タイプ
論考
プロジェクト
日付
2012/12/6

TPP議論の誤解を解く <page3>

 

8.TPPはアジア各国とのFTAを阻害するのではないか

日本は2002年発効の対シンガポールEPAを皮切りに、アジア諸国を中心にFTAネットワークの構築に努めており、すでに13の国・地域との間で経済連携協定を結んでいる。TPP交渉参加問題ばかりが脚光を浴びるが、すでにオーストラリア、カナダ、モンゴル等との二国間交渉が始まっている上に、EUとの間でもFTA締結交渉の開始が合意される見通しである。特にTPPとの関連で最近議論に上ることが多いのが日中韓FTAと、米国を含まないアジアの16カ国による広域FTA、RCEP21である。この2つはいずれも今年11月のASEAN関連首脳会合の機会に、交渉立ち上げが宣言された。東アジア16カ国を包含するRCEPにいたっては2015年交渉妥結という意欲的な目標まで掲げている。

アジアの通商秩序をアジア諸国の手で築き上げようと、柔軟性のある、相互互恵的な枠組みが立ち上がろうとしているときに、TPP参加を決めることは日本の利益にならない、との指摘がある。しかし、これだけ急激にアジアの経済連携が活性化したのは、TPP交渉の進展があってこそである点を踏まえる必要がある。



東アジアの経済秩序をめぐる過去の経緯を振り返れば、それは常に「アジア太平洋」の枠組みと「東アジア」の枠組みの相互作用によって進展してきている22。この2つの枠組みはそれぞれ停滞と加速を繰り返すことで、相互に刺激を与え、今や具体的な広域FTAの交渉開始にまで漕ぎつけた。米国が交渉プロセスを主導するTPPと、中国が参加する日中韓FTA、RCEPを対峙させる向きもあるが、むしろ両者を相互補完的な存在としてとらえることが自然である。もちろん、各国の動機は様々だが、WTO交渉の停滞とFTAネットワークの構築競争という国際的事態を迎え、TPP、RCEP、日中韓、日EU、米EUといった一連の交渉枠組みが今、動き始めていることは偶然ではない。

日本政府はTPPと日中韓FTA、RCEPへの取り組みを同時並行的に進めていく旨、明らかにしている。それに対して、例外なき関税撤廃を掲げるTPPと、より柔軟な枠組みであるRCEPを同時に進めるその姿勢は矛盾しているのではないかとの反論がある。しかし、TPP・RCEPの双方に参加しているオーストラリア、ニュージーランド、そして一部のASEAN諸国も、この2つの枠組みは相互補完的であり、矛盾するものではないとして、交渉参加を明確に打ち出している。また、二国間・多国間FTAにおいて、交渉国が重なることは異例ではない。東南アジア各国は日本との二国間FTAが存在するにもかかわらず、日ASEAN間FTAの署名に応じているし、オーストラリア、カナダ両政府は、TPP交渉参加を探る日本との二国間FTA交渉も進める意向だ。WTO交渉が停滞する中で、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP: Free Trade Area of the Asia-Pacific)に向けて、広域経済連携の取り組みがどのような枠組みであれ、進展することは対外経済活動をこれまで以上に強化する必要に迫られている日本経済にとっても悪いことではない。


9.今からTPPに参加しても不利な条件を押し付けられるだけではないか

少し目線を変え、TPPに関わる今後の国際交渉のプロセスや力学を確認しておきたい。2012年12月現在、第15回目のTPP交渉会合がニュージーランドにて開催されている。2012年は米国大統領選の年でもあり、米国の譲歩を期待することは政治的に難しかったため、交渉は足踏み状態と報じられてきた。オバマ大統領の再選が決まり、より柔軟な立場での交渉が可能になることから、今後、交渉が加速すると見られている。米国政府の通商上のプライオリティは、当面はTPPや対EU FTA交渉の推進であろう。

