使われている定義を参考にしつつ、所得・負担・給付を次のように定義する。

当初所得=雇用者所得+事業所得+農耕・畜産所得+財産所得+家内労働所得+雑収入+私的給付(仕送り・企業年金・生命保険金等)
総所得=当初所得+社会保障の現金給付
可処分所得=総所得 -(直接税+社会保険料)

直接税=所得税+住民税
社会保険料=医療保険料+年金保険料+介護保険料+雇用保険料等
現金給付=公的年金・恩給+雇用保険+その他の社会保障給付金
調査では、消費税の負担額のデータはないが、家計支出額のデータがある。家計支出額は、2007年5月中の家計上の支出額(飲食費、住居費、光熱・水道費、被服費、保健医療費、教育費、教養娯楽費、交際費、冠婚葬祭費、その他の諸雑費)であり、これを単純に12倍して5%の消費税率を乗じて、年間消費税額を算出している。

分析内容は、世帯主の年齢階層別・所得階層別と世帯の特徴(給与世帯、年金世帯など)別に、所得額、税・社会保険料負担、社会保障給付額などを算出し、負担と給付の構造を把握することである。調査では、所得額や税・社会保険料負担額は個人ベースのデータを元に世帯ベースで集計されているが、分析に当っては、世帯員数を考慮した等価世帯ベースに直している。具体的には、経済協力開発機構(OECD)や先行研究などで一般に使われている方法(等価世帯ベース=世帯ベースの計数/世帯人員数の平方根)により算出している。

税と保険料の負担の状況

(1)年齢階級別

25歳から64歳までの税・保険料合計の負担率は約20%であり、年齢による差はほとんどないが、65歳以上の負担率は約15%であり、働き盛りと比べて平均として約5%の差がある (図1)

25~34歳の階層の平均総所得は308.1万円であり、65~74歳の平均総所得が289.0万円なので、平均総所得がほぼ同じである両者を比較する。所得税の負担率は、若年者が0.9%ポイント、住民税の負担率は、若年者が0.8%ポイント高く、消費税の負担率は、高齢者が0.3%ポイント高い。3税合計では、若年者が1.3%ポイント高い。医療保険料は、高齢者の負担率が0.6%ポイント高く、年金は若年者が4.7%ポイント高く、介護は若年者の負担はゼロで高齢者の負担が1.6%であり、雇用保険は若年者が0.5%ポイント高い。保険料合計では、若年者の負担率は10.4%、高齢者の負担率は7.4%であり、3%ポイントの差がある。税・保険料合計の負担率は、若年者が20.2%、高齢者が15.8%であり、その差は4.4%ポイントである。

当初所得、総所得、可処分所得(3税+保険料控除後)を見ると、

25~34歳 303.6→308.1→245.9
65~74歳 140.0→289.0→243.3


であり、平均で見て、総所得の差は約19万円あるが、可処分所得の差は2.6万円に過ぎない。税・保険料の拠出額は、前者が62.2万円、後者が45.7万円であり、仮に前者の平均所得が後者のそれと同じであるとすると、税・保険料拠出額は58.3万円であり、45.7万円と比べて、なお約13万円の差がある。

(2)総所得階級別

所得税・住民税ともに、税負担率は高所得者ほど高い累進的になっているが、1800万円以上では、住民税の負担率は所得税のそれの約半分になっている (図2) 。消費税は逆進的であるが、特に最初の100万円までの世帯の負担率が10.1%と高く、500万円までは5~3%である。500万円以上の階級では、ほぼ定率負担(2%弱)となる。3税合計では、100万円以上の世帯から累進的になっており、500万円を超える世帯で約10%、1000万円を超える世帯で約15%、1600万円を超える世帯で約20%の負担率となっている。600万円までの世帯が全体の89.1%を占め、その3税負担率は10%以下である。