それでは、果たしてTPPの交渉妥結はいつになるのか。2012年11月、東アジア首脳会談を契機に集まったTPP交渉参加7カ国の首脳は、2013年中の交渉妥結を目指すとした。しかし、東アジア首脳会議にペルー、チリ、カナダ、メキシコは参加しておらず、これがTPP交渉国の総意に基づく決定となるかどうかは不明である。また、今回の交渉会合(第15回)は、カナダ、メキシコが加わる初の会合である。日本に先んじてTPP交渉参加を勝ち得た新規参加国に対する扱いが明らかになる会合であり、また両国にとっての初会合であるだけに、重要品目の関税譲許など困難な課題に取り組むには至らないだろう。さらに、今後は、米オバマ政権の主要閣僚の交代や、ファスト・トラック権限を取り付けるための対議会関係の調整などもあり、通商政策をめぐる米国内事情の展望も実は不透明なのである。

そうした中、この11月にタイもTPP交渉参加への関心の表明を行った。日本も含め、今後の新規参加国を既存の交渉国がどのように扱うのか。そして、早期の交渉妥結とメンバーシップの拡大という2つのゴールの間でどのようにバランスを取るのか。交渉のタイムテーブルはまだ流動的であるだけに、今、日本政府がなすべきことは早期の交渉参加によって、日本に不利な交渉環境が確定してしまうことを防ぐことである。


結 論

私たちは、まず日本が世界の中で生きていくためにTPPに参加することは当然であり、自由で公正な貿易ルールを自らも守り、他国にも守らせることが、不可欠なものであると考える。TPPに参加するとは、TPP締結国以外とは国を閉ざすということではなくて、すべての世界と自由な貿易を通じて繁栄を分かち合っていこうという決意を示すものである。

TPP反対論の多くは現在の既得権者のものであり、また、既得権を認めるとしても、農業以外については、その既得権が侵されることもほとんどないし、国民全体の利益が侵されることもない。すなわち、単純労働者や専門職の大量流入で日本人の労働条件や専門サービスの質が低下することはない。医療保険制度が壊滅することも、食品の安全が脅かされることもない。金融サービスで混乱が起きることもなく、小さな自治体にまで国際的な政府調達が求められ、事務手続きコストが過大になることもない。

農業についても、TPPへの参加で出来なくなるのは国境での保護であり、国内的に保護することは引き続き可能である。もちろん、TPPへの参加を契機として農業の構造改革をすることが望ましいが、それができなくても大きな問題を引き起こすことはないということである。

農業以外のTPP反対論者の指摘のうち、合理的と思えたのは円高の効果はTPPによる相互の関税引き下げの効果よりも大きいという指摘だ。それには、金融緩和による円高の阻止が有効であるが、円高阻止とTPP参加はともに進めれば良く、このことは、TPPと日中韓、あるいはそれ以外の国とのFTA交渉を同時に進めれば良いということと同じである。

毒素条項と言われるものも、外国企業に対して内外無差別な取扱いを求めるもので、むしろ、日本が他国に対して求めるべきものである。

なぜならあらゆる国際交渉は、相互に同じことを他国に求めるものだからだ。他国にある制度を求めるなら、自国も同じ制度を有していなければならない。あらゆる国が国民を守るための制度を持っているのであり、その制度を他国にも適用すれば、それは他国の国民を守る制度になる。ということは、理論上、自国民を守る制度が他国に存在すれば、労働者の保護や食品安全が危うくなることはない、ということだ。もちろん、これは原則であって、これに外れる場合がないとは必ずしも言えない。本文では、そのような例外の可能性についても触れているつもりだが、私たちが見落とした例外ももちろんあるかもしれない。それについては、いわゆる「毒素条項」の他の項目も含め、さらに検討を進めていきたい。

いずれにしても、自由、平等で公正な取り扱い、開放、透明性、客観性などの価値を世界に広げ、日本の国内においてもその原則に立って生きていこうという決意は、過去のような成長が望めない日本のような国にとってより一層重要である。

なお、念のために述べておきたいが、過去のような成長ができないと言っているだけで、日本が長期停滞を乗り越えて再び成長することは可能である。そのためにも、TPPに参加し、貿易で成長を求め、国内の規制改革とともに一層の発展を目指すべきである。




21Regional Comprehensive Economic Partnership、東アジア地域包括的経済連携。

22菅原淳一(2012)「アジア太平洋地域における地域経済統合と日本の戦略~「アジア太平洋」・「東アジア」の二つの潮流と、「架け橋」としての日本~」、『みずほ総研論集』、みずほ総合研究所。

※ 本文一部改訂(2012年12月20日)



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