医療保険料の負担率は、200~300万円の所得階層がピークの4.4%であるが、500万円世帯まではほぼ4%の負担率で、2000万円世帯の1.6%まで緩やかに低下していく。年金保険料の負担率は、600~700万円の負担率5.2%までは上昇するが、それ以上の所得では低下していく。介護保険料は、最も低所得の階層(100万円まで)をピーク(2.4%)に低下する。雇用保険料は年金保険料とほぼ同じパターンであるが、負担率そのものは0.1から0.5%程度である。社会保険料合計では、400~500万円世帯の負担率10.0%で最も高いが、1000万円世帯まではほぼ同じ負担率(9~10%)である。それ以上の所得水準では、負担率は低下していく。

税・保険料合計の負担率は、100万円までの世帯を除けば、累進的になっているものの、その累進度は緩やかである。500~600万円世帯までは、100~200万円世帯の15.5%から総所得が100万円上がる毎に約1%負担率が上昇しているが、500~1600万円までの負担率は、20~23%程度の範囲であり、大差はない。それ以上の世帯の負担率は約25%である。600万円までの世帯が全体の89.1%を占め、その税・保険料合計の負担率は20%以下である。

年金等の現金給付は、低所得者ほど、総所得に占める割合は高くなっているが、金額ベースでは、500万円から1800万円の世帯では、所得水準にかかわらず、約50万円の給付を得ている。金額ベースでは、200~400万円世帯がそれ以下の世帯より高い給付を得ている。

(3)所得源泉別

最初に、平均総所得を比べると、給与世帯414.6万円、事業世帯366.2万円、年金世帯203.7万円、その他世帯302.7万円である *2 (図3 )。税・保険料合計の負担率は、給与世帯・事業世帯がほぼ同じの20%強であり、年金世帯とその他世帯はほぼ同じの14%台である。年金世帯の総所得は、その他世帯の総所得より約100万円も高いが、税・保険料負担率はほぼその他世帯と同じである。給与世帯と年金世帯を比べると、所得税負担率は前者が3.0%ポイント、住民税は前者が2.2%ポイント高く、消費税は前者が1.8%ポイント低い。3税合計では、給与世帯が3.4%ポイント高い。医療・介護保険料の負担率は年金世帯が高く、年金・雇用保険料の負担率は給与世帯が高く、保険料合計では、年金保険料の負担率の差が大きいことから、給与世帯が3.3%ポイント高い。

次に、所得源泉別総所得別に負担の状況を見る。給与世帯の所得税・住民税負担は累進的であるが、消費税が逆進的であるため、3税合計では、100万円以下の世帯の負担率が10.2%であり、この負担率は500~600万円の世帯の負担率と同じであり、逆進性が強い (表1) 。社会保障給付の比率は、100万円未満世帯より、200~500万円の間の世帯の方が高い。100万円以上の世帯では、3税合計の負担率は、所得上昇とともに緩やかに上昇していくが、100~500万円の間で8~10%、500~1600万円の間で10~17%、1600万円以上で23%程度である。

医療保険料の負担率は、最初の階層の負担率4.5%から2000万円超の世帯の2.0%までほぼ一直線に低下する。年金保険料の負担率のピークは、400~700万円世帯の5.9%であるが、1000万円までは、5%台であり、大きな差はなく、定率負担であることがわかる。1000万円を超えると、負担率は低下し、2000万円超で2.2%となる。介護保険料の負担率は、所得による差はほとんどなく、0.4~0.5%の定率である。雇用保険料の負担率は、1000万円までは、0.5~0.6%、それ以上の世帯で0.2~0.4%である。保険料合計では、1000万円までは10%前後(差は1%ポイント程度)であり、1000万円超では、10%から5%へ低下する。2007年の負担率は、2004年のそれと比べると、全体として、0.3%ポイント程度増えている。

税・保険料合計の負担率は、500万円までは19~20%、500~1000万円が20~23%、1000万円以上が25~30%である。100万円前後の世帯と1000万円前後の世帯を比べると、負担率の差は3%ポイント程度しかない。2001→2004→2007年の間の変化を見ると、100万円未満世帯では、24.1%→24.3%→20.6%と低下しているが、200万円以上の世帯では、だいたい2~3%ポイント増えている。

事業世帯について見る。事業世帯の所得税・住民税・消費税の負担率は、800万円までは、給与世帯より1~2%程度高く、それ以上では、ほぼ給与世帯より低くなる。ばらつきはあるが、3税ともに同様の傾向である。また、3税合計の負担率は、100~500万円で9%台、500~1000万円で11%前後であり、1000万円まではフラットであり、給与世帯とは異なる。

医療保険料については、事業世帯の負担率は、600万円までは、給与世帯より1~4%ポイント高いが、それ以上の世帯では、事業世帯の負担率は給与世帯とほぼ同じか、0.5%ポイント程度低い。年金保険料は、給与世帯と異なり、100万円未満の8.6%(9.3%)をピークに2000万円超の1.4%(0.7%)まで一直線に低下する。また、200万円までは、事業世帯の負担率が給与世帯のそれより高いが、200万円以上では、給与世帯のそれより1~4%ポイント低い。介護保険料は、事業世帯の負担率は給与世帯とほぼ同じか、0.5%ポイント程度高い。給与世帯の負担率は所得にかかわらずほぼ定率(0.4%程度)であるが、事業世帯の負担率は逆進性が強い。雇用保険料は、ゼロか0.1%程度であり少ない。保険料合計では、200万円までは、事業世帯の負担率は給与世帯と比べて3~7%ポイント高いが、それ以上の世帯では3~4%ポイント低い。また、給与世帯の負担率は、700万円までは10%台前半でほぼ同じであるが(800万円以上は、負担率は緩やかに低下)、事業世帯の場合は、最初の階層から一直線に負担率は低下し、逆進性が強い。

税・保険料合計の負担率は、100万円未満の30.9%から900~1000万円世帯の15.9%まで低下し、それ以上では、負担率は上昇するものの、20%強でほぼフラットになる。1000万円までは逆進性が強い。給与世帯の負担率と比べると、400万円までは、事業世帯の方が高いが、それ以上では、給与世帯の負担率は、2~5%ポイント高い。時系列的に見ると、低所得世帯の負担率が軽減されている。

年金世帯について見る。年金世帯の所得税負担率は、給与世帯のそれと比べて1~2%ポイント程度、住民税負担率は0.5~1%ポイント程度低い。年金世帯の消費税負担率は、給与世帯と比べて、0.5%ポイント程度高い。3税合計では、年金世帯の負担率が1~3%ポイント程度低い。2001年調査では、3税合計の負担率の差は3~5%ポイント程度であったので、年金世帯の優遇は低下している(2004年調査は2007年調査とほぼ同じ)。

年金世帯の医療保険料負担率は、200万円までは、給与世帯より1%ポイント弱低いが、200~500万円は、0.5%ポイントほど高い。それ以上はほぼ同じである。また、負担率は400万円までは累進的であり、最初の100万円未満の所得階級から逆進的な給与世帯と異なる。当然ながら、年金保険料・雇用保険料の負担はマージナルである。介護保険料の負担率は、給与世帯より高いが、100万円以下の3.8%から900~1000万円までの1.1%まで低下する。保険料合計では、800万円くらいまではほぼ定率の負担率である給与世帯と異なり、最初の階層から一直線に負担率は低下し、給与世帯と比べて、各階層で3~5%ポイント低い。

税・保険料合計の負担率は、給与世帯と比べて、5~6%ポイント低い(600~800万円世帯では、10%ポイントも低い)。給与世帯の負担率は、100万円以上では、緩やかであるものの、所得の上昇とともに上がっていくが、年金世帯の負担率は、100万円から600万円までは上がった後低下し、600~700万円世帯の負担率が12.0%で最も低い。年金世帯の総所得に占める社会保障給付、つまり年金給付の割合は、低所得階層ほど高いが、総所得が600万円を超える世帯でも約6割を占めている。総所得が1000万円あっても、年金収入が600万円あり、それにもかかわらず、税・保険料負担率は、給与世帯より10%ポイントも低い。



*1 :国民生活基礎調査のデータの入手及び本稿の分析のベースは田中(2010)を参照。

*2 :給与世帯とは、総収入のうち、給与所得が50%超える世帯であり、事業世帯・年金世帯も同様の定義である。その他世帯とは、これら3つの世帯以外である。

    • 明治大学公共政策大学院教授
    • 田中 秀明
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